無事に帰れると思うな。
朝宮運河編『宿で死ぬ 旅泊ホラー傑作選』(筑摩書房 2021年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
ひっそりとたたずむ老舗の旅館や、どこか懐かしいグランド・ホテルーーー。
非日常に飛び込む旅の疲れを癒し、心やすらぐべき「宿」を舞台としたホラー作品は今も昔も人の心を惹きつけ続ける。
その空間に満ちているのは、恐ろしさ、不気味さ、残酷さ、美しさ、そして・・・・・?
「逃亡不可能」な短編を一挙集結!
珠玉の傑作アンソロジー
裏表紙より
【読むべき人】
・良質なホラーアンソロジーを読みたい人
・旅行好き
【感想】
結構面白かった。
昨年「家が呼ぶ」が出た地点では既読作品が2作収録されていたため目を瞑っていたが2021年になって朝宮運河氏のアンソロジーが2冊も気づいたら出てたから慌てて過度かホラー文庫の「再生」そして本書と着手した次第だが、まぁ面白かった。多少好みは分かれれど、きちんとホラー小説、って感じなのが良い。
2冊読んで言えるのは、朝宮氏は稀有なる若手☆ホラーアンソロジストということですね。若手。ホラーアンソロジー界の第七世代。芸人界でいう、霜降り明星ハナコミキEXIT四千等身かが屋マヂカルラブリーミルクボーイ、イコール、ホラーアンソロジー界の朝宮運河氏。もう何十人という第七世代の芸人の重みを、朝宮運河氏が一人で背負ってます。頑張れ朝宮負けるな朝宮。*1
というのも、ホラーアンソロジーを編む人って今まで大御所の東雅夫氏のほぼ独壇場だったんですよ。専業で、編む人がほとんどいない。いたとしても長続きしなかった。
そして東雅夫氏も人間の一個人である以上どうしても「好み」というのがあるんですね。妖怪や幽霊がほんのり出てほんのり消えていく。そういったものが好きなのかなぁと僕は勝手に推察しているのですが。
それが悪いとは言わない。悪いとは言わないが、アンソロジー界の唯一の大御所となってしまった以上、「日本のホラーアンソロジー≒東雅夫氏のアンソロジー」状態に長年なっていた訳ですよ。
そこにここ1年でものすごい勢いで攻めているアンソロジストがこの朝宮運河氏という訳なんですね。
つまり、日本のホラーアンソロジーに幅が出来た訳です。ホラー界において否、日本の文芸界において非常に好ましいことだと僕は勝手に思っております。
ただまぁ朝宮氏もユニットではなく個人なので、どうしても趣向というものがあるのですが・・・。でも読んでいる限り、なるべく様々なジャンルから持ってこようとしている印象。
多分土台となっている朝宮氏の趣向は福澤徹三先生や小松壮彦先生のような、取材がベースとなっている武骨な実話怪談系が好き・・・だと思うんですよ。
でもそればかりに偏らないように・・・山白朝子先生・小川洋子先生・恩田陸先生をいれて・・・といった配慮がなされているように僕は感じたのですが・・・どうでしょう。
とにかく、自分の好みに偏ることを極力避けている。バランスが良い、誰が読んでも面白いアンソロジーを作ろうとする気概がある。気がする。
その点で、朝宮氏は非常に優れたアンソロジストだと思うのですが、どうでしょう。
まぁ東雅夫氏のように自分の趣味前回のアンソロジストも悪くはないんですが(「てのひら怪談」は高校時代むさぼるように読んだし、「文豪てのひら怪談」はバイブル、「平成怪奇小説傑作集」1-2巻はばちくそ面白かったです。3巻は未読)、同人誌ではなく公に出版する書籍を編んでいることを鑑みると、朝宮氏のがその点においては優れているんじゃないかなぁ、と思う。
