タイトルに、偽りなし。
西炯子『こいあじ』(新書館 2010年)の話をさせて下さい。
【概要】
1991-1997年に発表された西炯子初期短編集。
収録作品
軽井沢つけもの夫人
密林の二人
戦場にかける恥
さよならジュリエット
指
息
耳
君といつまでも
彼女からFAX
え・れ・が
カバー裏より
【読むべき人】
・西先生のファンの人
・あっさり読める90年代の短編集を探している人
【感想】
貸本屋で借りた。
前に借りた西先生の1冊完結の作品が非常に面白かったため、今回も1冊完結するものをと思い、気軽に手に取った一冊である。
西先生といえば今読んでいる少女漫画「たーたん」の作者である。この「たーたん」で貸本屋のおばあちゃんと話がちょっとだけ盛り上がったのもあって、あとまあ西先生なら外さないかなと思って、借りた。
まぁ・・・外しはしなかったけど当たりでもなかったかな。
初期作品集である。2010年刊行のため表紙のデザインがおされだからもっと最近の作品化と思っていたらなんと最古は1990年。はえー、私より年上。
どうやら読むと「こいあじ」「うすあじ」の2種類で同時刊行していたようで、その「こいあじ」に当たる部分が言わずもがな本書であるため、予想以上の「こいあじ」であった。「こいあじ」って「恋味」かなと思ったら率直に「濃い味」だったのである。おいおいお~い!!
しかも掲載誌バラバラの、しかもまだ駆け出し若手兼業作家だったであろう西先生が描いた作品が詰まっているからまぁ、カオス。結構カオス。ジャンルも後味もページ数もバラバラ。
ただまぁ当たりはずれよりかは、どの作品も程程に良いといった印象の一冊。ただまあ「さよならジュリエット」、これはけっこう傑作だと思う。
「彼女からFAX」もなかなか佳作。
あ、あと思ったよりBL要素が多かったかなあ・・・。
以下簡単に各話の感想を書いていく。
ちなみに先述した裏表紙に書かれた話のタイトルは、掲載順でも何でもない。(一行目に「軽井沢つけもの夫人」がきているが、本書に一番最初に掲載されているのは「さよならジュリエット」)。また、年代順でも何でもない。(一行目に「軽井沢つけもの夫人」がきているが、本書で最古の作品は「え・れ・が」)
恐らく言葉の響きから、良い感じに並べたのがあの並びなのだと思う。編集か作者かどちらか分からないが、裏表紙の目次掲載順にはこだわりを感じる。
さよならジュリエット:リーマンの中野重彦がゲイバーで出会ったのは、テニス部で対戦した高校の奴で・・・
「言われてみればそんな奴がいたような気もしなくはない」p.6
ジュリエットというのは、ゲイバーで働く奴の名前である。タイトルの意味は話の最後に分かるようになっている。想定外の結末。その後味が何とも言えず切ない。先が全く見えない。二人はどこへいくのだろう。
この問題の奴、ジュリエットが魅力的。恋をしたら一途で怖いもの知らずで東京に単身飛び込んでしまう。無鉄砲なところがある。目を離せないところがある。ここまでならただのお転婆娘。ところがどっこい、奴は同性なのである。
本作品が世に出たのは1999年。今より恐らくLGBTに対する理解もなかったであろう当時の読者の多くは、このジュリエットを単なる「おかま」としか読んでいなかったのではないか。
しかし、よく読むと彼は違う。同性愛者なのである。彼に振り向いてもらうため胸にシリコンは入れたけれどもとらなかったし、働いているところもおかまバーではなく「ゲイバー」である。女に見える姿も、彼に振り向いてもらう手段にすぎない。心の性別は男なのである。
だから最後ジュリエットは、あの姿で彼の前に現れたのだろう。失恋したから、もうスカートをはく必要もないし口紅を塗る必要もない。
女装する男性を「おかま」とひと括りにしていたであろう時代に、LGBTの複雑を抱えたキャラクターが世に出ているというのは凄いことだと思う。
・・・いや、単に僕が知らないだけで、当時のBL界ではそこまで理解が及んでいたのかもしれないけれど。
君といつまでも:明日池内に告白すると決意した啓太は、なんと事故で命を落としてしまい・・・!?親友の大円(ともかず・寺生まれ、要するに寺生まれのTさんである)に助けを求める!
「ありがとう 長尾くん でも人生って皮肉だね 死にたい私がこうして生きてる」p.73
エヴァンゲリオンの綾波レイに影響を受けて作られたであろう、池内を愛でる作品。セカイ系に落とし込み切れていないのがいまいち。というのも、主人公の立場があまりにも哀れすぎてなぁ・・・。
多分啓太ではなく池内を主人公にした方が良作になり得たと思う。
ちなみに、このタイトルの「君といつまでも」は、誰から誰へ投げかけた言葉なのだろう。
啓太→池内?池内→啓太?否、それとも大円→池内?
いやいや、それとも大円→啓太?
