小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

ベルンハルト・シュリンク 松永美穂訳『朗読者』-傷は癒えない。-

真面目なオネショタ オバショタ

ベルンハルト・シュリンク 松永美穂訳『朗読者』(新潮社 2000年)の話をさせて下さい。



【あらすじ】

黄疸で倒れた15歳のミヒャエルを乱暴に世話見たのは、
ほぼ母親と年齢が変わらない女性・ハンナであった。
そのうち彼女の家に通い始め、やがて頼まれて本を朗読するようになるが・・・
「二人の愛に、終わったはずの戦争が影を落としていた」(あらすじより)

【読むべき人】
・ナチズムが国民に残した爪痕を知りたい人
・恋から愛へうつりゆく過程を読みたい人
・忘れられないひとがいる人

【感想】※読んで差し付けないほどの1gのネタバレ有り
今作は大きく分けて三部に分かれている。
一部は15歳のミヒャエルと、ハンナの話。
二部は大学で法律を学ぶミヒャエルが、戦争下のハンナを裁く裁判を観察する話。
三部は服役中のハンナとの交流と、そして釈放後について書かれている。
一部から三部まで約30年から40年ほどの時間が流れている。
それだけ時がたっても、
独裁政治の爪痕は忘れられないということなんだろうなと思う。



第二次世界大戦において、
ヒトラーがナチズム、極端な独裁政治を行い、
ユダヤ人を虐殺した、
政治崩壊後は東西分裂してしまった・・・、
というのはあまりにも有名な話。
けれど、その直後…50年代から60年代のドイツについて僕達はあまり知らない。

その時代に生きた女がハンナである。
当時収容所の看守で所謂「虐殺する側」であったハンナは、
戦争中のある行いについて裁かれる。
その際に彼女は他の看守とは違い、
罪の軽減に重きを置かず、
不器用ながらもありのままを話す。
結局彼女は終身刑に至り最後には××してしまう。
何故彼女は××したのか。
ここで僕はふと思い出す言葉がある。

虐殺器官を見た時にウィリアムズが言っていた言葉。
「あらゆる仕事っていうものは、良心をなくすためにあるんだ」
仕事中に黙殺した良心が、戦後の彼女にふつふつ蘇ったんじゃないか。
文字が読めないことと同様に戦時に非道徳的な行いに至ったことを、
良心が生き返った彼女は、
恥ずかしく思って自己否定してあの結末に至ったのではないか。



けれど戦後に罪の重きに苦しむ人の生き方だけでは、
今作はこんなに人気にならなかった。
戦争が残した心の傷と同様に、
恋から愛に変る過程が丁寧に描かれているからだと思う。
冒頭は、恋。
15歳のミヒャエルは年齢離れたハンナに初恋をし、
肉体関係を持ち、
ハンナが目の前から去るまで熱い好意を抱く。
中盤は、恋と愛のはざま。
ハンナのことが忘れられず異性との交際もうまくいかない。
しかし裁判越しに見た彼女にかつての熱い想いを抱くわけではない。
裁判で彼女を救いたいと思うが、
愛を叫んだり告白したりするようなヒロイズムにはいたない。
サイレント、気を払って冷静に観察することに集中している。
終盤は、愛。
結婚しても、ミヒャエルはハンナのことがやはり忘れられず離婚する。
しかし彼の心にいるのは昔のハンナではない。
今のハンナだ。
今の彼女にテープを送り続けて励ました。
想いを告げるわけでもなく、ただひたすらに朗読のテープを。
「励ます」。
もう30を超えた彼にとって老人の匂いがする彼女は庇護対象。
愛の対象。
どこか初恋の痛みは残るがそれはもう、過去の傷痕となり果てる。

一方で、ハンナの戦争の傷は、時を経てもじゅくじゅくと痛み続ける。
その対比が、哀しい。



以上である。
戦時中ナチズムに生きた経歴を持つハンナの人生と、
恋から愛へと変わるミヒャエルの感情が丁寧に描かれていて良かった。
戦争で負った傷は癒えない。
初恋で負った傷も癒えないがやがては深い愛に至った。

変わらない彼女と、変わっていく彼を繋いだのが朗読であるならば、
やはり翻訳のタイトルのように「朗読者」2人を指した方が適切だと思われる。

ちなみに、僕は今作のような名作と言われる純文学を摂取しきれてない。
かみ砕きれてない・・・気がする。
まぁこういう種の本自体1回ではなく何回か繰り返して読んでも新鮮味が失われない、
また何回かの読破でようやく理解できるからこそ名作・・・なんだろうけど。
いつか再読したい。