クラシックが時を超えて永遠に愛されるように、
本書も時を超えて。
小澤征爾『ボクの音楽武者修行』(新潮社 1980年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
「外国の音楽をやるためには、その音楽の生まれた土地、そこに住んでいいる人間をじかに知りたい」という著者が、スクーターでヨーロッパ一人旅に向ったのは24歳の時だった・・・・・。
ブザンソン国際指揮者コンクール入賞から、カラヤン、バーンスタインという世界的指揮者に認められてニューヨーク・フィル副指揮者に就任するまでを、
ユーモアたっぷりに語った「世界のオザワ」の自伝的エッセイ。
裏表紙より
【読むべき人】
・毎日に鬱屈を感じている人
・未来に明るい希望を持ちたい人
・音楽に興味がある人
・ない人
・20代後半
【感想】
本書を知ったのは、&Premium2018年の本特集だった。
そこでは各年齢ごとに読んでほしい本を各界著名人が挙げていた。「5歳で読んでほしい本」「10歳で読んでほしい本」「30歳で読んでほしい本」・・・の具合に。
そこで、僕等めでたき27歳に読んでほしい本として、2人の著名人が挙げていたのが本書だった。
2人が薦める本が被るという現象は、他の年齢のところにはなかったため、妙に印象に残っていた。どれどれまったく。いつかは読んでみたいわねえ、とうすらぼんやり思っていたところ、なんと近くの古本屋の100円コーナーにて発見。これはこれはと手にとった。
面白かった。
そしてこれを著名人が「27歳で読んでほしい本」とプレゼンする理由も、よくわかった。
小澤征爾といったら僕が物心ついたころから
白髪のおじいさんで、
めちゃくちゃ凄い日本一の指揮者で、
「世界のオザワ」とマジで呼ばれていて、
世界中をまたにかけた凄い人、だった。
ところがこの随筆に出てくる小澤征爾は違う。
黒髪だし若いし、24歳。音楽大学を卒業したばかり。しかし行動力や軽やかさ、しなやかさがあって(それは写真に写る表情からもうかがえる)、留学すら珍しかった時代にスクーター一つでヨーロッパに行くと計画し、ひょいと、ひょーいと行ってしまう。
無論、日本を出るのに色々な手続きがあったりするのだけれども、
それらを障害ともしない身軽さ、音楽への情熱、そして若さも相まって、
あっという間に船で彼は外国へ旅立つ。
そこで出会う人々、困難、楽しみ・・・等々様々あるわけだけれども、彼の文章からは気苦労や疲れのようなものは一切見えない。そこからあふれるのは情熱と親愛と軽やかさ。瑞々しい文章・・・。
一通り読んで、僕はこの先の人生を悲観するのはやめようと思った。
そして己の信じるままに、やりたいことを胸に、そして直感を信じて歩んでいく。
27歳の誕生日、2020年9月26日、僕は職場でリスカ未遂を起こした。
とても辛かった。
母親の癌は一向に良くならない。職場では頑張れば頑張るほど浮きまくる。家に帰れば一人で、寝ても覚めても鬱屈した気持ちは変わらない。友達はみんな関東にいて静岡に友達と呼べる人はいない。同期は同期他の2人で仲良くなってしまった。一人で抱えるしかない。一人で何とかするしかない。仕事をして自立して生きてかなければならない。しかし仕事を覚えるのが一向に遅くコミュニケーションもうまくいかずもう自分はダメだダメだダメだしんでしまいたい。しんでしまいたい!!!!
