小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

武田惇史 伊藤亜衣『ある行旅死亡人の物語』-一人ひとり生きていること、生きていたこと。-

 

 

誰なの。

あなたは。

 

 

武田惇史 伊藤亜衣『ある行旅死亡人の物語』(朝日新聞出版 2022年)の話をさせて下さい。

 

 

 

【概要】

行旅死亡人<こうりょしぼうにん>

病気や行倒れ、自殺などで亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語。行旅病人及行旅死亡人取扱法により、死亡場所を管轄する自治体が仮装。死亡人の身体的特徴や発見時の状況、所持品などを官報に公告し、引き取り手を待つ 

裏カバーより

 

2020年4月。兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が孤独死した。 
現金3400万円、星形マークのペンダント、数十枚の写真、珍しい姓を刻んだ印鑑鑑......。   
記者二人が、残されたわずかな手がかりをもとに、身元調査に乗り出す。
行旅死亡人」が本当の名前と半生を取り戻すまでを描いた圧倒的ノンフィクション。 

Amazon紹介ページより 一部省略

 

「社交的なほうで、頭がよかった。別嬪さんでね、姉妹の内でも本当に頭がよかった」p.130

 

【読むべき人】

・行方不明者、とかに不謹慎ながらもちょっと興奮しちゃう人

・近くに怪しい老人が一人暮らしをしている人

・記者を目指す大学生や高校生:共同通信社の記者の働き方が分かるよ

 

【感想】

本書の存在に気付いたのはかれこれ2年以上前。ジュンク堂新静岡店にずっと表紙を表にして置かれていたし、それが高評価だと言う事もなんとなく噂で知っていた。

2024年の元旦に放送されたテレビ東京の番組「日本怪奇ルポルタージュ」でも取り上げられていた。TVerで見た。

ずっとずっと、気にはなっていたが、新品で買っても恐らく2度読みはしないであろう内容だし、古本をメルカリで検索しても1000円弱と中途半端に高くてそれだったら新品で買って出版社に貢献したいしいやでも高いしそもそもいま失業中で金ないしこのまま一歩間違えれば私が行旅死亡人だし、と思ってたところ、ああそうだ。図書館がある。検索すると表示は「利用可」。あれだけの話題作だったのに貸し出し中でもなく予約が必要ってこともなくありがたいいやでも、もっとみんな本を読もうよ!静岡市民!高い税金払ってるなら図書館で本を読もうよ!と思った。ケチなのか。

ちなみに私の住んでいる静岡市には12の図書館がある。ふと、多い方なのか?と思って県内同規模の市、浜松市の数を検索したら24だった。多すぎだろ。

とりあえず、資料検索サービスとかスマホそのまま使えるのでもっとみんな図書館を使えばいいのになぁと思う。税金払っているんだから。住民税クソたけぇ。日本〇ね。

閑話休題

そんなわけでひょっこり読めた一冊なのである。

 

 

I

 

死者の人となりを記者が原稿にする際は、必ず何かしらの「エピソード」が求められる。証言者にとって死者は生前、どんな人物だったのか。もし「社交的」な人物だったとすれば、社会性を示すどんな具体的な逸話があるのか。そうしたエピソードが積み重なることで、初めてその人物の像が結ばれる。そして、それらのエピソード一つひとつが、死者が生きた固有の時間や、証言者との固有の結びつきを締めてしているのだ。p.131

 

評判通り、めちゃくちゃ面白かった。

THE「徹夜本」

一気に読んでしまった。31歳にもなるとこういうことはなかなかない。

3400万円の現金と共に発見された、アパートの一室の老女の身元を突き詰めていく、というのが本筋である。大金がありながらなぜこんなぼろ・・・家賃の安いアパートの一室で孤独死をするに至ったのか。

名前の特定から始まり部屋にあった印鑑から旧姓を割り出し、彼女の故郷(と思われる)広島まで、作者達は頻繁に足を運び取材を重ねていく。

頁をめくればめくるほど、どんどん新しい真実が明らかになっていて、やがて繰る手がとまらなくなる。一体彼女は誰なのか。一体彼女はどういう人物だったのか。次が気になる。読み切らなければ。

一度開けば寝ることは許されない。

 

 

本書が優れた徹夜本と思うポイントは、3つ。

1つは文章力。記者だからこその達者な文章もある。文法としておかしなところは見当たらない。すらすら読める。あと、が多いから読み易い。本書は200頁程だが、章だけで18もある。さらにその中でも小見出しが章ごとに設けられている。彼女の人生をフォーカスするにあたって、発生した出来事を一つずつエピソードとして小見出しで区切って書いているので読み易い。少女時代OL時代死ぬ前の老後・・・。人生の季節において、彼女はどのような人物であったか。エピソードの積み重ねの果てに、彼女はいる。

