小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

藤野可織『爪と目』-「あなた」との、はなし-


ホラー・オカルト好きである僕は、
かの有名な芥川賞」を受賞したホラーがあると聞いて
ずっとずっと、読みたいと思っていた。

爪を噛みながら。

藤野可織『爪と目』(新潮社 2016年)の話をさせて下さい。



【あらすじ】※表題作
母がベランダで事故死した後、父と不倫相手の「あなた」は半年の同棲の試用期間を設けた。
父には3歳になる「わたし」がいたから。
やがてマンションの一室で「わたし」と「あなた」は日々を暮らし始めるが・・・。
表題作含めた3編の中・短編集。

【読むべき人】
・コンタクトが最近やたらと乾く人
・妻である人
・家具はすべてIKEAで揃える人

【感想】※ネタバレは事前に読んで差し支えない程度。
約110ページにわたってきりきりと迫るような部屋を満たす不快感が、
角膜を薄く覆い漂い濁らせ、
ページに僅かに残る爪痕の細かい隙間にも触手を伸ばすような、そんな作品。

まぁ要するに、「得体のしれない不快感」に満ちるそんな作品。

登場人物は「あなた」「わたし」。
まずこの2人の描写がえげつない。
「あなた」は容姿は特別優れているわけでもなく、首もほっそり・・・していない(pp.21-22)が、異性からの好意を逃さず捉える能力に長けている。
けれども他人に関心を抱かない。高校・大学での友人はすべて失ってもp.37「 大した痛手にはならない」。
僕は思った。サイコパスかな???
後に彼女は幼稚園の手続きを済ませて、部屋を整備して・・・とだんだんと、「3歳児の保護者」という立場に染まっていくわけだけれども、基盤は全く染まっていない。
3歳児とともに暮らしているのに
ご近所さんだとか幼稚園の先生であるとかの近辺にいる他者の描写がめっぽう少ないように、
他者に関心を抱かないのは変わっていない。
僕はその描写を見て「ああこわっ」てごく平凡な感想を抱いたんだけれども、でも思うんだ。
多分だいたいの日本人女性がこんなもんじゃないかって。
恋愛なんて寄って来た虫の中からひとつ気に入ったのをかいつまめば、うまくいく。
高校の友人・・・いたけれども大学が全然違う地方だから会ってないし、大学の友人・・・いるたくさんいるんだけれどもその分1人欠けても「辛いね」「悲しいね」「かわいそうだね」と残りの友人達と傷をなめあえばそれで終わる気がする。
誰でも「あなた」になりうるのではないか。
だから、この継母の存在を「彼女」でもなく名前でもなく「あなた」呼び、ていうのは考えすぎかしら。
一方「わたし」も奇妙な存在。
まず3歳児で「わたし」と言っちゃったり、これ一人称なんだけど「わたし」がいない場面も「わたし」で描く三人称であったりして、そこが本書を唯一無二にしている。何故3歳のくせに「わたし」とか言えるのか、最後の最後にちょっとしたネタばらしがあるわけなんだけれども本書はそこがメインじゃない。大きなカタルシスもないのでまぁそこは割愛。
で、僕は思うんだけど、「わたし」は本当にわたしだったのかな?
ベランダに押し出された時の反応といい、自然と「あなた」が部屋を変え始めたときといい、
半分、死んだ「わたしの母」な気がするんだ。
分身というか、半身というか。
3歳児で食後に歯磨きをするほどしつけられていたというし。
その今は亡き「母の半身」がぶくぶくと太り続けていく様を見ているから、
この小説に読者と継母は得体のしれない不快感にさらされるのではないのかなと思った。

