京極夏彦『厭な小説』-ああ厭だ。-
―――――厭だ。
京極夏彦『厭な小説』(いやなしょうせつ) 祥伝社 2009年の話をさせて下さい。
【あらすじ】
厭な上司と折り合いをつけ付き合えば同僚・深谷(ふかたに)から愚痴愚痴聞かされ
会社まで2時間かかつ郊外の家に帰れば、
流産以降うまくいかない妻が待っている。
玄関を開けると、子供が立っていた。p.23
八つの厭な短編。
【読むべき人】
・後味悪い小説が好きな人
・世にも奇妙な小説が好きな人
・何もかもが厭になっちゃった人
【感想】
村上龍『五分後の世界』と一緒に5年前、
同級生の男子学生が勧めてくれた小説。
それから、その存在は認知していた。
文庫本にもなっている。
だが僕がその本を手に取らなかったのは、
本棚に並ぶのが厭だったからだ。
某南米の川通販サイトで検索してみてほしい。
こんな厭な表紙に800円も出すのは厭だ。馬鹿馬鹿しい。
だが図書館にあるなら話は別だ。
返せばいい。
借りて、読んだ。
後味が悪い8つの短編~中編が並ぶ。
短い物であれば50頁ほど、
長い物であれば70頁ほど。
けれど京極先生独特のあの美しくすらすら読める文体で書いてあるため
そんなに気負わなくても読める。
ただどれも厭な話。
ああ厭だ。
以下簡単に各短編の感想を。
ちなみに僕が特に厭だったのは、「厭な子供」「厭な扉」「厭な彼女」。
厭な子供:ある日帰ると、子供がいた。
再読である。
アンソロジーに収録されていたが、
厭だ。初めて読んだときも厭だった。
子供の描写が本当に厭だ。厭だ。たまらない。
容貌、声、行動全てが厭だ。最後まで厭だ。
再読しても厭。厭じゃないところがない。厭。
これ以上厭な存在を僕は知らない。
厭な老人:専業主婦の家には、厭な老人がいる。
行動だけ見れば厭な子供より厭だ。
やることなすことすべてが厭だ。ぞっとする。厭だ。
この小説を読めば身近な老人が全て聖人に思えるくらい、厭だ。
厭な扉:事業に躓きホームレス化した私は、離婚した妻子が心中したことを聞く。
異質の作品。他の作品とは別の厭。
けれど小説として一番巧いと思う。
昔『世にも奇妙な物語』を見た時はそのストーリーに舌を巻いた覚えがある。
それを文章で読めたことが嬉しいが厭。
厭な先祖:厭な後輩から預かりものを頼まれる。仏壇だった。
先ずこの後輩が厭だ。そしてその仏壇も厭だ。
どちらかというと怪談、妖怪めいた厭さ。
最後は厭だ。
他人の仏壇なんて厭だ。厭だよ。
厭な彼女:彼女は、ハヤシライスを作ってくれた。
厭だ。リアルさで言えばこれが僕が一番厭だった。
特にハヤシライスが並ぶ食卓を想像するだけで厭だ。厭だ。厭だ。
ちなみに僕はこの「彼女」で、宮原選手を思い出した。
DVのシーンがあったからか。
厭な家:起きる時私は左足の小指をチェストの角にぶつける。
小指をぶつけるところから始まるのがもう厭だ。たまらない。
その後めくるめくおこる厭さに、今の家が愛おしくすら感じる始末。
厭な小説:新幹線で出張に向かっている。隣には厭な上司。2人きりの出張だ。
最後の最後にかけてのスピード感が見事。
そこで最後の2ページに至るのだから僕等はも息も絶え絶え「厭だ」。
実験的小説でもある。
このように、八つの短編が収録されているわけだが、
どの短編も見事に厭だ。本当に厭だ。
何故こんなに厭なのか。
それは主人公達の性格が被る読者が多いからではないか。
日々感情を押し殺すことに尽力したり、
「〜しなければならない」と自らの道徳に徹底的従順であったり
厭な頼みごとを断れずついつい引き受けてしまったり
パートナーとの熱く幸福な日々を何度も思い出すことで留飲を下げたり
誰もが
誰もがどこかで覚えのあるような部分が多いから、
こんなに厭なのだ。厭だよ。この小説は。
以上である。
とにかく徹底的に厭。
後味が悪い小説を読みたい人はどうぞ。
ちなみに同じような体裁を保つ短編集として
京極夏彦『死ねばいいのに』(講談社 2012年)
こちらも5つの中編が収められた作品。
ちなみに僕はこの作品は、滅茶苦茶好き。凄く好き。
「好きな本は?」
という質問についつい書いてしまうくらい好き。
タイトルそのままのような真裏のような内容は何度でも読みたくなる。
あと京極先生のシリーズだとこれが好き。
京極夏彦『冥談』(KADOKAWA 2013年)
京極夏彦『幽談』(KADOKAWA 2013年)
京極夏彦『眩談』(KADOKAWA 2015年)
京極夏彦『旧談』(KADOKAWA 2016年)
談シリーズ。
8編の短編が収録された短編集である。
いろんな話が収録されていてこれがなかなか面白い。
鬼談、虚談はまだ読んでいない。
虚談は今年単行本が出た。
図書館で見つけた。
文庫化するのは来年か再来年。
読みたい。読んでしまおうか。
いや文庫になって買ってからの方が・・・やっぱ揃えたいし。
懊悩。
LINKS:村上龍『五分後の世界』