今回も素晴らしかったです。
山下和美『不思議な少年2』(講談社 2002年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
人間て不思議だ。
戦後の日本、神に愛された声を持ちながら、誰にも理解されずに生きる男の生涯。
その飽くなき探求心で死をも知ろうとする古代ギリシアの哲学者・ソクラテス。
遥かな未来、人からも神からも忘れられた土地に、二人きりで静かに生きた夫婦。
無罪を主張する青年と、妻を介護する老人が起こす、百万年に一度のキセキ。
人間が、ただ人間らしくあろうとする時、忽然と現れる一人の少年。
永遠の時を旅する不思議な少年が見た、「人間」の煌めく光と深い闇。
「天才 柳沢教授の生活」の山下和美が、時を超えた人間の心のひだをあざやかに描き出す新シリーズ、待望の第2巻!
裏表紙より
収録作
4 鉄雄
5 ソクラテス
6 タマラとドミトリ
【読むべき人】
・人生とは何かとか考えちゃう人
・人間とは何かとか考えちゃう人
・幸せとはとか考える人(4 鉄雄)
・ディストピアものが好きな人(6 タマラとドミトリ)
【感想】
久々に読みました。一巻からだいぶ間があいてしまった。
第二巻。
第一巻を借りた貸しコミック屋で同じく借りました。久々に行った。というのも自分も買ったコミックをなかなか積んでいてな・・・。
でも、第一巻がそうだったように、今巻も開かずに延滞するところでした。
それくらい、この漫画を読むには覚悟がいるんですよ。
だって読むと絶対泣くだろうから。泣いたけど。
1巻と基本同じです。「不思議な少年」が古今東西現在過去未来様々な人々の様々な場面のもと突如現れどうどうこうこう言って、運命が変わったり変わらなかったりする。
運命が「変わった」といえば「7 レスリーヘイワードと山田正蔵」でしょうか。ある奇跡の為に少年が四苦八苦します。これだけ少年が関わろうとするのも珍しい。
運命が「変わらなかった」といえば、「5 鉄雄」「6 ソクラテス」。これは少年の介入が空しいくらい効果がない。いいぞ人類。がんばれ人類。
運命が「変わらなかった」が、ある意味「変わった」というのは「7 タマラとドミトリ」でしょうか。これが一番涙腺に来た。殴られたように泣いた。
以下簡単に各話感想を述べていく。
ネタバレあり。
第四話 鉄雄:戦後、歌の才能に恵まれた一人の青年がいた
鉄雄「結局 大事なのは僕が誰に向かって歌ったら気持ちいいかってことじゃけん」p.48
鉄雄の人生は、少年(読者)から見れば非常に悔しい一生なんですよ。世界に通用するありあまる才能があるのに活かせない、活かさない。原爆から逃げ延びたはいいものの、母親をその後遺症で失い、自分自身もその後遺症によって比較的若くして死ぬ。ただの一被爆者として死ぬ。
その短い一生の中で、
唯一歌うのを喜んでくれたのは疎開先の美少女だけで、
琴子「あたしたち いつも一緒だからね」p.24
彼女も町の青年と結婚してしまう。
要領も良くなく容姿も優れていない鉄雄はもくもくと、疎開先の牧場で労働に励む。琴子と青年が子をなし一家団欒するその真横で・・・。
なんて哀れな男の一生。
時々鉄雄は己に問う訳ですよ。
鉄雄「僕は・・・何のために歌ってるんじゃ?」p.29
唯一歌を喜んでくれた琴子も街の青年と結婚してしまった。
じゃあ一体誰のために?何のために?
