小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

中山昌亮『後遺症ラジオ1-2』-この番組は、スカ●プDの提供でお送りしております。-

 

 

 

 

 

 

 

・・・・電波は、良好。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中山昌亮『後遺症ラジオ1-2』(講談社 2012年-2014年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

 

【あらすじ】

「不安の種」の中山昌亮が、再び描く”魔”の瞬間!

 

読後ノ後遺症ハ極メテ重篤

後デ”怖イモノ見タサ”ヲ呪ッテモ・・・・・・・・・手遅レデス。

 

1巻帯より

 

【読むべき人】

・邦画ホラーの雰囲気が好きな人

・「不安の種」が好きな人

・髪の毛モノが好きな人

 

 

 

 

【感想】

後遺症ラジオ、とあるがラジオ要素いまのところ皆無のホラー漫画。

後遺症、は「後を引く怖さ」という意味では分かるんだけれども、なんでラジオなんだろ。今のところ「後遺症ラジオ」っつーか、「後遺症ヘアー」って感じなんですけれども。

 

内容は、「不安の種」が好きだったらまぁ、ある程度楽しめると思う。

「不安の種」の違いとしては、数々起きる怪奇現象に恐らく繋がりがあるということ。怪奇現象が8割髪の毛だということ。そして「おぐしさま」と呼ばれる神様?関連の現象を集めた本であるということ。

実話怪談やホラー漫画で髪の毛モノが一番ゾッとするという人は間違いなく合うと思います。逆に「髪の毛モノはワンパターンでつまらない」と思う人は絶対にあわないと思います。おススメしない。定番だからね。

僕はどちらでもない。まぁ可能なら自分の髪の毛がもうちょっと生えてほしいかな・・・この前美容師に「将来は間違いなく禿げるね」とやんわり言われたから・・・おぐしさまぁ・・・・おぐしさまぁ・・・・ってくらいなのでまぁまぁ楽しめた。

 

そのおぐしさま」っていうのがいかにも日本!!って感じの神様。

明治か江戸の農村で「さま」づけで崇められる・・・。一方で時々怪奇げんしょ・・・怪奇髪の毛が襲ってくる・・・・。

邦画ホラーみたいだなと思った。邦画ホラーあんま見たことないけど。

ご本尊が1巻後半に出てくるんですが、ちょっとお姿はがっかりだったかなぁ・・・。こういう不気味な神様はすぐ性器に逃げる。ち●こに逃げるな。ちゃんと1から描け。

一方で、1巻の後半p.82で出てきた顔からびっしり髪の毛人形は不気味だった。これこそ「おぐしさま」のご本尊にふさわしいと思うのですが・・・どうでしょう。

 

あと、話は時系列じゃない。連続していることは分かっているのだけれども、あっちこっち時代も場所も飛んでいく。なので「ああそういや襲われてるコイツいたわ」「なんか見覚えあるね君。スカルプディーのCM出てた?」からはじまることが多い。

恐らく、ダイヤルを回していると適当に電波を拾ってバラバラに聞こえてくるラジオ、を想起させる構成で、あえてと思われる。

そして色んな所でいろんな時代で起きた、

ありとあらゆる事象が、

おぐしさま」に結びついてく。

どこがどう繋がってるのか。

おぐしさまのとは。

一体どうしてこんな現象が起こるのか。

『不安の種』シリーズは一回一回の現象が読み切りだったから何も考えず読んでいればOKだったけれど、『後遺症ラジオ』はそこだけちょっと頭を使って読まないといけない。

ところがどっこいまぐろどん、本格ミステリは別にそんなに興味がない。考察班にも属していない。アマゾンのレビューで最新刊である6巻のところに「時系列で並べなおしたものをまた読んでみたいです!」という言葉があったが、これは僕も、読んでみたいです!

せめてひぐらしのなく頃にみたく「解答編」のように対になる存在がほしいところ。無論「ひぐらし」読んだことも見たこともありませんが。

 

 

 

帯がそれぞれ最高なんですよね。

 

 

あと・・・単行本のとしての工夫も面白いなと思った。

この何を伝えたいのか分からない表紙イラスト、をはじめ中身も不気味さ・怖さを際立たせる工夫がなされている。

例えば1-2巻共に顔のアップが時々入る。一人の顔のアップで、話の合間合間に動きがあって、それが不気味で面白い。特に1巻は連続して見ると「にらめっこ」して変顔しているみたいでちょっと笑った。最後キスしようと迫って来るし・・・。

あと、ページ数が記載されていない。目次に各エピソードのページ数が記載されているが、本書では本編中一切ページの数字が記載されていない。次々と捲りくる怪奇現象への没入感を演出するためだと思われる。気づいたとき凄い、って思った。確かにページをめくる手はとまらなかった。

そもそも目次のページも新聞をパロッたりしていてこれも見ていてなかなか面白い。

一体どっから何処までが作者の仕事で編集者の仕事でデザイナーの仕事なのかあやふやな部分もあるが、色々意匠が凝らされていて面白かった。

 

以下簡単に、各巻の感想を簡単に書いておく。ネタバレあり。

 

 

 

 

 

1巻。

時系列がぐちゃぐちゃの構成にはじめこそ戸惑ったけれどもすぐになれる。一話一話襲ってくる怪異現象と毛量が凄すぎて、そんなことすぐ忘れてしまう。

特に怖かった怪奇現象は・・・「82.39NHz」「33.89NHz」「25.12NHz」。7話目9話目10話目と連続しているが、中盤の盛り上がりが結構良かった。

「82.39NHz」は結構長めの話。ハゲになった元カノがやってくるが・・・と言った具合。彼女の表情の豹変がとても怖かった。髪の毛を総て剃ってもおぐしさまは満足されないというのが怖ろしい。そんだけ毛がほしいねん。でも頭引っ張って無理矢理こそぎぬくより、股間引っ張って陰毛抜いたほうが毛を効率的に集められると思うのだけど・・・そもそもご本尊ち●こなんだしそっちのほうが自然なのでは?。で、髪の毛は無論体毛陰毛お金かけずにつるんってなるっていう・・・。R18の「後遺症ラジオ」の同人誌でありそうですね。

「33.89NHz」は最後の顔から髪の毛ブシャーのお人形が不気味で怖かった。この一ページに勝るエピソード、今のところなし(2巻まで既読現在)。やっぱ令和なんだし人形は髪の毛伸ばしてナンボの時代。

「25.12NHz」は、男子生徒がある日とち狂って・・・という話。その男子生徒の顔が不気味で、辻褄の合わないセリフ回しも厭だった。あとこのエピソードだけいまいちどの時代に当てはまるのか特にわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男子生徒「おぐしさまって・・・・・・・・・・何ですか?・・・・・・・・・・・・・・・」p.88

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2巻。

あれ?何だっけ・・・の冒頭から始まって、どんどん物語にのめり込んでいく中盤が一番面白くなってくるのだけれども、前半江戸時代のエピソードで占められていてそこが個人的に残念だった。

恐らく江戸時代のエピソードがこれからも出てくるキーワード的話なんだろうし、ひとつの山場だとは理解していても、それでもちょっとうーん・・・といった印象。江戸時代もの、自体が僕自身あんまり・・・っていうのと、あと怪奇現象自体もちょっと地味かな。もっと派手に起きてほしかった。

それこそ「44.44NHz」のように派手に。

まず、工事中のおっちゃんが物凄く引っ張られて死ぬんだけど、その描写が圧巻。不気味グロ怖い、全部詰まっている。からの、最後の静かな神主の死が、不思議な余韻を残す。

4、「死」で揃っている電波ですが、この話が2巻では一番好きですね。

そして2巻読んで思ったのですが・・・多分本作の主人公は千冬の元カレになるのかな。今のところ探偵役を務められそうなのが彼しかいないのですが・・・。でもこれで3巻の冒頭であっさり死んだらウケるな。

 

 

 

 

 

 

加えて、本作では全編通して随所に顔のアップと、ポエムが描かれている。

おぐしさまの謎を解くヒントにもなりえると思うので、1巻2巻それぞれ蒐集してメモ代わりにここに記しておく。

 

1巻

夜明けの晩に・・・・・・

うしろの正面だあれ・・・・・・

遥か向こうのおとなり様

十の腕と二本の指で

水底深く浮き上がり・・・・・

固く冷たく溶けていく

足並み揃え行軍続けるたった独りの行列は

開かぬ門から出て行った

昨夜生まれた老人は・・・・・・

のこさっれた朝日は四十と九 同じく夕日は百と五

問いと答えを壺に入れ 戸棚の奥で六十余年

理だけが床で朽ちる

さめざめ笑い クスクス泣く 軒下の虫

雲ひとつない雷雨の頃

熟さず落ちない甘苦い実に

群がり集る唯一神

夢中で飽きた季節を繰る

 

2巻

眩いばかりの暗闇を

漆黒の光が包み込み

真白の影が背後を追う頃

瞑った目と目が凝視する

煌めきを増す曇天は

墨のような星間を呑み尽くし

熱く凍てつく息を吐く

生涯を独り身の夫婦に授けられし生命は

生涯を穴倉に暮らす旅人に・・・・・・

祖父は息子に 父は孫に

己の位置を問われたならば

問うものの目は見ぬがよい

 

「かごめかごめ」の歌詞からはじまり、その歌詞同様ほとんどの行が矛盾する表現で満ち溢れている。

はじめはそれぞれの回のタイトルかと思ったら、一部は内容とまったく一致しない回も多くみっれる。おそらくひと繋ぎの詩と思われるが・・・全然意味が分かんね。

 

 

 

メルカリで買ったら購入特典のペーパーもついてきました。
2012年・・・。

以上である。

髪の毛ホラーが好きならまず間違いなく読んで損はない。

「不安の種」とは違って、話の間につながりがあるが、そこを楽しめるかどうか。

 

ちなみに、中山先生のホラー、「後遺症ラジオ」「不安の種」どっちから読めばいいの?って聞かれたら、僕は絶対「不安の種」を勧めます。単純に読み易いので・・・。

「不安の種」が気に入ったら・・・っていう人が手に取るべき作品だと思います。多分初っ端この作品手にとったら意味わかんなくてハゲちゃうんじゃないかな。おぐしさまの仕業だぁ・・・お断ちください・・・。

 

 

 

 

 

 

・・・なんか髪の毛とかハゲとかち●ことかあまりにもラジオ要素に触れてないので、僕が最近聞いているラジオ番組を並べて終えようと思う。

 

 

「アルコアンドピースのD.C.garage」「マヂカルラブリーオールナイトニッポン0」「空気階段の踊り場」「ハライチのターン!」「三四郎オールナイトニッポン0」

 

***

 

LINKS

「不安の種」は読了してる。「+」以降は未読。

tunabook03.hatenablog.com

 

「箪笥」-一生忘れないであろう家族写真(血まみれ)。-

 

 

15年越えのトラウマ克服。とか。

 

 

 

「箪笥」(監督:キム・ジウン 配給:コムストック 主演:イム・スジョン 2003年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

 

【あらすじ】

その扉の向こうには、家族の哀しくも残酷なかこが封印されていた。

それは、絶対に開けてはならない扉だった・・・

 

ソウル郊外にしずかにたたずむいっけんのやしき。到着したkる馬からスミ、ションの美しい姉妹が降り立った。

ふたりをママ八派のウンジュは映画尾で迎えるが、彼女はどこか冷ややかな表情をしていた。

 

ウンジュ「お前は本当の恐怖を知ってる?」

 

パンフレットより

 

【見るべき人】

・ガッチガチのホラーより、雰囲気のあるホラーが好きな人

・洋館モノが好きな人

・映画「おろち」がハマった人

【注意点】

・終盤は確かにグロテスクですが、ヴィジュアル程凄いグロテスクではない。

・ホラーを期待して見ず、映画全体の雰囲気を期待して見ないと肩透かしを食らうかも。

 

 

 

 

【感想】

トラウマだった。

赤黒い色の背景に四人家族の写真。特に前に座っている二人の少女の白い服は血にまみれて陰惨。

顔は四人とも無表情。

「ひょえ・・・絶対怖いやつじゃん!!」

と、そのキービジュアルを見た時思ったのだった。

小学校6年の僕は。

 

当時から怖い話は大好きだったものの、動画はどうも苦手だった。ばーん!!びっくり!!で驚かされるのが苦手だったからである。まぁ今もそうなんだけれども。

だからキービジュアルが凄く鮮烈に残ったけれども、ずっとその作品自体を見ることは考えてこなかった。見ようとも思わなかった。

アマゾンプライムにあることを知るまでは。

 

と言う訳で、時はたち、僕は無事立派な28歳フリーターになりましたので、この際思い切って見てしまおう。

なんつったって僕はもう28ちゃい。アラサー。「ミッドサマー」「おろち」「ハイドアンドシーク-暗闇のかくれんぼ」とホラー映画視聴体験も3つ経験してきたわけだし、韓国映画「パラサイトー半地下の家族」を見てまぁOK、こういう感じねともう把握している。

見るなら今しかない。

それになんつったって、あのキービジュアル。

今でも。

見た時の衝撃忘れられない。

多分一生のうちで一番記憶に残っているキービジュアル。だとも思うし。

見るなら今しかない。

それになんかほら、最近暑いし。

見るなら、今しかない。

 

 

 

 

以下簡単に【ストーリー】【演出】【キャラクター】に分けて簡単に感想を記しておく。ネタバレ注意。

 

【ストーリー】:★★★★★

ストーリー自体はだいぶ前に、何なら中学生の時には明確に把握していた。ブックオフコミカライズをぱらぱら(全部読むのは怖いから)立ち読みして、おおむねの流れを掴んで、よし、そういうことだなという感じで、怖くて見れない自分に踏ん切りをつけていた。

スミ「母も・・・妹も・・・全部・・・私?」

確かコミカライズにはこんな言葉が書かれていたと思う。手元にないので何とも言えないけど。

要するに、母と妹は最初から実在せず主人公の妄想だったというオチは把握していた。十数年前から。

今だとまぁ・・・「信用できない語り手」・・・よくあるホラーオチの一つだなという感じだけれども、当時は衝撃を受けた。

それをもろ覚えの状態で視聴したわけなんだけれども・・・確かに最低限の伏線は張られてた。

スヨンがスミにしか口を利かないこととか。父がスミの名前しか呼ばないこととか。父が妻(をふるまうスミ)に対しては最低限の会話しかしないこととか。スミとスヨンの会話シーンの直後にスミの起床シーンが続くことが多かったりだとか。

ただまぁ・・・「お、これは!!!」となるような凄い伏線があったかというと微妙。シックス・センスを見たことがある人なら尚更陳腐に感じられるかも。1999年の映画だから、2003年に作られた本作から僅か4年前の作品だし。

 

シックス・センスを踏まえたうえでの二重妄想オチ。本作の脚本がやりたかったことってこれなんじゃないかなと思う。

シックス・センスでは精神科医が実在していなかったが、「箪笥」ではスヨンが実在していない、うえで、継母・ウンジュも実在していませんでしたよ。本当は2人実在していなかったんですよ。まさかの、二重シックスセンス驚いたでしょう?

