「たすけて」
主人公は時々だれもいないところで、そのように呟いたり、思ったりする。
そしてその度に、僕は、震えるのだった。
ああ、彼女は僕だ。
その瞬間だけ僕は野崎泉なのだ。
角田光代『あしたはうんと遠くへ行こう』(角川書店 2005年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
泉は田舎の温泉町から東京に出てきた女の子。
「今度こそ幸せになりたい」ーーーそう願って恋愛しているだけなのに。
なんでこんなに失敗ばかりするんだろ。
アイルランドを自転車で旅したり、ニュー・エイジにはまったり、ストーカーに追いかけられた莉、子供を誘拐したり・・・。
波乱万丈な恋愛生活の果てに泉は幸せな”あした”に辿り着くことができるのだろうか?
新直木賞作家がはじめて描いた”直球”恋愛小説!!
裏表紙より
【読むべき人】
・転職を繰り返してたり恋愛がうまくいかなかったりフリーターだったり死にたくなったりしている20代
・1990年代に20代を生きた人
・田舎から東京出てきた人
【感想】
静岡の週末古本屋琵琶舎で会った。
この本屋は若干書籍の値段が高いのが欠点なのだけれど、本書は古いからか、ページ上部にシミがついているからか、なぜか一冊だけ150円だった。
ストーリーも悪くなさそうだし、初期の角田光代だし(≒テーマが重くないし、)ということでなんとなく買った。
その「なんとなく」が、こんなに大正解だったとは。
本書は泉という女の子(女性)の15年間を描いた作品である。
高校3年生の1985年から始まって、32歳の2000年までの期間を、おおよそ1章1年のスピードで11の章に分けて書いていく。
1勝1章は20-30ページ足らずの短編であり、一年を網羅するような内容ではなく、彼女の人生に大きく影響を及ぼしたワンシーンを切り取っているのが特徴。
泉はそこで「絶対」「永遠」を信じきったり、ドラッグをキメて知らない男の家々を歩き回ったり、年下の男の子にはピュアになったり、二股かけたり、ストーカーに悩まされたり、女児誘拐に加担したり、する。
1年1年、住んでいる場所や環境、職業も変わっていることが多く、所謂「安定」していることも少ない。しかし泉はへばりつきながら祈りながら、力強く生きていく。
「どこかで見たことのあるカップルが向こうから近づいてくると思ってよく見ると、目の前にあるファッションビルのショーウィンドウに、並んで歩く私とのぶちんが映っているのだった。」p.88
ああ、嵐でいいんだと思った。
僕が本書を閉じて抱いた感想はそれだった。
嵐でいい。
20を超えてから思えば、僕はずっと腰を据えたことがない。ずっと嵐。大学在学中の重い片想いは無残にも散り、親友の鬱病と難航する就活に大学四年は踏みにじられる。卒業して入社した塾は見事な真っ黒であり、1年半でへばって退職。その後は引きこもり気味になり、1年ニートをする。でもニートをしていると暇だから週末は試食のアルバイトに出向く生活を送る。評価は上々で調子に乗って就職するが上司が鬼仕様でありまた悪化する母親の癌も相まって思わず職場で手首にカッターを当てる。結局パートの身になってしまい勤務先の店舗も変わることになる。心療内科で「鬱もあるかもだけどADHDかもね」と言われ青い錠剤を貰う。飲むとメンタルは安定し、今度は職場の人間関係は良好であるがとにかく低い賃金が問題になってきた。ストレスのあまり身体を掻きむしっていると手足はデコボコ汚くなった。おいおいまだ処女なのに。ちなみにこの間に盲腸と婦人科系の病をやっており、二回入院している。子宮頸がん検査は経験済みである。処女なのに。
僕なりに波乱万丈である。まさしく嵐。本当に嵐。
20代がこんなに嵐とは思いもしなかった。
だけど、インスタグラムを見ると皆が皆嵐という訳ではないらしい。可愛い先輩は新卒で就職したサグラダファミリアATMで有名な青い銀行を勤めつつもムーミングッズをアップし、週末は楽器演奏リモート飲み会と非常に充実しているようだ。高校の可愛かったクラスメイトは、千葉で看護師をやっていると聞いたが「夜勤最後」と言っていた。恐らくやめるのだろうと思った。同棲している彼氏と結婚するのだろう。でも看護師の資格があるから小路級のパートなんて山ほどあるんだしホワイトの社員だって山ほどあるんだろうし安牌。証拠として、血統書がついていそうな猫がケージの中でにゃんにゃんころころする動画がストーリーに挙がっていた。同じ部活だったあの子は新卒入社した会社をやめはしたものの、大学一年からずっと秘密にしていた片想いを実らせ2つ上の先輩と結婚をする。SNSの「はよ帰ってこいー」といったような言葉が無意識に僕に障る。しんこんこんこんこん。彼等に血統書付きのネコか犬か人間が加わる未来が見える。
それなのに私は精神を身体もボロボロにして一体どこに向かうのか。ねえ。
そうやって、他人の人生を羨みだすとキリがないから、
「私には私の地獄がある」
宇垣美里元アナウンサーの名言を思い出すようにしている。
