忌まわしき話。
福澤徹三『忌談』(KADOKAWA 2013年)の話をさせて下さい。
【概要】
上の階に住む同僚の部屋からもれてくる奇妙な物音を聞いたソープ嬢(「水音」)。
とんでもなく怖い映像を見てしまったビデオ店店員(「裏ビデオ」)。
会う度に顔が変わるキャバクラ嬢(「変貌」)。
必ず出る”から絶対プレイをしないホテルがあるというデリヘル上(「NGホテル」)。
超高額のバイトをしたことがあるという彫師(「時給四万円」)ーーー。
どれもこれも世にもおぞましい37話。本書は心臓の弱い方にはお薦めしません。
裏表紙より
【読むべき人】
・幽霊、だけでなく「ヒトコワ」寄りの実話集を求めている人
・文章力の高い実話怪談集を求めている人
【感想】
福澤徹三先生。
の実話集を手に取ったのは、「角川ホラー文庫傑作集 再生」で関心を持ったからだ。
3-4年前ニートをしていたときに図書館で借りて一冊読んだ覚えがあるが、それ以来はご無沙汰の作家だった。別につまらなくも特段面白い!というわけでもなく、ほおんといった感じで読んだ。印象に残らない。
ところが『再生』に収録された作品・・・「五月の陥穽」。なかなか最悪な話、だったが、まぁまぁ面白かったのとそれが収録されているのが『怪談歳時記』という、ひと月に1短編のホラーを書くというなかなか面白そうな本だった。速攻メルでカリった。じゃあそのついでに他の本も数冊買って、福澤徹三掘っときましょか?な感じで、メルでカリったのが本書である。
感想としては・・・うんまぁなかなか良い感じの「実話集」。
まず文章力。「五月の陥穽」でも思ったが、福澤先生は文章力が非常に高い・・・と僕は思う。不自然な日本語も一切ないし、ひとつひとつが丁寧な硬い日本語。にも拘わらずすらすら頭に入ってくる。
本書は所謂デリヘル・ホスト・キャバクラ・スナック・裏ビデオ・ヤクザ・・・等なかなかダークでぐっちゃぐちゃが題材。それを一人称「私」の硬派な日本語で書くから読んでいて必要以上の不快感がない。サクサク読める。ぐちゃぐちゃ×丁寧な日本語。相性がいい。
そしてページ数も200ページ程とまぁ文庫本にしてはちょっと少なめ??ではあるが、ジャスト。ジャストサイズ。硬い日本語文体であるためこれくらいの方が丁度よい。厚いと多分くどくなる。難しくなる。ましてや書かれているのは「忌談」。忌まわしき話ばかりなわけだし。
たくさん読んだらさぁ、ダメになりそーじゃん。
個人的には正当な実話怪談によって読者を怖がらせたいところだが、限られた時間のなかで、マニアを唸らせるような話はそうそう取材できない。そこで今回は間口を広げて、怖い話や厭な話、あるいは不可解な話を、超自然的な要素の有無を問わずに収録してみた。時代性を反映してアンダーグラウンドな方面に重点を置いて取材したために、過去の拙著といくぶん趣が異なり、残酷な描写や陰惨な話が多い。狂気、殺人、暴力、事故、病気、災害、貧困も頻出する。
したがって本書は怪談実話集ではない。
あえてひとくくりにすれば忌まわしい話でそれが書面の所以である。pp.4-5「まえがき」より
以下簡単に刺さった怪談・・・否、忌談を。
一部ネタバレ有。
「茶碗の中」pp.33-34
猫耳眼帯少女カヲルの
この投げ出され感は
茶碗の中を彷彿とさせる p.33
独り暮らしのFさんが起床したらおぼえのない落書きがなされた紙が出てきたという話。上記はその文面。それだけである。ただ「猫耳眼帯少女カヲル」という作品は今のところ実在しないし、「彷彿」なんて漢字は書けない。との旨。
まずこの書かれた言葉が記憶に残る。「猫耳眼帯少女カヲル」の語感の良さ。「茶碗の中」という名前だけ聞いたことある文豪の作品の名前。
そして幽霊的なものや人為的なもの、両方あまりにも感じないのも・・・。犯人がこれらのどっちかだったら違うこと書くだろうし・・・「死ね」とか「見なくてよかったな」とか「呪う」「恨む」「祟」「死」「喪」「うるさい」「滅」「鬼」等等そこらへんが妥当じゃないですか?
