怖いだけが、怪談じゃないんだよ。
原作:宮部みゆき 作画:皇なつき『お江戸ふしぎ噺 あやし』(角川書店 2012年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
江戸の町民ったちに降りかかる、恐ろしくて不可思議な出来事・・・器量良しのお千代に、奉公口を撮られねたおえん。神社で引いた「大凶」のおみくじを、梅の枝に結びながらその強運をお千代におっつけるように願うと・・・
第一噺「梅の雨降る」ほか、「時雨鬼」「灰神楽」「女の首」「蜆塚」の計5編の怪異譚を収録。
裏表紙より
【読むべき人】
・江戸時代の怪談が好きな人
・質の高い漫画を1冊であっさり読みたい人
(小説の漫画化ですが、漫画だけで十分楽しめます)
・「当て屋の椿」が好きな人
(絵柄も時代も似ているため、多分好きな人は好きなんだと思う。椿あんま読んだことないけど)
【感想】
時代小説は苦手だ。
ひとつひとつの用語を紐解かなければならないから。
たとえば「奉公」一言で言ったって、それがどのようにして申し出があるのか、行く先の館の規模は、またそれが奉公しにいく本人にとって良いことなのか悪いことなのか、読むのに妨げになるほど分からないことが多い。
今まで大河ドラマはじめ時代劇の作品にあまり関心をもてなかったから。
中高一貫校で世界史選択してしまったから。高校受験で日本史を勉強する機会はなくそこを誤魔化したまま大人になったから。
主にここらへんが理由だと思うのだけれど・・・。
とにかく時代小説はつまづくところが多くて、あまり読まないのである。
じゃあ漫画ならどうだろう。
漫画だったら、
「奉公」一言で言ったって、それがどのように申しだされるのか、行く先はいったいどのような場所であるのか、奉公する本人のモチベーションはどうなのか、ありありと分かる。絵の力は凄い。
今回非常に面白く読ませていただいた。
そもそもこの作品を知ったのは、貸本屋だった。
「怖い漫画ないですか?」
と聞いたとき店主のおばあちゃんがぞろぞろ出してきてくれた中にあった一冊である。
「小説原作だけどね、おもしろいよ」
「はえー」
宮部みゆきは知っている。ミステリーやら江戸の小説やら書いている大御所だ。漫画家の皇さんは知らないが、でもこの女の子の立ち絵のイラスト一つで、どうやら凄い画力の作者であることはなんとなく分かる。
読んで返すだけなのだ。
即決だった。
そしてたいてい脳死の時にする選択は、
間違っていない。
良作であった。
前述したように江戸のイメージで戸惑うことなく話の本筋を堪能できたのにくわえて、
さすがは宮部みゆき、その一編一編のストーリーの質の良さたるや。
そこに皇さんの画力が加わるのである。
まさしく帯にもあるように「珠玉の怪異絵巻」なのである。
以下簡単に各話の感想を書いていく。ネタバレる。
一番好きなのは裏表紙に書かれている「梅の雨降る」
でも「時雨鬼」「蜆塚」も捨てがたいなあ・・・。
梅の雨降る
「あたしはみんなに合わせる顔がないんだもの あたしの気が済むまでこうしておいて お願いだから」p.25
※あらすじは上述した【あらすじ】に記載
おえんという、奉公を断られた少女が主人公の物語。
このおえんというキャラクターが非常に良い。顔は良いとは言い切れないものの、活発でエネルギッシュで、一度決めたことは絶対に貫き通す。厚い唇が彼女の意志の強さを表す。
そんな彼女が奉公先を、顔面で決められた時どういった気持ちだったろう。どんなに悔しかったろう。ありあまるエネルギーと意志の強さに身も引き裂かれそうになった日は一日だけでは済まないはずである。
いくら軽率とはいえど、そんな彼女のかけた呪いが、かなわないはずがない。
しかし人を呪わば穴二つ。
その後の彼女はひとり、どんなにか苦しかったことだろう。
