小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

小川洋子『夜明けの縁をさ迷う人々』−繊細な小川ホラーー

 

 

 

誰にだって好きな作家はいるもので、
その作家の短編集を読むときは珠玉のひと時なのは当たり前でしかも好きなジャンルとくればもうそれは「ちゃっわおっしゃー」
つまりなんだ。
控え目に言って、文庫を見つけた地点で超サイコー!!!だったわけだ。

 

 



小川洋子『夜明けの縁をさ迷う人々』(角川書店 2010年)の話をさせて下さい。



【読むべき人】
・不思議な話が好きな人
・眠れない人
・小川ホラーが好きな人

【あらすじ&感想】※ネタバレ0.1gほど含む
9編から成る短編集だ。1編約20ページから30ページ。トータルして、本は200ページに満たない。
小川洋子先生らしい繊細な文章で、シーグラスのような美しい話が並ぶ。
1編1編、あらすじと感想を、簡潔に。

●曲芸と野球:バッターボックスに立つ僕の視界の片隅で、黒い曲芸師は椅子を積んで芸を練習し続けるが・・・。
一見何も関係性のない2つの言葉を見事に小川先生らしい美しい話にまとめている。
曲芸師のキャラがたっている。美しくないのに、美しい。しなやか。
読後感も良い。空き地で小屋を見る度、僕は多分探してしまうね、曲芸師。
ただ小川作品をある程度たしなんだ僕には、展開がちょっと読めすぎてしまった感がある。それでも曲芸師の美しさは、読者に強烈な印象をうえつける。黒く質素で美しい。記憶に残る短編。

 


●教授宅の留守番:教授宅の留守番をするD子さんに、私は呼ばれ2人で留守番をすることに。
話の展開自体は定番で、結末のあっさりさ、後味の悪さはお約束。お墨付き。
見せ場は話の展開よりも、教授宅における悪夢感。
スパゲティーから始まり部屋を覆いつくして圧迫する悪夢の濃霧が20ページ強いっぱいに、立ち込める。色鮮やかに、臭いを発して。
その悪夢の末の、結末なので、お約束の結末と言えど後味の悪さも割り増し、割り増し。
ちなみに「D子」て名前、日本語に直せばなんだろね。ぢゅん子?

 


●イービーの叶わぬ望み:中華料理屋で働くイービーは、愛されていたが・・・・。
僕はこの話が一番好きかな。9つの中で。
イービー・・・の意味自体がネタバレになるので何も言えない。のだけれども、彼の生まれ・育ち・思想・言葉・容姿、全てが洗練されていて愛らしい。
切ない結末も良い。理論的に説明できない、この話のような「どこかうやむや」な感じが小川作品の真髄だと思う。
イービー。僕は恐らくことあるごとに君を思い出すだろう。

 

 

●お探しの物件:いらっしゃいませ。奇妙な不動産屋が紹介する奇妙な家々の数々。
今まで知らない見たことない聞いたことない、そして住みたくもない、そんな物件の数々が紹介される。
一軒一軒まつわるストーリーが面白い。
僕は3つ目の家の話が好きかなあ。絶対住みたくないけれども。
さくさく読める。200軒くらい紹介する文庫本出してくれないかな。

 

 

●涙売り:塗りこむだけで、楽器の響きを美しく、深くする涙を流す少女の人生。
犠牲を差し出す、恋愛小説。
薬指の標本に通じるところがある。
ひたすらに相手を想って犠牲を厭わない彼女達は、切なく、愛おしく、美しい。魅了する。
愛のために犠牲を払う少女の美しさ。アンデルセン『人魚姫』に通じるところがあるかも。

 

 

●パラソルチョコレート:幼い私と弟が通うシッターさんの家には、入っちゃいけない書斎があった。
3番目に好き。この物語の発想・アイデアが。後半何気に怒涛の展開ではあるけれども。
茶店に行く度に迷うメニューとか喫煙ルーム、タイトルにもなっている主人公の大好きなおやつ・パラソルチョコレート等、雰囲気や小道具がいちいち可愛い。お洒落。
結末もちょっと、じん・・・とくる。寂しい人にうってつけ。
多分「パラソル」と「パラレル」かけてんだろうな、なんて思いながらチョコレートを齧る。もぐもぐ。