こういうことなんじゃなかろうか。

父親がスミの方しか見ない。スミとスヨンの距離感が姉妹といえど近すぎる。そもそも始まりが病院でのスミの診察のシーンから始まる。恐らく観客は、特に「シックス・センス」を4年前に見た映画好きの観客は、スヨンはスミの想像上の人物と序盤で気づくのではないか。

その後終盤で出てくるのは、地味なパンツスーツに身を包んだもう一人のウンジュ。え!?あの継母も主人公の想像だったの!?

そこであっと言わせたかったんじゃないかなぁ、とも思うし、観客も実際あっと言ってたんじゃないのかなぁ、とも思う。もう20年前の映画なので何とも言えないんだけれども。

非実在の二重構造が本作の肝。

 

ただ当時は斬新だったかもしれないが、2022年現在ではそのオチはもはや特に新鮮味もなく普通よくある終わり方の一つにすぎない。「信用できない語り手」という言葉が存在するように・

全部主人公の妄想オチは、多少面倒だが読者に面白いと思ってもらうには手っ取り早い手段。2022年現在、ミステリー・ホラーではまぁ見る。そこそこ見る。

だから、ネット上での五つ星評価が低くなりがちなんじゃないかなぁ、とも思う。

2003年に美しい風景雰囲気少女のなかで、この構造をやったことが本作の素晴らしい所。でも物語構造自体に新鮮味がなくなった今、ただの雰囲気映画に捉えられてもおかしくない。てかそうなって普通。

物語の構造自体の賞味期限が、結構過ぎて立っている。状態。

 

あと副題だったと思われる、「思春期の少女」をいまいち扱いきれていないのが残念。

生理だったり、新しい継母への嫌悪であったり、妻になりきる時の口紅であったり、股から血を流した亡霊であったり、それっぽいモチーフが散りばめられているのだけれども、散りばめられているだけ、といった印象。

多分、監督は秋元康を呼べば良かったんじゃないかな、と思う。あの人は常日頃から少女のことしか考えていない人だから。「ザンビ」とかいうクソホラーやっている暇あったんなら、「残酷な観客たち」とかいうクソドラマ作っている暇あったんなら、本作を欅坂でリメイクしてほしかった。平手友梨奈がスミでと長濱ねるがスヨン

まぁ、数々並べられたモチーフも深読みしたらもっと凄い大きいのが見られるかもしれないが、秋元康の描く少女像に触れた者としては、ちょっとなぁ・・・うーん・・・考察・・・というかキモさが足りないんじゃない?といった印象。

 

 

 

 

パンフレットの裏表紙は、食卓。

 

 

 

【演出】:★★★★☆

音楽が素晴らしいですね。冒頭から流れるんですけど、THEクラシックで美しい。音楽だけでももっと広く知られてもいいんじゃないかと思う。

テンポもまぁ悪くない。「パラサイト」を見て、韓国映画ってテンポ半端ねぇな!!と衝撃を受けたのだけれども、本作もとんとんと進んでみててストレスがない。まぁ「パラサイト」程速くないですが・・・。Largo。でもクラシックをBGMにしているので、まぁこれくらいのスピードがベストなのかも。

 

館。館最高ですね。韓国の文化と洋風の文化がいろいろ混ざりあってて最高。

館と女三人で思い出したのは「おろち」。僕が見た数少ないホラー映画である。あれもあれで面白かった記憶。あと山本太郎が俳優やってた記憶がある。

韓国の洋館と日本の洋館、比較するのも面白いかもしれない。

 

小道具。

継母・ウンジュのネグリジェ。全然エロくないんですよ。まぁちょっとセクシーかな?くらい。思春期の少女が思い描く大人の下着、って感じがして良かったです。

薬棚。終盤赤十字が描かれた棚が割れるシーンは、スミの心が完全に壊れたことを暗示しているようでなかなか良かった。

 

一番怖かったシーンは、中盤での親戚夫妻の妻の発作ですね。

え、どういう動きしてんの!?え!?まじ!?えまじなの!?大丈夫なのっ!!??生きてるの!!???死なないっ!!!???ってくらい、女優が大暴れして絶叫してヒステリーして痙攣します。

その女性がいかにも素朴そうな感じなのもいいですね。落差。

他はまぁ終盤の箪笥からデロリアンはちょっと怖かったかなぁ。

タイトルにするくらいだから、もうちょっと最後の箪笥のシーン、最もおどろおどろしく恐ろしく怖くしてほしかったなぁ・・・。タイトル「ヒステリー」不可避。

 

あと最後の最後の最後、主人公スミの映像がモノクロになって止まるの、なんであそこだけあんなに陳腐なんだ・・・。

何で最後の最後だけあれ何なん?あれ意図分からずとにかくダサすぎて、なんか怖かったです。逆に。え。なんで最高始まり方しといてこんな最悪な感じ終わるん?え?え?になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく見ると「ウンギュ」が背後霊がごとくがっちりスミの肩を掴んでいたり、スヨンがまるで死体のように力が抜けていたり、手前の二人がスカートの中から同じように血液を流していたり、視聴したあと見るとあらゆる要素がぎゅっと詰まっていることが分かる。

【登場人物】:★★★★★

「パラサイト」を見ても思ったのですが・・・韓国の俳優さんは本当に演技上手いっすね。特に女優は凄く差を感じる。

 

スミ:イム・スジョン

主人公。めっちゃ可愛い。20年前とは思えない可愛さ。

「パラサイト」の妹ちゃんといい、韓国映画のちょっとやさぐれたヒロインは、なんでこうも魅力的なのか。

メイクも薄く、時代性を感じないのがいい。言われてみれば、髪型確かに2000年代かも~!って感じなんだけど、いやはや可愛い。

演技力も無論文句なし。特に冒頭のシーンは魅入っちゃうね。これから何が語られるのか。彼女に何があったのか。あの冒頭のシーンがあったからこそ、本作は良作なんだろうね。

あと、静かながらに常にナイフを携えているかのような感じも絶妙で良かったです。

 

スヨンムン・グニョン

でも一番演技がうまかったのは彼女かなぁ・・・。

凄いんですよ。気弱でちょっと頭が弱くてでも優しくて・・・本当にそういう人物なんだと思ってしまうくらい。スヨンという人物の非実在が信じられない。

いつも困った顔してるんですよね。継母・ウンジュが当たるんですがそれもなんかわかる、どんくささがめちゃくちゃ巧み。

特に、語る部分が・・・スミ同様冒頭にはなってしまうのですが、ほおずきを頬張るシーン、あれはちょっと圧倒されました。あの1シーンでスヨンがどういう人物か一瞬でわからせられた感。

どうやらウィキ見る限り、俳優として一番出世したのが彼女らしいのですが、まぁ、でしょうね。といった具合。もっと彼女の演技見たい。ドラマだと長くなるので、バンバン韓国映画に出てバンバン日本に出荷してくれ。

あと、なんとなく14歳の母の頃の志田未来に似ている。韓国の志田未来ってコト?

 

ウンジュ(継母):ヨム・ジョンア

意地悪い妻、要するに継母役なんですがこれがまた絶妙なんだ。美人で隙が無い。意地悪い。凄いバッチリハマってた。

髪型がいいですね。黒髪ショートなんだけれどもえ?2010年くらいの映画かな?って最初思ったのは彼女の姿を見たからですよね。髪型といい、あとまぁメイクも、20年を超えても色あせない。

スミの思い描いたなんちゃってネグリジェもバッチリセクシー。

加えてサディズム携えてますからね。最高ですよ。

展開が進むにつれてどんどん憔悴してどんどんスヨンへの当たりが強くなり、終盤必死な顔をして袋を引きずっているのも良かったです。みっともなく。

だから後半、パンツスーツで現れた時はえ・・・?え・・・?ってなったよね。

ただ、パンツスーツ以降存在感が薄まったのが少し残念。

本当の妻、スミの妄想ではない本物のウンジュのキャラクターが今一つ作り切れていない印象を受けた。それは俳優だけでなく、脚本・制作側全体として。もともと現実のウンジュがどういう人だったのかしっかり作られていれば、終盤の落差にもっと観客は心奪われたと思うのですが。あと最後の箪笥デロリアンの場面も。

 

ムヒョン:キム・ガプス

まぁ女性が主人公の映画なので、仕方ないのですが今一つ存在感なかったかなぁ・・・。

同じく女三人×洋館ホラー「おろち」において山本太郎はばっちり存在感を示してキラキラ笑っていたのですが、この俳優は女性陣の演技にちょっと負けているかなぁとも思う。

正直この父役は、この俳優さんじゃなくてユースケ・サンタマリアでも西島秀俊でも松重豊でも大杉連でも遠藤憲一でも光石研でも寺島進でも田口トモロヲでも、最悪まぐろどん・パパ・・・僕の父でも誰でも良かったかなぁ。女性3人はこの3人じゃないとダメ!!!って感じがあるのですが・・・・。

そういえば「パラサイト」の主演俳優は凄いスターとのことですが、確かに。あれだけ地味な顔立ちで演技も巧いのにばっちり存在感を支援したうえで映画に100%入り込んでいくあの感じ。本当凄いんだなぁと思った。

 

 

 

 

「ひらいてみても、なにもなかったの」



以上である。

10何年振りに克服、復讐もこめて見た作品だったけれども、まぁ良かった。

想像より全然怖くなくてそこは肩透かし食らったけれども、雰囲気といいヒロインといい音楽といい演出といい素晴らしい。

良作だと思う。

恐らく一生で一番記憶に残るであろう映画のキービジュアル・・・・。それに負けない内容で、そしてそれを確認出来てほんとうによかった。

 

 

 

 

サンキューアマゾンプライム!!!フォーエバアマゾンプライム!!!!

 

 

 

 

パラサイトの「家族写真」も好きですが、箪笥の「家族写真」も好き。

 

***

20220617

この作品からアマゾンプライムで映画を見る、という文化が始まりました。色々見たい映画がありすぎる。数年に一度の映画ブームをもたらしたという点で評価していいんじゃないですかね。

パンフレットは視聴後「おおおお・・・」になってメルカリで買いました。400円とかだったかな。買ってめちゃくちゃ良かったです。

漫画だけでなく小説も出しているみたいで、そっちには本作で改名しきれていない謎について書かれているらしいのでそっちもメルでカリます。

ちなみに当たり前のように「シックス・センス」の名前を出していますが、最後の結婚式のシーンは金曜ロードショーで見た覚えがあるのですが、他は見たことないぽよ。

 

LINKS

フィンランド映画で、最近映画館で観た映画です。女性監督なのですが、こちらは「少女の思春期」を過度に神聖化しておらず好感が持てる。男性監督が少女を描こうとすると初潮を無理矢理いれがちだなと思うのですが、別に初潮を迎えたからってそんなに僕等は変わらない。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

「ハッチング-孵化-」-かつて僕達が、僕達を、殺したあの日のことについて。-

 

 

 

 

何もない私を、きっとママは愛してくれない!!!!

 

 

 

 

「ハッチング-孵化-」(2022年 監督:ハンナ・ベルイホルム 主演:シーリ・ソラリンナ 配給:ギャガ)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【ストーリー】

北欧フィンランド

12歳の少女ティンヤは、完璧で幸せな自身の家族の動画を世界へ発信することに夢中な母親を喜ばすために全てを我慢し自分を抑え、体操の大会を目指す日々を送っていた。

ある夜、ティンヤは森で奇妙な卵を見つける。

家族に秘密に詩ながら、その卵を自分のベッドで温めるティンヤ。やがて卵は大きくなりはじめ、遂には孵化する。

卵から生まれた”それ”は、幸福な家族の仮面をはぎ取っていく・・・。

ちらしより

 

【見るべき人】

・長女

・かつて反抗期を迎えた女性

・娘を持つ保護者

・凄い演技力を持った金髪碧眼少女を見たい人

エクソシスト好きな人

・少女漫画が好きな人

【ためらうべき人】

・エイリアン無理な人:結構思ったよりエイリアン。

 

 

 

 

【感想】※ネタバレ含みます

結構良かったです。

ただホラー、かというと微妙ですが。

でも、12歳になり、思春期・反抗期に突入した少女の複雑な心情を巧みに切り取っています。

少女心理サスペンス。といったところでしょうか。

 

本作を知ったのは「静岡サールナートホール」のTwitterでした。

静岡サールナートホールとは、静岡のなんか文化的な施設で、そこに小さい映画館があるんですよ。詩で唯一ミニシアターで公開される作品が放映されている訳です。

そこのTwitter積極的にガシガシ公開作品を紹介してくれるのですが、今年の2月だか3月に本作が紹介され、僕はもう超絶関心持って、超絶見るのを楽しみにしていたのであります。

そして季節は移り変わり花粉が増え花粉が消えGW終わり無事5月になり、僕はワクテカワクテカしながらもうボックスステップで、2022年5月の終わり、ホールに行ってみてきたのであります。

 

 

 

 

結論としては、良い。

想像とはちょっと違った方向だった。けど、満足度が高い。

どこらへんが違ったかというと二つ。

まずエイリアン。エイリアン要素が強い。

孵化するのは本作の四分の一だとサートナーホールのTwitterであらかじめ知っていたのですが、その孵化するのがまぁうん、結構エイリアンなんですよ。

結構序盤から、もう一人のティンヤなんだろうなぁという予想はつくのですが、人間体になかなかならない。エイリアン期間が長すぎる。

しかも結構ヌチョヌチョしていて本格派なんですよね。

抑圧した心の闇を具現化した姿、なんでしょうが、まぁぬちょってる。

しかもズルいのが、予告にこのエイリアンの姿が一切出てこないんですよね。人間体になったところしか出てこない。

だから多分見て「思ったのと違う」「思ったより湿度が高い」「森林からの物体X」てなった人は多いと思います。

もう一つ。キービジュアルにもなっている紙の仮面。

主人公が心を閉ざした時に見える家族の顔なのかな?って思うじゃないですか。結構出てくるのかな?って思うじゃないですか。

いうなれば漫画(アニメ)聲の形の×印みたいに。

違います。ほっとんど出てこない。

両親も当たり前にキービジュアルではつけていますが、実際に本編で着用しているのは弟だけです。加えて着用時間も多分3分無いんじゃないかな・・・。

おいおいまじかよ~!!!になりました。そこは。

おいおいまじかよ~!!