ただまぁやっぱ読書量は「平成怪奇小説集」然り東氏のが当たり前に圧倒的だし、東氏の審美眼がずっと長く鋭く現在もあり続けていることは本当に凄いと思うのですが。
閑話休題。
まぁそんあ良質なアンソロジスト・朝宮運河氏による一冊なのですが・・・実際僕はこの本から、読書が無事広がりました。
まず遠藤周作。「三つの幽霊」が掲載されている短編集をメルでカリ、結果付随してきた一冊も含めて2冊読みました。昭和文学全般に言えるんですが、やっぱりめちゃくちゃ読み易い。
あと小池壮彦。恥ずかしながら本書で僕はこの名前を初めて知りました。『東京物件案内』という本を恥ずかしながらメルでカリ、今読んでます。ホラーを取材しているのが面白いですね。
山白朝子。デビュー作『死者のための音楽』は既読で衝撃を受けたのですが、本書を読んでまた読みたくなっちゃって・・・・今また『私の頭が正常であったなら』を読んでます。
そして・・・福澤徹三。
ぼくは徹三の味を、朝宮に教えられました。もう僕は徹三の実話怪談の虜です。徹三がないと生きていけない。う~ん・・・ビクンビクン。
あとまぁ未定ですが、この後も「都築道夫*2って名前だけは聞いてたけどこんな感じなんだ~次読んでみようかな~」「綾辻行人の「ふかみどなんとかきだん」、あらすじ読んでビミョーと大学時代思ったが、これなら非常に面白そうだな」と思っている具合であります。
これだけ読書がぐっ・・・と広がるのはやはり本書が優れたアンソロジーだからではないでしょうか。
以下簡単に、各作家各短編の感想を書いていく。
本書で特に好きな短編は福澤徹三「屍の宿」。次いで北野勇作「螺旋階段」。
遠藤周作「三つの幽霊」:筆者が体験した3つの心霊体験の記録。
第一回目の体験はフランスのルーアンと言う街で起った。p.11
この短編が収録されているアンソロジーの記事に、感想は詳しく書いた。まぁその記事まだあがってませんが・・・。
このアンソロジーで初めて遠藤周作と言う作家を知ったよね。いやまぁ名前くらいは知ってたよ。『海と毒薬』という本を書いたことも知ってた。
けれど、留学経験があること・・・彼がキリスト教徒であること、「海と毒薬」が人体実験を取り扱った作品であることも初めて知った。そういえばちょっと前に映画化された「沈黙」も、なんかキリシタンが重い生と死に直面・・・してそうな映画だったなぁ、となる訳ですよ。
是非、読みたいと思ったね。「海と毒薬」。まぁ凄い量の積読があるのでアレでアレですが・・・。
あと検索して驚いたのは、背が高いことだね。「遠藤周作」って名前だけだと、なんかわかんないけど低いイメージないですか?170はないだろなみたいな。そしたら180はあるスタイリッシュハゲの写真出てきたから驚いたよね。ハゲてるけどなんか、格好いいんですよ。
福澤徹三「屍の宿」:不倫相手の涼子を連れて、私は温泉街にやって来た・・・。
「いままで黙ってたけど、この旅館はどうなってんだ。接客は最低だし、汚いうえに料理もまずい。おまけに勝手に客の部屋に入ってくる」p.65
最後の一文がお見事な一編。
主人公が■■■■■・・・・ホラー小説であればよくある展開の短編ではある、だから僕は途中で気づいても良さそうなものなのだが、一回目の時最後の最後まで全く気付かなかった。改めて見ると序盤からあらゆるところに伏線が張られていたのね。なんたる伏線・イトル回収!
