江戸から明治へ変わる激動の時代を、
若者達は生きていく。
いや、生きていかねば。
畠中恵『アイスクリン強し』(講談社 2011年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
お江戸が東京へと変わり、ビスキット、アイスクリン、チョコレイトなど西洋菓子が次々お目見え。
築地の居留地で孤児として育った皆川真次郎は、念願の西洋菓子屋・風琴屋(ふうきんや)を開いた。
今日もまた、甘いお菓子目当てに元幕臣の警官たち「若様組」がやってきて、
あれやこれやの騒動が・・・。
キュートな文明開化物語。
裏表紙より
【読むべき人】
・明治時代が好きな人
・明治×イケメンの組み合わせが好きな人
・スイーツが好きな人
【感想】
本作を手に取ったのは、タイトルに惹かれたからではない。
確かに「アイスクリン強し」というタイトルはなかなか面白いと思う。クリームではなくクリンときた後に、「強し」とどん、と置きに行く。
本作に惹かれたのは、作者に惹かれたからではない。
確かに畠中恵さんと言えばみんな大好き「しゃばけ」の作者であり、その彼女が書く物語が詰まらないことがあろうかいやあ、そんなはずはない。
本作を手に取ったのは、表紙を見たからではない。
確かに色鮮やかなイラストで、パステル調で、目を惹くけれど・・・
僕が本作を手に取ったのは、本文に興味をひかれたからだ。
僕が本書を手に取った時、このような容姿で本書は僕の前に現れた。
メカクシボン。
これは静岡市内週末限定古本屋「琵琶舎」さんでやっている企画であり、
本文の一部が書かれていて、
その本文を読んで選ぶシステムである。
外つ国から来た菓子は、南蛮菓子から西洋菓子へと呼び名が変わり、新たな品々があまた姿を現してきていた。スポンジケーキ、ビスキット、ワッフルス、チヨコレイトやアイスクリン、シユウクリーム、スイートポテトなどだ pp.21-22
確かこのあたりの文章が書かれていたと思う。
僕はてっきり明治の文豪が書いたお菓子のエッセイかと思って手に取った。
全く違う中身が、この「メカクシボン」規格の醍醐味と言ったところか。
内容は非常にライトノベルチックだなと思った。
お菓子屋の優男と、警察のちょっと野蛮なイケメンたちがああだこうだと絡み合いながら事件を解決していく。そして脇役にはお転婆なヒロインと、その父(成金、といっても明治の成金だからがちのまじで凄い人)、没落した御家から逃げてきた小弥太。
キャラクター小説といってもいいのかもしれない。
コバルト文庫とか、ビーンズ文庫とか読んできた世代には絶対刺さるはずである。表紙を講談社が抱える少女漫画家に描かせれば、もっとこの作品でがっぽり稼げるのではないか。意外とここ10年くらい少女漫画家層は非常に薄い講談社ではあるが。
ただまあ僕はそこら辺の少女小説あんまり嗜んでこなかったので、正直そんなに響きもしなかったのですが・・・。
以下簡単に各話の感想を語る。
序
所謂江戸→明治になりきっていない、明治時代の説明である。
舞台の背景の説明の部分といったところか。
多少長いが、わざわざこういう文章を足すところに作家の力量が伺える。実際この文章がなかったら、本編を半分も楽しめなかったように思う。ファンタジーで言う設定・世界観説明の部分と言ったところか。
チョコレート甘し:風琴屋にいきなり転がり込んできたのは、お家騒動に巻き込まれた青年・小弥太で・・・!?
スイーツで力業で解決しちゃうのが気持ちいい一遍。いやありえないでしょwと思いつつも、いやいや当時の人々はチョコレートを見たことがないなら可能なのか・・・!?と思ったり。
終盤出てきたキャラクター総勢で問題解決に向かって突進していくのはテンプレートとはいえ、胸が熱くなりました。激熱。熱盛。ただもっとこういうシーンが見たかったのだけれど、この「チョコレイト強し」でしか見られなかったのが残念かなぁ・・・。
あと沙羅ちゃん。お転婆の大正娘は可愛いね。
「しゃばけ」といい作者は男性主人公の作品が多い印象だけど、意外と女子主人公の作品のが面白いんじゃないかなあと思ったり。
シュークリーム危うし:人探しの依頼が入る。しかもその場所は貧民窟で・・・!?
