小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

村上龍『新装版 コインロッカー・ベイビーズ』-近未来の狂った東京は色褪せない。-


この腐敗した世界に俺達は。

村上龍『新装版 コインロッカー・ベイビーズ』(講談社 2009年)の話をさせて下さい。



【あらすじ】

一九七二年夏、キクハシはコインロッカーで生まれた。
母親を探して九州の孤島から消えたハシを負い、東京へとやって来たキクは、鰐のガリバーと暮らすアネモネに出会う。キクは小笠原の深海に眠るダチュラの力で街を破壊し、絶対の解放を希求する。
毒薬のようで清清しい衝撃の現代文学の傑作が新装版に! 裏表紙より

ちなみに僕が以前読んだ村上龍の小説はこちら。
村上龍『五分後の世界』
【読むべき人】
・なんか東京を舞台にしたジュプナイル小説が読みたい人
「消滅都市」みたいな言葉に惹かれちゃう〜みたいな。やったことないけど
ディストピア小説が好きな人
・近未来ものが好きな人
現実逃避したい人

【読むのをためらうべき人】
・普段あまり本を読まない人(562ページ、文字ぎっしり)
村上龍先生の文体に抵抗がある人

【感想】
「おススメの小説教えてくれぽよ〜」
多分5年くらい前、Twitterの大学のサークルの垢に僕が垂れ流した呟きである。
それに対し、
村上龍コインロッカー・ベイビーズ』と京極夏彦『厭な小説』がおススメ」
と教えてくれだのは同じ学年の男子学生だった。
彼は僕の中で何の変哲もない学生の一人にすぎなかったが、
これを読んで変わった。
「ひえ・・・、あいつ20そこそこでこんなん読んでたのか」
やべーすげー奴じゃん。

噴水の回りには花壇が残っているが忘れられた種子は風に飛ばされて転がった便器の底の僅かな土から花を咲かせていた。p.33

まずまぁ今作は長い。めっちゃ長い。
総ページ数561に、基本上から下までぎっしり文字が詰まっている。
てかそもそも「新装版」の前は上下巻だったそうで、
それも納得の厚さ。ボリューミー。
ふだん読んでいる小説がマクドナルドのハンバーガーならば、
この小説はちょっとお洒落なカフェのありえなく高いハンバーガーなくらい厚い。
口開かねーよ。



でもその文字数で撃つ「1990年前後」の東京の世界は、
ディストピアですごく濃い。
一ページの情報量が多い。
匂い嗅覚聴覚全てすべて五感が文字から刺激されるような感覚。

読者の現実を無理矢理誌上に引っぱりぶちまける。
『五分後の世界』もとい、村上龍の小説は現実逃避にもってこい。

本作は1980年に書かれた小説であるが、
30年いや40年たった今でも色褪せない。強い。
僕等が漠然と夢見て妄想する、
共通した楽園のイメージディストピアと化した東京」がもう40年前、
40年前に完成されていたかと思うと、
震える。
褪せない。言葉も世界も何もかも。



「ねえ、ブーゲンビリヤってきれいだと思う?」p.263

キャラクターがすごくいい。
主役は2人。キクとハシ。
冒頭は幼少期の話になるが、大部分は17歳から20代前半の話に当たる。
キク。
無口な割に常に終始ハシのため全力疾走する優しさ熱さ、
常に燃えているような。
ハシ。
人当たりが良い割に胸の奥での葛藤をうまく言葉に出来ず達観、
常に燃え尽きているような。
対称的な2人がディストピア東京に翻弄され翻弄する姿は
読んでいて欠陥が燃え滾るような自分も何か燃やしたくなるような
血管潰して朱い血を路線図に吐き散らしたくなるような、
とにかく興奮するのだ。

そして二人のヒロイン。
アネモネ
美しく気が強く己の手に入れたいもののためならば一切時間を無駄に使うことを容赦しない少女。
アネモネ一切の隙間も与えないこの4文字のような。
二ヴァ。
孤独に生きて自己主張は激しくない分身体の欠損を賄う分溢れ出る母性40手前。
二ヴァ。ヴァ、の発音すら優しく寛容に感じるような。

この4人をメインに据えつつ
修道院佐世保のデパート高跳びのポールガゼル13本そびえるビル薬島タツオレストラン鰐がいるマンションの一室路地刑務所山根中倉林精神病院・・・・
登場する場所人物が引力、容赦なきスピードで歯車が回り、
4人とともに運命というストーリーに翻弄されていく。一度ページ開けばそこは東京。

折り返しの縫い目が歪み裾に下げたボンボンの長さが揃わなくてあちこちに皺が寄っていたが、アネモネはうれしかった。p.383

覆いかぶさるは濃厚な哲学。
今作は母性が主題と僕は思う。
育ての親の和代は終始「和代」であって「ママ」と呼ばず
キクとハシは常に捨てた母親のことを想像する。思い出す。
キクは憎み、橋は求めた。
違いはあるが、
脳裏に浮かんで離さない。

また、「ダチュラ」は海底の縦の割れ目から溢れ出ている。
「縦の」、横じゃない縦。

一方で父性は薄い。
桑山に対するキクの思い入れは薄く、
ミスターD(dはdadのd?)からハシは離れていく。

まるで男性は常に母性を求めているとでも言いたいような、
ある意味高尚な「赤ちゃんプレイ」。



今までの恐怖はハシを殺人犯にしたくないという思いから発していることに気づいた。p.458

濃厚な世界観にイカしたキャラクターが闊歩そしてそれらを覆う漠然とした哲学の膜。
全て網羅する文字数ページ数。
ある意味150%構築されたライトノベルのように思う。
これくらいこれくらい熱くて厚くないと後世に何も残んない。

以上である。
すげー小説だなと思った。

俺達は、コインロッカー・ベイビーズだ。p.551


ただまぁ今作は純文学的側面もあるがどちらかというとエンタメ小説的側面の方が強いと思う。
このディストピアを堪能することが第一であって、メッセージ性は二。
文藝賞受賞したのは色褪せない世界観を描いたからだと思うし。

惜しむらくはもっと若い時に読んでおけばよかった。
20になる前に読みたかった。そうすれば足の指の先まで撃ち抜かれて震えていたと思うんだけど。
血が滾ったのは、やはり『五分後の世界』の方かなぁ。



てか40周年を目前にこの小説は舞台化されたみたいだけど
僕は漫画化を希求する。
できれば小畑健や大倉維人のように才能溢れ出てるような漫画家に。
この凄さをより多くの10代に読んでもらいたい。
けれど2時間3時間で収まるような情報量ではとてもないとても。
誰か企画してくれ。

「弱虫め、僕はちゃんと生き返ったんだぞ」p.229

LINKS:村上龍『五分後の世界』