 

 

●ラ・ヴェール嬢:足の裏をマッサージしにくる主人公に話す、嬢の淫靡な昔話の数々。
まずタイトルが見事。「ラ・ヴェール」てなんやねん、と思わされたが最後。作家の思惑。
嬢の話す物語は、ちょっと想像以上に淫乱で淫靡で戸惑うのだけれども、独特の上品な語り口調で読者とマッサージ師の主人公をぐいぐい惹きつける。
明らかになっていく普段の嬢の人物像や、めくるめく変態・淫靡話の結末はあっけなく、そして嬢の謎を深めてく。
何故彼女はマッサージ師に昔話をしたのだろうか。
そもそも彼女は、誰?
僕が2番目に好きな作品。

 

 

●銀山の狩猟小屋:買い手がつかない、曰くつきに狩猟小屋。作家と助手は、見学しに車ではるばるやって来た。
9編の中でなんか一番「厭な話」、と思った。
小屋を紹介する猟師の容姿・思惑・言葉・振る舞い。不快。
廃墟と化してる狩猟小屋の描写。不快。
話中出てくる、下衆き本能持ちし動物。不快。
主人公達に「逃げる」の選択肢が無意識に消えていく感じ。不快。
その「不快」を積み重ねたうえでの、最後の2行の美しさ。素晴らしき伏線回収。
カタルシスがより、この狩猟小屋の悪夢を読者にもう一度、リフレインさせる。
その構成も含めて「厭な話」だ。好き、という読者が多いのもなんとなく納得。

 

●再試合:レフトの少年を、切り株の上に座って応援する私。学校が甲子園に出場することになり応援に行くが・・・。
現実と虚構があいまいになる、小川先生らしい作品。
応援する少女のひたすらな想いと、制服のカレー等の汚れ・シミが積み重なる描写が好き。
夏の暑さに全てがうやむやになっていく。
ただこの作品で明らかにいらない4文字がある。
「世界の縁」。
虚構と現実がうやむやしてるのが、この作品をはじめとする数々の小川作品の魅力ではないのか。
なのにこの4文字がその境界線をはっきりと、引いてしまっている。
何故こんなラノベみたいな言葉を使ってしまったのか。また編集もそれを許したのか。
僕は甚だ疑問だ。

 


以上だ。
僕的ランキングは1:イービーの叶わぬ望み、2:ラ・ヴェール嬢、3:パラソルチョコレートとなった。
けれどどの作品も良くて素晴らしくて満足度の高い短編集。

ところどころの作品で見受けられる「小川ホラー」が好きな人は、絶対に読むべきであると思う。
幽霊でもない。人間の明らかな悪意でもない。憎しみでもない。
淘汰された美しいホラー。
ウィスパーボイスで聞きたくなるような(そう、例えば林原めぐみさんとか)、ホラー。


・・・待って、これは「ホラー」ではない、かもしれない。
だってさっき言った醜いものが無いんだから。
「夜明け」のような美しさ。優しさ。悲しさ。
シンプルに「怖い話」と言った方がしっくりくる。しっくり。




話を戻す。
ちなみに僕がこの短編集に習得されてない、好きな「小川ホラーの怖い話」はこれ。
「ケーキのかけら」

小川洋子『刺繍する少女』角川書店 1999年収録)

王女様のキャラクターが鮮烈で、話のあらすじはいかにも単純だが絶妙な悪夢をにじませている。きらきら、じわじわ。

短編単品で言えば小川先生の作品の中で一番好きかもしれない。

『刺繍する少女』自体も非常に魅力的な、澄んだ初期短編集であるので、読んだことない人は是非読んでほしい。

***

20200928 記事一部編集、書き直しをしました。

今となっては、収録されている話をほとんど思い出せない。イービーだけなんとなく憶えている。

でも、当時の文章を読むとすごい熱量で、ああ絶対面白かったんだろうなってのが伝わってくる。実家の本棚にある。ちょっとぱらぱら読んでみようかなあ・・・。

あとここでアツくとりあげてる「ケーキのかけら」も少しも思い出せないのは切ないわね。