小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

山下和美『不思議な少年1』-2020年の日本に生れ落ちた僕達はどう生きるか-

 

ねえ、凄い漫画読んじゃったんだよ。

 

山下和美不思議な少年1』(講談社 2001年)の話をさせて下さい。

 

 

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2001年刊行とは思えない表紙◎

 

【あらすじ】

人間って不思議だ

 

終戦直後の日本に生きる家族を縛る「血」と「土地」

19世紀末のロンドンを懸命に生きる身寄りのない少女

生きる目的を知らぬまま戦国乱世を駆け抜けた一人の青年。

 

それは何時の時代も変わらない人間らしい生き方。

そこに一人の少年がいた。

永遠の生をもって「人間」を見つめる不思議な少年が、

「天才 柳沢教授の生活」の山下和美が人間の光と闇をきらびやかに描く新シリーズ、

堂々のスタート!

 

裏表紙より

 

【読むべき人】

・漫画好きで本作をまだ読んだことない人

・読後に鳥肌を求める人

 

【感想】

貸本屋のおばあちゃんに勧められたうちの一冊。

「難しいけどね。これはどうかしら。おもしろい」

「あ、ランドの人ですね!最近完結したらしいですが」

「でも難しいかもしれないわねえ」

はえー」

とか言いながら借りた。

難しい。難しい。難しい。

遠いいながらも面白いと勧めてくる。

そして、そのおばあちゃんの審美眼が確かなことを、冒頭3ページで思い知ることになる。

 

今日 僕は

汽車の中で本を読み

世界最初の殺人が

兄弟間でなされたことを知る

p.1

 

から始まる冒頭3ページに一気に射抜かれた。

何なら一回借りたけど読み切ることが出来ずもう一回借りた。

何ならそれでも延滞一日今しているわけだけれども後悔はしていない。

期限一日二日云々よりも圧倒的に、「この本に出会えてよかった・・・」に打ちのめされたからである。

 

本作はこの表紙に出てくる金髪碧眼の少年が、色んな時代国を駆け巡りああだこうだ言ったり悪戯したり囁いたり昼寝したり、所謂好き放題する。

その少年が出会う人間達の運命の顛末を描いた作品群である。

「人間っておもしろ!!」

某死神の気分が一冊丸々読んだ後に味わえる。林檎もしゃもしゃ!!林檎もしゃもしゃ!!

 

そして己の境遇を思う。

何憶何十億の人々が織りなす歴史の中で自分は西暦二千年前後の日本という国に生まれ一体どのような運命をたどるのであろうか。いや、一体どのように生きていくべきであろうか。

運命なんて見えない。

だから「自分がどう生きるか」と「自分の運命」がほぼ同義なのだと思い知る。

下手な自己啓発書より、自分の人生について考えさせられる一冊である。

 

以下簡単に感想を書いていく。

僕が一番好きなのは、やっぱり冒頭3ページから始まる「第一話 万作と猶治郎」ですかね・・・。最後数ページは何度も何度もリピートしました。

 

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まさかの裏表紙同じイラストかよという衝撃○

 

第一話 万作と猶治郎:戦後家族が訪れたのは、父方の実家・鬼舞(きぶ)家だった

「「鬼」というのはもともと「魂」という意味さ だからここは魂がおどる家だ」p.17

圧巻。この一言に尽きる一編である。

戦後のまだ幼き少年と、聖書の不釣り合いな組み合わせからどう話が進むのか見当がつかなかったが、最後こう来るか・・・と思った。こう来るか・・・。

そして最後万作は人生を決定的に「試される」訳ですが・・・、彼の導き出した答えに正直もう涙ぼろぼろですよ。

爺の笛の音は一体どれほど美しい音だったのだろうか。

醜くも狡くとも人生を生き抜いた爺の笛の音は・・・。

正直難解な部分が多くて、感想を述べるのは難しい。けれど、最後の数ページは何度読んでも僕は涙なしに読むことは出来ない。涙ぼろぼろ。

ラストのシーンは彼の人生における最大の試練といったところでしょうか。試されましたね。少年と出会って己の「血」の定めを知ったからこそ、あの選択をとることが出来たのでしょう。

