小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

貫井徳郎『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』-ストレスを読む。-


女を書かせたら一流の作家。
男だけど。


貫井徳郎『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』角川書店 2011年)の話をさせて下さい。



角川文庫のラノベチックな分かりやすい表紙は、嫌いじゃないです。

【あらすじ】
(表題作「崩れる」)
売れないイラストレーターを夫に持つ、主婦・芳恵。
生活のために、淡々とパートに通う日々。
しかし一人息子・義弘が、入社3カ月で仕事をやめて戻ってきて・・・・崩れる。

【読むべき人】

・ストレスが溜まっている女性(特に30代ー40代)
・妻の心理がわからない男性
悪女にもてあそばれたことがある人。もしくはもてあそびたいと思っている人。(「壊れる」)

【感想】

約20年前に初めて刊行され世に出た作品である。
だがしかし、その年数を感じさせないほど新鮮味がある、生きている。
なぜか。
それは女性の心理描写がとにかくうまいのだ、この作家。
日々パートや家事に追われつつも、近所からの目を気にしやはりそこでは自分が優位に立ちたい。
女性の心理をこれでもかというくらい生々しく描いている。
今現在「マウント」と呼ばれるような感情を20年先取りしている。
マウントの先駆者といってもいいのかもしれない。
史上初の日本人女性をマウントして登頂した探検家といっても過言ではない。

一遍一遍簡単に記録していく。


崩れる稼ぎのない夫、仕事を辞めて来た息子。生計を支えるためパートをする芳恵は・・・
短編とは思えない密な描写が続く。筆者も「長編小説の書き方」(自註解説p.311)と言っていたが。
ぎしぎしとしたやな感覚の描写が延々続く中で、最後の終わり方のあっけなさが何とも鮮やかで印象に強く残る。
そのコントラストを強調する意味では、ある意味途中まで長編の書き方で成功だったと思う。
最後の一言は、そこだけ読んだら全く共感できない。
けれども息が詰まる話をすべて読めば、その言葉の意味がひしひしと分かる。
狂った人間を敵側・・ではなく
読者を崩れた人側・味方側に持ってきているのはすごいなーと思った。

怯える:妻から元カノ・黒須沙紀から電話があったと聞き・・・
ブラックジョークのような話。
男側から女の怖さを徹底的に描いたもので、・・・まぁそういう作品は数多くあるんだけれども、じゃぁ心理描写が凄い貫井さんが書いたらどうなるんでしょうねーという作品。
冒頭に、なんかやべー女から電話がかかってくるのは、前編とほぼ一緒。筆者のまだ短編に慣れていない感じが伝わって、ほほえましい。

憑かれる翻訳家が生業の聖美に、式前の食事会のお誘いが届くが・・・
90年代の結婚観が生々しく描かれている。
今とは違って当時の女性は皆焦って、花嫁に憧れていたようだ。
それが現在じゃぁ・・・・違うもんなぁ。
女性の社会進出や娯楽の多様化等で、結婚は「女性は絶対するべきもの」から「しなくてもよいもの」になった。
現代の晩婚化の深刻さを体感できる作品。ある意味今がかもしれない。
ストーリー展開は、筆者も「一段階落ちる」(自註解説p.312)といっているように凡庸感が否めない。
けれども「晩婚化」を身をもって理解できるという点で読んで損はないと思う。

追われるオクテ男を対象にした恋愛セミナー講師、千秋は熱心な好意を受けてしまい・・・。
最も罪深い女が出てくる作品。
いるんだよな、こういう女。
男からの好意を「困ります」と言いながら「でも・・・・」とどこかに情けを書けつつ、ずるずる引きずった挙句被害者面をするという。
男の方が絶対かわいそうなのにさー。
筆者もこういう女が嫌いなんでしょうね。
結末の勧善懲悪感が気持ちいー作品。ある意味スカっとジャパン。
ちなみに一番「どんでん返し」感が強い作品でもあります。