確かに、

母「全世界から羨ましがられたい。実際に家族が大事かどうかはどうでもいい」

父「体裁上の家族があり、仕事も趣味も時間が割けられるのであればどうでもいい」

弟「ままのおっぱいちゅぱちゅぱ。ままのおっぱいちゅぱちゅぱ」

と、各自自分本位のとんでもないえっぐい本音を作中一貫して隠している、という意味では確かに、この仮面はティンヤ以外の家族は初めから終わりまでずっと被っていた、とも言えるのですが、もっとこう・・・物理的に見たかったです。そういう心を研ぎ澄まさないと見れませんみたいなシステムだとは思わなかった。さすがムーミンの国だぜ・・・。

 

 

 

【ストーリー】:★★★★★★

じゃあなんで満足度が高いのか、っていうと、ストーリー。

めっちゃくちゃ良いです。

「少女心理サスペンス」と捉えると物凄く良い。且て少女だった女性、そして特に長女はこの物語ぶっ刺さるのではないでしょうか。僕も長女なので滅茶苦茶ぶっ刺さった。

 

序盤。

まず鳥が突然幸福な家庭にパーン!!!とやってきます。結構な大暴れをかましてくれます。やりすぎリビングシャンデリアを割るシーンは特に良かった。

多分、今まで「良い子」であった少女に訪れる、親に対する懐疑や反抗心の訪れを暗示した場面だと思うんですよね。

ある日突然、信じられなくなる。

ある日突然、「親が全て正しい」が崩れてゆく。

そしてその突然現れた鳥が生んだのが、このフィンランド式たまごっちです。

ある日突然抱いた違和感は、どんどんどんどん大きくなる。

自分の意見が確立され、今まで一神教の神のように鎮座していた母はただの人間であることが見えてくる。

ねぇ。ママ。ママが全て正しいのでは、なかったの?

どんどんどんどん大きくなる。

ママは、神様じゃない。

でもね、ママ。ああ、ママ。ママ。

私はママが大好きなの。

ママが全て正しいと崇めることは出来なくなったけれどもそれでも大好きなの。

だから私は無理矢理、幼い頃からずっと一緒にいたテディベアに、を埋めて隠したの。

かつての私でいられますように。今まで通り良い子でいられますように。ママが一番でママからも一番愛される私でいられますように。良い子でいられますように。

ママが神様で、私は無邪気に言う事を聞いてただ良い子でいればよかった、あの頃・・・今まで通りの自分でいたい。何も知らない私でいたい。いい子であり続けたい。こんな気持ち嫌だ。こんな気持ちを持っている自分がとても醜悪に感じる、ママに好かれたりママが大好きママが、ママがね、ねぇ私はママが、ママが大好きなの!!だからいい子でいたいの!!!!!!!

だから、かつての幼少期に無理矢理、突如生まれた私を揺さぶる感情・・・醜い私自身を埋めて隠した。見るのも嫌だった。。

・・・卵はあまりにもたやすく肥大化し、テディベアは脆くもあっさり破れ去る。

 

中盤。

めでたくエイリアンが孵化します。

抑圧されたママへの愛を爆発させたエイリアン・・・ティンヤの分身。

だからティンヤからママの愛情を奪おうと思う存在は、襲撃です。

ママは体操で一番の私じゃないと愛してくれないだろう。だからエイリアンは私より体操が巧い女の子を襲ったの。

ママは本当は愛などとうにないパパとの間の娘である私より、不倫相手の娘の方が自然と愛おしくなるだろう。だからエイリアンはあの赤ん坊を襲ったの。

無論ティンヤ自身の分身でもあるため、ティンヤに危害を加えるものは容赦しない。

犬が突然噛んできたの。びっくりしたい痛かったわ。

また、エイリアンがティンヤの分身だからこそ、隣人の少女の息の音を止められなかったのでしょう・・・本当に親友になれると思える存在だから、殺せなかったの。

そしてママがティンヤにあげたブラシで、髪の毛をとかされているエイリアン・・・。

大切なママのプレゼントを使っているのはティンヤではなくエイリアンなわけです。

もうこの地点で、本当のティンヤはエイリアンだったのかもしれません。

そして全編通して随所に見られた分身、であることを暗示させる描写がこれまた気持ち悪かったですね。ティンヤが嘔吐したものしか食べないという・・・嫌悪感。しかしティンヤエキスを取り入れることでどんどんエイリアンはどんどんティンヤになっていくわけです。

エイリアンからティンヤの姿になり、そして・・・。

 

終盤。

血液をも飲み込んだエイリアンはティンヤと無事同化するわけですね。

やったね!

神ではなくなったママ。

それでも尚、私はママを愛することが出来る。

最後の最後のシーンは、幼少期との決別を図った、成長を暗示させるシーンだと思います。

幼少期のティンヤはもういない。

ただの子供のティンヤは消え、そこには大人でもない子供でもないティンヤがいる。

・・・成長。

・・・要するに、僕達もどこかで、幼き僕達を殺したのではないか。

 

ただ、本作では実際ティンヤを殺したのは、エイリアンではなくママなんですよね。

結局ティンヤに、今までのいい子であることしか求められなかった。

聞き分けのいい子であるティンヤ、賢く体操が得意な自慢の長女であるティンヤ、愛おしい長女。娘。

成長して言う事を聞かないティンヤなんてそれはもうティンヤではないし、自分の娘と認められないから。

いい子でなければそれはティンヤではないから。

娘を認められなかった。

最後まで成長し続ける娘を認められなかったからこそ、ママはティンヤの殺害に至ってしまったのでしょう。当然の帰結

 

幼少期「いい子」であることを捨てたのは、

僕達がかつての幼き僕達を殺したのは、

親に絶望をしたからではなかったか?

 

この一連の流れにすっごい共感。

あ~分かる~になる。ティンヤは12歳とのことですが・・・まぁそうですね、中1とかこういう感情にひっちゃかめっちゃかで、結局高校卒業直前までずっとひっちゃかめっちゃかでした。

僕の場合体操に合致するのが勉強で、分からない問題があるとパニックになってた。

中学受験をしたのも高校受験がない、というのが第一の理由ですがどこかで「親の自慢の子になりたい」という企みもあったと思います。

 

うんまぁ、要するに、たまごっち。日本でも少女がみんなこぞって持ってたたまごっちは、フィンランドでもどうやらめちゃくちゃ流行していたようです。

なるほどフィンランドのたまごっちは、持ち主と合体するんですね。異文化。

話はそれますが、日本では、人間と同化するたまごっちは出てきませんでしたがデジモンは1年そういうシリーズがありましたね。あれからヒロイックな部分をごっそり抜き取って、女子のリアルをみっちり詰め込んでフィンランドに送ってムーミンがもしゃもしゃ消化して、ぶりぶり出てきたのが本作です。

 

また、本作90分ちょいあるにも関わらず父親と弟は一切エイリアンの襲撃を食らっていないんですよね。

それはママが「パパよりも弟よりも私を一番愛している」という自覚がティンヤにあったからでしょう。

大きな声では言えませんが、第一子・長女として僕もそれは感じることはあります。恵まれたことに親は第一子も第二子もほっとんど同等に愛していると思いますが、その「ほっとんど」の数ミリたる部分・・・。その僅かな差があるがために、弟や妹達は我儘が赦され末っ子であることが赦されているのだと思います。

本当に長子第二子共に平等に愛している人は、「お兄ちゃんなんだから」「お姉ちゃんなんだから」という言葉を一切口にしないのかもしれない。まぁ僕は夫は愚か彼氏もいたことがない喪女・まぐろどんなんでよく分かんないですが・・・。

あとまぁシンプルに互いに興味が無さ過ぎた、っていうのもあると思います。

 

あと、生理を神聖視していないのも良かった。

こういう複雑な時期の少女を描写する作品は数多くあるんですが、まぁだいたい出てきます。初潮、もしくは生理。

もうね、うんざりってくらい出てきます。あきあき。

多分観客や読者に凄く分かりやすく主人公の成長を提示できる小道具だからだと思うのですが・・・。

でも身体の成長と心の成長って必ずしも一致しませんよね。

生理がほっとんど出てこないのは本当良かったです。ティンヤちゃんの経血すすって成長するエイリアンはあまりにも変態でキモいから却下されたのかもしれない。

ちなみに、娘のシーツが汚れていて「あ・・・(察し)」に逃げてそれ以上介入しない父親は凄いリアルだなと思った。関心持ってくれ。せめて新しいシーツだけでも持ってきて来てくれ。だから娘から「だめだこりゃ」にしか映らないし、だから中盤から愛人の家に娘も足を運ぶようになるんだぞ。

また、身体的第二次性徴的要素を排することで、ティンヤの内的部分に自然とフォーカスしていったので構成的にも正解だったと思います。

 

 

 

 

 

 

【登場人物】:★★★★★★

ティンヤ:シーリ・ソラリンナ

凄いです。

映画とーしろ、ましてやフィンランドなんてとーしろのとーしろである僕でも、彼女の演技が凄いことはめちゃくちゃ分かった。

表情が凄い豊かなんですよね。基本ネガティブな表情しか求められないのですが、その「ネガティブ」の多様さといったら。多種多様な泣き方をするし、多種多様な絶望をする。目が離せない。

14歳とかそこらかなぁと思ったら12歳、何ならメイキングのYouTubeで見たオーディションの映像では11歳と言っていて、僕は失禁しました。高校2年で二次関数にぶち当たりそれこそパニック起こしていた時に彼女がそこでやっと生まれてえもう孵化しちゃうん?たまごっち?時の流れが最近ますます早くて早くて・・・。

また、途中から分身・・・エイリアンも演じます。人間離れした動き表情を見せるわけですが、これまた凄い。動画でも取り上げられていましたが、やっぱ愛人の家での四つん這いのシーンは凄かったね。エクソシスト」のブリッジのあの女の子のシーンを思い出した。

あと最後の最後の最後の、エイリアンが完全にティンヤと同化したシーン・・・救いのあるような絶望しかないような何とも言えないあの表情・・・鳥肌がたちました。どういう表情だったか。具体的には覚えていないんですよ。円盤出たら買おうかなぁ・・・。

本作の公式HPには「1200人からオーディションで選ばれた主人公」とでかでかと書かれていて、「乃木坂なんて万単位やぞ。1200人でそんなに宣伝することか?」と思ってましたが、視た後なら分かります。

凄いです。

凄い。

 

ママ:ソフィア・ヘイッキラ

その凄まじい演技力を持った少女には、ベテランで経験豊富の女優をぶつけんだよ!!って感じのキャスティング。

終始おっぱいまるだしなんですけど、一切エロさを感じないんですよね。はしたなさしか感じさせないのは凄いと思った。そこに自撮り棒ですからね。マジで見てられないよ。

特に印象に残った場面は、車でヒステリーを起こす場面です。

ラクションに頭をガンガンぶつけ、

「あなたも私を幸せにしてくれないのね!!!」

(劇場で見たので僕の記憶頼り。不正確)

みたいなことをティンヤに言うんですよ。

幼き頃、ティンヤにとってママは神でした。

ママにとっても、いい子であるティンヤは神だった。

いい子である自慢の娘というのは、ある種親の希望であり唯一神に似た存在であることが一気に分からせられる、あのセリフと場面は最高でしたね。

あと、シンプルに、僕の母親も車の中であれより3倍くらい酷いヒステリー頻繁に起こしてたんで共感ですね。

 

パパ:ヤニ・ヴォラネン

何気にこの俳優も演技すげぇ・・・ってなった。

特にギターをいじっているところをティンヤが突入する場面があるのですが、あの時に何となく誤魔化した場面、あの演技はだと思ったね。ちょっとコメディ感を出す、演技をするんですよ。そのコメディ感の演出で、今までてきとーに「いい父親」気分だったんだろうな、っていうのが分かる。小説とかでは絶対無理ですね。映画だからこそ演技だからこそ出来る数秒の名シーンだと思います。

あと水やりの場面とかね。何も考えてないんだろうなぁという平和ホンワカパッパな水やり最高でしたね。

 

テロ:レイノ・ノルディン

ママの愛人ですね。イケメン。

グレイテスト・ショーマンの主演に似ているなぁと思った。

演技上手いとは思うんですが、まぁ・・・普通かなぁといった印象。

ティンヤの理解者ポジションの為、欠点があまり描写されていないんですよね。演技力が光るのって大抵登場人物の欠点だから、印象に残らなかったというのもあるかもしれませんが・・・うまいけど無難。

 

弟:芦田マナ太郎(仮)

に対して、ティンヤの弟も弟でこれまた凄かったですね。

ザコンなんですよ。ぽっちゃりしてて。

そんでもうすっごい見ていてムカつくように作られている訳です。

演者の男の子は、自分がどういう役で演じているのか・・・分かってる・・・んでしょうね。多分10歳にも満たないと思うのですが・・・。

それともマジのそこら辺の生意気なガキをぶちこんだんでしょうか。

中盤から、もはや僕達無関係!!とでも言わんばかりのパパと似たペアルックが似合ってましたね。

愛人テロのキャスティングが名前がwikiでも広告でも明確に公開されているのに対して、彼の名前が掲載されていないのはちょっとなぁ・・・と思います。ちょっとなぁ・・・。なので僕がつけます。

お前の名前は今日から、芦田マナ太郎です。

 

隣人の親友:ベッキー♭(仮)

隣に引っ越してきたティンヤと同級生の女の子ですね。

同じロングヘアなのですが、黒髪でふと眉で、絶対いい子じゃん!!って感じの笑顔がたまらなく可愛い。

ママの買ってきた白ワンピ一倒のティンヤと違って、服装も今っぽかったですね。GUにも売っていそうな。フィンランドティーンってこういう服着てるんだ~って思った。

ちなみに本作で一番怖かったシーンは、彼女がティンヤの腕を掴むところです。

エイリアンが物凄くグロテスクな容貌をしているにもかかわらず、其処を抑えての断トツのトップ。ちょっとあそこはビビったね。

ちなみに演者の名前もこれまた分からない。ちょっと昔のベッキーに似てたのと、あとなんか中盤からかわいそうなことになっていたので、音楽活動名義のベッキー♯文字って、ベッキーとしておきます。

 

 

 

 

「あなたは正しく孵化できましたか?