閑話休題
印象に残ったエピソードの話。
この小説のすげーところは、何気なく物凄い量のエピソードを平凡な日々に溶け込ませているところにあると思うんだけれども、
特に僕に刺さったのが、ここ。p.63「あなた」が部屋のあつらえについてHPで検索する場面。
思い描いてほしい。
「オシャレな主婦のリビング」。
恐らく壁は白くて一軒家であれば天井は高くマンションであれば部屋の隅に観葉植物があって、テーブルはローテーブルでソファは上質な布製。整った黒い画面を抱く薄型テレビの周りには何も置かれていなくて、テレビ台の下には恐らくタイヤがついている。ごろごろ。必ずどこかに置物をおいているところがあって、そこは観葉植物と錆びた置物・・・アルファベット、数字、写真たて等等・アンティークが置かれている。
そう。
まさしくそれ。
で、まぁ僕もおにゃのこなので平凡に憧れを抱いているんだけれども、筆者曰くp.75「彼女たちの身を守る装備」。
衝撃だった。
だってこういうオシャンティーさって、普通肯定されるじゃんか。
小説でもそういったオシャンティーさにのっとたものが多いじゃんか。村上春樹とか。
それを真っ向から否定する感じ。
さらにp.68-69において「ブログ」について書かれた長めの段落があるのだけれども、まずそこから読んでほしい。ぶっちゃけ。
廃れつつある「ブログ」というコンテンツに思いを馳せること必至。

印象的な言葉もある。
多分これは筆者も読者の脳味噌に刻み付けようと意図したものであるんだけれども、まぁこれ。
p.84 あんたもちょっと目をつぶってみればいいんだ。かんたんなことさ。どんなひどいことも、すぐに消え失せるから。見なければ内のtいっしょだからね、少なくとも自分にとっては。
解説ではこれを「父」のことだと言っているけれど、「父」だけじゃない。
「あなた」のことも言っていると思う。
「わたし」にお菓子や甘い飲み物を与え続けて一向に向き合おうとしない「あなた」。
文句や親心をはたらかそうとする母親を無視する「あなた」。
部屋のインテリア等表面的なこと、楽しいことには積極的であるけれども、
例えば「わたし」の友達関係とか将来だとか・父と結婚するのか否かであるとか、
そういった問題に関心を示さない「あなた」。
公共料金のコンビニでの支払いが滞りがちで請求書ためがちな「あなた」。
・・・などなど。
まぁ最後だけぶっちゃけ嘘。僕の話。
でもまぁ登場人物だけじゃなくて自分に向けられたような気がする鋭い言葉でしたってこと。

奇妙な登場人物・斬新な描写と非常に満足度の高い今作なんだけれども、強いて言うのであれば「食卓」の描写が一行でも欲しかったかな。
ブログを見始める前の「あなた」の用意する食卓は説明があったのだけれども、見始めた後にも1行でいいから食卓にについての描写欲しかった。まぁ食卓に関心を抱かなかった、という可能性もあるんだが、ブログにかぶれた「あなた」の料理は変わらないのか、凝り始めるのかどっちだか全く見当つかなかったから。
うんでも欠点はこれくらい。
全体的満足度は高かった。最後にタイトル回収するし。

他に収録されてる2編もなかなか。
特に「ちびっこ広場」は結末が他2編とわかりやすく提示されていて、良かったかな。
服の質感や髪形などパーティへの準備をする細かい描写を重ねての、最後の急展開の落差が好き。
若干設定を後出しすぎやしないか、と思ったけれど、
それは「ちびっこ広場」の謎めいた厭な雰囲気を漂わせたことに貢献してたんじゃないかな。
予想外の結末への着地とか。
あとどうしてタイトルが「ちびっこ広場」なのか、とか、ね。



以上である。
また「純文学ホラー」といったら僕が持っているのはこれ。
柳美里『タイル』(文藝春秋 2000年)。
これもこれで厭な感じだった覚えがあるんだけれども、
「爪と目」の方が終始「家庭」を描いてる分共感はしやすかったかな。
グロとか多少なりとも求めるのであれば前者であるけれども。
あと、この藤野可織さん。他にもホラーちょこちょこ書いているんだって。
読みたみ。



さて。
とりあえず、僕は公共料金の紙の整理、はじめよっかな。