ちぎってやるよ。
ちぎり散らしてやる。
曽根圭介『鼻』(KADOKAWA 2007年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
人間たちは「テング」と「ブタ」に二分されていた。鼻を持つテングはブタに迫害され、特別区に送られている。外科医の「私」は、テングたちを救うべく、違法つぁれるブタへの転換手術を決意する。一方、刑事の「俺」がm2人の少女の行方不明事件を捜査中に、因縁の男と再会する。2つのもの勝ち足りに訪れる、恐るべき真相とは。
日本ホラー小説大賞短編賞受賞作「鼻」他2篇を収録。大型新人の才気が迸る、驚異の短編集。
裏表紙より
【読むべき人】
・読み易いホラー小説読みたい人
・世にも奇妙な物語が好きな人(「暴落」)
【感想】
リメイクされましたね。めでたい。
本書は昔から「おススメ ホラー小説」と検索するとよく出てくる本の一つで、その割に絶版だったから、微妙にプレミア値がついたりつかなかったりしていた文庫本だったんですよ。
ところがどっこい、昨年KADOKAWAがいくつかの角川ホラー文庫をカバーかえて復刊させまして、そのなかに本書があったのでございます。
刷新されたカバー。いいですね。新装版の方がばちばちに表紙がいいと思います。よく見るとマスクをした少女の白黒写真なんですよね・・・且つなんかホラーだけでなく、欧米のアクション映画感もあるジャケット。ホラーよりかはグロ、幽霊よりかはヒトコワ。くあうぇて文体が軽くガンガンに読めちゃう本作をよく表していると思います。
前のね、プレ値ついてるほうの表紙はね・・・うんまぁ・・・まぁうん。版画だけどいかにも「純文学」みたいな感じの表紙で、ジャケ買いした人は恐らく肩透かしを食らってたんじゃないかなぁ。
ちなみに、他にリメイクされた作品には小林泰三『玩具修理者』がありました。5年以上前に読んだんですけど・・・あれは本当にすごい一冊ですよね。今でも鮮明に「玩具修理者」「酔歩する男」両方思い出せる。「玩具修理者」の最後のまさかの着地点にうっわあ・・・なった後、「酔歩する男」の今まで考えたこともなかったし出来れば知りたくもなかった悪魔的概念にクラクラ。「酔歩する男」も実写映画化されてもいいような気がするんですけど、意外とされてない。齋藤工あたりを使ってやって欲しいですね。大変失礼なんだけれども齋藤工ご本人のあの汚い字で手記書いて、そっから遡る悪夢の・・・って感じでお願いしたい。手児奈たんは誰だろ・・・誰がいいだろうな。橋本環奈とか?読んだことない人は滅茶苦茶おススメです。グロ耐性・SF耐性がある程度ないときついですが、毎日続く日常に幸福を見出せます。
お悔やみ申し上げます。
閑話休題。そんなこんなで、実はここ数年ずっと気になっていた本書なんですが、新装版発売という訳で、供給量が増えるわけですから自然と値下がりもするわけで、昨年冬メルでカリって入手致しました。
内容としては・・・なるほどね。なるほどです。
裏表紙にある、「恐るべき真相」自体は、正直、叙述ミステリにある程度触れていればすぐに気づきます。結構呆気ない終わりに何が凄いのか分からなくなる。解説を読んで、「ああ~~確かに」と僕はその凄さを再確認しました。
残りの2作が前評判より・・・思ったより良かった。結構硬い内容なんですが、文体がライトノベル並みに凄く軽くてするする入ってくるんですよ。
一つは、文体でしょうね。体言止めとか多く使われていて。なんとなく口に出して読みたくなるような文体。なんか大人向けライトノベルを読んでいるみたい。
中身も角川ホラー文庫の大御所、小林泰三・貴志祐介・・・のような感じを期待するとちょっと違う。前者は作品によっては純文学・倫理的要素も入っていると思うのですが、本書も、まぁ入ってるんだけど・・・この2つより分かりやすいし直接的。