私は正しく孵化できませんでした」

 

 

 



 

【演出】★★★★☆

音楽がいいですね。冒頭の水鳥の歌、というのが繰り返し出てくるのですが・・・この悲しいメロディがとてもいいんだ。

エイリアン。気持ち悪さ95%可愛さ5%の絶妙な配合で、エイリアンに対して愛情を捨てきれないティンヤへの共感を呼び覚ます感は見事だなと思った。

ただ、他・・・は結構難解なんですよね。

例えば本作は「あえて不自然な感じで作った。それは、登場人物達がドールハウス的な場面でうんぬんかんぬん」と監督が語っているのですが、全く気付かなかった。確かに隣人の親友の両親出てこねぇなとは思っていましたが。

また、キービジュアルにもなっているこの仮面。弟がティンヤの部屋に忍び込む数分のシーンだけつけているんですけど、なんでここでつけているのかよく分からなかった。

フィンランド映画、北欧の映画自体がそういう難しい作りをしているのでしょうか。

それとも僕が単に鈍感なのでしょうか。

パンフ売り切れてたんですけど、やっぱメルカリか何かで買おうかなぁ・・・。

拾いきれなかったなというところが多いので、個人的感覚として★4。

 

 

 

 

以上である。

ストーリーがとにかく共感できた。

多分男性で、特に次男坊とか三男坊に生まれた人は面白くないんじゃないかなぁ、と思う。共感の上で成り立つスリリングだと思うので。

見て良かったですね。

あの頃の、どうしようもない、もう爆発しそうなエネルギーを思い出す。

 

 

 

 

私達はかつて、私達を殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

パンフは売り切れだったぜちっきしょ。



 

飯沢耕太郎『少女古写真館』-10年たっても100年たっても、君は。-

 

 

少女よ、永遠に。

 

 

飯沢耕太郎『少女古写真館』(筑摩書房 2001年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【概要】

いつでもちょっぴり不機嫌で、どうにも手に負えない、小さな存在ーーー少女たち。

この捉えどころのない生き物は、幼児から女へと変貌する淡いの瞬間に奇跡のごとくたちあらわれ、やがて幻のようにうつろってゆく。

かたや、写真家と言うものは、つねに儚い者の姿を追い求め続けてきた。

だから、まるで補虫網で美しい蝶をつかまえようとするように、写真が少女という一瞬の姿を問えあえて機きたのは当然の成りゆきなのだ。

洋の東西を問わず撮りつがれてきた少女写真を掲載し、小さなサイズに閉じ込めた、手のひらに載るコレクション。

 

裏表紙より

 

【読むべき人】

・昔の少女の写真などにグッときちゃう人

「100年前の女の子、可愛すぎるw」等のスレ・スレまとめを開いちゃう人

 



 

【感想】

本書を知ったのは古書ドリスのウェブサイトだった。このサイトの新刊コーナーをチェックすることが僕の毎日の習慣ではあるのだけれども、そこにボロンとあったのが本書である。ボロン。

気になって気になっているうちに買われた。けれど本書の名前は覚えていたからゆるゆる探していたら、ブックオフヤフオク出品で見つけた!ので、買った!!1冊である。古書ドリスさんより半額近く入手出来てラッキーと思っていたが現物は水にぬれた後があって結構ぼこぼこしている。ビジュアル書なのにくっそぉ・・・。やっぱり古書ドリスしかもう僕は信じられねぇよ・・・。

 

本書はもうその名の通り、古い少女の写真を集めた書籍である。そのためちくま文庫、といっても文字の量は少ない。写真一枚一枚に解説がないので(よく分かっている!!こういう写真は鑑賞者の妄想で保管することで完成させられる)、章ごとの作者の気持ち悪いキモエッセイめいた文章と、巻末の対談で締められている。

章ごとに、作者の語り口調のどこが一番気持ち悪いか(キモポイント)と、あとついでにいちばん好きな少女写真を記しておく。

 



 

プロローグ 少女写真の世界へようこそ

キモポイント:少女たちは漂っている。から始まるpp.11-14に至る長いポエム

80キモ プロローグからこんなに長く語るのがキモい。

一番好きな少女写真:p.19 じっとこっちを見ている少女

もととなるポストカードがほしいくらい良い。

本書でベストがもう序盤で出た。

あとの写真もいいけど、このプロローグで使われているp.19の写真がベスト。君がナンバーワンだ!!!

 

 

第1章 花と乙女

キモポイント:あまり、あからさまに言うのもはばかられるが、花は植物の生殖器でもあるのだ。たとえば蘭のような花を見ていると、それがあまりにもエロティックな形態を備えているのに、あらためて驚かされる。普通は衣装の奥に秘められていて、あらわにされることのない生殖器がむき出しになっているーーーp.24

95キモ まず花を生殖器と捉える感性がキモい。そこに加えて、花を写ってる少女の生殖器に見立てているのがまじでキモい。

一番好きな少女写真:p.26 花籠を手に空中を見つめている少女

明らかに幼女なのにたたえている表情は艶っぽい。そのアンバランスがいい。

 

 

第2章 異国少女たち

キモポイント:恥じらいと緊張にほほを染めた、美しい少女たちの写真p.42

42キモ この1フレーズだけでなかなかキモい。ホモは文豪、という名言があるが、キモ(い人)は文豪。でもあると思う。

その後の「あらゆる少女は異人かもしれない。」p.42から始まる段落もキモいといえば

キモいが、少年から見た少女が故の秘密を異国に例える様はキモさ越えて感心した。

一番好きな写真:p.43 赤い服を着ている少女

櫻坂の山﨑天ちゃんに似ている。まっすぐなまなざしととした表情が良い。

 

 

第3章 人形愛の世界

キモポイント:もっと時がたって、もう少女ともいえない年齢になった持ち主が、かつての分身を見つけ出すことがあるかもしれない。彼女はその汚い人形には目もくれない。彼女の忘れっぽさと残酷さには、さらに磨きがかかっているのだから。p.56

56キモ 大人になる過程を「忘れっぽさと残酷さにさらに磨きがかかる」と表現しているところにキモさを感じた。

一番好きな写真:p.59 人形を抱きしめて嗤っている少女

人形×少女の写真は総じていい。滅茶苦茶好き。全部好き。この女の子が一番人形愛感じる。

 

 

第4章 日本少女たち

キモポイント:巌谷小波の編集によるこの雑誌の少女たちには、櫻にアマリリスを接木したような、造花めいた雰囲気がある。p.71

10キモ 本文にあまりキモさが感じられないため。もっとキモキモ語ってほしかった。その中で「桜にアマリリスを接木」という表現が目に付いた。僕が一生かかっても思いつかないような表現。キモは文豪(2回目)。

一番好きな写真:p.82 農作業中の少女

「100年前の女の子、かわいいww」等のスレを見る性質なのですが、何度見ても映っている彼女達がもうほとんど全員この世にいないというのが何度見ても何度見ても不思議。ましてや日本人、似た顔をしていると尚一層。

 

 

 

 

第5章 二人の少女

キモポイント:少女たちの写真を見続けていると、その顔つきや体型、人種の違いすら超えて、どこか彼女達のエッセンスを全て含みこんだ「絶対少女」、あるいは「純粋少女」というべき存在が浮かび上がってくるような気がする。p.86

23キモ 「ローゼンメイデン」で言う所謂「アリス」的ことですね。というかこの作者は所謂作品における「ローゼン」にとても似ている。多分写真家にならなかったら人形作家にでもなってたんじゃなかろうか。

一番好きな写真:p.91 朝鮮の二人の少女が同じ方向を見上げてる

もうこの頃から日本と朝鮮でだいぶメイクが違うんだなという発見。衣装は勿論メイクで分かる。あえて二人揃えて作った表情をしている訳ですが、それが何十年と言う時を経て僕の胸を穿つ。

 

 

第6章 少女と小道具

キモポイント:とすれば、このパートに集めた本、傘、小動物、玩具などを手にした少女達の写真から、どこかしっくりこない、奇妙なぎこちなさを感じてしまうのも当然だろう。いわば、彼女たちは自分の体の一部ではない遺物、すなわち「ペニス」を手にしているのだ。p.105

100キモ まず少女が写真を撮られる際に持っている小道具を「ペニス」と称するのがめちゃくちゃ気持ち悪くてドン引きした。写真館にある七五三の写真とかこの作者は一体どういう目で見てるのか。著者の写真を見る。真面目そうな青年。著書に『歩くキノコ』。顔は悪くないが、なんかキモく見えてきた。

本:p.106 肩ひじついてる少女

これは西洋美術の構図をそのまま運用した写真ですね。少女自身の勤勉さ・賢さを表すためにモデルに本を持たせる。絵そのまま写真になりました感。良い。

傘:p.112 ちぢれ毛の少女

ふっりふりのロリータみたいな服着ているのに顔は不機嫌100%なのが良い。当時写真撮るのって滅茶苦茶めんどくて時間かかることだったからね。仕方ないね。

小動物:p.116 猫抱いた少女

そのままお菓子の缶になってもいいくらい美しい。

玩具:p.124 ピストルを持った少女

シチュエーションが珍しくて印象に残っている一枚。だけど飯沢先生の文章を読んで改めて読んでみると、ピストルの意味するものは、とか考えちゃう。

 

 

第7章 グリーティング・カード

キモポイント:彼女たちは光と闇、現実と幻影、此岸と彼岸とを軽々と往還する使者でもある。p.126

15キモポイント  普通の考えしてたら「少女」という主題からこんな日本語出てこない。下手に語彙力あるところがキモさに拍車をかけている。

一番好きな写真:p.128の卵の中にいる少女

恐らくイースターのカード写真だと思われる。卵(の作り物)の中に少女が座って蝋燭を持っている。とても洒落ててよい。というかこの時期からこんなでっかい作り物の卵があったんだすげぇ。
卵、といったらどうしても忘れられないイラストがある。種村有菜先生の満月をさがしての多分どこかの回の扉絵だったと思う。卵を顔の真横にそっと抱き寄せた満月ちゃんが切ない表情をこっちに向けていて・・という一枚絵。未だにあれを越える卵×少女の図像とは、巡り合えてないな。幼少期に見たというボーナスポイントも無論入っているんですが。

 

 

第8章 少女のまなざし

キモポイント:それでも時おり、写真の顔に見つめ返されているように感じて、背筋が寒くなることがある。特に少女たちに写真を見ていると、そんなふうに感じることが多い。p.140

5キモポイント そんなわけない。キモい。ただこの発想はアイドルオタクなら一回は体験するであろう一般的キモであり、真新しさは特に感じられない。斬新性がない、この一点においてかなりの減点。

一番好きな写真:p.144の微笑する少女

美しすぎて絵画かと思った。写真じゃない。もはや絵画。逆に写真としての生々しさがあまり感じられなくて、逆に、写真としてはあまりすぐれている・・・とはいえないのかもしれない。でもとにかくそれくらい凄い一枚。ちなみにp.146の少女は好き、というわけではないが髪型まんまるでまさしくピエールボナールの幼女そのまま。

 

 

第9章 ルイス・キャロルの少女写真

1キモポイント いや結構キモい文章が並んではいるのだが、それはあくまで「ルイスキャロルがキモい」ことを書いているだけであって、作者自身のキモさはあまり見受けられない。でも0にするのはいただけない。サービスの1。

今改めて見ると、ルイスキャロルの少女写真はどの子も気怠く無表情に近い顔をしている。とても好み。蔑むような憐れむようなむしろ何も感じていないような。でもまぁ不思議の国のアリス展」にも行ったことがあるのですが、どうやらルイスはガチキモい人だったっぽい。少女達はまじで蔑んでいたのかもしれない。「なにこのおじさん、きもい」「すごいひとだからべつにとられてあげてもいいけど」ご褒美か?

