小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

小川洋子『偶然の祝福』-小児科のにおい。-

 

 

 

キリコ。

 

 

 

小川洋子『偶然の祝福』(角川書店 2004年)の話をさせて下さい。

 

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【あらすじ】

お手伝いのキリコさんは私のなくしものを取り戻す名人だった。

それも息も荒らげず、恩着せがましくもなくすっとー。

伯母は、実に従順で正統的な失踪者になった。前触れもなく理由もなくきっぱりとー。

リコーダー、万年筆、弟、伯母、そして恋人ー失ったものへの愛と祈りが、哀しみを貫き、偶然の幸せを連れてきた。

息子とアポロと暮らす私の孤独な日々に。

美しく、切なく運命のからくりが響き合う傑作連作小説。

 

裏表紙より

 

【読むべき人】

・「キリコさん」←この名前にピンとくる人

・喪失に対して打ちひしがれている人

 

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絵と文字と内容の世界観結構砕け散ってる。

 

【感想】

キリコさん。

この名前、読んだことある人は結構多いんじゃないだろうか。

何となく僕は知っていた。多分ちゅう工事代。もしくは塾講師時代教材あるいはもしか何かでこの名前を見た。「の失敗」まで見た。

けれど抜粋される部分には決まって彼女の失敗については触れられていないのであった。

そもそも彼女は、どのような失敗をしでかしたのか。

そもそもこの短編が、どのような短編なのか。

あとこの前読んだ雑誌でも小川洋子の作品としておススメされていたので気になって、読んだ。

 

けどまぁ・・・うん。

まぁ・・・正直ぶっちゃけ僕にとってはいまひとつだった。

理由は分からない。

 

 

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分からないので病院に行った。

 

医者「「薬指の標本」「まぶた」「完璧な病室」「刺繍する少女」・・・所詮貴女は小川洋子先生の初期作品しか好きじゃないのではありませんか?」

ワタクシ「いいえ、先生それは違いますわ。ワタクシこの方で一番好きな作品は「子羊たちの朗読会」です。それにこの前この作品の後に書かれた「最果てアーケード」という一冊も読みましたけれどそれも面白かったですわ。それに「夜明けの縁をさまよう人々」だって、あれはあれでハラハラして楽しく読めましたのよ。」

医者「それでは、作品の雰囲気が嫌いであったとか?」

ワタクシ「いいえ。小川洋子先生の作品のほとんどは薬品の匂いがします。この作品もそうでした。ワタクシ、その匂い大好きですのよ。この作品に漂う匂いは・・・小児科。小児科のどこか甘い匂いがしておりました。でもそれは決してワタクシにとって深いな匂いではなく、心地よい匂いでしたわ。先生」

医者「ふむ・・・それでは共感が出来なかったとか?この主人公は作家で息子がいて恋人と愛し合った過去があります」

ワタクシ「ええ先生。私はフリーターでピルを飲んでいて恋人と愛し合った過去もなく毎日を必死に呼吸するこの世の端女でございます。けれども、例えば「人質の朗読会」のように私は人質でもないし、「最果てアーケード」のように商店街の人々と交わって生きてきたわけではない。登場人物と境遇が被ることのが少ない。にもかかわらず「共感の欠如」に、本書への不満足の原因を求めるのは違うのでは?」

医者「なるほど・・・では、それではあなたの心が不健全であったということは?抗うつ剤を飲まれているようですね」

ワタクシ「いいえ。先生。確かにワタクシは抗うつ剤を、一日一粒のレモン・キャンディ代わりに舐めておりますけれども、別に読書に弊害はきたしておりませんわ。証拠?それはねえ見て・・・この「ツナの缶詰。齧る。」というブログの■月■日以降の記事を見て下さいませ・・・ほら、特に変なところはないでしょう?今までと、一緒でしょう?」

医者「ふむ・・・」

 

医者でも分からないようだった。

 

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以下簡単に各話感想を述べていく。

ただ先述したように、僕は本書に対して不満足である。

そこを踏まえたうえで、以下を目で追っていただきたい。

 

失踪者たちの王国:父方の伯母は、実に正当な失踪者となった。

この短編自体が「失踪」したかのように、読み終えてから本書を開くまで、この短編の存在を忘れていた。後半の激しい展開の前奏曲としてはあまりにも静かすぎるようにも思う。

それか、僕はあまりにも「失踪」と無縁だから、忘れていたのかもしれない。

僕は僕を常に自己嫌悪する程、自分の存在を意識している。

し、家族・職場の人々・友達・ウエルシアの店員、そしてそれをとりまく実家・職場のショッピングセンター・小学校から大学・ウエルシア総てが今も実在している。存在している。

そして私の肌にできたカサブタ群も・・・消えない。存在している。掻く。血が出る。生きてる。生きてる。

 

途中で、伯母さんが業者に売られゆくニシキゴイの名前を呼ぶシーンがある。

「あれはニコラス」

(中略)