貧民窟で若様組がサーベル片手に暴れ、真次郎がピストル持ち出すこの話が一番面白かったかなぁ・・・。
真次郎もまさか武器持って戦う男だとは思わなかった。あえて「ピストル」という言葉を使っているのは、当時の真新しさと真次郎の西洋かぶれを表すためでしょうね。拳銃、の方がカッコいいけど漢字でいかにも日本的だからね。
そしてその貧民窟の親分、安野が出てくるわけですが・・・いやあ、彼の仕業には恐れ入った。まさかそう来るとはね。まさかまあ、そう来るとはね。
ちなみにこういう世界観をうまく漫画に落とし込んだのが「銀魂」だと思うんですよね。本章読む途中僕は久々に「曇天」をウォークマンで聞きました。
アイスクリン強し:真次郎と長瀬に関する事実無根の噂の記事がいきなり新聞に掲載されて・・・!?
今度は新聞社に殴り込み!といった回でしょうか。ここで出てきた三津谷という男は絶対再登場すると思ったのですが、しませんでしたね。ただの通り魔やんけ・・・。
この事件にも黒幕がいるわけですが・・・行動に至る理由が若干ぼんやりしていてそれが惜しいなと思う。確かに江戸から明治に変わる中でいろいろ登場人物も思うことはあるだろうけれども、今回の動機は「作者の想像」感で書いている感じが否めない。もっと具体的な理由があっても良かったのではないか。もしくは3編目でもって来るべきではなかった。江戸明治の変遷期を読者に伝えるだけ伝えてこれ以上伝えることがない!!ってくらいのクライマックスで、持ってくるべきエピソードではなかったか。
こういったふわっとしたところを赦せるのが少女小説読者であろうが、僕は残念ながら少女小説読者ではないので結構気になった。
でもまあ葉書の犯人は意外性があってよかったよ。
ゼリケーキ儚し:なんと沙羅がお見合いをすると聞き、真次郎は・・・!?しかも東京にはコレラが蔓延し始めて・・・!?
想い人が寝耳に水お見合い、且つ仲間の若様組はコレラの最前線!!挟み撃ちだ!!どうする真次郎!?といった回。今までは真次郎と長瀬のバディものでしたが、この話は明確に真次郎が主人公ですね。
ただまぁ、ぐっときたのは沙羅と長瀬。
「お父様、私は……私が小泉商会を継いではいけませんか?」p.269
ご都合主義展開とはいえど、勇気を出して父に心の内を語る沙羅にはちょっとぐっと、来てしまった。ヒロインしてますね。
そして終盤の長瀬の活躍。
「大河出警視は、金儲けも上手というから、社主とも関係が出てくるかもしれません。知っておいて悪い話じゃないでしょう」p.279
沙羅の父から金を引き出すために、情報を売るという決断をした頭の回転の速さと、ちょっと含みを持たせた言い回しは格好いいですね。上記の台詞なんて、文字を飛び越えてにやりと笑う長瀬の表情が目に見えるよう。
ただこの話には不満が大きく二つあって。
まず真次郎の作ったスイーツが出てきてないこと。ここに出てくる「ゼリケーキ」って見合いの場で出てきた不味いゼリケーキのことなんですよね。なんで不味いスイーツをわざわざ読まねばならんのだ。真次郎の美味しいゼリーが読みたいんだ。
小弥太がこの話で出番が終わっていること。まさかの第一章で転がり込んできた居候が、第四章でコレラでぶっ倒れているところで終わりとは思わないだろ。ちゃんと読者に向かって元気な姿を見せろ。だからお前はダメなんだ。もう!!
