小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

村田沙耶香『殺人出産』-僕等の『正常』は常に殺され常に産まれる。-

ディストピアか、ユートピアか。
近未来、パラレルワールドを舞台にするが、
そこは現代。現代なのです。

村田沙耶香『殺人出産』(講談社 2016年)
の話をさせて下さい。



【あらすじ】

10人産んだら、1人殺せる。
命を奪うものが命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。
会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。
蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。
未来に命尾をぐのは彼女の殺意。
昨日の常識は、ある日、突然変化する。
表題作他3編 表紙裏あらすじより

【読むべき人】

殺意を抱いたことがある人
・他人の価値観を認められない人
性的少数者の人
・子供を産みたくない人
・子供を産みたい人

【感想】

村田沙耶香
芥川賞コンビニ人間で初めて名前を知った。
その後『消滅世界』とか
なんか変わったディストピア小説書く人なのかーなんかやべー人そう(偏見)
と思っていたが、
そんな彼女の短編集があると知り、
しかもタイトルは「殺人出産」
・・・
逆じゃーん。対義語じゃーん。
動物で言えばわんにゃん、
憲法で言えば権利と義務、
お菓子で言えばマドレーヌ大福、
チョコで言えばきのこたけのこ。

気になる。
さくっ!!とかって
さくっ!!!と読んでみた次第。

今作は「性」をテーマに
パラレルワールド、もしくは近未来を舞台にした作品が並ぶ。
「殺人出産」では殺人が出産で許される近未来
「トリプル」では3人でセックスすることが流行するパラレルワールド
「清潔な結婚」では恋愛≠結婚と考えることが少数派といえど認められ、
「余命」では生死の在り方が変わる。
どれも素っ頓狂な、いわゆる「やべー」世界なのだけれども、
異常な世界に生きる主人公達を
普通の純文学と変わらない視点で緻密に描くものだから、
そのギャップが面白い。



以下簡単に各編について感想を。
※微々たるネタバレあり

「殺人出産」:姉が産み人であるOL育子のもとにやって来たのは・・・
面白かった。

10人産めば1人殺せる。

今作は「殺人が出産により許される」世界である。
14歳だった頃の主人公は
産み人になることを決意した10代の姉に
「そんなことやめなよ。これから10人も産み続けるなんて、死んじゃうよ。いくら『産み人』なんて言葉で美化したって、要は前もって拷問を受けるってことじゃない。こんなのおかしいよ」p.28
反発をするが、
20年たち、
やがて
殺人出産が正常とされる世界について、
「今、立っている世界の『正常』が、一瞬の蜃気楼に感じるんです」p.90
と述べ、
「でも私たちの脳の中にある常識や正義なんて、脳が土に戻れば消滅する。100年後、今地球上にいるほとんどのヒトの命が入れ替わるころには、過去の正常を記憶している脳は一つも存在しなくなる」pp.90-91
と言い切ってしまう。

僕等が思う「正常」は作られる。

例えば今僕はこうやって、
ソシャゲーで欅坂のマネージャーを務め、
アニメを見て「きゅあえーぅううう!!!!がんばえーーーっ!!!!」って応援してるわけだけど、
ほんの20年前は
大人になってもゲームをすることは蔑視され、
アニメを見てセーラームーン応援することがバレれば追い出し必至。
さらにさかのぼって40年前、50年前になれば
ゲームなんてものはなかったし、
魔女っ子サリー、魔女っ子めぐちゃんは女の子向けのコンテンツであって、
それに応援し発情したことがバレればもう勘当必至。隠すのは当たり前。
それがどうだ。
フェイト、まどマギアイマスラブライブ・・・スマホでゲームをすることは「普通」になったし、
プリキュア、プリパラ等女児向けアニメも大人用のショップを開くことが何も珍しくなくなった。

僕等の「正常」「正義」なんてものは、
存在しない。
「一瞬の蜃気楼」にすぎない。

20年後、30年後、世界はどうなっているだろう。
ソシャゲーはもしかして授業で扱うものになっているかもしれないし、
50周年間近に控えるプリキュアTシャツが「MORE」に掲載されているかもしれない。

何十年と、生きることが怖くなる。
僕等の正常は常に殺され、常に生まれる。
殺人出産。


ちなみに「出産」で思い出したのはこの小説。



小川洋子『妊娠カレンダー』(文藝春愁1994年)
芥川賞受賞作。
ある意味これも「殺人出産」というタイトルに相応しい内容となっているけれど、
この作品の主人公の葛藤すらも蜃気楼にすぎないのだろう。

「トリプル」:2人で付き合う「カップル」ではなく3人で付き合う「トリプル」が若者の間ではやり始める・・・
村田版少女コミックといったところか。
よく
「優等生」「不良」の2人イケメンから絡まれてどうしよう〜!?
となるのを全部付き合っちゃおうぜ!!!は新しい。
且つ、男子同士の絡みが見られるのは、
BL欲も満たせてもしかして・・・効率いい付き合い方なのでは!?

でも3人付き合う!!という言葉から受ける淫乱・変態のイメージに反するように、
主人公とその彼氏達である3人が、
実は年齢相応の初々しさがあって傷つきやすくて恋に真面目なのが微笑ましい。

実は似た形は、実在するそうで。



「東京グラフィティ 12月号」(グラフィティ 2017年)
この号は「TOKYO SEX」と称してあらゆるカップルの全裸フォトを撮るという
なかなかな特集の号である。

その中のpp.24-25に掲載されているのが
一人の女性が二人の男性と付き合っている、という写真。
まぁ男同士が付き合ってないので「トリプル」とは言えないが・・・。
それでもその3人は所謂「超イケメン!!」「超美人!!」でもなく
どちらかというと普通の人で、
その分インパクトが強かった。

「清潔な結婚」:私と夫は、家庭に性愛を持ち込まない「清潔な結婚」をしたが、子供がほしくなり・・・。
村田さん風ユニーク。
前の2編とは違って、
読んでいると面白くて笑ってしまう。
「大丈夫ですか、高橋さん。がんばってください」p.182
看護師に応援されながら励む受精シーンは声を上げて笑ってしまった。
その分結末の描写が気になる。
やはり性愛を通して生まれた子しか、愛せないのか。
僕は違うと思うな。

「余命」:そろそろかな、と思ったので準備を始めることにしたp.193
掌編。
これから行うことに対するあまりにも静謐な感じに、
読後不思議な感覚にとらわれる。
いやはや、
僕はこういう時代に生まれたかったな。



以上である。
「殺人出産」はじめ、どれも面白かった。
近未来、パラレルワールドであるものの、
それが一切無駄と化していないところがいいよね。

うーむ。
コンビニ人間も読んでみようかなぁ。

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