死の直前に出した鉄雄の答えとは・・・。
僕は、ある程度鉄雄は自分の人生に満足していたと思うんですよね。
人並みに愛情厚き母親の元で育ち、ようやっと流れ着いた疎開先の北海道でも好感もって受け入れられ、自身の日々の勤労ぶりもある程度認められている。確かに琴子との初恋は惜しいけれども、もともと容姿が醜い自分と彼女が結びつく未来なんて想像できなかったから、仕方のないことだった。
そして最期、生涯自問自答していたこと・・・自分が歌う意味を見つけることが出来た。
凄いいい人生・・・とまではいかないかもしれませんが、身分相応のそれなりの幸福な人生だったと思います。少なくとも彼にとっては。
その人生につべこべ言うのはやはり不思議な少年のエゴに過ぎず、それを自覚していたからこそ、少年は最後悔しかったのでしょうね。
少年「僕は君の歌を本気で愛してたんだ」p.52
でもそれがエゴだとしても介入せざるをえなかったんだ。
それくらい、君の歌声は素晴らしいものだったんだ。
僕の心に響いたんだ。
悔しいんだ、悔しいんだよ、鉄雄・・・。
第五話 ソクラテス:少年が降り立ったのは、処刑を待つソクラテスだった。
ソクラテス「話し合わないと意味がないのだ 見ただけでは・・・・・・分からないのです・・・・・」p.101
ここでまさかのソクラテス!?に驚いたし、
ソクラテスそんな顔してたの!?で驚いた。めっちゃおめめきゅるきゅるやんけ。
まぁでも「無知の知」とか平気で言っちゃうんだから、これくらいピュアっピュアだったのかなぁ。
にしても対照的なプラトンの馬鹿真面目っぷりもいいですね。
後半、現代日本に飛んできたときは「????」と思いましたが、要するに彼の考えが現在でも十分に通じることを描きたかったのでしょう。
中盤カントが出てきて対話を試みるソクラテスを無視するシーンがありましたが、それもソクラテスが唯一「対話」を試みる哲学者であったことを強調するためでしょう。著名な哲学者は数いれど、そのほとんどの哲学が一人で完結する学問だった。しかしソクラテスが取り組んだ学問は、他者の会話をベースとしたものだった。非常に奇異で特殊な存在。哲学よく知らんけど。
途中に出てくる弁論家ゴルギアスの存在といい、毒人参の服用の仕方といい、恐らくこの一編を書くのに相当な量の資料を読み込んだと思います。
ある意味「不思議な少年」の一遍、よりかは西洋史の「ソクラテス」の漫画として面白い中編かなあと思う。ソクラテスの特徴、当時の詳細、時代考察から、現在にも通じる「無知の知」の実用まで、全部網羅しているわけだし。
プラトン「あなたの無実を晴らしてみせます ソクラテス先生」p.85
にしてもやっぱりプラトン(笑)
生前は「先生」ついてないのに、死後「先生」ついてた、ってことはやっぱりアテナイの法に従って死を選んだことに対して敬意があるんでしょうね。自分には到底真似できないとでも思ったんでしょう。
第六話 タマラとドミトリ:森の果てで滅びゆく民族・ララ族の夫婦の軌跡。
タマラ(14)「私をどこかに連れて逃げて お願いっ」p.151
森のはてて、滅びゆくララ族の唯一の若い女であるタマラ(14)が、唯一の若い男であるドミトリ(36)*1と結婚するところから物語は始まります。
22も歳が離れていて無口で動作は乱暴目付きも鋭いドミトリを、タマラは勿論嫌で嫌で仕方なく、突如現れた不思議な少年に縋り付く。
すると少年は
少年「10年たったらまだ出たかったら”北”へ向かうんだ」p.160
これ結論から言うと、タマラは森を出ず一生を終えるんですが、それがまた凄くいいんですよね。もう涙腺にきて延々泣いてしまった。
初めの10年間タマラは逃げたくて逃げたくてたまらないわけで、実際10年後逃げようともするんですが、結局ドミトリに見つかってしまいます。でも彼は叱らなかった。
分かっていたんでしょうね。彼なりに。
22歳下の花嫁の気持ちを。*2
二回りも年上の自分と森の中で暮らすより、年齢の近い金髪の美青年と一緒になって逃げたいであろうし、、そしてそれは彼女にとっての幸福となりうるだろう。
だから叱らなかったし、その彼女の我儘を受け入れるほかなかった。
そしてそのドミトリの優しさを、初めてタマラも実感した・・・。