「あれはマシューで、次のはユリアナ」p.22

 

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左から

「あれはテディ」

(中略)

「あれはダンテで、次のはジジ」

 

 

 

 

盗作:退院後リハビリで向かう電車の中でいつも会う女性が、ある日語ってくれた弟の話。

この話は唯一好きかもしれない。

文中に出てくる「背泳ぎ選手の弟の話」が非常に美しいというのもそうだけれども、オチが非常に明瞭で、明瞭な分、物語の余韻が後を引いたから。

きっと悲しむことが彼女自身の人格を形作ってるのだと思う。

彼女は健やかに病んでいる。

 

あと、主人公もここに登場する女性も「弟の死」を悲しんでいるが、これが「妹の死」だったら、多分ここまで純粋に悲しんでいないだろうと思った。

同性同士だと、血縁関係であろうともわずかながらの憎悪が含まれると思うから。

 

 

 

 

キリコさんの失敗:昔、キリコさんという名のお手伝いさんがいた。p.72

本編。

どこかで見た。

でも思い出せない。

多分文章題に出てきた。国語の「物語文」「小説」。

ただどこで出会った文章題だったかは曖昧。

中学高校の時の模試であったか。塾で出された国語の問題集であったか。センター試験の過去問題であったか。それとも大学卒業後新卒就職した塾講師時代にやった模試・問題集の問題であったか。神奈川県高等学校受験問題の過去問であったか。

分からない。思い出せない。

ただどこかで出会っているはずなのである。しかも多分2回は。

 

その文章の全般が読めるということで、「キリコさんの失敗」とはどういうものだったのかワクテカしながら読んだのだけど、まぁ・・・そんな失敗かと思った。

万年筆を取り返したという地点で、間接的に主人公の将来の道(小説家)を切り拓いた失敗ではあるのだけれども

もっと直接的に関わってくるような、一度読んだら忘れられないような、

失敗かと思っていた。

違った。残念。

 

じゃあどこが一番印象的であったかと言うと、

「ここのはね、フルーツが新鮮で美味しいの」

彼女は大きな桃を飲み込んだ。p.78

内緒で、歯医者の帰りに幼い主人公とお手伝いのキリコさんがパフェを食べている場面である。

どうもここに出てくるチョコレートパフェは、美味しそうだけではなく、なまなましくて艶っぽい。桃は絶対光を反射してとぅるんとなっていることだろう。とぅるん。

基本終始閑散として、乾燥して、かさついているような一冊のなかで、唯一の瑞々しきこの場面は生々しい。艶めかしい。

 

 

 

 

エーデルワイス:主人公の小説を全身のポケットに入れて身にまとう男が現れた

一番難解だと思った。

この男の正体は一体何だったのか。そもそも実在したのか。それとも主人公の幻か。

そしてこの男の存在と最後の恋人からの祝電の結びつきを見出すのも、不透明で繋がりそうで繋がらない。

「保管されている場所によって、同じ本でもただずまいが違ってくるのです。その場の空気、雑音、光、匂いを吸い込んで本は独自の発酵をするんです。だからこうしで何度でも、あなたの本を借りるんです」p.116

ただ男の言っていることは少し分かる。

だからといって同じ本を2冊3冊比較して味わうことはしないけれども。

 

 

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涙腺水晶結石症:飼い犬のアポロが突如体調を崩し、大雨の中息子とアポロを連れ隣町の動物病院を目指す主人公だったが・・・。

「るいせんすいしょうけっせきしょう」。なかなか口にしやすい言葉だなと思う。リズムがいい。

ネタバレをすると、この病気はカルシウムの摂りすぎや炎症によって涙の性質が変化し無機質が固まった結果涙腺の半透明の水晶が出来る。結果細菌の感染で発熱し、全身に症状が現れる病気である。p.149

涙が固まって結晶化し、そこから徐々に体調を崩していく病気。

それはまるで人間にも発症しうるような病気だと思った。

 

僕は昔から泣き虫だ。

幼少期転べば泣いたし、出来ないことがあれば悔しくて泣いた。

友達と喧嘩して泣いたし、親から怒られて泣いた。

メガネをかけたのは小学3年生の時だった。

視界の明晰度がぐっと上がった分、現実に泣く要因を無理やりにでも見出し、一人で泣くことを覚えた。

布団のなかで泣いた。帰り道、歩きながらもしくは自転車に乗りながら泣いた。

今では、誰かのちょっとした言葉ですぐに涙を流し、己の境遇・未来への不安を部屋いっぱいに充満させて泣く。泣いてしまう。

ある時は大々的に。ある時は静かに。

だから、多分僕の涙腺にも石が積もってしまったのだろう。

そしてその石が積もりに積もった結果が、

今の体調不良につながっているのだ。

 

医者「君は以下の薬をしっかり毎日読むように。鬱を根本的に良くする薬、気分を安定させる薬、頭の中が明瞭になる薬、排卵を抑えて卵巣に腫瘍が出来るのを避ける薬、皮膚に出来た無数のカサブタの痒みを抑える薬」

