彼女が見た夢。
清水玲子『秘密2』(白泉社 2003年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
最高傑作シリーズ最新刊!
生前の脳が見た映像を再現するMRIスキャナーを捜査に取り入れ、通常の捜査では解明不可能な犯罪を一手に担う科学警察研究所 法医第九研究室、薪警視正と青木捜査員の「第九」コンビの前に立ちはだかる凶悪事件とはーーー!?
近未来ポリスサスペンス、衝撃の第2巻!
帯より
2002:第九に送られてきた箱には、脳が入っていた。配属されしばらく無断欠勤が続いていった新人・天地奈々子の顔写真と共に・・・・。
2003:鎌倉一家殺人事件の犯人である、一家の父・露口浩一が処刑された。しかし、露口の脳をスキャナーにかけるて見ると、真犯人が明らかになり・・・。
青木は、事件唯一の生き残りの長女・絶世の美少女である露口絹子に翻弄される。
【読むべき人】
・新人女性社員
・新人女性社員がいる職場の人
・六番目の小夜子のように、黒髪美少女に翻弄されたい人(小夜子読んだことないけど)
※2巻からでも読めますが、設定が複雑なため、あと薪がどういうキャラクターか分かるため、1巻から読んだ方をおすすめします。
【感想】
1巻同様近所の個人経営の貸しコミック屋で借りた。個人経営で、店主のおばあさんがおススメしてくれて手に取ったのが1巻である。
そしてその続きを、ということで手に取ったのが本書。
期限内に読んだはいいものの、圧倒され、感想を書くのがためらわれ、かれこれ期限からもう1週間たってしまった。さすがに書くぞがんばるぞ。
特に圧倒されたのは・・・「2002」。第九に配属された自称「視える」女・天地のエピソードである。ネタバレをためらわず、この・・・読んだあとこの気持ちを綴らせてほしい。
冒頭から彼女は亡霊&脳味噌で登場して、死んだことが冒頭にはっきりと明示される。ではどうやって殺されたのか?に迫るのだけれども・・・。
本作の題は「秘密」、死んでからしか見ることのできない最高機密・・・個人の脳の記憶である。どのようにして殺されたか、も大事ではあるが、彼女が一体どのような人間であったかそして彼女が第九で何を感じていたのかそして死ぬときは一体何を思い浮かべたのか・・・彼女の「秘密」がメインとなる。
その「秘密」に、僕は圧倒された。
特にクライマックス。
死の直前に出される体の苦痛や不安を取り除くための脳内麻薬が分泌されたp.115ことで作り出される、天地が自分の中でつくりだした一番幸せな世界p.116をMRI通して青木達は見ることになる。
それが・・・もう何も言えなくて、見直しても見直しても僕は涙堪えられない。
切ない。
彼女は所謂「奇人」と呼ばれるような女子だった。幽霊が視えることを自称し、死体を見ることに興奮を覚えます!と青木にアピールする。
視えていたかどうかは定かではないが、後者はまぁ予想通りで死体を見た時に嫌悪感を示し嘔吐する有様である。
要するに、奇人、所謂「痛い子」でもその核は、普通の女の子・・・だったという訳だ。
その彼女が、最後にみた一番幸せな世界、というのが、第九で皆から褒められて必要とされる存在になる世界だった。
お茶をこぼさない。仕事を回される。上司から褒められる・・・。
期待される・・・。
新卒の塾講師の時、僕は所謂お荷物だった。まぁ未経験で集団授業の講師だったから仕方ないのではあるが・・・当たった上司が最悪だった。
貶す、仕事を回さない、仕事の仕方すら教えてくれない、一人だけ徹夜で残業させる、退塾した生徒を「まぐ先生のせいですよ」と言う・・・等々。
恐ろしかった。でも行かなくては授業をやる人がいない。だから僕は毎日毎日健気に健気に通っていたのである。
その時のことを・・・思い出した。
教室の文系担当として頼りにされる自分、用意した努力が実って生徒から大好評の授業を行える自分、仕事を率先して行い「まぐ先生やるじゃないですか」と言われる自分・・・。
を夢見て、僕は毎日健気にあの坂道をきこきこ自転車で漕いで行ったのではなかったか。
あと、非常に共感した。天地に。
奇人、というか僕もどちらかというと言動が変と言われるタイプである。言葉の使い方が変らしい。行動の仕方が変らしい。目線の動かし方が変らしい。常に頭が傾いているらしい。何考えてるか分からないならしい。「まぐさんって変わってるよね」「まぐさん本当に気を付けて!!」「まぐさんヤバイよ」最近では初対面の人から「普通ですね」よりかは、「変ですね」と言われた方が安心する体たらくである。そのため無意識に若干変な人間ですよアピールを自ら行うことも多々ある。
天地も、似ている。言動自体が変ということは無いみたいだが、霊感を自称し死体に興奮するとアピールする。何を考えているのか分からないし、初めての部下を持つ青木からしたら、時節疎ましいとすら感じる存在であった。
ただ、霊感をアピールしたのは・・・描かれていないが、それまで「視える」ことを伝えたら変に捉えられて厭な思いをしたからではないのか。要するに作中で行われる「私視えるんです」「死体に興奮するんです」アピールは、僕が日頃から初対面の相手に行う無意識の「私変なんです」アピールと同じではないのか。
その一方で、私も天地も核は普通の人間と変わらない。
その場で必要とされたい。褒められたい。認められたい。