一番好きな写真:p.155 クシー・キッチン「中国人」

クシーという名前がもう可愛い。コスプレを嫌々させられている感じが良い。少女はつまんなさそうな顔ですら絵になるからズルいよな、と思う。

 

 

第10章 小さきものーーコビト論

キモポイント:このような「小人少女」こそ、純粋な意味での、「絶対少女」と言えなくもない。p.162

12キモポイント 生まれながらにして小人なる身体を持っている彼等に対して少女と同じ眼差しを向けようとする姿勢がキモいと思った。

写真家の作者が、少女に向ける情熱をまだ持ち続けているのであれば、笹野鈴々音はどう映るんだろうなぁと思った。童顔だから前髪があると何歳にでも・・・20代にも10代にも見えるあの女優をどのように撮影するんだろうなぁ、と思った。多分彼女を一番美しく可愛らしく綺麗に撮影できるカメラマンではなかろうか。知らんけど。

一番好きな写真:p.165の三人の女が写っている

左の一人がポーズとってないのかタイミングずれたのかちょっと残念な感じになっているけれど、残り2人は楽しんで撮られているのが伝わってきてよかった。気取ってポーズとってるのがよい。

 

 

第11章 スリーピング・ビューティ

それぞれの子供たちの貌つきや性格の違いが、死という絶対的な断絶によって均等にならされ、むしろ人間の存在の「原型」とでもいうべきイメージが浮かび上がってくるように感じるのだ。p.174

眠れる森の美女。要するに、亡くなった子供を親たちが悼んで撮影した写真の章である。さすがの作者もネクロフィリアの趣味はないのか、いやあってもここに出すのは不謹慎と考えたのか、キモさは殆どない端整な文章が続く。

ここの章だけ2枚しか写真は収録されていない。

恐らく2022年現在であればこの章を主題に一冊や二冊写真集を出すことは可能だと思う。Twitter等インターネットでこういう文化があったことは、サブカル界隈では結構有名。この文化を理解し、そして売れる土壌もまぁ十分・・・とはいえないがまぁまぁ出来ていると思う。ただ不謹慎云々、倫理的問題で難しいかもしれないが。

けれどこの本が世に出たのは2001年。20年前である。インターネットも今とは全然違ったしSNSなんてほとんどなかった。みんなぱどタウンを見ていた。ぱどタウンにこんな写真が載ったらもう保護者の方がビックリしてしまう。だからまぁ少ないんじゃないかなぁ。

 

 

第12章 技術論

古写真、と一言で言ってもいろんなタイプがあって進化し続けてきたんやで~の章である。ロリコンとしての氏はここには存在しない。写真家としての氏しか存在しない。要するに、つまんない文章!

無念のキモポイント

ただステレオ写真」という技術はびっくりした。覗くと立体的に見える、みたいな仕組みである。1840年代には写真を立体的にみられる技術が確立されていたとは。昔幼児用雑誌についてた赤青眼鏡といい、目が良くなるマジカルアイといい、3D映画といい、昔から人間が求めるモノって変わらないのね。

 

 

 

 

対談 少女コレクターの憂鬱 伊藤比呂美×飯沢耕太郎

キモポイント

伊藤 少女って幾つから幾つまでの子のことをいうの?

飯沢 性交不可能な年齢。p.188

78キモポイント 自分の中で「少女」という定義がここまでハッキリ出来ているというのが気持ち悪い。

飯沢 この少女にペニスがついていてもおかしくないし、あの少年にペニスがなくてもおかしくない。pp.212-214

40キモポイント その感覚をいくら雑誌上の対談とはいえ赤裸々に女性に語るのはキモいと思った。ペニスを連呼するな。

飯沢 少女はなんか分泌してるんだよね。匂いも含めて。p.218

30キモポイント  伊藤氏がいくらノッてきたからといってヌルっとこういう事言うのは本当にキモい。分泌、という単語がここでぬるっと出てくる語彙力がキモさを助長する

詩人の伊藤比呂美との対談である。ただ結構飯沢氏に対する伊藤氏の態度が冷たい。気持ちいいくらいに冷たい。ここまで少女写真に熱を持って語って来た飯沢氏の顔を言葉でぶん殴るかのような冷たさがある。

心地よい、と同時にちょっとこっちもあわあわする。

いくらキモイキモイといえどそれは親しみを持って囃し立てていたのであって、心の奥底からキモいとは思っていなかったからだ。僕の心の底にも流れる少女への憧憬をうまく言葉に写真家の癖に言葉に落とし込んだから嫉妬してキモイと言っていただけです。いや、僕にもその感覚が分かる部分があるから間接的な自虐を込めて飯沢君をキモイキモイとからかっただけで別に心から飯沢君をキモいと思った思ったことなんてないんです信じて下さい先生!!!伊藤先生!!!!

なぜこんなに冷たいのか。それは最後の最後に判明する。

このエピローグ代わりとなる対談は1992年の雑誌でされたものを収録した、というのが最後にさらりと書かれている。

「M君」の話が出てくる。

宮崎勤死刑囚。あのおぞましい事件がまだほかほかの時代だった。

くわえて時代は30年前。プリキュアはおろかセーラームーンも出てきていないし、アイドルもせいぜいおにゃんこクラブ止まり。そりゃあこれだけ理解が無くても当たり前かと思った。

でも同時に僕達オタク・サブカル野郎は常に心に刻んでおかなくてはならない。少なからずとも、こうやって苦々しい思いで僕達を見ている人達がいることを。

多数派になったからと言って人権を得たと思うな。

 

伊藤比呂美アトピーの子の皮膚を触るとザラザラしてて触り心地が違う。角質化した皮膚の存在が凄いのよね。エイズとかレプラとかみんな皮膚に出るでしょう。たぶんメンタルなものがすべて皮膚に出てくるんだと思う」p.229

 

 

 

ちなみに僕も・・・コレクターとまではいわないが、少女の古い写真のポストカードは何枚か持っている。2021年のインターネットの通販で買った。

東欧中心である。

東欧のイラストの古いポストカード類を趣味でちらほら買ったりするのだけれどそのついでについつい目が奪われてしまう。かわいい。

 

 

 

 

 

特にこの一枚は一番のお気に入り。

 

以上である。

少女の写真は勿論、それにお熱をあげ容赦なくキモキモ語る飯沢氏の文章も素晴らしかった。日本語に一切不自然さがない、端正な文章がより一層キモさを引き立てていて素晴らしかった。

好き、ってこういうことなんだなーと思った。

同時にオタクがきもがられるのってこういうことなんだなーと理解した。

まぁ状態こそ悪いし500円(言っちゃった!!!)の古書で買ったこの本だけど、好きを忘れないために。オタク魂忘れないために。末永く手元に置いときたい。

 

 

ちなみにこの一枚は少女でもないし写真でもないのですが、
裏にチェコだかの言葉で「あなたは遠い地で新年を平和に祈ってるんでしょうね」
と書かれていて、凄く気に入っている一枚。

 

 

***

 

LINKS

写真の前は絵画でした。でも池上先生の文章はキモくないです。飯沢氏がキモいだけなんだと思います。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

春日武彦『精神科医は腹の底で何を考えているか』-何かを切り捨てて決断し傷つきながらも生きてく、君の横顔。-

 

 

 

毎月第四週水曜日、くらいに嗜んでるから。

まぁ、気になるわよね。

心療内科。精神科。

 

 

春日武彦精神科医は腹の底で何を考えているか』(幻冬舎 2009年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【概要】

精神科医とはどんな人たちなんだろうか。人の心を治療する医者だから、人の御心の闇を知り精神の歪みにも精通し、人格期にも高い成長を遂げているはず。

だが本当はどうなのか。

テレビに出てくるあの人はあやしくないか。

臨床体験豊富で熟練の精神科医である著者が、エクソシスト医師、無責任医師、赤ひげ医師、新興宗教の教祖的医師、タレント医師、世間知らず医師などなど累計100名を、裏も表も建前も本音もすべてリアルに描き尽くす!

裏表紙より

 

カウンセリングは、温泉に入って「癒された」気分になるとかカラオケでストレス解消になったと言った類の「気持ちがいいこと」とイコールであるとは限らない。p.33

 

【読むべき人】

精神科医に関心がある人

心療内科に関心がある人

・けれどもかっちりとした専門書ではなくどちらかと言うと随筆的な感じで気軽に読みたい人

 

 

【感想】

いやぁ・・・絶対買うまい買ってやるもんかと思ってたんだけどね。

幻冬舎新書

幻冬舎自体には別にどうもこうも思わない。比較的新しい出版社。タレント本が強い出版社で、文芸もまあぼちぼち。ただ漫画が圧倒的に弱いし、女性ファッション誌も弱い。長所:知名度、の出版社。

ただ、新書。ここの会社の新書の部門だけはちょっと赦せないし信じられない。長所:知名度にも関わらず、その内容は魑魅魍魎。

「○○を食べれば癌が治る!」

「金がないなら○○○しろ!!!」

「人生は○○○できまる!!!!」

「○○○で寿命は決まる!!」等等・・・。

胡散臭いものばっかり。

有名な分多くの本屋に並んでいるのも腹立たしい。「売れればそれでいいよね」みたいな幻冬舎の悪いところが前面に出ているのがこの新書部門だと思う。大型書店では平積みにされている場合も多くてhん等に糞。

母親が癌になった僕の身からすれば、目にするだけでも厭。

本当に厭だ。

汚い。

 

のに、何故本書をメルカリったかというと、著者に興味があったからだ。

著者の存在を知ったのは「奇想版 精神医学事典」ジュンク堂の河出書房文庫の新刊として並んでいるところを発見。ぱらぱらと、立ち読みをしたのだけれどもこれがなかなか、面白かった。連想で次から次へと精神医学的用語を医者である著者が解説していくのだけれども、コンセプト相まってその口調も砕けていて、シニカル。専門書、よりかは「河出書房文庫は文芸を扱った文庫である」・・・随筆に近かった。

筆者の経歴も興味深かった。精神科医とのことである。精神科医兼医者と言えば「こころの処方箋」の河合隼雄先生が浮かぶ。確かあれはタイトル通り優しく包み込むような内容だったと記憶しているが、なるほど、同じ職業であってもシンプルにヤベー奴もいるんだなと思った。

春日武彦」で調べて、一番ビビッと来たが本書である。

ただ、幻冬舎新書

うわぁ一番嫌いなレーベル。世の中から根絶してほしい三大まぐろどん的存在「ゴキブリ」「ありとあらゆる職場にいるありとあらゆるクソババア(大抵クソババア周辺の人は勿論クソババア自身も不幸であるため)」に並ぶ、幻冬舎新書である。

うわあああ。になった。

うわあああ!!!幻冬舎新書だあ!!!

でも、同著者の他の書籍見ると、「サイコパス」「犯罪心理学」等シニカル的話題が並び、まぁそれらも嫌いじゃないしどっちかてーと大好きなんだけれども今読みたいのはそういうのじゃないんだよな。

それに、新書、としてでなくあの「奇想版以下略」のように随筆感覚で読めるのであれば面白いのかもしれないぞ。

ということで、購入した次第である。

 

まぁ、実際内容は新書とはいえないが、随筆と思えば面白い。

まさしく春日武彦先生自身・精神科医が何を考えているか、つらつらと書き連なっていてそれが超絶シニカル・冷静沈着・公私境界線ハッキリバリバリで、面白い。

精神科医に向かって、患者が自殺という言葉をつきつけてもそれは決め台詞にはならない。p.36

「VIP患者として対応しろ」という意図がそこにはあるという旨の文章が続く。

なるほど!!と思った。不登校とか、人前でキレ散らかしちゃう人とか、その他いろんな問題にもこの精神が根差しているような気もする。知らんけど。

まあそれはそれとして、ミスターG医師は「患者は美人に限るねえ」としみじみ言い放ったのでたまげたことがある。美女と差し向かいで喋れるうえに、頼りにされる。こりゃ男みょうりに尽きると言った意味のことを平然と語るのであった。脳味噌、腐ってないか、あんた?p.56

まさか新書で「脳味噌腐ってないか あんた?」という字面が拝めるとは思ってなかったぜ。新書の文面として適切か否か厭まぁそこは幻冬舎新書と言う事も加味して癌が得なければ以下略、とにかくまぁ、読んでて爽快。あっぱれ春日。

精神科医がそれなりの能力を発揮できるのは、病院とかクリニックと言った建物があり、診察室があり、ナースやワーカーや受付事務の姿がちらちら見えるといって「構造」が存在している時である。医師が白衣を着てカルテが机に置かれ、診察が終われば患者に金銭の支払いが求められるーーーそのような「構造」を前提としている。

いずれにせよ、しかるべき道具立てと雰囲気とが準備されていなければ精神科医はたちまち無力になる。(中略)精神科医の技術も人柄も、相応の道具立てによって患者をあらかじめ気圧しておかなければ、微力この上ないのである。pp.100-101

ここはもっと面白かった。

精神科医だから日頃からありとあらゆる他者の勘が思考が分かるんだろうなぁと僕も漠然と思ってはいたがどうやらそうではないらしい。

医師免許持っていても、たくさんの専門的知識があったとしても、いくら医師として優秀で名を馳せていたとしても、それらの効果は「白衣」「診察室」「病院」「受付でお金を払う」等々病院、という装置がないと発揮されないというのである。

精神科医に過剰な期待をするな。所詮その程度の存在なのだ。

と言っている風にもとれる。自虐。

病院と言う場所亜があり、金銭の授受があって、初めて医者と患者の関係が構築されて医療は成立する。

と言っている風にもとれる。そこに私情は一切無い。超絶「公」。

まぁ両方とも含まれているんだろうけれども、目から鱗がボロボロ落ちた。

多分それらの道具立てなしに、日常生活において力を人前で誇示するのがいるのがメンタリスト、なのかなぁとも思った。

心理という分野において、医療行為に従事するのが精神科医。マジシャンのようにショーを行うのがメンタリスト。別に悪いとかじゃなくて、メンタリズムはエンタメなんだと思う。心理学をショーとして見せる人が今までいなかったからこそあれだけDaigoはウケたのだし、着眼点は凄いと思う。

・・・あと思い出すのは、雑居ビルの心療内科を放火した男の事件。己に一切効かない治療を施す医者、だけでなくその装置丸ごと燃やすというのはある種の正解であり、そこで正解を男は導くべきではなかった。やめよう。気持ちが暗くなる。

 

 

 

 

そして医師から見る様々な心の問題・・・「DV振るわれる」「引きこもり」等の分析は興味深い。

結局のところ、彼女はある種のドラマチックさ、濃くて過剰な人間関係で泣ければ満足のいかない人なのである。(中略)精神科医に相談しなければならない程に波乱万丈な人間関係の渦中にいることこそが、屈折はしているが彼女なりの濃厚で濃密ない人生なのであろう。p.145

DV男と付元サヤに収まってしまう女についての筆者の見立てである。

暴力を振るわされ、その他振り回され心身ともにずったずたに傷つく。

命懸けレベルの激しい揺さぶりの中でこそ、彼女は生きている実感を得る。辛い辛いと口先では言っていても、そこに人生のエクスタシーを感じている。

時々街中で怒鳴りちらして威張る男にヘコヘコついていく女、といった具合のアベックがいるが、あれの道理を理解した。女はああやって怒鳴られることこそに快感を感じていて、だから離れようとしないし、心の奥ではむしろありがたがってる。私に快感をありがとうございます。私を揺さぶってありがとうございます。神よ。