1つは、写真。遺体が発見された部屋にあったものなど、複数枚の写真が掲載されている。正直、顔の写真は掲載されていないだろう、掲載していたとしてもモザイクがかかっているだろうと思っていたので驚いた。無論そんな多くはないし、成人後は写りが良い写真が掲載されている。綺麗な人なのである。私は特にp.33の写真は読むにあたって何度も何度もページを戻って見直した。写真に向かってほほ笑む彼女はさながら昔の女優。こんなに綺麗な人が一体どうしてこんなことに・・・。女性の人生に思いを馳せる。生前の彼女を思い浮かべる。時節文字よりも、絵の方が雄弁に物語を語ることがある。とか、なんとか、どっかの誰かの言葉を思い出した。

そして最後は、敬意。この本では終始、亡くなった老女に対して敬意が払われている。彼女や彼女の内縁の夫?とみられる人物に対する貶す言葉は一切無い。過剰な詮索もされていない。一体どうしてこんな大金と共に亡くなることになってしまったのか・・・謎に迫る一方で、不謹慎に当たるところは調査しない(していたとしても書籍に書き残さない)。生前彼女が秘密にしておきたかったであろうところは踏み越えない。プライバシー第一。距離の取り方が、さすが共同通信社に務める一流の記者だな、と思った。プロフェッショナル。

 

 

 

 

去り際、「姉の千津子さんに長い間会えず、寂しかったですか」と聞いた。

「きょうだい、仲良しさんだったよ」

アキコさんは再び、そういった。彼女にとって千津子さんとの思い出は、幼少期の仲良し四姉妹で終わっているのだろう。私達は雨の中、互いにおし黙ったまま広島市内へと戻った。p.133

アキコさん自身は千津子さんの晩年や孤独死の事実が実感できないのか、写真の存在にも特に驚きはないようだった。p.132

 

老女(千津子さんは本書の前半で判明する老女の名前)の幼少期には7歳年下の妹の言葉がいた。取材の為に記者達は中国地方の田舎に飛ぶ。妹自身も80を超えている。遺族ではあるが、半世紀以上老女とは会っていない。

千津子さんのアルバム見てもらおうとしたが、「せっかくだけど、いいです」と断られてしまった。p.130

そして、大人になった後の老女の写真を見ることを断っている。

妹にとって彼女は、7歳年上の「別嬪さん」「頭がいい」お姉さん、であって、家賃の安いアパートで謎の孤独死を遂げたおばあさん、ではないのである。東京へ行った長年安否不明の家族、ではないのである。

ここが一番読んでいて、胸がきゅっとなった。

後半、この妹が教えてくれた、老女の出身地となる場所へ作者達は足を運ぶ。

そこで一番存在感あったのは、シマエさんである。老女と中学時代同級生で仲が良かった型である。矍鑠していて当時の彼女とのエピソードを分かりやすく丁寧に話す。本書においてまさにラスボス。

当時の老女と2人で映っている中学時代の写真は見るとなんだか果てしない、不思議な気持ちになる。昔の写真を見る時はいつもそうだ。私達と顔立ちも大差ない。本当近くの公立中学にでもいそうな顔立ちをしているのにそれが何十年前っていうのが信じられない。

私達はアパートに遺されていた大人になった千津子さんの写真を見せた。

「スマートね。子供の頃の写真と全然違う。でもやっぱり千津ちゃんやね」p.170

「ちづちゃんは一人でアパートで亡くなってたんか」p.170

シマエさんは、老女が歳を取り、亡くなったことをそのまま、受け止めている。受け止めたうえで当時の写真を見せながら、少女時代の話をする。少し救われたような気がする。

妹とシマエさんの差。個人差によるものなのかもしれない。今風に言えばメンタルが強いとか、メンタルが弱いとか。過去に何かあったのかもしれない。作者達に語らなかっただけで、妹との間に何か、絶縁まで考えるようなことが起きていた可能性もある。

 

人が死ぬとき私達が悲しいのは、もう時を共有できないからなのかなぁ、とも思った。

一昨年、祖父を亡くした。最後に会ったのは、祖母が死んだときだったからかれこれ約15年会わないまま亡くなったことになる。なので私の中で祖父は、髪真っ白だけどビールが好きで元気な70の姿で止まっている。というと、嘘である。祖母を亡くしてしばらくして入院した祖父は、そのまま10年以上入院して亡くなった。最後の数年の近影の写真を見た。頻繁に実家に帰っていた父がスマホで見せてくれた。よぼよぼで本当に祖父かどうか分からないくらいだった。老人もさらに老いるのだと知った。祖父の入院している病院は旭川にある。近いうち会いに行かなければならない・・・思っている最中、母親の死とタイミングが重なり、静岡と北海道と言う遠距離もありそのままずるずると会わなかったのである。でも父親に画像を見せてもらってから祖父が生きている間、私の中では祖父は、確実に年を取っていった。写真を見た時衝撃で、もう90近いし本格的によぼついているから、そのままさらによぼよぼになってよぼ尽くして、小さくなって消えてしまう前に・・・現在進行中でよぼついていた。