ワッフルス熱し:常に金に困っている真次郎と長瀬は、「序」で届いた懸賞付きの謎解きの手紙の存在を思い出す。
「序」がちょっと長めのプロローグであれば、この章はけっこう長めのエピローグと言ったところでしょうか。序で出てきた手紙の伏線回収と、序盤で出てきたワッフルが主役の話です。
ただまぁやっぱり・・・この手紙を出した理由もちょっとふわっとしててなんだかなぁ、と思う。
通して描いたが、やはり大きな不満が二つある。
一つめは、小泉琢磨の行動心理。
どうもこの小泉琢磨の悪戯する理由が、本編通して非常に弱い。簡単に言っちゃあ「次世代を担う若者を試したかった」だけである。そんな暇当時の成金にあるのか。ないと思う。これくらいの理由が行動原理の人物なら僕にも書けそうと思う。
このポジションは実在する「成金」を使っても良かったのではないか。そうすれば一気に物語の世界観にも厚みが増したように思うし、所謂「ライトノベル」の枠から出た作品になったと思う。
二つめは、キャラの扱いが雑。
特に小弥太と三津屋。各章の感想で先述したが、わざわざ名前を出して見せ場を作ったキャラクターの引き際が、「え、そこ!?」というところでぶつ切りで終わっている。
小弥太は第一章でどったんばったん風琴屋にやってきたから、最後までいるかと思ったらいつの間にか姿をくらましているし、最後に出てきてるのはコレラでぶっ倒れているところ。
三津屋に至っては何故名前を出したのかが分からないレベル。ただの通りすがりの「浪人」で良かったのではないか。
二人とも最終章でせめてもう一度出番がほしかった。
というか、作者のこの二人に対するキャラクター愛が足りないからこうなってしまうのではないか。結構キャラクター小説的側面が強い作品だったから、非常にここが残念だった。
あと若様組の「林田」「高木」あたりのいかにもとってつけた感が強いのも何とかしてくれ。
ちなみに、僕はこの作品を読んでいるとき、
ざっくり脳内でドラマ風にして読んでいました。
NHKの土曜10時くらいにやってそうな内容だなと結構思ったので。
なのでその配役を発表してこの記事を終わりにしたいと思います。
皆川真次郎:瀬戸康史
理由:やっぱりNHKで昔から菓子作っているので。
小泉沙羅:橋本環奈
理由:お転婆美少女枠といったらはしかん。あと美味しそうにスイーツ食べる図が浮かぶので。
小泉琢磨:谷原章介
理由:金持ちで余裕ある感じが当時の成金っぽいと思ったので。
長瀬:菅田将暉
理由:たれ目の瀬戸には釣り目の俳優をバディにしたいよね。
園山:伊藤健太郎
理由:これキャスティング失敗。眞栄田郷敦にしときゃよかった。
福田:岡山天音
理由:若者の脇役俳優と言ったらこの人しか知らないから。
理由:なんか優勝してたから。
理由:気弱そうで背が小さそうだから。あと父親の顔がちらついてやっぱこういう江戸時代の作品で奔走してほしい
安野:柄本佑
その子:清原果耶
古河:香川照之
丹羽:堺雅人
杉浦:片岡愛之助
三津谷:伊勢谷友介
志奈子:齋藤京子(日向坂46)
富士村子爵の娘:加藤史帆(日向坂46)
以上である。
ライトノベルとしてはまあまあ楽しめた。
ただその分若干不備も気になった。
例えば僕が古書店の店主だったら、この作品は「メカクシボン」にはしないかなぁ・・・。
店主の方は非常に静かで美人で美しいのだけれど、
読書の趣味はやっぱり微妙に合わなそうだ。
だからこそ、書籍と新たな出会いを求めてまた、
メカクシボンを買ってみようと思う。
***
脚注。
メカクシボン・・・こういった「表紙を見せずに本を売る」システムはあらゆる本屋で行われている。有名なのは東京の梟書房と、さわや書店の「文庫x」か。
ただそのほとんどが新刊書店で行われており、古書店でやるのは極めて珍しい。
秘密基地のような古書店で、手に取る秘密の本。メカクシボン。
新たな本との出会いを期待して、また購入したい次第。あと静岡ではこういうの滅多にないからぁ・・・。