同情に偏らず冷静に、被害者心理の本質を見極めようとするところに、医療を感じた。

 

引きこもりのいる家庭の内部は、時間が止まっている。フリーズしている。物理的には時間が流れて居ようと、息子は永遠に青年のママとなる。しかも前途有望な青年として。彼は負け犬でもなければ挫折した若者でもない。尻尾を巻いて逃げ出した弱虫でもなければ、現実逃避をしているミスター「根性なし」でもない。たんにフリーズした時間に封入されている若者に過ぎない。あたかも琥珀の中に閉じ込められた太古の昆虫のように。世間の俗物どもを締め出したクリーンな「無時間の世界」に彼は棲んでいる。(中略)親は親で「引きこもり」が成立している間は現実を直視せずに済む。息子の実力、頭の程度はこんなものでしかんかったといった事実から目を逸らしていられる。pp,208-209

引きこもりは外に出ない限りはずっと明るい未来が待っている若者のままでいられる。その現状に親も甘え、膠着状態は長く長く続いて「引きこもり」問題が起きるのである。といった具合。

怖っ。って思った。

何もしななければ、僕達は何にでもなれる可能性を持っている。

モラトリアムの歪んだ肥大化が引きこもりなんだろうと思う。

醜く膨らんだモラトリアムはその重みで本人を押し潰し、推し潰された本人は何も成し遂げられないまま死んで行く。

選択し行動し続けなければならない。

ありとあらゆるものを捨てながら、僕達は。

身につまされた。

 

 



 

あとそれらの徒然なるシニカルに登場するのは100名の医師。

てっとり早くいってしまうなら、精神科医を相手に保険診療でじっくり話を聞いてもらうなんてことは無理なのである。本章の冒頭で述べた患者は、わたしのところへ来る前に、マスコミで有名なあるドクターのところを受信し、繁盛ぶりとは裏腹の性急な診察ぶりに失望していた(Dr.50ー有名になればなるほど診察が雑になるというジレンマを抱えたタレント医師)。さらに、たまたまわたしに時間的余裕があったので、いくぶんなりともゆったりと三位を傾けることが出来たというだけの話しなのであった。(Dr.51ー実はヤブ医者なのに、閑古鳥が鳴いているゆえに丁寧な診察で患者から感謝される医師)p.101

100人の医者が出てきてはいるが、実際は30人くらいである。というのも、その多くがD.r51のように筆者自身のことを皮肉っているものにすぎないからである。

でもこれらが、徒然なるままにとりとめもなく書かれていく心療内科医学的エッセイにパラパラと加わることで、読んでいてとても心地よい。食感、というか読感がいい。アイスクリームとコーンの関係。お米とふりかけの関係。エッセンス。

 

 

 

 

人は物語なしで生きることは難しそうだけれど、その物語が多少破綻していようとご都合主義だろうとそんなことはあまり問題にならないのだなあと、そんな感想を件の仏蘭西夫人は私に抱かせてくっれるのだった。p.154

筆者は人生を「物語」と称するが、そうすると僕が求めている物語って何。人生、よりものがたり・・・物語いう言葉を使うことで生き方云々考えやすくなるような気がする。

 

 

 

 

そして本書を読んで一番良かったと思ったのは、心療内科の治療方針について大まかに知ることが出来たということだ。

心療内科で、僕はストラテラジェネリック、あと気分を上げる薬、鬱を根本から治す薬、等一日5錠飲んでいる。けれども明確に「あなたはADHDです」「あなたは鬱病です」「あなたは躁鬱です」と言われたことは無かった。前職で説明が求められた際に、医者に相談した際はADHDの傾向があり特に気持ちの衝動性が特に強く出る傾向にある。そのため、気持ちの波の振れ幅を小さくするために抗うつ剤を呑んでいる」。と伝えて下さいとのことで、其処に明確なADHD」「鬱」という断言がなされることは無かった。

また、横浜でニートを嗜んでいた時代に2-3回かかった心療内科ではアスペルガーの傾向がある」とも言われたがここでも「あなたはアスペルガーです」断言されることは無かった。

どうやらまとめると、「ADHD的傾向があり、ASD的傾向もちょいちょいある。特に気持ちの振れ幅・衝動性がとっても大きい。だから抗うつ剤のんでる」

要するに、鬱じゃないのに薬飲んでる。

しかも5錠も。

明確な病名はそこにはなく、そこが僕は不安だった。

なぜ。

答えに近いものが、「第三章 技術と人柄」のpp.83-85において書かれている。

非定型精神病の症状をみせる患者に対し、統合失調症に用いられる薬剤を使用する医師、性格的な要因と考える医師、てんかんに類する症状と判断する医師、等色々いるいる例をあげたうえで)

重要なことは、それぞれ診断名やニュアンスに違いがあろうとも、だからといって医者同士が罵り合ったり上げ足を取ったりすることなく、冷静かつ前向きに話し合う事が可能な点である。(中略)唯一の正解があるといったことではなく、診断や治療において、一貫性がきちんとあるかどうかが大切なのである。p.84

病名云々よりも症状へのアプローチの仕方が一番大切である。病名はぶっちゃけ二の次である。と、僕は解釈をし、ちょっと納得もした。

鬱病」だの「双極性障害」だの病名が確定したからといって、鬱病だからこの薬」「双極性障害だからこの薬」といった具合に、薬の処方に正解がある訳ではない。内科や耳鼻科外科等、身体の病であれば「風邪だから風邪薬」「生理痛だからバファリンルナi」「インフルエンザだからタミフル」といったように「○○病であれば●●●」と病気が何かによって治療法が変わってくる。が、心・・・人間の一番複雑な目に見えない部分・・・・を扱う科・心療内科はそうではない。

病名の枠にとらわれず、症状に直接アプローチしていく。

効果効能第一主義。

なるほどね!とも思ったし、なるほどね!と思った。(語彙力)

 

・・・月に一度通う心療内科では、院長の女性の先生にかかっているのだけれども、同じ薬をずっと頂いている。実際効き目もある気がする。

時々曜日が違うと、違う医師になることもあるけれども、基本的には処方は変わらない。

薬貰って飲んで、普通に効果あって生活を送っている。

「朝起きて、三食食べる生活にしましょう」「ジェネリックではなくストラテラ、またはコンサータをのんでどちらかがいいか効果を見てみましょう」「気持ちを安定させるためにまずは抗うつ剤だけのんでみましょう」「希死念慮があるなら短期入院まずしてみませんか」

「薬貰って飲んで、普通に効果あって」の部分に、たくさんの分岐ルートがあったことを初めて知った。

転職や休職等に関しては非常に重要なのかもしれないが、治療・・・特に僕のような場合の重症とまではいかない軽症~中程度・・・するにあたって病名は、確かに、そこまで意味はないのかもしれない。

いつもの癖で病名こそ明らかになれば僕達はすべてが解決するような錯覚を覚えるが、心療内科においてはその法則は通用しない。

 

 

 

 

最後の章では、「幸福」という単語についての筆者の考えが述べられている。

おそらく幸福には二つの意味が含まれている。

一つには、幸運とか勝利とか果報、至福、快挙と言った強烈な喜びである。

(中略)

もう一つの幸福は、平穏無事とか安全安心、安寧とか和み、心配がない、なやみがないといった心の平和を指す。(中略)結局のところ、精神科医はこといらの(小市民的な)幸福の尊さを説くと言ったことになる。p.215

まぁうすうす気づいていたけれどもここまではっきり明文化されたものは読んだことがなかったからとても新鮮に感じられた。

実際まぁ、薬の効果があって僕は後者の「もう一つの幸福」を享受することが出来ている。

けれどもまだ、前者の幸福に対する執着も捨てきれない。その僅かなる抵抗の一つが、このブログである。僕の文章を多くの人に読んでもらいたい・・・。

まぁ第一は備忘録ではあるのだけれども・・・でもその「備忘録」もかっこつけにすぎず、本当はたくさんの人に読んでもらいたいからこうやってブログをやっている。純然たる忘備録であればノートでことたりるわけだし。

 

以上である。

結構色々書かれていて面白かった。

心療内科に関心がある人は読んで損はしない一冊だと思う。

ただし新書とはいえど、専門書とは言えない。言えない分、読み易い。

あと、僕自身の問題として捉えていなかったため割愛したが、統合失調症についても結構詳しく書かれていてそこも興味深かった。100人に1人が罹るという。恐ろしい話である。

また、文体はいくら随筆とはいえど筆者は医者である。硬め。読むのに結構時間はかかった。でもそこを差し引いても良書である。

 



 

依存症の場合。アルコールだろうとドラッグだろうとギャンブルだろうと、それにハマるタイプの人はそのような生き方が身についている。それ以外の生き方では、不全感や違和感が生じてしまう。彼等に対する治療もまた、夢から覚めるかの如く依存症から抜け出すと言った顛末にはならないようである。あえてシニカルな言い方をするなら、依存対象を医療や自助グループ活動等「依存症を克服した私という生き方」へと方向転換させることが治療の目標となっている。p.180

薬物依存。元野球選手の清原さんや、高島礼子の元旦那等を思い出す。確かに彼等は常に葛藤しながらも、「依存症に打ち克つ有名人という生き方」を目指しているように思う。多くの元依存症患者の心の拠り所として、ニーズがある職業だと思う。

でもこの考え方は、依存症だけにとどまらず、あらゆること特に心療内科的分野において通用するな気がする。

 

ニートだったり親が癌になったり、結局社会不適合こじらせて自殺まじで考えたりすることもあったけれども、それらから脱却したまぐろどんという生き方」・・・。

 

平山夢明『顳顬草紙 歪み』-続・刊・希・望。-

 

 

 

 

 

普通、人は〈美しいもの〉〈温かいもの〉〈正しいもの〉を求めて感動するようですが、わたしの場合はそれが全くでんぐり返っていました。pp.3-4

 

 

 

 

 

 

平山夢明先生ってどんな顔してるんだろって検索すると驚くほど人のよさそうな普通のおっちゃんの顔が出てきて、びっくりするよね。何回検索しても何回もびっくりしちゃう。

 

 

平山夢明顳顬草紙 歪み』(KADOKAWA 2015年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

 

【概要】

ある時、夜中に高野は、半睡半覚で気が付くと腕が伸びていた。

腕は壁を抜けて自宅の外まで達し、なにかを掴んだ「腕の魂」

勉強に集中できなくなる度に決まって現れる、自分の姿によく似た幻影「ベンキョーに負ける」

山で道を誤った男は近くの小屋に宿泊した。女が暮らしているその小屋では、決してみてはならないものがある「砂人魚」

幽霊でも人間の狂気でもない、解釈不可能の恐怖体験談を描く。

戦慄の怪談実話、第2弾。

裏表紙より

 

【読むべき人】

・実話怪談好きな人

・実話怪談の中でも不思議系が好きな人

・気持ち悪い文章読みたい人:平山先生の文章は総じて綺麗で気持ち悪くて読み易いので最高

 

 

 

 

【感想】

本シリーズの1巻である「串刺し」の記録でも書いたように、本書の存在を知ったのは、新静岡セノバジュンク堂である。表紙を見せた状態で本棚に並んでいた。から、平山先生の新作なのかな~となんとなく思っていたら、そうでもなかったとう。

あの本屋には間違いなく「奇書が読みたいアライさん」よろしく「奇書が読みたい■■さん」がいるんだけれども、絶対アイツの仕業だと思うわ。オカルトコーナーだけやたらめったら凝ってるし。「東京怪奇酒」とかもアイツの紹介で知ったし。その人が薦めてくる本、間違いなく外さないんだよねぇ・・・。

じゃあ本書をジュンク堂で買ったのか・・・というと・・・ごめんなさい・・・・ヤフオクブックオフで買いました・・・ブックオフも同じくらい好きだからさ・・・お金もないしさ・・・まぁそのさ・・・ブックオフには今後20年はいてもらわないと僕の生命が・・・。

 

本作では単なる〈霊のしわざ〉では終われないような奇妙な話を詰め込んでみました。p.6

 

前巻同様そんな本書は幽霊!!とは言い切れねえ!!!でも人間!!!とは言い切れねえ!!!といった具合の実話怪談集。

なので出てくる話がどれもこれも初めて聞くような話でとても面白い。やっぱりジュンク堂のアイツが薦めてくるだけあるなぁ・・・。でも本書裏表紙には勢いよく「第二弾!」と書かれているが2冊で終わってるんだよなぁ・・・成程、新品を一冊でも多く地方都市で捌けさせることで、アイツは続刊を狙う動きなの・・・か?

だとしたら協賛したい。

し、買うべきだった。

ジュンク堂新静岡店で本書を新品で買うべきだった。

新刊古書店で良書が想像以上に良書だとああ~って後悔するこういう現象、どうすればいいんですかね。ブックオフリスト、人生の半分以上をもうブックオフをの味を知った者として生きてきている訳なんですけれども、未だに打つ手が分からない。

 

 

これは続刊か?と思って間違えて買った単行本。

 

 

 

以下簡単に特に印象に残った話を書いていく。

 

 

「貰い物」pp23-26:人形集めが趣味の女性は知り合いからアンティークドールを貰ったが・・・。後日集めていた人形が壊れ始めて・・・。

貰った人形はレディと名付け、部屋の一番いい場所に置いて朝晩と声をかけたりした。p.24

最後の最後が突拍子もなくて本当に怖い。人形を壊していたのは誰だったのか。突然の結末に唖然とした。

あと僕自身お人形が大好きなので、印象に残ったというのもある。メルカリとかヤフオクとかで中古(所謂「里子」)でお迎えしたドールもたくさんいるし、こういう現象いつ起きても分からないのだわ!!

