ただ怖いだけじゃなくて何だろう・・・この後味の悪さというか不思議な感じというかなんというか。そら「ホラーの名手」と言われるわけだわ。
山岸涼子『押し入れ』(講談社 1998年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
死の淵をさまよう男が体験した世界を描く『夜の馬』。
母親の偏愛が悲劇の結末をもたらす『メディア』。
実話をもとにした恐怖『押し入れ』。
そして愛と怨念に取り憑かれた男の話『雨女』。
ーーーーー衝撃の4編が、あなたを捕らえる。
裏表紙より
【読むべき人】
・眠れなくなりそうな奇妙な話が読みたい人(「夜の馬」)
・マザコン、もしくは親ばかの母親を持つ人(「メディア」)
・「残穢」系のホラーが好きな人(「押し入れ」)
・忘れられない男がいる(「雨女」)
【ためらうべき人】
・命の危機のある病気で病床にいる人(「夜の馬」)
【感想】
この漫画の存在は昔から知っていた。
昔、とはどれくらいかというと小2くらいの時にはもう既に知っていた。
その頃にはもうホラーに対する関心はビンビンであり、
小中学生向けの少女漫画雑誌(講談社なので多分「なかよし」)に広告として掲載されていたこの本が、めっちゃ怖そうだな~と思っていたのを覚えている。
「押し入れ」というタイトル。もうここから怖い。
けれど当時は普通の女児。昔の少女漫画家の絵に抵抗があり、あと一回買ったらもうずっと家に置いとかなきゃいけないのかなんだか嫌で、ノータッチだった。
そして27歳現在、近くの貸本屋で再会することとなる。
貸本屋なので家に置いとかなくてよいし、じっくりごろんと家で座って読める。最高だな。
ただ一通り読んだ後、「雨女」は特に既読感が強かった。
過去にブックオフかどこかでこの話だけ立ち読みしていたのかもしれない。
しかし今回はブックオフではなく貸本屋なので立ち読みしなくていいし、非常に安いお値段でじっくりごろんと座って読める。最高だな。
貸本屋is最高
一通り読んだ感想としては・・・まあ「怖っ」である。怖っ。
ただ小学生の時には分からない怖さであったし、
「雨女」も30が見えてきた今読んでこそ分かる話の恐ろしさ。
今出会うべくして出会ったんだなと思う。
ただ表紙のお姉ちゃん出てこないんかい!!と思ったけど。出てこないんかい!!!!
以下簡単に各話の感想を述べていく。
ネタバレ有。
「夜の馬」:意識不明状態の重篤に陥っている青年が見た世界とは・・・
これは悪夢か現実か この世界をのぞいたあなたが判断してくださいp.4
悪夢のような一話である。
序盤の悪夢のような世界も恐ろしいけれど、中盤の衝撃的展開も恐ろしいし、終盤明らかになる世界の正体と、そして結末。すべて何もかもが恐ろしい。
なぜこんなにも恐ろしいのか。
「死後の世界」という僕等生者には一生分からないものを描いているから。死後、僕等もこの主人公と同じような悪夢のような世界に行ってしまう可能性を、拭いきることが絶対に出来ないから。本作を読んでしまった以上、「死んだ後、この主人公のように暗闇が待っているかもしれない」という疑念から永遠に逃れることは出来ないから。
閻魔大王様が、ドーン!と出てきたら一気にフィクション感が出て、僕等は死後の世界にまだ希望を持つことが出来ただろう。しかし、本作の何とも言えないような気味の悪い世界が、「本当にこういう世界あるのかも・・・」感を掻き立てて性質が悪い。
読まなければよかった。
「死んだらこうなるかもしれない・・・」が永遠にまとわりつくある意味これは呪い。
読まなければよかった。
絶対に重病の病床についている方には読ませたくない一編。逆に、憎い人が病床につているのならば、白百合の花束等と一緒にこの1冊を送ってあげてもいいかもしれない。
「メディア」:イケメンと間違われるほどの端麗な容姿をもつひとみは、最近憂鬱なことがあって・・・それは母の存在。
「ひどいじゃない!30分も待たせて お母さんがこういう所ひとりでいるの大嫌いなの知っているでしょ」p.52
メディア・・・とは媒体を表すあの「メディア」ではない。女神の名前である。
どういった女神かというと、「父王を裏切ってまで愛する男イアソーンに尽くしたが、彼が若い女に心変わりしてしまい、復讐のために二人の子供を殺してしまう」p.59より女神である。