ワタクシ「ありがとうございます。先生。ワタクシはそれらを飲むことによって毎日「健康」を維持できております」

 

 

 

 

時計工場:旅行記を頼まれ行った南の島で出会ったのは、果物をいっぱいに背負った首に痣のある老人であった。

また今晩も、遠い森のどこかで、病んだ鳥が一羽枝から落ちる。p.182

どこにも行き場がないという哀しみ。を、「時計工場」という心象風景に合わせて書かれた一編である。

のでけれども、どうもその「哀しみ」と「時計工場」の関連性が僕には見いだせなかった。

哀しみの底に墜落した時、絶望した時、打ちひしがれた時、

その瞬間から己の時間が狂い、「時計工場」で作られる「時計」はうまく作動しない。

ということなのだろうか?

じゃあ僕は違う。

多分、哀しみや絶望の底に墜落した時、僕は狂った時計を無理矢理にでも進めようとはしない。

 止める方向で検討する。

それは例えば一日ずっとベッドの上にいること。

それは例えば日夜逆転生活を日々日々積み重ねていくこと。

それは例えば目をつぶって耳を塞いで「んんーーっ!!!」と叫んでみること。

それは例えば

 

医者「だから君は言うんだね。すぐに。「死にたい」と」。碌な自殺願望もないくせに」

ワタクシ「ええ、先生。だから私は生きるために「死にたい」を抱えているのかもしれませんね」

白い皿の上に乗った、病んだ鳥の死体。右にフォーク左にナイフ、テーブルクロス。

昨日の夕飯の情景をそこはかとなく浮かべながら、答えた。

ワタクシ「ああ、死にたい」

 

 

 

 

蘇生:背中にたまった水を取り除く手術をした後、私は声が出なくなっていた。

「アナスタシアとはどんな意味か、ご存じ?」

(中略)

「蘇生よ。蘇ること。私にこれ以上ふさわしい名前があるかしら」p.197

この二行で、本作が「蘇生」の物語と知る。

じゃあ、主人公は何から蘇生したのか。

弟の死の悲しみか。

入院し完治に何年もかかった怪我からか。

それとも恋人との別れから発生する絶望からか。

総じて正解だと思うのだけれども、じゃあ主人公は蘇生をしたからといって、ぴかぴか光って新しい恋人見つけて毎日幸せに暮らしましたという訳でもないようである。

蘇生というのは案外目に見えず、地味なものなのかもしれない。

そして僕達はそういった小さい蘇生を繰り返しながら生きているのかもしれない。

細胞が分裂して増殖して人間が維持されるように。

哀しみ絶望から何度でも僕達は蘇生して生きていく。

 

 

 

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以上である。

キリコさんの作品ということで期待したが、

どうも全般的に見ると正直言うと地味。

他の小川洋子作品と比べても、エンタメ性は非常に低いと思う。その分内面性は高いと思う。だからこの小説が一番好き、という人もいっぱいいるんだろうなと思う。

いやでももっと他に名作あるでしょ。

子羊たちの朗読会、あれやっぱ最高でしょ。最後にどっちにしろ「死」という結末が待っている中でのあの細々としたキラキラとした糸のような御伽噺最高でしょ。

と、その人とチョコレートパフェでも食べながら僕は議論を交わしたい。

 

 

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錠剤

 

静岡市■■区■■精神病連病室。

ワタクシ「で、先生、本題です。結局ワタクシは何故この本が好きではないのでしょうか?」

医者「分かりましたよ」

私「本当ですか?」

医者「ええ、それはきっとあなたが自意識過剰だからです。常にあなたがあなたの内面を向いているから、他人の内面を前面に押し出した作品はいまいち好きになれないんじゃないですか」

206号室。

私「・・・・世間というのは、君じゃないか」

医者「・・・何ですかその言葉は。」

ワタクシ「あら、先生、知らないんですか。太宰治の「人間失格」の言葉です。あれこそ人間の内面ぞろぞろ書いておりましたけれどワタクシ、楽しく読めましたのよ」

医者「ではそこには原因はないと」

真夜中。2時前。

ワタクシ「そうです・・・ふふ・・・ふふ、アハ、アハハハハハハ!!!!!」

医者「どうしま」

ノートパソコンの前。

ワタクシ「医者というのは、私じゃないか」

 

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大きな桃を飲み込む。

窒息。

 

おやすみ。

 

 

 

***

 

LINKS

 

これは僕が本作を知った雑誌。長濱ねると小川洋子の組み合わせは違うだろ~と思った。違うだろ~。三浦しおんとかでは。

tunabook03.hatenablog.com

 

 文中でも鳥下駄小川洋子先生の他の作品。どちらも結構面白かった。夜明けの方はもうろくに覚えてないですが。

 

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2年たっても忘れられない一言というのは真の名言。 

 

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