ガラリと変わる最後のシーンは圧巻。映像化してほしいですね。
ちなみに、この話は「血天井」が主題になっています。僕も中学の時教科書か死霊集荷で見てワクテカした覚えがある。戦国時代とかの武士の血がついた天井のことです。寺社に使われたりします。
でもそれを、鮮やかに、現代の怪談にしてしまうとは。血天井の色が風化して茶色くなって黒くなってもこの短編は色褪せることなく今も鮮やか。
ちなみに、「再生」と本書を読んで僕は福澤先生の実話怪談だけでなく短編集も一冊読んだのですが・・・実は当たり外れが激しい作家なんですね。まぁ一冊しか読んでないですが。これは大当たり。
坂東眞砂子「残り火」:房江は今まで38年間、15歳年上の夫を刺させ続ける生活をしてきた。旅行も行かず我儘も言わず意見も言わずただひたすら夫のいう事を聞いてひたすら・・・ひたすら・・・。
ーーー戻ってこい・・・・・・房江・・・・・・・p.84
坂東先生の作品は何回かアンソロジーで齧ったことがあるんですよ。一昔前を題材にしていて女主人公で何とも言えないじっとりとした厭な後味を残す短編が、多いんですよね。毎回「うわぁ・・・」ってなってドン引きします。下手に文章力ある分うわぁ・・・・度は高い。本作も例にもれずうわぁ・・・です。ドン引き。ないわぁ。まだ岩井志麻子先生の作品の方がまだ理解できます。心抉られるのは坂東先生の方ですね。僕は。
でも毎回面白いのも事実なんですよ。でもまぁ・・・一冊はまだちょっと子供の僕にはくどいかなぁということで、坂東先生の本買ったことは無いんですけど。
今回はその中でも結構ダントツ。世紀末に書かれた作品で、「旧世紀の女性から新世紀の女性へ」と変わる一歩目を描いた作品。女性の価値観の核心を描いた作品。普通ならまぁ明るい希望いっぱいの感じで描かれるんでしょうけどね。
さすがは坂東先生。読者の心に、バッチリじっとりトラウマ残します。特に真相を知った時の房江の絶望ときたら・・・えげつない。トラウマ。読者ですら膝から崩れ落ちるような真相。
ところが最後の読後感が・・・まさかスッキリ~とは思わないじゃん。
展開としてはこの前読んだ第一弾アンソロジー『家が呼ぶ』にも収録されてる平山夢明「倅解体」に通じるものがあるかも。我慢の上に成り立つ家庭生活。あっちは逆に最後の最後の結末で、今までの読書史上最悪の読後感を僕に与えましたが。
ちなみに、坂東眞砂子先生は既に鬼籍に入られているんですよね。大学時代「あ!!あの読んだことあるじめじめ女性作家亡くなったんや!!」と思った記憶がある。なんか道徳観がぶっとんでて、うわぁそういう方ってやっぱ短命なんだなぁ不謹慎だけど、とも思った記憶がある。
今検索して初めて著者近影見たのですが、写真見てもやっぱりなんか「ぶっとんでる」んですよね。無表情の時は口角下がっててさながら凶悪事件の女性容疑者のような顔をしているんですよ。ただ笑って何かを話している時は、瞳に少女のような輝きが宿りイキイキとしている。そこで僕等は彼女が結構な童顔であることに気付く。凶悪犯罪者のような濁った瞳と少女のような純粋無垢表所を併せ持つ。
その、掴めなさが怖い。
一体、どういう人間だったんでしょうね。
同じくねっとり小説を書いているみんな大好き岩井志麻子先生は、バラエティにコスプレしてエロ小説書いて韓国人と再婚したくせに犬に「竹島」と名前をつけるというある意味ぶっ飛んだ人間性をお持ちですが・・・多分坂東先生は、もっとぶっ飛んでた人なんじゃないかなぁ。ある種のサイコパスチックな。
代表作の『死国』と、エッセイがあったら一冊くらい読んでおこうかしら。
でもまぁ、いくら面白くとも・・・「好きな作家」には、ならないでしょうね。怖いから。
小池壮彦「封印された旧館」:旅館のアルバイト仲間達は、入ってはいけないという旧館に足を運んで騒いだが・・・。