壊れる妻・珠恵から事故をしたという連絡を聞き・・・
一番先が読めない話ではあるかなと思う。
何がテーマなのか、どんな話なのか初め少しワクワクする。
だが、うーん。
なんか展開が思ったより・・・うーん。
パラレルワールドって筆者は言ってたけど・・・うーん。
後半はもう展開が一気に読めるのが難点なのかな。
やはり前半の何も見えない感がこの短編の魅力かな。
今作で一番凡作であると僕は思う。

誘われる引っ越し先の地域に馴染めずにいた長谷川杏子は、新聞の投書欄にある投稿を見つけ・・・。
女のマウント精神をこれでもかー!!どーん!!!と書いた作品。
ぐわーーーー!!!と僕はやられたね。
本当マウント書かせるとこの人凄いんだよなぁ・・・。
マウントとりながらも自分は善だと信じて疑わない感じもよい。
というか「マウント」という言葉が出てくるはるか昔にこんな作品書いているのがまぁ凄いわけで。
・・・話全体もなかなか面白かった。
最後の5ページまで展開がわからない。
ハラハラしてページを繰る手が止まらない。
何が真実で何が嘘なのか。
そしてどーん!!!ときた結末は「追われる」同様やはり勧善懲悪を匂わせる感じがカタルシス
ちなみに。僕個人勝手に思ったのだけれども、
この作品から派生したのが
貫井徳郎『愚行録』(創元推理社 2009年)
愚行録の記録はこちら
になるのかなーとも思ったり。
あの作品は終始マウントマウントマウントだったからな・・・・。
見事なマウンティングを見たい人は是非。
後「誘われる」はいわゆる公園デビューの作品でもあるんだけれども当時はそんな言葉すら世に出ていなかったようで。
筆者の世相の読みの凄さ・・・すごひ。
僕が一番好きな作品。

腐れる隣の家からの腐臭が気になってから、亮子の嗅覚は過敏になり・・・。
嗅覚を題材に扱った短編。
終始嗅覚中心にしてすすむ小説は今まで読んだことがなかったので新鮮だった。
筆者も「なかなかユニークな作品だと自己評価している」(自註解説p.313)様子。
うーん。
臭いかぁ。
僕は鼻炎なので、隣人が何かしてても気づかないだろうなぁ・・・。
最後ハッピーエンドに見せかけて、ひらりと覗かせる不穏な終わり方も心地よかった。

見られるだらしないOL未奈子の留守番電話に入っていたのは、くぐもった声のいたずら電話。エスカレートしていき・・・。※5gのネタバレあり
今回僕が最も主人公に共感した作品。
だらしない女なんですよ。
部屋も汚いし、時間にもルーズ。
そこを許容してくれる人で人間関係をこなしてくという・・・。
でも案外「だらしない女」って小説で描かれないんだよね。出て来たとしても極端に強調してキャラクター性強調されて、白衣眼鏡美少女キャラ(IQ200)がせきのやま。
リアルなだらしない女を描いている点が凄い新鮮だった。
ちなみに、僕今回の件はすべて康平だと思うんですよ。
だってさ、頼りにされたいじゃん?
必要とされたいじゃん?
で普段だらしない彼女も危機が迫ればさ、煩雑な結婚式に向けた手続き一緒に進めてくれそうじゃん?
相手に強く出れない、けれど相手から頼りにされたい草食男子のやきもちと思えば、可愛いもんだなー
・・・なんて思ってしまうのは、7編がすべて濃ーいブラックだったから?




以上である。
読み易く、だけど結末のブラックが後を引く良作であった。
エンタメ・ブラックとしては最高。

だが今作の最大の魅力は、手に取るようにわかる筆者の成長だと思う。
今作収録された8編を書くまで、筆者は短編はあまり書いていなかったという。(自註解説p.310)
確かに初めの「崩れる」は短編というより長編色が強い。(前半の光子の電話のシーンや、練られた義弘・浩一の設定など)
しかし段々短編に不必要な情報がそがれ(特に「追われる」から顕著になりつつあると思う)
「腐れる」ではもう完全に方法を掴んだ感じが読み取れる。
作家:貫井徳郎が短編を描くスキルを習得するまで
記録を読めるという点で、
読書中級者・上級者にもおススメしたい小説である。