でも、僕達はちょっと変わっているがあまりその努力が変な方角向くこと多々あって、うまくいかないことが多い。何考えてるのか分からないと言われるのが一番つらい。
でも核は・・・核は、君と変わらないんだよ。
僕は最近チェーン店の貸しコミック兼レンタルビデオ店でバイトを始めた。もともとの小売のバイトと重ねてのWワークである。週6労働である。
だけど・・・
「おはようございます」
「あ、最近入った新人のまぐろどんです」
こんな僕でも紆余曲折を経て社会性を身に着けているらしく、無意識にでも挨拶が口に出て、挨拶しないとむしろちょっとそわそわしてしまうことすらある。
「あ・・・私、じゃあコミック元の場所戻しますね」
「???」(わざわざ言わなくてもいいのにの顔)
「きょ、今日はありがとうございました!」
「???」(はぁといった顔)
上滑りすることも多々あるが・・・それでも自然と身についていた自分の社会性に驚かざるを得ない。まぁ、ぺぺぺのぺーであり仕事で必要とされる存在まではまだまだ遠そうですが・・・。
でも、ああ、もうあの6年前の自分とは違うんだな、かなり成長したんだなと思って自己肯定感が上がるのも確かなのである。
同時に、僕は今2年4か月ほど勤めた小売店のバイトをやめようか前向きに検討しているところである。
レジ打ちも速くなったし、商品も覚えた。取り寄せも出来るしだいたいのことが出来る。挨拶だってこの会社で身についたことだ。
でも最近は朝起きると絶望的な気持ちになって行けないことが多い。
でもそれも結局は、同じことではないのか。
基本ここでは褒められない。
接客が丁寧にできても、レジがいくら速くても、臨時対応を素早くしても、基本誰からも何も言われない。反対に、接客をミスした時、レジを打ち間違えた時、臨時対応がうまくいかなかった時は結構怒られる。
休んだ翌日は基本冷たい目で見られる。というかこの文章を朝現在書いているのであるが、まさしく今日がその「休んだ翌日」であり鬱。
でも本書を読んで、ああ・・・そうかと思う。
自分がここに必要とされている感じが、しない。
褒められないし認められないし「まぐさんじゃなきゃ困りますよ!」なんて言われることなんて基本ない。
人間関係は殺伐としており、先月の売り上げは昨年を大幅に下回った。
まぁパートの身だから当たり前と言えば当たり前なのではあるが、僕の代替等いくらでもいるのではと心の底で思ってる。
だから、だから時給が少しでも高い他の場所を検討しているんだ。
ただ、最近新しく始めた貸しコミック屋でも人間関係が生じ始めた。話しかけられるようになった。本当はもくもくと返却作業をしていたいのだが・・・避けられないのだ。人間関係なんて、基本避けられない。認められる・褒められる・必要とされる・かけがえのないものとして扱われるには避けられないのだ。
苦汁をのみこみ、僕はへらへら笑う。へらへら。へらへら。
ああ、ここでもやがて人間関係が生じた以上どこかで行き詰まって、また、死にたくなるのだろうか。
絶望される前に言っておかなければ。
「私、よく変わってるって言われてて~」「ちょっと変かもなんですけど~」「視えるんです。幽霊が。」
一方で、2003のヒロインである絹子はそんなことは一切考えない。生粋のサイコパスで、でも多分仕事も手早いと思う。僕や天地のように奇人として扱われるという経験も兼ねてないだろうし、容姿端麗手際もいいし物覚えもいい方だろう。
彼女が起こした事件もまた、陰惨極まりないもの出るが、さらに後半陰惨さが増した真実が明らかになってぞっとする結末に至る。
2003では「誰の秘密を暴けばいいのか」が主題となる。要するに、どの死人の脳に事件の真相が記録されているのか。
終盤、第九は真相を記録している脳に辿り着くことが出来るのだが、最期の陰惨極まる記憶とそれまでの美しい幸せな記憶の対比が切ない。
青木の亡き父に対する葛藤が描かれる。
僕はいまひとつまだ分からなかった。今僕がフリーターの身であっても「働いているだけで充分」と親が認めてくれているからかもしれない。
そして、2002・2003共に薪の美しい容姿と無慈悲な人格があまりにも鋭く綺麗。それはまるでナイフのような。
恐らく巻が進むにつれて、青木と薪の距離が接近するにつれて彼の人間性や過去に迫る展開もあるのだろうが・・・それもそれで楽しみである。
以上である。
2002も2003も両方女性がキーを握っている。Wヒロイン体制である。無論どちらも魅力的に描かれている。
2002:まさか2巻で、一番共感するヒロインが出てくるとは思わなかった。天地のようなどろくさい奇人ならでは人間性を漫画で読めるなんてもうこれある種の「文学」やんけ。
2003:絹子の容姿とまなざしの強さとサイコパスがエグくて最高である。wikiで調べたらアニメ、映画でも登場するみたいですね・・・うわぁ、実写化された絹子ちょっと見てみたいかも。
そしてwikiに書かれていたのですが・・・この2002、2003って発表の年だったんだ・・・。技術が実現したのが2060年代の設定だからなんだぁこれはぁ‥と思ってたけど。なるほどね。
ああ。もう支度をしなければならない。
きっと「また休んだよ、まぐさん」みたいな目で見られ、休むから頼りにもされず、冷たい目で見られるのだろう。
鬱。
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一緒に借りた漫画と1巻の感想。