〈ここでは たくさんの人が 亡くなっています これ以上 先に行っては いけません〉p.98
エグい実話である。頼む!!創作であってくれ~!くらいの江草。どんどんどんどん人が死んでいく。
またそれにまつわって起きる事象も今まで聞いたことのないようなもので、否今まで聞いたことのないほど不吉で忌々しくて、なかなか興味深かった。特に印象深かったのは、「矯正器具をつけている女の子」。
ちなみに、この小池先生の文章は初めて読んだのですが・・・。なかなか癖がありますね。多分物事を整理してまとめるのは上手いけれども、元々文章書くのは得意ではないタイプの人間の文章。なので本書を一通り読み終わったら、ざーっと簡単に読むことをお勧めします。2回目だから多分読み易くなって、話の全体像もざっくり掴めるのではないでしょうか。
山白朝子「湯煙事変」:旅の記録を本に綴る和泉蠟庵と、その付き人耳彦が辿り着いたのは、度々宿泊客がいなくなる古めかしい旅館だった・・・。
宿の主人「昼のうちは大丈夫なんですがね、なぜか夜にこの村の温泉に入ると、戻ってこれなくなる人が多いのです」p.116
結構切ない一編。湯煙の向こうに現れたのは耳彦の幼馴染で・・・!?といった具合。流石は山白朝子、その邂逅を難なく自然につらつらと描いている。山白朝子の文章は読み易い分、心にじんと、何かが響く。
あと当たり前に描かれているけれども、江戸時代の「宿」描写もなかなか興味深かった。やっぱり蚤が飛ぶこともあったし、ご飯に石が混ざることもあったんだなぁ・・・と。まぁ本編に出てくる宿が例外なのかもしれませんが。
「耳彦」「和泉蠟庵」とキャラクター名が妙に具体的だなと思ってはいたが、やはりシリーズ物の一遍らしい。山城先生の本は読んだことあるけど、本編が収録されてる短編集『エムブリヲ奇譚』読んだことないので今度読んでみようかなあ。
あとまぁ・・・あれですね。小池先生の実話のあとにこの作品持ってくるというね。恐怖と後味の悪い実話レポとの後に、非常に読み易く且つ心にじぃんと響く本編を掲載する。緩急・・・否、「急緩」の具合が素晴らしい。ぐいぐい次を読ませるための編者・朝宮先生の腕を感じますね。
恩田陸「深夜の食欲」:ホテルの若いボーイは、ワゴンを押して、客の元へ頼まれたご馳走を運んでいく。深夜。
『ヘイスティングス』が性悪なのは、ただきしんだりコースを外れたりするからだけではない。p.147
既読の短編。恩田陸先生の「朝日のようにさわやかに」という短編集に収録されていましたが、僕もその短編集の中で一番本編が好き。というか恩田先生の作品の中で一番好きなのかもしれない。
シンプルながら強烈なインパクトを残す短編自体の物語性も好きなんですが、何よりも好きなのは、この『ヘイスティングス』が性悪なのは、ただきしんだりコースを外れたりするからだけではない。というフレーズ。何度も繰り返されるなかで、ボーイの差し迫る心理と深夜のグランドホテルの廊下の緊迫感・・・たまらないです。
大学時代に初めて読んだ時は話しの結末にゾッとしましたが、今読むとこの言葉遊びの方が凄く印象的だったかな。もう読んだのは大学1年・・・もう僕28っちゃいだから10年前かぁ・・・恐ろしいよ。まったく。
綾辻行人「カンヅメ奇談」:作家である「私」は、締め切りに作品を締め切りに間に合わせるため「カンヅメ」(出版社が作家をホテルに泊まらせて書くしかない状況に仕向けることで作品の締め切りを間に合わせるようにすること)を決行するが・・・。
私の大叔父「こういう古いホテルのは、秘密がたくさんあるものなんだよ」
(中略)
私の大叔父「どんな秘密化、分かるかな」p.156
うーん。微妙。