あと最後の最後の数ページで、タイトル回収したのも良かったわね。「万作と猶治郎」・・・。

とにかく、心を打った一編。漫画でこれだけ涙流したの久しぶり。

 

第二話 エミリーとシャーロット:二人は孤児院で14年間一緒だった。美貌のメアリーと、目立たないシャーロット・・・。

「君は自分自身の心のほんの一部しか知らない。君は自分で考えているよりずっと多くのものを心に秘めている。それを上手く解放すれば世界中の人々の夢を創ることができるかもしれない」p.126

自分の心の扉を開くというのは非常に難解なことである。

自分が本当にしたいことは何だろう。

自分は本当はどうしたいのだろう。

シャーロットがその扉を開けるまでの過程を描いだ物語である。

自分に酷いことをして、許せない。殺したい程憎んだこともありましたが、本当は会いたかったそして赦したかったのでしょうね・・・。

少年は「扉を開いて上手く解放すれば、世界中の人々の夢を創ることができる」と言ってるんですよね。

今までの彼女が書いた作品群はどれも残酷なものばかり。けれど最後扉を開き切った彼女は・・・。

元々孤児院で子供に対して物を教えるのが秀でていた彼女。多分スランプから脱すると同時にこれから描く作品はジャンルが大きく異なるものになるでしょうね。

 

ちなみに僕の扉は・・・今ギシギシ言っている、気がする。

このまま閉じて人生を終えるのか。

それとも開くのか。開くとしても、小中大、どこまで?

この話を読むまでこんなこと考えるにも及ばなかった。

第一話のが心を打ったけれども、自分の在り方について考えさせられたのはこの第二話。

 

扉、開く準備がようやくできつつある。

ドアノブ思い切って開いてみようか。

その先には何が見えるだろう。もしかしたら何もないのかもしれない。

それでも。

 

あ、あと多分同じ題材で小中学生の女児向けに描かれたのが多分しゅごキャラ!なんだろうな。面白かったけれどメッセージ性を読み取るのはなかなか難しい作品だったと思う。

 

第三話 狐目の寅吉:孤児の寅吉は生きるために殺す人生を、生まれたときから送ってきた。

「寅吉だ!”狐目の寅吉”が一騎で来た!!」p.186

画力。この一言に尽きる一編。

この作者はストーリーの素晴らしさの方が凌いでいるのですが、画力もなかなか凄まじいんですよね。第一話で顕著でしたが、特におじさん・おじいさんをあれだけどっしり描けるのは、青年漫画家・男性漫画家でもなかなかいないと思います。

で、その画力凄い人が戦国時代描いたらどうなるのかって言うとまあ最高なんですよね。特に先述した時に描かれる寅吉の表情なんかバチバチですよ。バチバチ。歌舞伎のようなドラマのような執念のようなとにかくバチバチ

この人が半沢直樹の1シーン書いたらめっちゃくちゃ面白いだろうなぁ・・・。

 

生き方について再び考えさせられる一編でした。

数多くの人を殺してきた寅吉を、「生きた者の顔」p.255と少年は言うんですよね。

何故寅吉に殺された多くの人々には目もくれなかった少年が、寅吉の死に顔を見て「生きた者の顔」と言うに至ったのか。

己の信念を貫いた生き方だったからか。己を貫いた生き方だったからか。

じゃあ「信念」って何。己って何。という話になってくるわけで・・・。

君は持っていますか信念。

僕は信念を持っているかどうかは27にしてもまだ分からないし、

持っていたとしてもそれが如何様なモノか分からない。

寅吉は22で死んだというのに。

 

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タートルネック🌸

以上である。

とにかく心穿った一冊だった。

2001年刊行との作品だけれども、古臭さは一切感じない。絵に癖があるからか、あと表紙のデザインが今でも十分通用するものだからか・・・。今年刊行されたものと言っても僕は信じてしまうだろう。

色褪せない、ということは、2001年の僕達には無論2020年今の僕達にも非常に必要な一冊ということなのかもしれない。自分の人生をどのように生きるか・・・。