絶対的温度感。
熱さ。
絶叫。
心を張り割くような絶叫。痛み。総て。
「こッ!!
高校生のときッ・・・・・・実の娘を強姦したテメェに
中学生だった実の娘を奴隷扱いしてやがったテメェに!
小学生だった実の娘かた母親奪ったテメェにっ!!テメェに!!
弔われたって!!しらじらしくてヘドが出んだよォ!!」pp.26-28
平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(KADOKAWA 2020年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
柄の悪いOLのシイノは
外回り先の定食屋で
ひとつのニュースを目にする。
それは、親友「マリコ」の
突然の死を伝えるものだった。
親友の死を知ったシイノは、とある行動を決意するーーー。
女同士の魂の結びつきを描く、鮮烈なロマンス・ストーリー。
裏表紙より
【読むべき人】
・漫画で最近「アツく」なった記憶がない人
・絶叫したい人
・泣きたい人
・叫びたい人
・誰かのはち切れそうな本気に触れたい人
・漫画の力を信じたい人
【感想】※ネタバレあり
アツい。アツかった。
一気に読んでしまって、
読むのがそんなに速くない僕でも、
かかった時間は20分もないと思う。
でもその間ずっと号泣していた。目から涙が止まらなかった。
誌面越しに伝わるシイノの絶叫とはち切れそうばかりの想いに終始心が乱れっぱなしで、一気に読んでしまった。
確かに漫画作品として細かい欠点を挙げればきりがないが、
それでもそれでもそれでもそれでもそれらを総て蹴散らすようなシイノの全力疾走に僕はもう情緒が乱された。
「私の壊れたマリコ」。
本書は、マリコの死をニュースで知って、彼女の遺骨を盗み全力疾走するマリコの親友・シイノの絶叫を描いた作品である。
高校時代まで知り合いだったのに知らない内に疎遠になって、
そして飛び降りで死んでしまったマリコ。
彼女に対して何も出来なかった・・・というより何もしなかった己の深き後悔をガソリンに、シイノは遺骨を胸に全力疾走する。
その、シイノがずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとこの作品はずっと心の底から叫んでいて、その想いの強さ感情の揺さぶり全て全て全てに心が乱される。
誌面越しに伝わるシイノの表情。
激怒する。泣く。叫ぶ。絶望する。打ち震える。
その彼女の感情のふり幅が、
通常の漫画の登場人物ふり幅を100とするならば、
500。500あって、それを日本語だけではなく絵で、漫画で全身全霊で平庫先生が伝えてくるものがから、僕達読者はもうただ言葉を失ったままその場で立ち尽くすことしかできない。
そして思う。
ああこれが漫画の力なのだ。
日本語だけなら小説でいい。
絵だけならイラストでいい。
この作品はとんでもなく漫画だ。
シイノの誌面を揺らす言葉、
そしてその度に爆発するシイノの表情。
その2つが揃って僕の心をこんなにこんなに穿つんだね。マイ・ブロークン・マグロドン。
本書は非常に細かいところまで、言葉に注意が払われている。
例えば、先程掲載した台詞。
「こッ!!
高校生のときッ・・・・・・実の娘を強姦したテメェに
中学生だった実の娘を奴隷扱いしてやがったテメェに!
小学生だった実の娘から母親奪ったテメェにっ!!テメェに!!
弔われたって!!しらじらしくてヘドが出んだよォ!!」
よく見てほしい部分は2つある。
まず1つは!の数。
高校生・・・からはじまるくだりは!が0個。
中学生・・・からはじまるくだりは!が1個。
小学生・・・からはじまるくだりは!が2個。くわえて「テメェに!!」が入るので計4個。
ここでシイノが、急なスピードで高まっていることが分かる。
恐らく普通だったら、高校生で!1個、中学生で!が2個、小学生で!が3個に収まると思う。
けれど、高校生のくだりで0個にして小学生のくだりでいきなり4個にすることで、
シイノの感情がみるみる高ぶっていることが伝わってくる。興奮急上昇。
もう1つは「っ」。
今回の台詞では、カタカナひらがな合わせて2つ出てきている。
「高校生のときッ・・・・・・実の娘を強姦したテメェに」
まずこの行。
「ッ」のあと、「・・・」が続いている。その後に続く言葉は「強姦」という単語が入る。恐らく口にもしたくもない、親友の辛い過去。口にするのに一寸の躊躇いが見られる。
「小学生だった実の娘から母親奪ったテメェにっ!!テメェに!!」
一方「っ」のあと、「!!」が続いている。その後には「テメェに!!」と続いている。親友の父親を「テメェ」と呼ぶことの躊躇いは見られない。
よって、この小さい「ッ」はシイノの僅かな迷いを表していることが分かるそして「っ」はシイノの一瞬の決断。
【「ッ」・・・迷い「っ」・・・決断】
他の台詞にもこの定義は当てはまる。
「こうしてる間にもどんどんあのコの記憶が薄れてくんだよ
きれいなあのコしか思い出さなくなる・・・・・・
あたしッ 何度もあの子のことめんどくせー女って・・・!