西洋美術の題材にも度々なってきた。本書でもとり扱われているドラクロワの「メディア」が一番有名だけどミュシャとかウオーターハウスとかも描いている。1890年-1910年代に「ラファエル前派」をはじめとして、盛んに描かれたミューズの一人。
まあ・・そのメディアちゃんがタイトルになってるので、結末は明らかですよね。
その明らかになっている結末を辿って読むのが本作の楽しみ方なんだろうけれども・・・うーん。
確かにひとみの「お母さん」の少女趣味とか凝った弁当とか不気味さは十分分かるのだけれど、漫画よりドラマで実写にした方が映える作品なのかもしれない。
途中シーマンが出てきたのは時代を感じたンゴねぇ・・。
ウジェーヌ・ドラクロワ≪我が子を殺すメディア≫(1862年)
画像では分からないが、明細度合が高い画像を見るとメディアの目がマジなのが分かる
「押し入れ」:姉と同居する部屋では奇怪なことが続く。
「うーーーん。この押し入れどうしても上の方が開くんだよね」p.110
表題作となっている本作。
所謂「実話系」の話である。
ホラー小説「残穢」が好きな人は絶対好きだと思う。
僕は「残穢」そんなに好きではないので、本作もそんなに好きにはなれなかった。
ただそれでも、何度も出てくる炬燵のシーンの不気味さはたまんない。
普通に言えにある物なのに、暗闇にその電気を照らしているだけで非常に不気味に感じられる。なんか、自分の家でいつ起きてもおかしくないような。
でも殺された女性のことを思うと、ちょっと胸が詰まる。
最後の1コマ、殺された女性をもっと丁寧に官能的に描いてくれてたら、後味もっと引きずる作品になりえたかもしれない。
あと他の作品が「死後の世界」「子殺し」「死後の世界(その2)」と続く中で、結構あっさり感じられる。
「雨女」:財産目当ての結婚と分かっていても、ハンサムな数良と結婚出来て良かったと私は思っていたのよ。
「ここは成城のわたしの家・・・」p.168
序盤で話の真相は分かるようにできている。ああ恐らくこの主人公は死んでいて、その後彷徨っている様を描いた一編だろうと。
ただこのずっと寝間着姿の主人公がなんとも色っぽく、美人。ずっと不安げな表情も良い。雨の中しとしと降る中を黒髪で戸惑った表情で歩く彼女・・・。そして言葉一つ一つも上品で、物語を美しく彩っている。
からの、終盤の怒涛の展開。まさか主人公だけでなく、あの女もあの女も全員死んでいたとは・・・。そして最後のページが恐ろしい。一体この男どんな死に方するんだか・・・。
一番印象に残ったシーンは、p.187で主人公が取り憑かれながらも高らかに笑うシーン。彼女は背後霊となっても彼の傍にいることに喜びを見出しているのだろう。
逆に、終始現れる目つきの悪い女は数良のそばにいることが幸福とはいえど、彼のことを憎む気持ちの方が強いのかもしれない。
・・・にしても、終始不安そうにきょろきょろしている主人公が、初めて魅せる笑顔のシーンがこんなに恐ろしく感じられようとは。
ちなみに、こういう「主人公死んでて彷徨ってたんやで~」のさまよえる系の話で思い出すのは、高宮智先生の「記憶の森で」
当時読んだのは小学2年とかそこらだったけれど、今でもその短編のタイトル覚えているくらいにはインパクトを残す作品だった。
というのも、僕が人生で初めて出会った「主人公死んでて彷徨ってたんやで~」のさまよえる系だったからである。主人公が美人(美少女)で、戸惑いながら駆け巡る姿を色っぽく描いているのは本作ととも共通している。
「全部走馬灯でした!ちゃんちゃん!」の話は多いけれど、結構こういう戸惑う美人を楽しむ話は少ない気がする。映像化映えもすると思うので、もっと増えてもいいような気もするのだけれど・・・。
以上である。
4編どの話も結構良かった。やっぱ「夜の馬」かな。あれは読まなきゃよかった。そういう一編なので。
にしても、この山岸涼子の他のホラーも読んでみたくなってきた。
貸本屋に他にもずらずら並んでいたのでどれか読んでみようかなあ・・・。
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脚注:文章中で使った作品はすべてwikipediaの著作権フリー画像から拝借しております。
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残穢について触れた記事。僕は圧倒的に「鬼談百景」の方が好きですね。
メーディアちゃんの絵は中野京子先生の「怖い絵」で知った・・・と思う。1-3、どれに収録されていたかまでは覚えていませんが・・・。