ちなみにヤフオクとかで「日本人形」「アンティークドール」「創作人形」とかで検索すると結構怖い顔したドールちゃん達もいてなかなかゾクゾクするよね。しかもそういう子に限って最低落札価格が高かったりするから・・・更に興奮しちゃう。

 

 

「チコ」pp.35-39:灯油缶の中に棄てられていた猫を拾ったが、その猫の周りでは不思議な現象が続いて起きる。

猫の周囲で起きる現象も初めて聴くようなものばかり。というか不思議な現象を起こす猫、いかにもロマンチックな存在が実在するんだ~ってことにまず感動。

けれどその最期の恐ろしさと、最後の一行に書かれた淡々とした事実にゾッとした。

猫を好きな人って、人によるが、なんか単にペット好きとは違う人っていますよね。異様に愛していたり、もしくは単なるぬいぐるみとしてしか見ていなかったり、猫を好きな自分に酔っていたり・・・。最後の一行で、改めて確信。

 

 

「ジャージ姿の長い髪」pp.59-63:一戸建てを買ってから母親の調子がどんどんおかしくなっていって・・・?

やがて春が来て、家での生活もすっかり慣れてきたころ、母親が突然、〈わからなく〉なっていた。p.59

結末は母親に何らかが起こって終わるのかな・・・?と思っていたので、まさかの結末に面食らった。ここで安易に母親が陰惨な死に方をしたら「ああはいはい」で終わるんだけれども、生半可普通に生きて居るもんだから妙な後味が尾を引きずる。というか、平山夢明先生の実話怪談はいつも予測可能範囲から微妙にずれたところで着地するから、やめらんねぇんだよな・・・。

「CMやドラマに出てくる家そっくりのもの」p.59のような一軒家が、数年十数年と時を重ねていくにつれてどんどん色褪せて、薄暗くなり古ぼけて、ひっそりとした存在になっていく様がなんともいえずもの悲しい。

 

 

「妄夢」pp.99-107:倒れやすい女子中学生まひるは、奇妙な夢を見るようになる。そこにかつて同じピアノ教室に通っていた少年が現れるようになって・・・?

「だめよ。そんなことばかりしちゃ、怖いことになるよ」p.103

なかなか繋がりそうで繋がらない。不気味な夢の実話怪談。

夢と現実との対比も、なかなか意味不明。なぜそんな夢を見るに至ったのか。なぜまひるは夢で犯罪にはしるようになったのか。なぜそれをかれはずっとみていたのか。

夢、の実話怪談といえば「猿夢」があって、あれは露骨にずんちゃか怖いけど、これは低弦の弦楽器のチューニング聞いているような感じ。

音程が、とれてないけど。

最後の一行までとれていない。

 

 

びっくりするくらい赤い。
こんなに色ついてる本、他にCLAMP「Holic」くらいしか知らない

 

「ヨシオカくん」pp.108-115:衝突事故。軽自動車に積んでいたサーフィンのボードが激突で脳挫傷。しかしその時に乗っていたドライバーの青年は・・・。

回復室から戻って来た看護師さんが田中さんに「おかあさん、頻りにヨシオカっておっしゃてますよ」と告げた。p.114

天文学的数字の偶然に、天文学的数字の偶然が重なると、それはもはや運命越えて恐怖。そういった一篇。偶然と思っていたところからこそ人生拓ける・・・みたいな話をうのみにしちゃう僕なので、超印象に残った。バッドエンドをさんざん匂わせた挙句の、ほっとするような終わり方も良い。ひらやまゆめあきてんてぇみを感じる。

好きから嫌いか関係なく、本書で一番覚えている一編。多分本書を読んだことは忘れても、この話を忘れることはないだろう。

 

 

「夜勤」pp.121-125

夜勤の看護師「面白いところよ」「もう少しよ」「すぐそばに、ナースステーションがあるあら絶対に声をあげたり、動いたりしないで」pp.123-124

夜勤看護師に声当ててもらいたい声優ランキング

1位:上田麗奈 ささやかれてえ

2位:桑谷夏子 ばぶみ

3位:水樹奈々 逆に滑舌が良いバージョンもあり

4位:早見沙織 ピッタリだと思うが想像がつくため4位

5位:市ノ瀬加那 女子高生夜勤看護師、アリよりのアリ

 

 

 

 

 

 

イトマルの夢」

鈴木さんは大学の受験勉強の頃、不思議と妙な夢を見た。p.126

夢系実話怪談第二弾。これも結末が予想外のところに着地してびっくり。夢で犯した罪は罪ではないということか。主人公の人生がとんとん拍子なのも拍子抜け。

あと「イトマル」ってポケモンいたよね・・・全く関係なかったけど。

 

 

「柱毛」pp.138-141:恋人の実家の仏間の柱に、つややかな髪の毛がもっさりと1メートルほどはえていた。

柱に毛が生えているというシュールな場面もさながら、とんとん拍子に進むハッピーエンドにニッコリ。こういう神様系の話、好きです。何なら神社も大好き。何なら僕の両親はそういうの大好きすぎて新興宗教入ってる。誰か助けて。

でもこの実話、幸せな結末に導いたのは、直接は夢自体ではなく主人公の思い切った行動っていうのもいいですね。

 

 

「こんばんは」pp.149-151:ピンポンダッシュ

「でも、そんなに急いで逃げたとすると必ず足音が響くはずですよね」p.150

死後系の話。こういうのに僕は弱い。めっぽう弱い。天国よあってくれ頼む。

最後起きた現象が生々しくて本当に厭。死後時k語句に落ちてたら普通に怖いですんだんだけどここは平山夢秋教祖、違うんですよ。死後の世界をもっと生々しく体感のある表現で、怖くて厭だ。

なんだよ・・・なんなんだよぉ。

 

 

「十五の春」pp.152-154:視覚に異常をきたした女子高生がある日倒れて3日間意識が戻らなかったというが・・・

「あとからきいたはなしなんですけど、あたしはその時、〈ワキヤトキツレ〉になっていたんだそうです」p.153

不思議な三日間の話である。何ならちょっとした「世にも奇妙な物語」レベル。フィクションなら陳腐な話だけれど、でもこれが実話というのだから、なかなか興味深い話であるなぁ、と思う。

多分死ぬ直前、己の生きた時代、以外の時代を見たいとでも祈ったのかな。せっかくなら、テレビもドラマも野外ももっと3日間、ワキヤトキツレ楽しめばよかったのに・・・。

15歳。尾崎豊が盗んだバイクで走りだしている間にこういう体験をしている女の子もいたんだなぁと思うと感慨深い。

 

 

「いつかわかる」pp.172-178:小学生から中学生の時にかけて、公衆電話が自分にだけ聞こえるように鳴るというが・・・。

小説のような実話。頼む小説であってくれ。

実話系怪談あるある:未来の自分から電話かかってきがち

の法則に野ッと他実話なんだけれどもその中でも多分屈指のトップクラス。主人公の家庭、娘の存在・・・といい妙に人生を感じさせられるのがたまらないですね。

 

 

「月に行く」pp.187-192:プールの授業で溺れたヨシモトは、次の期末テストでは五教科巣満点に近い抜群の成績を残した。

起こる現象の怪異さ、よりもその現象を利用しようとした親子の執念が怖ろしい一篇。母親っ子であったという男子中学生・高校生と恐らく中年以降である母親が日々繰り返す行為・・・。恐らく冴えない容姿だろう。母親も疲れた顔をしているだろう。それでも続ける・・・希望ある未来の為に・・・想像するだけでゾッとする。

多分父親は家のことに無関心だったんでしょう。家庭環境も透けて見えるような一編。

数ページなのに、「いつかわかる」といい本編といい、体験者たちの暮らしや人生等体験者の色んなものが立体的に見える。ここがやっぱ他の実話怪談作家と一線を画すところなんじゃないかなぁと思う。

 

 

「マネキン」pp.204-208

大野さんはある大手予備校の講師をしていたのだが、心機一転、弁護士を目指して頑張ることにした。p.204

起こる現象が怖ろしいが、その怪異の対処法がなんともユニーク。いや普通だったら限界迎えるでしょってところを元予備校講師根性で何とかするのわろてしまう。いやいや仲良く暮らしてるんじゃねーよ。

 

 

「奇妙な人」pp.209-212

大熊さんの叔父は変人だった。p.209

あらあら不思議、何とも不思議・・・な一編。人間よりかは神様に近い人だったのかもしれない。その一族を守るために生まれたような存在、というか。「ふきだま」というエピソードが付け加えられているくらいで話の大筋に、恐怖や斬新さ、もしくは胸を打つような感動があるという訳でもないが、心に残った一編。

 

 

「臨終」pp.257-258

「いやだよ」p.258

2ページにして、今までで一番後味が悪い一編。

「ごめんね」「だめだよ」でもなくついて出た言葉が「いやだよ」なのが後味の悪さを助長させる。

せめて「ごめんね」と言える自分でありたい。

 

 

 

 

以上である。結構面白く読めた。

大学受験勉強時の話が結構多く収録されていた気がする。やっぱ多くの人が今日鬱うして経験する一生に一度の気狂いチャンスイベントなんだろうな。

 

 

 

 

平山夢明先生の、250ページを超える実話怪談単著って、実は本シリーズが初めて。

というか、他にもあまりない気がする。竹書房文庫は大抵220ページ程度で終わってしまうし。

且つ幽霊人間、両方の怖さをぎゅっと詰め込んだ大変お買い得な内容でもある。

2冊で終わっているのが本当に惜しい。3巻4巻と是非読みたい。文庫オリジナルでもいいので、中山市朗先生の「怪談狩り」みたく。

ジュンク堂のアイツが数年経てもおススメしているのがよく分かる。数年経ても怖さ奇怪さは一切色褪せることなくくっきりと読者の心に影を落とす。

最高のシリーズ。

 

家族写真。

 

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LINKS

tunabook03.hatenablog.com

 

平山夢明『顳顬草紙 串刺し』-平山夢明とひらやまゆめあき。-

 

 

 

 

平山夢明教に入りましょう・・・入れば総てが報われます・・・・。

 

 

 

 

 

平山夢明顳顬草紙 串刺し』(KADOKAWA 2021年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

 

【概要】

霧の湖の中、兄弟が乗るボートに近づく水音と、湖面から這い上がろうとする手「霧嫌い」。

事故で視力を失った鍼灸師が見た、人形(ひとがた)の影。

その後部屋に立ち込める異臭の正体とは「蛍火」。

八百屋の軒先につながれた奇妙な猿に掴まれると、決まって家から死人が出る。ある日、猿が裾を掴んだ相手は・・・・・・「予言猿」。

心霊現象でも人間の狂気でもない、怪談実話の新境地を拓く。

それはコメカミとコメカミの間に宿る、かつてない恐怖体験談。

裏表紙より

 

【読むべき人】

・比較的上質な怖い話が読みたい人

・ストレスたまってる人

 

 

 

 

【感想】

皆さん、もう平山夢明教に入りましょう。

ネットで少しでも「マシ」な怪談を探すくらいなら、平山夢明教に入りましょう。

noteやTwitterで素人のしょーもない怪談に辟易するなら今すぐにでも古本屋で平山夢明先生の本を山程かってたくさん読みましょう。

そして毎日胸に手を当てて祈るのです。

「ああ・・・平山夢明教徒・・・・本日も素晴らしい実話怪談をありがとうございます」

 

 

僕の中のひろゆき「なんか、よくわかんないネット怪談を漁って読むよりも、百発百中の実話怪談本を古本屋で何百円かで買って読んだ方が時間的にもSDGS的にもよくないですか?」

僕の中のほりえもん「野菜食べてる暇あるんだったらこれを読め!!!」

僕の中の池上彰「平山先生の本を読めば世界の総てが分かるという訳なんですね」

僕の中の細木数子「読まないと地獄におちるわよ!」

僕の中のキリスト「汝、隣人を愛しなさい そして夢明を愛しなさい」

 

 

ああ・・・平山夢明教祖・・・・。

 

 

となる一冊だった。すでに二巻は読破済みである。ちなみに本書は2冊しか出ていないので、これで全巻読破と言うことになる。

惜しい。惜しすぎる。

2021年夏、新静岡セノバジュンク堂表紙を見せた状態でこの本が置かれているのを発見した。お、教祖の新作か?と思ったら2015年の本だった。チェーン店なのに2015年の本って表紙見せて売っていいんだていうかこんな何冊も入荷していいんだはえーさすがオカルトに精通しているジュンク堂新静岡店、だからジュンク堂はやめられないぜ。

閑話休題恐らく僕と同じ気持ちの人間がいるということだろう。というかそのおかげでこのシリーズを知ったというのもあるんですが。

 

 

 

 

だってさ、まずさ、この表紙、最高~!!!!じゃないですか?

めっちゃカッコいい。

平山夢明先生の作品ってときどき怪談本とは思えないくらいのクールな表紙があるんですけど・・・昨日書いた「東京伝説」シリーズとか「他人事」とか「独白するユニバーサル横メルカトル」とか・・・その最たる感じ。よくわかんねえ洋楽のCDジャケットみたい。クール。褒めてる。

そして中身も「幽霊」でも「ヒトコワ」でもない中途半端な塩梅を狙った・・・ってこれも最高じゃないですか?飽きずに読めちゃう。一気読み。「あ~はいはいこれどうせ死霊でしょ」「あ~はいはいこれはどうせにんげんでしょ」パターンがないということですからね。オチが最後まで読めない。最高ですよ。

 

 

例に挙げた「他人事」単行本表紙。
いろんなジャンルがライトに読めるのと、「倅解体」が入っている大傑作。



 

 

特に印象に残った話を記しておく。ネタバレ気にしないので注意。

ベストは「つらい記憶」。次点で「夜の蟬」「雛と抽斗」

 

 

「雛と抽斗(ひきだし)」pp.11-13:実家の寝室で寝ているとふと引き出しが気になって・・・。

トップバッターにふさわしい一話。よくあるといえばよくある、過去の自分が予言するパターン。

だけど、今回は的中率120%なのに、後半読めずの さいご』p.13で終わるのが最悪。

冒頭にして一気にパンチ食らったかのような一話。

 

 

「霧嫌い」pp.20-26:中学生と小学生の兄妹は夜明けに宿を抜け出しボートに乗った。

え?え?と怒涛の後半の展開がたまらん一話。

絶対これ怖い女が乗ってくる奴やんけと思ったら違った。貞子パターン化と思ったら違った。

ハッピーエンドの実話は怖くない、の法則を壊す。

「叩いて、流せ」p.25

この一言で話の流れが一気に逆転するのも見事だと思った。ネット怪談にはない巧みな技術。夢が明ける瞬間を捉える筆致。

あと進撃の巨人思い出した。終盤に出てくるあのもじゃもじゃの奴を思い出した。

 

 

「傷口」pp.42-49

「でも高田君のことはよく知ってたでしょう。すきなひとのことはよく教えてくれる」p.47

沙織かわいいかわいいをする実話怪談。

沙織と言うのはこの話で出てくる所謂メンヘラヒロインなのだけれども、彼女の無防備な愛らしさと起こる部無惨な怪奇現象のコントラストが恐ろしい。

最後の場面はまるでありありと、目に浮かぶ。

ホラーコミックチックな一話。てか漫画化してほしい。そして沙織かわいいかわいいをするんや・・・。てかドラマ化してほしい。櫻坂46の増本、お前がやるんやで・・・。

 

 

「ハカナメ」pp.76-80:ある日ヒロコちゃんはスプーン曲げが出来るようになると言い・・・。

ハカナメ。

儚め?