ぶっちゃけ内容は角川ホラーよりハヤカワSF文庫に近い気もする。まぁ僕はそんな角川ホラー文庫もハヤカワSF文庫も読んでないのですが・・・。
恩田陸とか好きな人こそハマるのかもしれない。まぁ僕はそんな恩田陸読んでいないのですが・・・。
収録されている三作、ネタバレためらいなく端的に感想を書いておく。
好きなのは「受難」、令和四年現在において一番作品の出来がいいなと思うのは「暴落」。「鼻」も確かによくできているんだけど、まぁ令和となっては新鮮味はこの2作の方があるかなぁ・・・。
「暴落」
真面目そうな老人だった。席を譲ってくれた若いサラリーマンのことを、「敬老.com」に報告することだろう。あのサイトの試乗への影響力は侮れない。席を譲った偽善野郎が、うすら笑いを浮かべながら自分の株価を見ている光景が目に浮かぶようだ。p.16
個人単位で株価がついたら。それに翻弄されるエリート街道一直線の男イン・タム氏の株が、一気に「暴落」する様を描いた、近未来SF的ホラー。
それを100ページ近い尺でやってます。斬新な設定も凄いですが、それを思いついた普通の作家だったら短編小説・掌編小説で終わらせそうなところを、読者を飽きさせず読み切らせる中編小説に仕上げたところも凄いと思います。
ブラックユーモア・緻密な設定・読み易い口語的文体・・・。はじめ、ぶっちゃけ10ページで「うわぁ・・・こいつが転落する様を読むのに100ページもあるんかぁ・・・」と思ったんですが、気づいたら結構終盤まで落ちてました!
特に名前の由来のブラック・ユーモアには笑った。まじかよ。そこまでやるのかよ。あと最後の最後まで、設定が徹底される悪夢的エンド・・・。ふふっ。
ふはっ・・・・、令和四年現在にほんこくえでゃあり得ない世界の話だから笑っていられる。
と思ってたよ。
終盤までは。
クライマックス、最悪な結末のきっかけが、僕にも君にも誰にでもあるありふれた「人生で最も後悔した選択」だと気づいて戦慄。
イン・タムはどこまでも愚かだった。でもそんな彼をどうして僕達が笑えよう?人間は常に愚か。どこまでも愚か。果てしなく愚か。多分僕もイン・タムらしからぬマグ・ロドだったらそっちを選んでいたと思います。
ちなみに、【おすすめする人】に「世にも奇妙な物語が好きな人」と挙げましたが、それは本作が奇抜な設定から物語が進むプロットだからですね。最近長尺化しているので、名前の下りを削って3つ目のチャプターをいい感じに省略したら、名作になるのではないでしょうか。削って省略する必要があるのは、尺の都合上と普通に夜9時から11時に流せない内容だからです。
あと序盤、話の展開的には、綾辻行人「フリークス」も思い出した。現代日本が舞台で設定とかは全然違うのですが・・・。冒頭のシーンとそして最後に真相がつまびらかになるのは着想源が似てる、気がする。あれもあれでまさしく悪夢、めちゃくちゃバッドエンドでしたね。中盤で僕は主人公のアレの存在に、気づきました。
「受難」:
『はじめまして。ひろ子といいます。
みんなからは、『ひょこたん』と呼ばれています。(笑)
二度も介助者に選ばれるなんて、光栄です。
がんばります。
よろしくおねがいしまーす。
ひょこたん』p.125
圧倒的理不尽ホラーですね。真相が明らかになっても最後まで明らかになる訳では無い。そういう話、である程度割り切れる人でないと、不評でしょうね。某密林サイトで本作の評価があまりよろしくないのも頷ける。
それでも僕が本作を好きなのは、この圧倒的ひょこたんのクソ文体ですね。もうね、ムカつく通り越して全然ムカつかないんですよ。笑っちゃう。ひょこたんってなんやねんと。当時デビューほやほやの中川翔子のあだ名のもじりなんでしょうけど。でも何倍もムカつきますからね、ひょこたんて。1000000しょこたんくらいムカつく。1文字違うだけでこんなにムカつくとは。