思ってたのにさあ・・・・・・っ
ぅうわああーーーーーー」pp.99-100
「ッ」あたしッ、の後に初めてシイノがマリコを貶す言葉「めんどくせー女」が入る。
「っ」・・・っと続いた後はシイノの絶叫する泣き声に続く。
「ッ」はマリコを死後初めて悪く言うことへの迷い、「っ」は泣くことを決心した0.何秒かのコンマを表している。
【「ッ」・・・迷い「っ」・・・決断】
に則って、
作者はやはり意図してカタカナ・ひらがなを使い分けている。
以上のように、本作は言葉に細かい配慮がなされているように思う。
一見ただの勢いで書いたように見えるが、他にも句読点の有無や読点の場所、漢字ひらがな、・・・の場所。多分セリフには気を使って、何度も推敲してるのではないか。
セリフ1つ1つ磨かれているからこそ、こんなに読者の心に迫りくるものがあるのだと思う。
ちなみに、漫画を読んでいると「違和感」抱く日本語が1つや2つ見つかるのが当たり前なのだけれど、本書ではそういうのが一切見られなかった。恐らく平庫先生は「本を読む人」で、相当高い日本語のセンスを備え持っているように思われる。
イラストは・・・割愛。表情がとにかく凄い、としか言えない。
多分冷静に推敲を重ねる台詞にたいして、イラストはもう感情や想いをありのままに何倍にも肥大させて原稿にぶつけて勢いがままに描いいているのではないかな、と思う。
繊細な台詞使いと、勢いのイラスト。
この絶妙なバランスの化学反応によって、
マイブロークンマリコ。
壊れたマリコを抱きしめるシイノの絶叫が誌面越しに聞こえるんだろう、と僕は推測する。
本書はもう一遍短編、「YISKAーイーサカ」という作品が収録されている。
設定はなんと20世紀末のアメリカの貧困街。登場人物の名前は「ダントン」。フランス革命に関与した革命家である。
こんな設定2つ、多分漫画・アニメだけ摂取していたら思いつかない。世紀末のアメリカを舞台に描きたい、ってどうやったら思うんだよ。
多分映画鑑賞か・・・読書。そのどちらかに結構比重を置いている人なのであhな愛か。
そして本書の日本語ののレベルの高さを見る限り、恐らくそれは「読書」なのではないかと推測する。
ちなみに、「マイ・ブロークン・マリコ」が台詞とイラストのバランスが絶妙だったのに対して、本作は台詞の比重が重い。文字が多い。挿絵付きの小説を読んでいる感覚。クオリティは一つ下がる。
本書を知ったのは昨年の「BRUTUS」の漫画特集だった。
カメラマンである・エッセイストでもある幡野広志さんのおススメで、紹介されていてずっと気になっていた。幡野さんのエッセイは結構独特な視点で描かれていて好きだ。こんなに面白い文章を書く人がおススメする漫画ってどんなに凄いんだろうか。
とは思いつつ、忘れかけていた頃新静岡の古書店・水曜文庫で本書を見つけてそのまま購入した次第。最近のコミックなんてめったに置かれてないんですけどね、水曜文庫なんて・・・。
以上である。
存在を知ってから1年以上たって読んだわけだけれども・・・非常に心穿たれる一冊だった。イラスト言葉の力相まって、読んでいて打ち震えるようだった。
加えてこの揺さぶりが、「漫画」という媒体だから生じている。この物語が小説や映画だったら僕達はこんなに揺さぶられなかった。
だから幡野さんは本書をおススメしたわけだし、だから本書は2020年漫画屈指のベストセラーになっているのだろう。
それでも舞台が現代日本の1冊読み切りという点で、「実写映画化したら・・・」という妄想はしてしまうもの。
考えた結果僕の中での2人のキャスティングはこちら。
シイノ・・・伊藤沙莉
理由:シイノのような汚い絶叫が出来る唯一の20代の女優だと思うから
理由:黒子の位置などマリコと似ているのと、あといい人が故に残念な点が似ていると思ったから。特に男関係。あと欅坂のわりに、演技力はまぁまぁある。元推しという贔屓目も無論ある。
多分結構いい作品になると思うんですが・・・東映さん、どうでしょう?
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