花カメ?(花カメラの略)

鼻亀?

花澤亀子?

と思ったら、墓舐めでした。

成程ね。成程。

本書の中では結構グロテスク。ヒトコワに近いかもしれない。

けれどその墓の正体であったりだとか、ヒロコちゃんの顛末だとかが結構悲惨で厭だった。まぁ実話なら途中でご両親が気づき病院直行しそうなものだけれども・・・まぁでも実話だからきっと何か事情があられたんだろうなぁ。

お約束通り、ヒロコちゃんはクラスから「転校」という形で去った訳だけれども・・・その後彼女はどうなったのだろう。死んだのだろうか。生きているのだろうか。生きているならまともか?それとも・・・まだ、舐めているのか

 

 

「怖いから・・・・・・。」pp.91-97:マンションに人だかりが出来ていた。どうも、同じフロアから自殺者が出たらしい。

生々しくて存在感めっちゃあある幽霊というのは、今まで結構懐疑的だったんですけど、YouTube「YamaQ」さんの動画を見てから、あやっぱいるんだこういうのとなったんですよね。

「YamaQ」さんというのは、千葉県の事故物件に引っ越した方で、其処に起きる現象を度々アップしてくださってたんですけど・・・ポルターガイスト当たり前、誰もいないトイレ普通に音鳴る。

そして何といっても・・・

「あぁ・・・・あああああ」

って声が聴こえるんですよ!!!道路から!!地面から!!!ええ!?ええ!!??ってなるくらいはっきり聞こえるんですよね。しかも何回も。

是非見てみてください。めっちゃびっくりするあれ。いや不気味だし。怖いし。

閑話休題

この話はまぁ事故物件ものではないんですが・・・あれだけはっきり発声できる者がいるのであれば、まるで生きているかのように存在し続けることが出来る者もいるんじゃないかと思う訳です。

いやいや、怖い怖い。

 

 

「四日間」pp.104-108:特養ホームに知的障害+盲目の老人が入って来た。少ない持ち物の一つに、パーマをかけた女性の写真があった・・・。

とても切なくなる一篇。

ここで彼が知的障害だけ、患っていたのであれば、アウトサイダーアートの美談に過ぎないが、目が見えないのに何故・・・。けれどこの「不思議」は今までの「不思議」とは違う、どこか温かい「不思議」。

きっと最期に、還りたかったんだろう。

同時にそこにしか還るところがない彼の孤独さを想わずにはいられない。

けれど同時に、

「あ、でもこれ他人事じゃねぇな・・・」

なんとフリーターでも時々メンタル不調で病んじゃう僕。28歳無事喪女童貞(メス)魔法使い目指して、街道直行中。魔女っ娘まぐろどん。

最期に還る場所を全力で描くだけの体力があった、というだけでも彼はかなり幸せな部類に入るのかもしれない。

 

 

「怖かったんだよ」pp.119-121

船井さんは幼い頃から『見える人』だった。p.119

自分がされなかったことを子にする、って言う話ってめっちゃいいよね・・・。

「四日間」に続き、ちょっと心が緩んでしまう一篇。平山夢明先生は緩急がうまいのよ。緩急が。もうそのテクに僕は何度イッたことか・・・。

「東京伝説」もとい、急だけの書籍は結構あるので、逆にこういう緩だけの話を集めた一冊が読みたいですね。

その時は「ひらやまゆめあき」名義にしましょう。

・ひらやまゆめあき『やさしいほん あなたのそばに』

・ひらやまゆめあき『やさしいほん ずっと・・・』

・ひらやまゆめあき『やさしいほん つなぐ』

・ひらやまゆめあき『やさしいほん こわくないよ』

多分、身近に亡くした人や、もしくは老後幾ばくも無い老人・病人、等の心の癒しになるんじゃないかなぁ・・・。

まぁ嫌な話、怖い話を聞くと興奮するような平山先生がそんな一冊を出すとは思えませんが・・・でも恐らく日本で一番恐ろしい実話怪談を知っている彼だからこそ、できる一冊でもあると思うんですよね。おいKADOKAWA、お前に言ってるんだぞ。

竹書房はダメです。そこらへんうさんくさいヤクザ事務所なので。

 

 

「予言猿」pp.127-131:顔を失った猿が、裾をつかんだ人の家からは必ず死人が出る。

落語家が話た昭和の話。

なので実話、よりかはちょっと落語に近い、というと怖くないように聞こえるが、けれども怖い。ちょー怖い。

顛末が何とも言えない。最期の最期の猿の手の結末には唸らされる。

是非これは実話怪談ではなく落語で聞きたい。狂った八百屋のおやじさんの演技を見たい。ないのかな。

 

 

「串刺し」pp.138-143:教授のもとに書生として住み込んで勉強していた若者は勉強をしている変な音・気配に悩まされ・・・。

表題作。確かに、起こる現象は他に類を見ないものだし、独特の後味も素晴らしい。ただ表題作に選ばれたのはタイトルの語感メインかな、と思う。

だって読者の心を串刺しにするような話が多い中で、これは比較的「ひらやまゆめあき」の微笑を感じられる実話怪談だったから・・・。

ゆめあきてんてぇ・・・・。

というか現象よりも、前半の教授のヒトコワの方が結構怖い。え。理系の大学教授ってこんなんばっかなの?そっちに目線串刺しなんですけれども。

 

 

「詛」(そ)pp.144-147:ある日突然指先から出血した。ケガもしていないのに。しかしその出血は止まらず・・・。

「詛」の意味は呪と同義であるらしい。p.146 勉強になった一話。呪詛とかいうし。

にしても、ドアにいきなりこんな漢字書かれていたらたまんないな。

呪い云々生霊云々女の呪い云々よりも、ドアにいきなり「詛」が書かれているというのが怖かった。

 

 

「思い出」pp.148-154:彼と旅行に行くつもりが、おじゃんになってしまった。腹立った彼女は、登山をすることに決めた。

『・・・・・・子の墓。・・・・・・子はとってもかわいそう』p.152

「まぐろどんの墓。まぐろどんはとってもかわいそう」

山で自分の名前がこうやって彫られてたらいやあもう僕だったら間違いなく下山できないね。その場で卒倒だよ。

絶対これバッドエンドじゃん・・・と思ったら、後ろからぎゅっと、ひらやまゆめあきてんてぇが抱きしめてくれる。

てんてぇ・・・てんてぇ・・・!!!

僕にとっての神はてんてぇでしゅ・・・!!

 

 

「叫び」pp.167-174:引っ越したボロアパート。隣室はなんと事故物件とのことで・・!?

平山夢明の実話怪談って怖いですよねええ、誰だよ。てんてぇとか言って崇めてたやつ。結構怖かった。

まず悲鳴上げてたのが実は自分だったんやで~パターンは慣れてるんですけど、そこから畳みかけるように起きる現象がなんとも不気味で怖くて厭だったですね。僕は。たまらんよ。やめてくれ。なんでそんなグロテスク描写巧みなんだよ。見たことないのに生々しく浮かぶだろ。やめてくれ。

あとその女、っていうのがフィリピン女性というのも妙に生々しくて厭でした。

 

 

「傷」pp.175-178:身寄りのない老人。全身麻痺と意識不明。だが時々身体をふくために包帯を外すと、傷がついていることがあり・・・・。

ぞっ、とした。色々。

NO飲酒運転。絶対。

 

 

「携帯」pp.179-181:ドライブ前日、突然電話がかかってきて・・・!?

予言系実話。

『だめなんだよ!』p.180

且つ妙にヒステリックなのが良い。

でもかけてきたのは一体誰。って思うと・・・バタフライ・エフェクト

 

 

「尻餅」pp.182-185:容態が急変したお祖母ちゃんの家に向かう途中、車がパンクした。

父親「危ないから、降りな」p.184

からの怒涛の展開にあっけらかん。そして最後にもあっけらかん。4ページの怪談だけれども読後感はあっけらかん。

え、どういうこと?になる。え、どういうこと。

お祖母ちゃんが最後の自分の寿命と引き換えに、孫の無事を祈ったってことなのかな。

にしても、上記の一行は、最高だなぁ・・・と思った。なんかリアルじゃないですか?「降りろよ」でもなく「降りて」でもなく、「、」の後に「降りな」。父親の声で僕は聞こえた。

 

 

 

「パグ」pp.186-192:

ワンちゃん(パグ)が無事でよかった。

 

 

 

 

「実験」pp.193-196:幽霊の足をとる、霊拓をやるよ~~~!!

実験結果がちょっと予想外過ぎましたね・・・。血までならまぁ分かる・・・んだけれども、その後うわぁそうきたか・・・になった。うわぁそうきたか・・・。

しかもその後追いをするかのような・・・さりげない死・・・100点。

やっぱこんな実験を許可するくらいだから日頃ろくでもないことばっかしていたのかなぁ。

 

 

「蠟石」pp.225-226:仲間外れにされた少年は一人で道路に線を書き始めた。

短くあっさり怖い短編。ひょえ・・・っになる。まさしく「瞬殺怪談」、出版社違うので収録されないでしょうが。

ちなみに「蠟石」というのはチョークのことかな?と思ってたらそうでもないみたいですね。「詛」の意味と言い、勉強になるずぇ・・・。

 

 

「て」pp.229-231

放ったらかしの親だったという。p.229

その子供の霊が・・・と言ったお話。こういう後遺症が残るのはね、僕はね、良くないと思うよ。仲良くやろうよ・・・。

タイトルが「て」なのが秀逸。ひらがなにすることで、その主が子供であることを暗示させている。

 

 

「隣の家」pp.243-250:両親が亡くなり、実家に戻って来た。すると隣の家族がある日一家心中をして・・・。

ホラー映画さながらの緊迫感の一篇。クライマックス、シンプルに怖かった。こういうスリリングな展開を確かな筆致で描ける作家は意外に少ない。平山夢明先生と三津田信三先生くらいしか僕も知らない。小池真理子ちゃんのスリリングも嫌いじゃないけど郷愁とか寂しさとかで誤魔化している部分があるので・・・。

顛末もさらっと恐ろしかった。不憫すぎる。

この一篇で、長編ホラー映画が撮れそうなボリューム。撮って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つらい記憶」p.251

あのね、三行にも満たない一番ね、短いお話だったんだけどね、これがね、一番怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「電話」pp.252-255

??『きょう、ゆみちゃんとならんではだめよ!』p.254

予言系実話その2。

実話怪談あるある:未来の自分から電話かかってきがち

 

 

「つぐみ」pp.256-257:進藤さんは小学三年の時に母親を亡くした。

ひらやまゆめあきてんてぇの作品である。

これまた最高なんですわ・・・。

ホラー映画とか残酷性とかそういうとこばかりフォーカスされがちなてんてぇだけど、こういうところももっとフォーカスしてほしい。そして単行本を出せ。KADOKAWA。

 

 

「夜の蟬」pp.258-261:夜に携帯のバイブ音が鳴り・・・。

本書で二番目に怖かった話。

女の形相も派手で怖いけれども、その女の正体が・・・っていうのが恐ろしかった。

あと本編で出てくる携帯の色が僕といっしょなのも怖かった。

福澤徹三『怪談歳時記』「9月」の話も思い出した。あれも厭な話だったな・・・。

ちなみに僕は9月生まれである。さいあくだよ。

 

 

「イタ電」pp.272-275:電話がかかって来た。

『ちずるちゃんが!落ちちゃったぁ!』

『あんたがアイスを買いに行ってる間にぃぃぃ』p.272

実話怪談あるある:未来の自分から電話かかってきがち

の、変化球。

その正体がちょっと予想外だった。まぁ確かに、本人の声・自分の声よりは本人に身近な人の声を借りる方が、本人も信じるわな。

 

 

「自転車」pp.280-283

オチ草。

 

 

今のところ出ているのはこの2冊。並べるとより一層格好いい。

以上である。

数年前に刊行されたにもかかわらずやっぱ押し出されているだけある。

非常に面白かった。

また、平山夢明先生の新しい側面・・・「ひらやまゆめあきてんてぇ」という新しい側面を確信させる一冊でもあったように思う。

 

これからも、教祖の実話怪談本は追っていきたい。

 

 

 

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「他人事」はよんだのが多分7-8年前、大学時代だったと思うのですが、その時に読んだ「倅解体」の衝撃を越える短編に未だ僕はあれから、出会っていない。

その後東京で行われたスゴ本の読書会で文庫本は放流しちゃってちょっと後悔たのですが、単行本の表紙がばちばちにかわいくて所有欲を満たすためだけに入手したという経緯がある。帯とかめったにこだわらない人間なのですが、この「他人事」は帯も大切にしたいと思っている。

朝宮運河氏の子のアンソロジーにも「倅解体」は収録。ああこの短編が脳髄ぶっ刺さったのは私だけではなかったと感極まった。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

文中でとりあげた作品。

「他人事」と土井用ライトな短編がギュッと集まった一冊。いろんなジャンルのホラーが楽しめる。悪く言えば玉石なんとやら。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

作者の同じく実話怪談本。東京伝説はヒトコワです。綾辻行人先生のグロテスクホラーが好きな人には間違いなくおススメ。

 

tunabook03.hatenablog.com

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