上司の叱責の間、頭が問題でぐるぐるぐるぐるして、気づけばもう嫌になって、手首に、カッターを、当てていたのであった。
嘘。部屋では常にあてていた。そしてふと外し、「うっそぴょーん。生きててよかったー」と一瞬思うことでなんとか耐え凌いでいた。
限界がその日来ただけだった。
その旨を、夏の終わりから通っていた心療内科の先生に告げた。3回目の通院にして3人目の先生である。心療内科は常に混んでいて毎回先生が変わる。
不愛想な先生で、「■■先生でしたら予約が取れます」と受付に張り紙がされる程不人気の先生だったが、
それは彼自身の個性にすぎず、心療内科医である以上最後までしっかり話を聞いてくれた。せかさない点で、むしろこの先生の前の2人の先生よりも良いと思われた。
そして、
「アスペルガーの傾向があると自身で言っていましたが、ADHDの傾向も見られますね」
ストラテラを処方されたのだった。
「十の環境の内、九合わなくても、一合えばいいんですから。」
本当は検査やらなにやらを経てから与えられるべきものなのかもしれないが、そこらへんは良く分からない。
しかしこの青い錠剤のおかげで、浮き沈み激しかった感情の波が一定に収まり、なんとかコミュニケーションもとれるようになった気がする。目の前の仕事を一生懸命にやればいい。そのことに集中できるようになった。
結局仕事はこれからパートになろうと考えている。週5・8時間月々13万円。手取り。副業も可能である。一人暮らしが不可能ではない金額だと考える。
そのさなかに出会ったのがこの一冊なのだった。
鬱病心療内科云々とは全く無縁そうなしなやかで、フレッシュな文章。
普通そんなの読んだら「こんなに人生なんてうまくいくかばっきゃろー」とでも思いそうなものであるが、本書の文章は読んでいると「行動で人生は変わる」とぽっと明るい気持ちになるのだった。
そもそも、心療内科に行こうと決めたのは僕だ。
そもそも、そこでためらいなくADHDの薬を了承したのも僕だ。
そもそも、その後10月1か月は何事もなく仕事を完遂出来たのは僕だ。
僕だ。僕だ。僕だ。
そもそも、その時本当に手首を切らなかったのは僕だ。
未遂に終わらせたのは僕だ。
僕はまだ僕に絶望したくないんじゃないか。
3か月飲み続けてきた鬱の治療する錠剤の効果もあってか、最近は心は安定している。リスカ代わりにカサブタをめくる行為をしていたら全身カサブタまみれになってしまたけれど・・・皮膚科に行こうと考えられる程安定している。
分からない。また、これから人生辛いことが詰まっているのかもしれない。もっとつらいのかもしれない。死にたいと思うことなど何度これからあるだろうか。分からない。
分からない。
ただ今はそれ程悪くない。
パートになったら夢だった小説の新人賞にも応募してみようと思う。
人生はそれ程悪くない。
それを、確証させてくれたのがこの1冊なのである。10月に読んでよかった。この時読んでおいてよかった。
分かっている。小澤には才能が有り行動力があり今まで培ってきた努力・経験がある。能力がある。それでも読後感は僕の生存を肯定する。
27になった。この先どう生きていこうか。
以上である。
音楽好きも無論楽しめる内容である。生前のカラヤン、バーンスタインが出てくる。当時の音楽祭の様子が書かれているが、音楽好きにとってはそこは垂涎ものなのではないか。
だが、音楽好きじゃない人にも読んでほしい。
特にまぁやっぱり「27歳」。
多分27歳の僕達は、5年前まで予想していた「27歳」と違うことがほとんどなんだと思う。結婚してると思ってた人はしてないだろうし、仕事に生きてると思ってた人はそうでもないだろうし、夢を叶えてると思っていた人は挫折しているのではないか。
そこからどう生きてくのか。
そう思ったときに「人生は悪くない」と保証してくれる本書が手元にあるだけでも、かなり心強いのではないか。
20代の死因の一位は自殺だという。
絶望が蔓延した世界で僕達生きてる。自殺。それは絶望の窒息死。
でも待ってほしい。君の人生は自らを殺すほど絶望するに値するものなのか?
クラシックが何十年も何百年も時を超えても愛されるように。
60年の時を超えて本書は今愛されるべきである。
2020年の若者を救うのは、1962年に世界のオザワが書いた文章である。
しかしぼくは今までの三年間をふりかえってみると、そのさきどうなるかという見通しがなく、その場その場でふりかかってきたことを、精いっぱいやって、自分のできるかぎりのいい音楽をすることによって、いろんなことがなんとか運んできた。これから、あと五年さき、十年さきにぼくがどうなっているかということは、ぼくにはまったく予測がつかないけれども、ただ僕が願っていることは、いい音楽を精いっぱい作りたいということだけだ。pp.229-230本書最後の文章。
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