というのも、こういう現れそうで現れない匂わせるだけ匂わせる怪談小説を僕が嫌う、というのもあるけれども。原因の匂わせが足りなかったかなぁといった印象。もっと、部屋で何があったか匂わせてくれたら楽しく読めたんだけど・・・。連作短編集の中の一篇だから、全部ずるっとまとめて読んだら違う印象だったかも。
時節、こういう「雰囲気を読む」怪談短編というものを多く見かける気がする。でも僕は好きじゃない。雰囲気を楽しむのであれば、最も適した媒体は小説ではない。映画じゃないかな。
こういう雰囲気モノだと、最近だと恩田陸『私の家では何も起こらない』がそうだったけれども・・・最近こういうの流行ってるの?一刻も早く廃れてほしいんだけど。
綾辻先生の作品も何気に「十角館の殺人」「眼球綺譚」「フリークス」しか何気に読んだことないんですよね。Another読みてぇ~と思いながらもう10年近くたってしまった・・・恐ろしいよ。全く。
北野勇作「螺旋階段」:売れない役者である「彼」は、映画「グランドホテル」の試写会後、螺旋階段を降りていた・・・。
誰にも見られることのない役者は、はたして存在していると言えるのだろうか。p.193
結構面白かった。結末がまさかそこに着地するとは思わなかった。
螺旋階段と言うのも良い。夢を諦めるべきなのは分かってはいるが夢を諦めきれない。堂々巡りを象徴するかのような、永遠と続く螺旋階段。
いやぁ・・・分かる凄く分かる。僕は彼とは同じ状況、ではないけれども、今後のこととか今現在のこととか。色々考えるとネガティブがあふれ出してあれちょこれよとあっという間に永遠エンドレス堂々巡り、螺旋を描く。
多分20代後半の人間ほとんど全員こうだと思う。変な自己啓発書より、夢を叶えた彼の話を読もうぜ!!!
ちなみに、作品自体からは昭和のかほりを感じたのですがそうでもないのですね。平成の作品だった~。
北野勇作先生の作品は読んだことないし恥ずかしながら本作で初めて名前を知ったが、この短編が収録されている短編集は是非読みたいわねぇ。とメルでカリって検索したが、出てこなかったンゴ・・・。あと経歴見たらSF小説家が本業なのですね。成程。道理でこのような展開に・・・。
半村良「ホテル暮らし」:東京の一等地にホテルの建設の夢を語っていた不動産会社・専務の繁さんと、作家である私は四年ぶりにばったり会った。彼は夢を実現させ、この度麹町にホテルが建つという。
繁さん「うん。俺はホテルが好きなんだよ」p.204
本書も同じく書かれたのは平成だけれども、描かれたのはまさしく昭和の男のロマン・夢・・・といったところでしょうか。ホテル建立をキラキラした目でマジで語るおじさんなんて令和ではなかなか創作物でも出てこないからね・・・。いい意味で昭和臭が薫る一篇。
何もかもが崩れゆくような同時に全てを得るような不思議な感覚の読後感が最高。崩れ落ちる。同時に築き上げる。
どうだろうな。インドアで、且つ憶病な僕にしては、この「ホテル暮らし」は理想の暮らしともいえる。何もかもが満たされるのであれば、現実であろうが幻であろうがそこに何の意味があるのだろう。ばったり、ホテルの夢語るおっさんと出会いたいわ~・・・。
半村先生の名前も本書で初めて知った。昭和臭ぷんぷんただよう良質な奇談まだまだ読みたいわねぇ。
ちなみに本書に曲浸けるなら圧倒的KingGnu『千両役者』
都築道夫「狐火の湯」:劇作家である私は温泉宿に泊まる。そこには二人連れ若い女性客も泊まっていた。しかしそのうちの一人が行方不明になる。私は、もう一人・黒木房代に連れられ彼女を探すことになるのだが・・・。
房代「ただ、さしあたって、今夜一人で、御飯を食べなきゃならないか、と思うと、おもしろくない。ぜんぜん、おもしろくない」p.245
こちらもいい昭和臭が漂っておりますね。特に本作のヒロインともいうべき、房代ちゃん。絶対その気はないのに、劇作家である私を「先生」と慕って、若さを武器をからかおうとする。こんなヒロイン令和にはいないよ・・・。でも可愛いよ・・・。