思うに僕は、これはパラレルワールドのFさんのメモではないかと思うのだ。どこかの平行線の世界で同じくFさんは同じ部屋を借りている、勉強もできる(じゃないと「彷彿」なんて書けない)陰キャよりの(陽キャは「彷彿」なんて書けない)学生。で、ふと見たアニメの最終回の感想をメモに書くだけ書いてそのまま、寝てしまったのではないか。
そこで何か神的力がぺかーっと起きて、そのメモがこの世界線のFさんのもとに届いたのではないか。
実話怪談らしからぬ、実話SF。
なんていうのは、考えすぎでしょうか?
「鳩が来る部屋」pp.35-40
「おたくが住まんのなら、誰かに貸すとか売るとかしたらどうですか。ずっとほったらかして、みんな迷惑しとるんです」
「住み手がおらんと、マンション全体が古くなるんですよッ」
「そんなんじゃだめなのッ。鳩がくるんですよ。鳩がッ」p.36
亡くなった義母のマンションの部屋に鳩がくると、ばあさんがしつこく電話をかけてくる、という平和の象徴にあらがうクレーマーの話である。
このばあさんのウザさが電話越し、紙面越しに伝わってきてなかなか厭な話である。まじで電話で金切り声でこんなん言われたら、たまらない。
そして終盤現れる鳩と、最後にマンションで明らかになった真実と、鳩に関する迷信・・・。それらの点を結んだら絶妙に線になりそうでならないその感覚も、厭。たまらない。
マンションの外観に関する描写はほとんどなされていないにも関わらず、まるでそのマンションの姿が脳裏に浮かんでくるようで・・・。
ああ厭だ。たまらない。
忌まわしい。
本書の中で一番す忌(すき)な話。
「引き寄せの法則」pp.66-69
本業はビジネススクールの講師だったが、独身で自由がきくせいか、絵画の個展を開いたらりピアノを弾いたりハーブ園を作ったり、趣味は多彩だった。スポーツも大好きで、市民マラソンやトレッキングのイベントにも、しょっちゅう参加していた。p.66
過度に健康に気を付けている、エネルギッシュでとても明るい女性。の行く末。を書いた話である。
「引き寄せの法則」の意味が最後で分かるのだが、それが結構衝撃的だった。やっぱり気にしすぎるのも良くない。
水素水。脳洗浄。ピラティス。気にしすぎて思い煩ったら、元も子もない。
刊行されたのは2013年だが、胡散臭い健康療法が若者間でもずるずる蔓延る今こそ、響く一遍でもある。
あと刊行された2013年の地点で「引き寄せの法則」という言葉がすでにあったのか・・・ちょっと感慨深くなった。
「無人街」pp.128-132
夕方の住宅街だというのに、学校帰りの子どもや買物へいく主婦の姿もない。
住宅街では決まって犬に吠えられるが、犬はおろか猫の子一匹いない。p.129
夕方の無人の住宅街で、体験者のS君が見たものとは・・・!?という話である。その「見たもの」というのが非常に恐い。こんなん見たらもう僕はまともでいられない自身すらある。
そして更にその後、畳みかけるように起きる恐ろしい出来事・・・。
一体、あの存在は何なのか。そしてあの男は誰なのか。何なのか。
一切合切が分からずとても気味が悪い。
あと、あれネット怪談の望遠鏡覗いてたらダッシュでやって来てピンポンピンポンならされるやつ。あれが好きな人は絶対これも好きだと思う。てか多分あのピンポンダッシュの「ゆかいな仲間達」だと思うわコイツ。
「狂気、殺人、暴力、事故、病気、災害、貧困」p.5等にもスポットを当て、派手な怖さも求めた実験的な本書であるが、一番怖かったのは実話怪談に近いこの話、というのも皮肉。
「コンビニ」pp.142-146
実話:人生である。これに尽きる。
こういう学生時代に優等生で真面目だった奴が転落していく話は本当に辛い。
何故神様はこんなにも非情なのか。
否、神様なんていないから僕達は神様を信じているのか?
以上である。
なかなか面白い一冊だった。ただテーマががばっと広いにも関わらず、やはり実話怪談をずっと書いてきた作者なだけあって、インパクトに残るのは実話怪談よりの話が多かった。
どうやら本書は5巻まで出ているとのこと。是非じっくり集めたいと思う。
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その実話怪談を読んだ時の感想だけど全く内容覚えてないですね・・・。
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20220304 去年の夏に書いた記事である。それを編集してなんとかあげた。3500文字くらいで感想おさまっていて凄いなと思う。最近文字数どんどん増えて時間だけたっているような気もして、みたいに思うこともあるし。ただ去年の夏とはいえど結構直すところが多いのは辟易した。
そして編集してて思ったけど、やっぱこの「忌談」、数ある実話集の中でもなかなか面白い類に入ると思う。実話怪談好きで本書を読んでいない人は絶対読んだ方がいい。めちゃくちゃ面白いから。いやマジで。