小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

筒井康隆『ロートレック荘殺人事件』-叙述せよ。-

犯人は誰だ。

筒井康隆ロートレック荘殺人事件』(新潮社 1995年)の話をさせて下さい。



【あらすじ】
夏の終わり、郊外の瀟洒な洋館に将来を約束された青年たちと美貌の娘達が集まった。
ロートレックの作品に彩られ、優雅な数日間のバカンスが始まったかに見えたのだが・・・・・・。
二発の銃声が惨劇の始まりを告げた。
一人また一人、美女が殺される。
邸内の人間の犯行か?アリバイを持たぬ者は?動機は?
推理小説史上初のトリックが読者を迷宮へと誘う。
前人未踏のメタ・ミステリー。

裏表紙より

【読むべき人】
・騙されたい人
ロートレックが好きな人
・美術作品が好きな人
推理小説が好きな人
(多分このトリックは、推理しようと思えば出来ます)
・緻密に練られたトリックが好きな人

【感想】※ネタバレ有
著名な作者による、
著名な作品である。

評判がいいのは知っていた。
けれどまぁ読む機会がなく、
ふとした機会に親から購入してもらった次第。

ここ数年ずっと気になっていたけど
読んでこなかった作品だから、
ワクワクさんだった。
ゴロリの幻影に悩まされる日々が続いてたくらい。

何故この作品が有名か。

まぁ

それは


ネタバレになるんですけど、

緻密な叙述トリックだからなんですよね。

叙述トリックというのはいわゆる地の文にトリックが仕込まれた小説のことで、
アガサクリスティ『アクロイド殺しがその始祖とされている。
今作もその「叙述トリック」というジャンルにおいて、
名を馳せている一つの作品、というわけなのである。


ちなみに順番はトリック性 優→劣

どんでん返しが大きい分、緻密な叙述ものはファンが多く、
有名な作品も多い。
例えば僕が持っているものであれば、これら。

殊能将之『ハサミ男』(講談社 2002年)
我孫子武丸『殺戮に至る病』(講談社 1996年)
歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(文藝春秋 2003年)
服部まゆみ『この闇と光』(KADOKAWA 1998年)
乾くるみイニシエーション・ラブ』(文藝春秋 2007年)


持っていないが、最近読んだ綾辻行人『十角館の殺人』もそうか。

こういうトリックは確かに緻密に練らねばならない分、
読者の快感が大きいが、
ただもうこのトリックだけではミステリ好きを満足させられない。

ハサミ男におけるキャラクター小説
『殺戮に至る病』における連続殺人鬼
『この闇と光』におけるゴシックのように、
他の要素を足さないと物足りなくなってしまう。

今作ではそれがロートレックというわけだ。


独特の顔の描き方。

画家の名前である。
幼少期の骨折により下半身の成長が止まった。
劣等感からか夜の街に繰り出すようになり、
きらびやかな女達を描いた作品を多く手がけたという画家。
彼の作品が作品が作中に展示され、
文庫本内にもカラーで印刷されている。
そのためかページ数のわりに本自体は高め。

初めはうんまぁその・・・ふむふむ。
ただなんとなくロートレックが絡められている印象を受ける。
別にロートレックにする必要性がない。
ミュシャでもモネでもゴッホでも何でもいいような。

けれど最後の最後まで読めばわかる。

ああ「これはロートレックでなければだめだ」



トリックはp.179からつまびらかに、
且つ筒井先生らしくまめまめしく(ページ数と行まで細かく書いている)、
懇切丁寧に明かされる。
そのトリック自体にも「ロートレック」である必要性はあるのだが、
最後。
最後の章p.221-224で筒井先生が今作において描きたかった、
もう一つのメッセージが浮き彫りになる。

悲劇で惨劇。

私が失ったものはなんと大きなものだったのでしょう。もうこれ以上生きていたってなんの希望もありません。どうか私を死刑にしてください。p.224



踊れ。

ちなみに。
僕は今作は・・・うーん。
60%くらい推理できたかな。
やっぱ「工藤忠明」
この本名をいちいち述べるところからなんとなくは予想はついた。
くどうただあき。
口当たりの良い名前にすることで、違和感を弱める。
作家のが光る。

あと、この根本となるトリックは、唯一無二ではない。
ハサミ男』『殺戮にいたる病』
でも使われているのだ。
ただそのトリックを一番初めにだしたのは、
1990年に単行本が出た本作であることを、
十分読者は分かってなければなるまい。
ましてやそのトリックを、
ミステリ作家ではなくSF作家である
筒井康隆が考えだしたことも。


もとになった絵 ≪ジャンヌ・アヴリル≫(1893年

以上である。
トリック自体の新鮮味は感じられなかったが、
(それは前述したとおり)
ロートレックの絡め方がなんとも秀逸。
最後の4ページにわたる章が、
殺人事件の悲劇性をぐっと深め、
忘れない。
忘れられない。
読者の脳裏に無理矢理焼き付く。
そんな小説。

LINKS:
殊能将之『ハサミ男』(講談社 2002年)
綾辻行人『十角館の殺人』