本編は、狐火、火の玉がめっちゃ出てうおおお!!!となるのがメインなのだが、僕としてはこの房代ちゃんにメロメロでしたね。最近の小説では見られませんが・・・やっぱりホラーって被害者ヒロインいるといいよね!!!最近のヒロインはすぐ悪霊退散しちゃうから・・・。
あとインパクトに残ったのは、まぁネタバレしちゃうんですけど、絵美の死に様。全裸で川に打ちあがってた、と記憶してましたが軽く読みなおしたら服は着てましたね。凄まじい死にざまと、そこであっさり退場していく房代ちゃんはなかなか乙なものがある。現象が終わったから事件も一区切りついたから、もう彼女はヒロインではない。はいさいなら~。そのあっさりさ加減もまた一興。
都築道夫先生は名前だけ聞いたことあるんですよ。河出書房文庫が今ちまちま盛り上げてるのも知ってるんだよ。知ってる。僕も28になって昭和の文学楽しく読めるようになってきているのだから、積読消化したら・・・この度そろそろデビューしてもいいかなあ・・・。
小川洋子「トマトと満月」:女性雑誌の取材でホテルにやって来たライターに、やべぇ女(ラブラドール付き)がやたらと絡んでくる。
おばさん「昨日、はしのうえに落ちていたのを拾ったの」p.272
いつもの小川洋子先生の作品です。なんとなく不穏しかし静かな雰囲気が漂っていて、そこにやべえヤツがやって来て、主人公にダル絡みして去っていく。大好き。
今回はその雰囲気が圧倒的「死」ですね。リゾートホテルという無縁の場所をその雰囲気で満たすことで独特な世界観を築く。
アンソロジーに掲載されているだけあって、この「おばさん」は数ある小川先生のやべえヤツのなかでも良質なやべえヤツですね。いや、小川先生の連れてくるやべえヤツは例外なく素晴らしいやべえヤツなんですけれども。
ただ、この作品だけ別に「ホラー」ではないかなぁ・・・と思った。多分小川洋子未読の人からしたら最後に余韻の残るいい作品読めた・・・になると思うんですけど、普段小川洋子読んでいる身からすると、「なんだいつもの小川先生かよ」になると思うんですよというかなった。 このトマト女がブリッジ&エクソシスト走りくらいしないと僕の中ではまぁ・・・ホラーではないんですよ。いつもの小川先生の面白い短編、にすぎないんですよ。
もうちょっとホラーしている別の作家の短編入れても良かったんじゃないかなぁと思う。異質さを狙いすぎて的を外している感。
なかなか面白いアンソロジーだった。
福澤徹三、遠藤周作、小池武彦、北野勇作、半村良、都築道夫・・・気になった作家がたくさん見つかったので本書は間違いなく傑作アンソロジー。
ただ、残念だったのが、恩田陸「深夜の食欲」、北野勇作「螺旋階段」が同じ井上雅彦編「異形コレクション グランドホテル」収録作品と言うことだ。
一冊のアンソロジーから二作品引っ張ってきているのである。
確かに「異形コレクション」は書き下ろしアンソロジーではあるし、両方佳作であるから気持ちも分からないことでもないが・・・そこを当たり前に解説で触れているのが、ちょっといただけない。プライドがないのかと言いたい。
井上雅彦先生の犬じゃん。それじゃあ。
以上である。
概ね満足ではあるが、多分もっと研磨可能のアンソロジーだったと思う。
小川洋子作品のセレクトといい、「グランドホテル」収録作ダブリ収録といい。
ううーん。面白かった。が、満点はあげられないアンソロジー。
***
LINKS
同じく朝宮運河氏によるアンソロジーの感想。
収録作家作品の感想(いちぶ)
小川先生はこの2冊に収録されている作品群の方がホラーしていた気がするんだよな。特に「夜明けの縁」のエレベーターボーイはホテルも絡んでいた気がする。実家にあるのでなんともいえませんが・・。