小さなツナの缶詰。齧る。

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ボルへ・ルイス・ボルヘス(柳瀬尚紀訳)『幻獣辞典』-文化史入門。-

 

 

その難解さが、癖になる。

 

 

ボルへ・ルイス・ボルヘス柳瀬尚紀訳)『幻獣辞典』(河出書房新社 2015年)の話をさせて下さい。

 

 

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【概要】

一角獣、セイレーン、ゴーレム、八岐大蛇・・・・・・。

豊かな想像力が産みだした奇妙な存在たちを、知の怪物ボルヘスが集成した最良の異世界案内本。

イーリアス」「オデュッセイア」から、

プリニウス「博物誌」、「千夜一夜物語」、ダンテ「神曲」、

カフカ、C・S・ルイス等の著作まで、

古今東西・森羅万象120項目を収録。

 

裏表紙より

 

誰しも知るように、むだに横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある。p.9

 

【読むべき人】

・世界の民話・口伝伝承等に興味がある人

・外国のガチめのファンタジー小説が好きな人

・もしくは、ファンタジー小説を書こうと思っている人

・歴史(特に西洋史東洋史)、外国文学が専攻の学生

 

 

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【感想】

ホルヘ・ルイス・ボルヘス

1899-1986年。詩人・小説家。アルゼンチン生まれ。幼少から古今東西の書物に親しむ。「鏡」「迷宮」といったモチーフを主とする詩や小説のほか、独自の視点であんなアンソロジーも数多い。代表作に短編集『伝奇集』『砂の本』、詩文集『創造者』『夢の本』など

カバー裏より

 

彼の存在を知ったのは、多分3年前くらいだったように思う。

BRUTUS「危険な読書」特集だった。

ホラー・オカルト好きの僕としては、「奇妙な話・奇怪な話を集める世界的に有名な作家」という地点でもかなり惹かれたし、後に彼がヨーロッパの作家ではなく南米の作家であることを知り更に興味がわいた。

以降、ずっと読んでみたいとは思っていたものの、何百何千とある「読んでみたい」本に埋もれて行った。

多くが実現せず僕が先に死ぬであろう、高く高く積まれた本の山・・・。

 

しかしじゃあなんで本作が、数少ない「実現した、読んでみたい」本になったのかというと、まぁこれのおかげである。

 奇書が読みたいアライさん『奇書が読みたいアライさんの空想図鑑文学ガイド』。

奇書が読みたいアライさんというのは、日々ツイッターに読破した「奇書」を中心に紹介する、本屋務めのアライグマである。書店員なだけあってなかなかに「奇書」くツイッターで言及する書物は新刊から古本まで多種多様。

かなり好きなツイッタラーで、めっちゃフォローしている。6つあるツイッターのアカウントのうち3つくらいフォローして、彼女(?)の最新ツイートは常に見逃さないようにしている。

そしてそのアライさんが、この度同人で出版した読書ガイドに掲載されていたのが本作『幻獣辞典』なのである。あ、ボルヘスだ。はえー、なんか面白そう。いつか読んでみたいなあ・・・と思った直後、

いやこれは読まなきゃ、と思った。

このセカンド・ボルヘス・チャンス(意味:人生の二度目に、ボルヘスの本を「読んでみたい~」)と思うこと)を逃したら、ボルヘス永遠に読まない気がする!!

そういえば新静岡ジュンク堂でもずっと背表紙ではなく表紙が面するように並べられていた!ていうかまずこのアライさんがおススメする本には外れがない!!少なくとも静岡とジャパリパークの書店員二人(一人と一匹)が紹介しているということは間違いなく読んで正解パターンではないか!?

買おう!買って、読もう!

思い立ったが吉日、僕は気づけばジュンク堂の本屋のレジに並んでおり、

「1210円です」

文庫本にしえてゃめちゃクソ高いお値段に卒倒アンド失禁寸前になったのであった。はわわ・・・じょぼぼ・・・。

 

そしてその本を、今日読み終えたのである。

いやー・・・かかった。実にかかった。

時間が。

本日めでたき雛祭り・3月3日なのだけれども、この本を読み始めたのは1月末。結構寝る前に頻繁に開いてはいたつもりなのだけれども1か月はまるまるかかっている。

文体が硬いというのもある。1970年代に訳されたものを同じ訳者が手を加えたのが本作である。基盤が古い訳なので、まずそこに慣れるのに苦労した。

でも文体が硬いだけでそんなに時間かかったの?・・・というと、違う。

内容が濃い。濃すぎる。これに尽きる。

まず凄いのが参考文献の量。1幻獣あたりの説明は2ページー4ページ余りが多いが、そこに出てくる文献が5から10あって当たり前。しかも時代も地域も多種多様。古代ギリシア・ローマの書物から、中世ヨーロッパで書かれた歴史書・解説書、アラビアン・ナイトなど著名な書物から、ケルト民話等民族間で口伝で継がれる民話まで。文献の書かれた地域もヨーロッパが多いのは仕方ないといえど、中東やアフリカ・アジアまで網羅。プリニウス、ヘシオドス・・・と古代の詩人の名前が並んだかと思えば次の行では20世紀初頭の学者の説が書かれているなんてこともザラ。時代も世界も縦横無尽に駆け巡る。

そのため基本「流し読み」ができない。ふっと一瞬でも目を離したすきに、一体いつの話だったのかどこの話だったのか、そもそも何の幻獣の話をしていたのか分からなくなる。常に頭を整理して読んで行かなければならない。