加えて、途中で老紳士が出てくるんですよ。こいつもひょこたん同様もう言葉通じなさ過ぎてムカつく通り越して最高。最後の最後にも登場するんですが、想定されたエンドよりさらに最悪なエンドを想起させる・・・絶対嫌だ。そのままでいてくれ。
あとまぁ理不尽なホラーではあるんですけど、最低限の謎の種明かしはしてくれています。一見すぐ分かりそうなものですが僕は全然分かんなかったね・・・。
この前の記事書いた福澤徹三「五月の陥穽」、あれは人がいないことにとにかく絶望する内容でした。本作は人がいるにも関わらず言葉が通じない絶望。どっちの方がマシなんでしょうね。
「鼻」
私はリカの将来を考え、手術を決断した。障害でたった一度、私が行った転換手術だった。こういう世の中になり、当時の決断は間違っていなかったとお確信している。私はそれ以来、リカには会っていない。p.232
なんとなく、結末は見えます。僕も中盤から気付いた。「俺」の世界線ではテング・ブタの一文字も出てこないから。もっとカンが鋭い人は冒頭から気付いたのかもしれない。
ただトリックとしては消化不良感が残る。一体何が何だったのか辻褄合わせるのに非常に時間がかかる。マサキは瞬時に分かったものの、母親と娘の親子関連はちょっと考えないと分からなかった。そういや入院していた娘いたね・・・って読み返して気付いた。「俺」の世界線においてもう2-3行でもいいから娘の存在感をもっと色濃いものにしておくべきだったんじゃないでしょうか。
加えて、わたしの想像力がたくましすぎるあまり、0から作り上げちゃっているものだから、辻褄が合う合わないの問題じゃないところもあって・・・まぁ叙述トリックが使われているとはいえミステリ小説ではなく、「ホラー小説」ですよね。
でも独特の、読後感は最高ですね。
本当はもう最悪&最悪な結末なはずなんだけれども、僕達は気づけば「私」側の世界線に立っており、「してやったぞ!!」「正義は勝つ!!」「ざまあみろ!!」と恍惚な表情で本を閉じる。
気付けば僕達は「私」の、テングとブタが存在する世界に取り込まれている。
考えて。
ここ、2-3年。みんなマスクをつけています。
コロナウイルスが流行っているからです。
本当に?
本当は、その「テング」鼻を隠すためにみんなマスクをつけているんじゃないのか?
差別されないために。殺されないために。
「ブタ」としていきるために。
え?
何?
注射を受ければ、鼻が自然と縮小するの?
「ブタ」になれるの?
受けなきゃ!!!ワクチン!!!
受けなきゃ受けなきゃ受けなきゃワクチンワクチン!!!!!
受けなきゃ受けなきゃ受けなきゃ!!!ワクチンワクチンワクチン!!!!ワクチンワクチンワクワクチンチンワクワクチンチンワクワクワクチンチンチン!!!ブシュブシュブシュブシュ!!!!!受けなきゃ!!!!!
以上である。
表題作がまぁ正直期待値ちょっと下がるけど、でも他の2作が思ったより面白くて・・・良作、と言っても良い一冊。初めて読む作者で、他の作品が刑事ものとかが多かったので文体がっちがちなんだろうなぁ・・・と思ったら非常に読み易くて良かったです。
順番もいいですね。一作二作目のバッドエンドでたまったフラストレーションを最後にぶっ放す感じ。
あと、コロナウイルスが蔓延ってマスク社会になったからこそ、リメイクした角川ホラー文庫編集部、悪趣味最高~。「コロナが流行した今こそ!!」みたいな文言を一切帯にも書かなかったところにも大変好感が持てる。
もう少し昔だったら「鼻」も新鮮な気持ちで読めたんだろうけど・・・いやぁ、でもやっぱり設定的に2022年現在こそ読んで良かった一冊です。
ちなみに、ワクワクワクチンチンチン・・・3回目の案内いつまでたっても届かないんですけど、そんなもんなんですかね?
それとも、私に鼻があるから私がテングだから、案内来ないんですかね?
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つい最近書いた「五月の陥穽」の感想。