だとしたらまたBL要素がほんわか入った作品であるが・・・いやあ僕もだいぶ耐性ついたなあ。
彼女からFAX:自殺した二年上の先輩からFAXが届くようになり・・・
「よく言うじゃないですか 緑色のインクって毒なんだって」p.85
最後の1ページがまさかの展開の作品である。
緑のインクを飲んで死ぬ先輩、という図柄が何とも美しい。その美しさと相反をなす結末に戦慄する。後味など一切ない、そこでブツッと途切れたかのような最後。それはまるで人の最期のような。
この展開は、僕のトラウマ「世にも奇妙な物語」の「午前二時のチャイム」を思い出した。
あと、初っ端から二連続で続いた「薔薇」だけでなく「百合」要素もちゃんと一冊に濃縮しているのがいかにも「こいあじ」。
密林の二人:ベトナム戦争下において、アメリカ兵2人が密林の中命からがら歩いていたが・・・
「すまん」p.128
表紙の二人が主人公の話である。表紙をよく見てほしい。イケメンとブサイク。この2人が織りなすBLギャグ漫画である。
ベトナム戦争×密林×アメリカ兵(幼馴染同士)2人、といえばもうそりゃあ洋画にもなりそうなシリアス展開が期待できる舞台装置ではあるが、あえて全力でふざけてみました!!といったような塩梅。
まぁ表紙に二人が抜擢されたのも頷ける。一番「こいあじ」だからね。
戦場にかける恥:密林の二人のその後
「あ 醒めた?」p.158
ある意味「本編」といえる一編。ますますギャグにキレがかかり、ジョンの基●外度が上がっている。いいぞ!
まさかの結末。いや、そこはつづいてほしかった・・・。
ちなみに、ジョンの「ジェームズ」感、ジェームズの「ジョン」感は異常。名前逆かい。
軽井沢つけもの夫人:金がない保坂と三ノ宮は軽井沢にバイトに来たが・・・!?
「漬物だけに・・・・・・塩気を抜いてみたら・・・・・・」p.201
シュールギャグホラーカオスな一遍。
軽井沢つけもの夫人こと「ステーシー」から逃げられるか!?
果たしてその漬物の正体とは!?
軽井沢を舞台にした密室漬物スリラー!!!といったところでしょうか。
でも全部が、最後の「保坂の室内着かわいいなオイ」に完結します。p.204で出てきます。男子大学生が着る服じゃないでしょ。かわいいな保坂。おい。ぜってーあれ声、入野自由だわ~。
え・れ・が:エレベーターガールに初恋をした。
「見て
すごい夜景よ
昼は昼でビルの間を人間が虫の子みたいに動いてるのがわかるわ
東京は息苦しいところだわ」p.227
1990年と一番古い。30年前かぁ・・・。絵柄だけ見ても、本編読んでも多分「西先生の作品」と答えられる人は少ないんじゃないか。
あと、エレベーターから見る夜景とか、セーラー服の彼女とか、当時作者が描きたいものが全て積み込まれている感じがする。西先生の貴重な新人時代を思わせる瑞々しい一編。
最後きゅっと切なくなる感じとか、美しい女性が出てくるところとか、根幹は結構似通っているところがあるかもしれない。
体の思い出「指」:下村喬志(しもむらたかし)は右手の人差し指が欠損していたp.244
「けれどなぜだろうか 不思議と吐き気も嫌悪感もなかったのだ」p.250
掌編シリーズ1。
漫画でもいいのだけれど、このストーリーは小説の方が媒体はいいのかもしれない。
それでも、最後のクリームパンの衝撃を伝えるには、漫画のが良かったのかなぁ・・・うーむ。
体の思い出「息」:引っ越しを目前に控えたたかとは、ある日マスクを忘れ・・・!?
さよなら こうき君 p.258
掌編シリーズ2。
コロナの今こそ読んでほしいBL漫画ナンバーワンである。
恋ともいえない程の淡い感情を描いていて、妙に心に残る一編。
あと、登場人物を苗字のみで登場させることが多い西先生ですが、この作品だけ下の名前だけなんですよね。「軽井沢つけもの夫人」では「三ノ宮」「保坂」、でもこの作品では「たかと」「こうき君」。
その名前で呼ぶ感じが、なんか初恋という感じがして、でもそれは恋と言う程強い感情でもなくて、なんとなく気になるだけなんだ。好き。
からだの思い出「耳」:いとうたけし君は耳の聞こえが悪く、その原因を見てもらいに診療所に来たが・・・?
「いかん 耳ん中に落ちてしまった・・・・・・」p.264
掌編シリーズ3。完結。
僕の耳の中にもちいさいまぐろどんちゃんがいますので、このイケメンの先生に耳の中見てもらいたい、そしてお話をしたいわね・・・。ハロウィンもうすぐですね、過ぎたらもうクリスマスですわよ・・・。
夕方の診療所(「クリニック」ではないところが重要)の雰囲気と、耳の中に落ちるというファンタジーの組み合わせと、それらを全て包む寂しさとのマッチングが良い。
掌編3編の中で一番好き。
この「からだの思い出」は3つで終わっているけれど、西先生続きは描くつもりはないのかしら。「爪」「睫毛」「膝」「乳房」「膵臓」・・・無限にモチーフは有るので、30年の時を経て腕が洗練された今の西先生が、このシリーズ描いたらどうなるかしら。
きっとそれは「傑作不可避」ということではないかしら。
以上である。
西先生の作品はやっぱり外さない。
そして、結構どの作品も個性が強くまさしく「濃い味」だった。
特にまあ「軽井沢つけもの夫人」とか。
ちなみに、僕が生まれる前、父親が母親と同居を始める時に持ってきたHなビデオの中に「軽井沢夫人」というものがあったらしい。「軽井沢つけもの夫人」って、あれのパロディなのだろうか。
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LINKS
同じく西先生の作品の感想。
本作より「電波の男よ」のが正直好きかなぁ・・・。
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20201024 なぜか出版社名まで入っていたので、タイトル改題しました。