そのため思ったより結構時間がかかってしまった。

 

けれど、その1ページ1ページ噛みしめて読んでいく感覚は独特の愉悦があった。

中世の文献が出てくれば、それが書かれた著者・時代想像を巡らせ、

聖書の話が出てくれば、それに関連する美術作品を想起した。

ボルヘスの、巨大な知の迷宮のなかを彷徨っているかのような。

同時に、僕自身の記憶の迷宮を彷徨っているかのような。

他の書物では味わえない、この辞典だからしか味わえない独特の、この感覚・・・これこそ冒頭の一文にある「けだるい喜び」なのだろうか。

 

巻末には訳者が著者ボルヘス「幻獣」として扱って書いた、ユニークな「解説」があり以下のように書かれている。

ホルヘ・ルイス・ボルヘスは(中略)ブエノスアイエスに生まれた巨大な怪物であるp.315

概ね同意。膨大な知識量・多種多様の国々時代に対する飽くなき関心・・・多分そもそも一人の人間で書けうる書物ではない。書ける書物であってはならない。ボルへ・ルイス・ボルヘスは恐らく人間を超越してしまった何かだったのだろうと思う。

 

 

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こうした馬鹿げた憶説は、キマイラが人々を退屈させ始めたことの証しである。p.70

 

 

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また、なんとなく知っている・名前だけは知っているような幻獣についても、その歴史や背景が知られて、「辞典」としても面白かった。

例えばリリス」。「ワルキューレ」「ラミア」「サラマンドラ」。名前だけは知っている。しかしこれが一体どんな姿をしていてどこに住んでいてな何食べていてどんなな生物なのか、分かりそうで分からない。

そういった幻獣についても、ちゃんと文献込々で解説してくれるからとってもありがたい。「辞典」としての実用も少なからずある訳だ。

硬派なファンタジー小説が好きな人は、本書を「教養」として読んでおいたほうがより小説を楽しめるだろう。フェアリー、小人、ユニコーン・・・作中に出てくる生物一つ一つの背景を知っているだけで、作中の世界は何重にも幾層にも厚くなっていくはずだ。まぁ僕は全く読まないんですけど。

 

以下簡単に、僕の推し幻獣推しポイントを記しておく。

 

クジャタ:イスラム教の宇宙論に出てくる巨大な牛 p.76

・とにかく大きいのが良い。夢がある

・こういう牛とか魚の上に我々が住む大地が広がっている~系には個人的にめちゃめちゃ弱い。闇の中球体が回っているだけよりだいぶ夢があるので。

・あと、その怪物が恐らく孤独で世界を支え続けていることに対して、その怪物の気持ちを考えるとなかなかエモくなるので。きっと長年一匹で生きているから寂しい・苦しいとか知ないんだろうなーとか。

 

チェシャ猫とキルケニー猫:笑ってる猫と、喧嘩している猫p.158

チェシャ猫がなんで笑っているのか、の所説の解説がタメになった

・キルケニー猫に対しては1行程度の記述しかなく、なんでこの猫を収録するに至ったのか。聞いたことすらないし。

・でも猫は1匹ならかわいい、2匹ならかわいいかわいいなので仕方ないことなのかもしれない(?)

 

スクォンク(溶ける涙体):ずっと泣いていて、涙に身体がとけてしまう生物 p.139

・ずっと泣いているのが基本という状態が良い

僕も基本ずっと泣いているので共感した

・最後は涙に溶けてしまうというのも切ない

・もしかしたら自分は人間ではなくスクォンクなのかもしれない。

 

ラミアー:下半身が蛇の女 p.294

・ロバート・バートン先生によって書かれる伝説があまりにも悲しい

FFTAをやっていた時に頻繁に出てきた怪物なので個人的な思い入れも強い

・ザコかったので、コラッタよろしくばっしばっし倒していた

・でもコラッタ一匹一匹に、人間の抱く「恋心」のようなものがあったとすると思うとなかなかエグいものがある

・下半身が魚か蛇かでどうしてこうも印象が違うのか。

・FFはエグい。

 

 

こういう文学的な衰退は詩人の信仰の哀頽と一体である。p.233

 

 

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以上である。

一通り読み終わった訳だけれども・・・つくづく思うのは、「幻獣辞典」よりかは「幻獣文化史」の方が近いかもしれない。

文化史は基本生活やこれからの学問に大いに役立つわけではないが深堀をすればする程何かが満たされてゆく感覚がある・・・、そういった学問だと僕は認識している。要するに「けだるい喜び」が詰まった学問である。その入口として「幻獣」という形をとったものが本作・・・といったところか。

是非外国文学専攻・歴史学専攻の学生に読んでもらいたい一冊である。

 

いやはや、にしても軽い気持ちで読む本ではなかった。おかげさまで2月で読めた本はこれ含めて2冊。(もう一冊は小川洋子『不時着する流星たち』)すくねぇ・・・。

でも間違いなく1210円分の価値はあった。1210円分の時間はあった。書店員が薦める本に間違いなし。

 

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ファービー、ぴんくの謎のモンスターはともかく、ツチノコは収録されてなかったのちょっと悲しい。

 

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文学ガイドの感想 

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文学ガイドに掲載されていたこの漫画は控えめに言って神でしたね。芋虫の話が最高なんだ。あざす
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2月に読んだもう1冊の感想。これは結構「当たり」でした。洋子ちゃん、しゅき。

 

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