表紙、ありとあらゆる実話怪談本の中で一番好きですね。
つくね乱蔵『恐怖箱 厭還』(竹書房 2020年)の話をさせて下さい。
【概要】
平和な日常と家庭を突如襲う理不尽な怪。或いはどす黒い情念の花が咲く因果応報の怪。圧倒的な忌まわしさと絶望感が胸を抉るつくね乱蔵の人気実話怪談〈厭〉シリーズ最新作。
原因不明の頭痛に悩まされる男。友人は、二週間前に行った心霊スポットが原因だというのだが、そんな記憶は・・・「何も分からない」、
子宝に恵まれぬ兄嫁を心配した妹は子授け祈願すら受けられぬ自らの一族の秘密を知る・・・「長男の嫁」、
隣いいえとの境界線に埋められた肉片の詰まったウサギのぬいぐるみ。やがて凶事が・・・「ぬいぐるみの肉」他、
病が闇を呼ぶ怒涛の37話!
【読むべき人】
・面白い実話怪談本読みたい人
・後味悪い話が好きな人
【ためらうべき人】
・怪談新耳袋のようなあっさり系が好きな人
【感想】
僕が本シリーズ、つくね乱蔵氏の単著を手に取り始めたのには圧倒的に表紙。表紙に惹かれたからです。特にこの「厭還」の表紙は本当にグッときて、ここ発端に、日本画風表紙の実話怪談本を複数冊買った次第である。
勘は当たる。
面白い。後味悪い話が多いので読み応えがある。
表紙の作家は「厭獄」も本書も同じ画家・芳賀沼さら氏。
検索しても、なんかいまいち出てこないんですよね。2018年に個展を開かれているようなのですが・・・。どうやらホラー系の日本画風の作品を仕上げている様子。
いやぁ、描き続けてほしいですね。こういうホラー系統の日本画系って山程いるんですけど、なんかみんなよくしんないけど「ワンランク上」のところにいるんですよね。
要するに怪談界のライトノベル、暴力団刊行の文庫、竹書房会談文庫の表紙に起用するには重い人達が多いんですよ。
だから彼女には頑張ってもらいたい。確かに技術は彼等より劣るかもしれませんが、この表紙然り一度見たら忘れられないような絵が、つくね氏の単著表紙で多く見受けられるので。
ちなみに今、調べたら芳賀沼って「ほうがぬま」ではなく「はがぬま」と読むそうな。はえ~~~。
また、前回「厭獄」の時はその後味悪い話ばかり、だったけれども今回はそれプラス、ユーモア・切なさ・感動・・・等々色んなエッセンスが加わって、後味が色とりどりで個人的にはこちらの方が好き。
とか言いながら、まぁ記事の文字数は「厭獄」の方が多いわけですが・・・。
よく見ると、「厭」が赤、「還」が白なのもデザイン性高くてすばらし。
以下簡単に感想を書いておく。好きなのは「二十年目の私」「本音と建て前」
「二十年目の私」pp.12-17:久々に同窓会に顔を出せることになった。そこで話題になったのは二十年前の文化祭のことで・・・
「別人だったりして」p.16
ぞっとした。
実話怪談で度々みるパターンの話ではある。でもそれが起こるのは友人で会って、体験者に起こることは基本ない。創作物では逆に主人公・・・体験者に頻繁に起きている現象ではあるが。じゃあ創作臭するのか、というとそうではなく、れっきとした実話怪談である。
現実の地続きの先にある。
序盤の少女の影の描写がここで活きてくる。
少女の影が時々見切れる。
たわいもない怖くもない描写である。
ここがあったからこそこの話は現実性がぐっと増した。
でも多分ここがなければ、こんなに怖くなかったと思う。
怪異自体は派手であるがそこまで怖くはない。しかしそれを序盤の記述で恐怖を盛り上げる。巧いな、と唸らされた実話怪談。
「長男の嫁」pp.63-68:詩織さんは、兄嫁の綾乃さんを大事に想っている。だがなかなか子供には恵まれない。
うわぁ・・・という話。
「結婚しなくても幸せに生きられる世の中でそれでも私は貴方と結婚したいのです」
ちょっと前に流行ったゼクシィのコピーを思い出す。(不正確だけれども)
それでも結婚したい。一緒にいたい。
と思う、心の純粋さよ。
終盤、兄は自殺する。僕が兄だったらどうするだろう、と考えてみたけどやはり、自殺すると思う。
もしくは初婚は、人生で一番忌々しい女を相手に選んでいたと思うな。
いじめてきた奴とか。
後ろで僕をせせら笑っていた人とか。
■橋■とか、■川■子とか、■■■■子とか。
逆に利用してやるのだ。
この縛りを。
この呪いを。
多分詩織さんの父も祖父もそしてその前の人達もそうしてきたんじゃなかろうか。
「本音と建て前」pp.91-96:支配人の生霊(下半身丸出し)が暴れまくる!!