でも、亡くなってもう3年たった今、私の中で祖父は若返り、ビールを片手に笑っているのである。よぼついているあの写真はフェイクだった。そんな感覚がある。そんなはずないのに。15年前祖母の葬式直後の髪の毛真っ白の赤い顔が浮かぶのである。

生で見た最後の生きている姿で死者は、時が止まるのだと実感した。

生きている時浮かぶ姿はよぼよぼの姿だったのに、死んだ後浮かぶ姿は右手にサッポロ。同じこの時間空間世界線を共有できなくなってしまった代わりに、死者は私達の中で永遠の生を得る。

それを妹は体感的に知っていたからこそ、その先の写真を見ることを拒否したのかもしれない。

妹が最後に老女を見たのは、まだ老女ではない若かりし頃の彼女。安アパートで一人孤独死を遂げるなんて想像もつかない美人の姉。

彼女の死を記者から聞いた以上、

妹の中では「別嬪で頭のいい姉」で時は止まる。

その先の写真は何も意味をなさない。

むしろ、自分の中の「別嬪で頭のいい姉」の存在が濁ってしまうかもしれない。

だから写真を見るのを拒否したのではないか。

 

「きょうだい、仲良しだったよ」

広島県の田舎においてのびのび育った四姉妹。

・・・考えすぎかもしれない。でも、私がもしその妹の立場だったら、同じように拒否してしまうような気もするのだった。

 



 

あと単純に年とると、時とまるよね。私の祖父祖母は、94歳の母方の祖母が唯一の生き残りである。父方の祖父母、母方の祖父は死んでしまった。ついでに母親も死んでいる。

最近その祖母にメッセージカードを贈ることがある。静岡PARCOのロフトにはかわいいカードがいっぱいあり、思わず買ってしまうのだ。送る人もいないので祖母に送る。

返事が返ってくる。読む。

するとなんか、祖母の中で私は、頻繁に行っていた頃の最後の18-19頃、もしくは、セーラームーンのうちわを持って新幹線に飛び乗って離れる時はわあわあ泣いた3-4歳頃にとまっているようなのである。おおよそ一世紀生きてるのである。そこにおいて私の31年は圧縮されて短くなるのも想像がつく

この記者たちは1990年生まれ私と年齢が近い。観光都市を考えると、取材時は私とタメかちょい年下くらいだろう。彼等は共同通信で働いてそれなりに地位を築いてきているのに私は宙ぶらりんのまま職を転々としている。いつまで心配をかけているのか。

するとなんだか、泣きたくなってくる。

 

 

以上である。

非常に読み易かった。辿れる過去には限度がある。一部謎のままの所もあったけれど、そこはしゃあないと思う。

あとまぁ、なんか人生とは、とか、年取った祖父母、とか、生きてるとか死んでる、とか、いろいろ思いを馳せてしまう。心に残る、というか残らざるを得ない一冊だった。

「行方不明者」とか、半ばオカルトネットミームと化しつつある未解決事件とかそういうのに心惹かれる人は是非読んでほしい。

人生って何なんだろうね。

 

これは母の納骨で旭川に行った際に訪れた、何かの花畑。

 

本当にこうやって行方不明になった人が居る。

一部の事件はネットミームと化しつつもある。

でもそれをわざわざ創作して大々的に娯楽にするのはいかがなものかと最近思った。

 

こういう「行方不明」をモチーフにしたモキュメンタリーの展覧会*1があった。東京では何万人もの人間が訪れて、近々大阪でもやるらしい。ホラーブーム極まれりである。

けれども、2025年現在日本では実際にこうやって身元が分からない死体・・・行旅死亡人が多くいる。同時に行方不明者も多くいる。

彼等を探し続けている人、悲しんでいる人も多くいる筈なのである。

行方不明者や行旅死亡人にもこうやってひとりひとりの人生があり、同時にその身の回りの人々にも一人ひとりの人生がある。

 

「行方不明」「身元不明」はエンタメにはなりうるが、家族の目に入るようなところで表立ったエンタメにするべきではないと思う。それこそ、インターネットちょい裏の薄暗い掲示板でこそこそ語られるネットミームくらいがちょうどいいのではないか。

あさま山荘とか八甲山とかもう、過去、半分歴史くらいになっている事件だったらいい。ぶっちゃけ死んだ彼等の周囲の人の多くはモウ寿命やら何やらで亡くなっている訳だから。

でも周囲の人が、まだこの国のどこかでぴんぴん生きているんだぞ。

不謹慎だと思わないのか。

関わっているスタッフのことが嫌いではないし、むしろ彼等の手掛ける数々の創作物は心から楽しませてもらっているが、この企画は越えちゃいけないラインではないのか。下手な戦争の揶揄よりとかよりもたちが悪いと思う。

誰かしら著名人とかが言及すると思ったのだけども・・・どうなんだろ。

 

 

*1:今年も同じスタッフで手掛ける展覧会があるようですが、今年は「恐怖展」とのことでそれは全然いいと思う。むしろ行きたーいと思った。