思えばインスタグラムなんて私生活のうわばみofうわばみを撮影して、「充実した私」を演出するツールなのだから、他人の方が幸せそうに見えるのは当たり前。きっと彼等も僕には見せないところで泣いたり怒ったり死のうと思ったりしているのだ。あいつらにもあいつらの地獄があるはずだ。
でも、僕の今の生活のうわばみofをうわばみをいくらうまく掬い取ったたところで、「職場の同僚とリモート飲みをしました♥」「愛しい人と暮らす新居のネコ」「ご飯がさめる!せっかく作ったのに!!」に、勝てない。
せいぜい「コンビニの新商品を食べたよ」「静岡県立美術館の展覧会に行ったよ」「スタバの新作を飲んだよ」この程度である。女子高生かよ。
27歳。仕事、恋愛。気づけば皆そのどちらかは安定したものを手にしていて、「アラサー」をする準備が出来ている。あわよくば「アラフォー」も。その後も。
それなのに僕は僕は。
皆の生き方が僕を否定する。
いや、僕が僕を否定しているだけなんですけど。
だから、泉の15年間を読んだ時に「ああこれでいいんだ」とちょっと思ったのだ。
別に一年単位で職場が変わったっていいし、アルバイトでもいいし。何なら「たすけて」自分を救ってくれる存在を期待したっていい。そんなのいないと知っておきながらも「たすけて」期待したっていい。
振り回されて振り回されて安定が築けなくたって、20代が嵐だって、そういうのも有りなんだって。それでも生きてくんだって。
うまく・・・うまく言えないけれど、僕がずっと感じていた「どうして僕だけ」が何もかも肯定、されたような気がするのだ。
大学卒業しときながらフリーターでも。
就職活動がたとえうまくいかなくても。
なんかもう全部うまくいかなくっても。
いいじゃないかよ。それがお前なんだよ。それが20代っていうことなんだよ。
僕は僕の地獄を生き抜かなければならない。
「ワイルドサイドを歩くよ」小さく呟いた。p.42
それでも押しつぶされそうになったら「あしたはうんと遠くへ行こう」。
実際僕は泉のような恋愛体質でないし、彼女程エネルギッシュに生きている訳でもない。
のぶちん、ポチ、シノザキさん、山口、その他大勢と彼女の20代にはたくさんの男が出てくる。が、僕の20代には、彼らのような男はひとりも出てこなかった。なんつったって僕処女だし。
じゃあ、彼女は恋愛で20代を振り回されたわけだけれども、僕は一体何でふりまわされているんだろう。
町子「でも最近わかったことあんの。男の子にね、なんであの人と結婚したのとか訊くでしょ?じつに多くの男が、あいつは弱い、って言うのよ妻のこと。弱いから一緒にいなきゃと思った、って。で、同じことを女に訊くじゃない、そうすると、彼は信用できると思った、だから彼を選んだって言うの。だけどね、この世の中に、弱い女なんてものは存在しないし、おんなじように信用できる男なんてものも存在しないと思わない?彼女が弱いって言う男は自分が弱いんだし、彼は信用できるって言う女は自分が人を裏切らないたちなのよ。人は、相手のなかに自分を見つけたいんだよ」p.190-191
それは自分、なのかもしれない。
上記は本書で一番印象に残った台詞である。主人公・泉の友人の町子の台詞だ。
泉は15年間、相手の男達の中・・・のぶちん・ポチ・シノザキさん・山口の中に泉自身を探しているにすぎないのかもしれない。
するとそれは僕の、1年単位で職場を転々とし錠剤飲みながら生きてる日々とほぼ同義なのかもしれない。
なんとかして生きてける自分を手に入れたい。
泉も僕も自分捜しの旅をしているのだ。だからこんなに嵐で嵐で嵐で嵐なのだ。だからこんなに地獄なのだ。だから銀行員・妻等確立した居場所を見つけた他者がうらやましく見えるのだ。だから日々ついつい「たすけて」なんて思うのだ。だから・・・。
「私はいったい何をやってるんだろう?こんな場所で」
(中略)疑問はヤバい。想像はヤバい。私たちは、自分自身からも身を守らなくてはいけない。p.81
以上である。
なんか、大学卒業してからずっとワアワアしてきた僕だけれどもそれを総て肯定してくれるような気がした、気がしただけかもしれないけれどまぁもうそれでいい。結局僕は僕を探しているんだ。だからこんなに辛いんだ、と思った一冊だった。
刺さった。胸を穿った。
150円とは思えない程の鋭利さで僕の心を刺した。
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角田光代(初期)×角川文庫で読んだことあるのはこれ。確かデビュー作だったと思うんですがこれもめちゃくちゃよかった。
ブログさぼってた頃に読んだんだけれどもまた読み直そうかなあ。
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20210408 今日からまたブログ更新続きます。書き溜めていたので。ただ編集が面倒だた。でもサボっている間にもたくさんの人に見てもらったみたいでとても感謝致します。ありがとうございます。