タマラ(24)(何故怒らないの?怒ってよ・・・ねえ・・・・・・)p.192
タマラはその優しさを受け入れ、
物静かな二人の暮らしが続いていくわけです。
それは決して恵まれた環境とは言えないけれど、
タマラ(60くらい)「よいしょーーーーーっと。まったくもうドミトリが無口なもんだから独り言が増えちゃったわ」p.195
幸福な日々だったと思います。
それでもタマラは、
タマラ(60くらい)「私はこのまま一生終わるのかしら・・・・・そんな人生もある・・・・・・と思えばそれでいい」p.196
最後に森から出ることを決意、
そしてそれを年老いたドミトリは
ドミトリ(82くらい)「送ろう」p.198
受け入れて、送り出すんですよね。
そこでタマラは少年と三度目の遭遇をするわけですが、
タマラ(60くらい)「帰るわ あの人最近動くの大変なの」p.105
自分で帰っていくわけです。
なんかもうこのシーンが本当に涙腺に来て!!!めっちゃ泣いてます。てか今も泣きながら打ってます。
多分二人は結婚した時は形上の「夫婦」に過ぎなかったんですけど、長い年月がそして少年の悪戯が彼等を内実共に「夫婦」にしたんだなぁ・・・と。
最後タマラがドミトリの墓に語り掛けます。
タマラ(90くらい)「えっ 何処にも行きゃあしないわよ めんどくさいもの ふふふ」p.208
私が私の一生でしたことは・・・・・・
たった一つだけ・・・・・・
たった一人の人に出逢ったということだけだった
それでいい
それで十分 pp,209-210
涙腺崩壊です。ありがとうございます。
でも冷静に考えると、「たった一人の人に出逢う」ことすら現代ではなかなか難しいわけで、そういった意味でもタマラは本当に幸福だったのだと思います。
そしてそれを彼女に自覚させるために、少年は茶々をいれたのでしょうね。
少年「君は光の中にいるときに暗闇しかさがさない人間だからね」p.204
第七話:レスリー・ヘイワードと山田正蔵:ハリウッドで活躍する俳優は銃弾から逃げていた。そして山田正蔵は介護している妻を・・・。
全く関係ないように見えた話が最後のページでがっつり結びつく。
その最後のページの偉大さ・尊大さに胸が打たれる、という旨の中編だと思うんですが、いやまあ正直全く頭に入ってこない。
いやこの第七話も素晴らしいんですよ。
山田正蔵の葛藤とかね、レスリーの真実とかね、何ならレスリーを撃とうとした黒人青年の心境とかね、読みどころいっぱいあるんですけど、第六話でガツンとやられちまって、
最後
少年「今日は人類が誕生して最初で最後の奇跡の日になったんだ
世界中で殺人が一件もなかった奇跡の日に・・・」pp.259-260
いわれても
ほおん
しか思わないんですよ!!いやもうこれは順番が悪い!!順番が悪いとしか言えない!!なぜこれを最後に持ってきた!!レスリーのグラミー賞とか正蔵の家族間の問題とかもうほんとへの河童に思えちゃうわけですよ!!あんな美しい夫婦の物語を見せられたら!!!でもこれも良作!!秀作!!凄いいい作品なんですよ!!!でも頭に全く入ってこないんですよ!!!だってその前がこれを凌ぐ名作だったから!!名作だったから!!!
あークソ!!!あークソ!!!順番が惜しい!!あークソ!!!!!
全然頭に入ってこねえよ!!!殺人が起きない日とかどうでもいいよ!!!どうでもよくないよ!!!世界平和万歳だよ!!!!!!
以上である。
今回もなかなか良かった。
強いて言うなら収録順が残念だった。
これに尽きる。
あとやっぱこの作品の主題って人生なんでしょうね。
不老不死の美少年が主人公だからこそ、その反対・・・老いて死なざるをえない登場人物(と僕達読者)の人生について考えさせる。
どのように生きてどのように死ぬのか。
その対照として配置されたのがこの少年ってことなんだと思います。
いやー、3巻もね、早く読みたいけど読みたくないかな。
だってまてこんなに殴られたように衝撃受けて、泣いたら、疲れちゃうし。
とりあえず、たまっている積み漫画片づけてから考えます。
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LINKS
収録された「ソクラテス」は哲学の実用を試みた作品でしたが、
それで延々やっている名作学園漫画の感想。