萩原支配人は、ホテルマンの鏡ともいうべき実直さと誠実さを極めたような人物であった。p.91
衝撃だった。
生霊の姿と行動が。
姿はもうばらしてしまったが、下半身丸出しである。ビックリである。衝撃である。こんなん来たら笑うしかないじゃん。
そして行動。行動もひっちゃかめっちゃかでぞっとする。
それらを全て全て普段から抑えて抑えて抑えて、「実直さと誠実さを機前多様な人物」を演じる支配人。
優秀なことには間違いないが、優秀過ぎると恐ろしい。
他人って、本当に何考えているのか分からない。
本当に。
「反撃」pp.97-100:金融系の大手企業で面接をする女子大生。園田という面接相手の男は誠実そうであるが・・・。
「本音と建て前」に連続して生霊実話怪談である。
ええ・・・ってなる。ええ・・・。
多分これが見えたのは、女子大生を守っている何らかが見せてくれた、ということではないのかなぁ。
生霊。生霊かぁ。死霊っぽいものは何回か見たことあるけれども生霊と言うものは見たことがない。飛ばそう飛ばそうと死ぬほど憎んでみたことは何回もあるけれどもどうやらそういう力も僕にはないらしく効果を実感したこともない。
是非障害に一度チラ見、くらいはしてみたいものである。
「左手」pp.105-109:
女の子は、前を行く青山君に追いつこうとして一生懸命であった。p.109
怪異自体はそんなに怖くない。んだけれども、この一文が本当に本当に可愛い。きゅってなった。ときめいた。うふふふふ。あ、でもついてこなくていいです。
「旅の思い出」pp.115-118:
母と一緒に、どこかの崖の上から海を見ていたのが、沙羅さんの原風景である。p.115
その後も一人親の母は娘をあちこちに連れて行く。しかし写真は撮らないという。
その真相が最後に鮮やかにハッキリ分かる。
そのシンプルさ。ゾッとした。
そういうこと、だったんだ。
僕も似たような体験が一度だけある。でも思うんだけど、全国の長女、特に第一子である長女を30人集めれば1人くらいは、似たような経験しているんじゃないかと思う。
母の自殺未遂に巻き込まれること。
多分、結構普通なことなのではないか。
今日も誰かが娘を道づれにして死のうとしているのではないか。
みんなひたむきに隠しているけれども。
流石の僕もペラペラ他人に言えないので。
「お手本」pp.129-134:
「立ちなさいっ!誰が寝て良いと言った!」
「あんたが良い子じゃないとママが叱られるのよ!それでも良いの?」p.130
その正体にぞっとした。
そしてそれを取り巻く自身の内なる恐ろしさにもゾッとした。
あとまぁ毎日聴いてたら、それはとてもとても良いお手本になったことでしょう。
小池真理子先生に、この実話怪談ベースに怪談書いてほしい。絶対傑作出来ると思う。
「赤いマニキュア」pp.154-160:
ベランダに、黒服を着た女がいる。
てすりにかけた両手は赤いマニキュアをしていた。p.160
最後の二行に戦慄。
あとこの怪談自体、雰囲気が異質で怖い、怖いはずなんだけれどもどこか物寂しく美しさすら感じる・・・赤いマニキュア。
多分、好きになったのかなぁ。
どうなんだろうか。
だってそもそもその部屋は「本音をいうと彼女ができたときを考えた上の決断」p.154で引っ越しを決めた部屋だし。
「破格の家賃」pp.161-167:夫に先立たれた妻がひとりぐらしをはじめたアパートには・・・。
「おいお前、いい加減にしろ馬鹿野郎!悪いのは世間だと?世間はお前のことなんか、これっぽっちも知らないんだよ。世間に認められたかったら、それだけの努力をしろっ!いつまでもふわふわしてないで、さっさと成仏して一からやり直せ」p.166
あ、あああ、ぁぁぁぁ~~~~~。
「ぬいぐるみの肉」pp.186-192:南天の下に飼い猫の死体を埋めようとしたら出てきたのは隣の家の娘が持っているぬいぐるみ(うさぎ)。
話しの展開自体はまぁ普通、印象に残ろう程ではない、んですけれども、このタイトル「ぬいぐるみの肉」が秀逸だと思いました。多分今まで読んだ実話怪談の中で一番印象に残るタイトル、といっても過言では・・・過言か。
あと、途中で穴を掘る場面があるのですがそこの描写が凄く迫真で、そこが結構印象深かったです。とち狂った女のどこにも向かない一生懸命が世界を壊し狂わせる。
以上である。
前の「厭獄」と比べれば印象に残る話は少なかったものの、全体を通して読んだ後の読後感・満足感は圧倒的にこちらが良い。
つくね乱蔵単著入門にうってつけ、なのかもしれない。まぁ全部読んだわけじゃないので分かりませんが・・・。
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LINKS
同じくつくね乱蔵氏の実話怪談集の感想です。
20220712 よく見たらタイトル間違えてたあああ。
「厭獄」の時も間違えててその時はupする前に気付けたんですけど・・・そういうあれなんですかね。違いますね。つくね氏、ほんとに申し訳ありませんでした。
※先生と呼ばないのは作家ではなく実話怪談蒐集家であるためだよ