いくら辛いとはいえど、あの時はああするしかなかったのである。
後悔もできない。醜悪な自分を、家族にも誰にも恥ずかしくて見せられない。
ひとりでどんなに苦しんだことだろう・・・。
だからこそ、最期の梅の花香る美しさがより映える。
布をとった彼女の顔の美しさは、漫画越しでもはっと息を飲むほどであった。
原作は小説ではあるが、漫画という媒体だからこそ映えるストーリーでもあると思う。この1編が収録されているというだけでも、この一冊は読む価値あり。
時雨鬼:奉公から逃げ出した主人公は、主人に話を聞いてもらおうと駆けて向かうが、そこにはお内儀を名乗る艶めかしい女が一人いた。
「人間の中にはね自分の欲のためなら親切そうな顔をして平気で他人を騙したり殺したりできるような連中がいるんだよ そういう奴らは人間の顔の下に鬼の本性を隠してるんだ」p.73
小説の方が映える題材ではあるが、最後の主人公の表情で全て採算がとれる作品。
あとこの作品は怪しい女・お内儀さんを堪能する作品でもあるんでしょうね。
立ち姿はなまめかしいが、いまいち何を考えているかが分からない。表情がくるくると変わる。悪い奴ではなさそうだ。だが良い奴でもなさそうだ。そしてその女の口にする言葉は主人公そして読者の心をどうしても、惹く。時雨のなか、タバコをくゆらせる女のどこか色っぽさよ・・・。
1編で終わらすにはもったいないくらいの存在感あるキャラクター。
多分小説だと全然印象違うんじゃないかな。
このお内儀さんの話の道徳と、それでも男を愛することをやめられない主人公の恋する気持ちに重点が置かれた話なのではないか。
要するに、小説では人間の内面に肉薄した作品なのではないか。
漫画だとお内儀さんの「キャラクター漫画」的側面が強いのですが。
灰神楽:「身持ちが固い」と評判のいい奉公の娘が、刀傷沙汰を起こしたというが・・・。
「お前は人を殺したことがあるな」p.92
正直インパクトに若干欠けるかな・・・と思った作品。
なんで漫画化にこれを選んだんだ・・・。火鉢にそびえたつ女の幽霊を描きたかったからなんでしょうけど、それでも終わり方が一件落着!感半端なくて、あっさり薄味といった印象。
主人公が所謂町の事件を解決するような立場「親分」という人で、風格のあるマフラー巻いたおじさんなんですよね。本書まるまるこの親分主人公の連作短編集だったら印象は違ったかもしれないけど・・・。
うーん。
やっぱ作品のチョイスがちょっとなあ・・・と思う。原作小説の「あやし」はどうやら9編の短編集らしいんですよね。他にもっといい題材となりうる話あったのでは・・・。
女の首:口が聞くことができない少年・太郎は、袋屋の「葵屋」に奉公に行くことになるが、そこで恐ろしい形相をした女の首を見てしまう。
「そうだ おっかさんが好きだったかぼちゃの色だ」p.125
少年が主人公のちょっとグロテスクな冒険譚といったところか。冒険してないけど。
まずこの少年・太郎が可愛いんですよね。口がきけないながらも、指先が器用。そして優しさも勇気もある。そら境遇こそ恵まれはしなかったけれど、幸せな生き方をするにふさわしい少年。
加えてこの作品に出てくるかぼちゃの神様が、もっと可愛いんですよね。小さくてあわあわしててかわいい。太郎よりかわいい。こういう存在が目に見えないだけで僕の近くにもいるのかなあ・・・いてくれいてくれ。
逆に、この話のある意味「主人公」である女の首がまあ恐ろしいこと恐ろしいこと。もう形相が半端ない。全然可愛くない。
そしてこの女の言葉だけ、あえて墨で書いたような書体にしているのですが、それが更にまがまがしさを増しているという・・・。本書の中で一番恐ろしい怪異。
あと葵屋を恨むきっかけも、ストーカーと同じ心理なところも地味に嫌ですね。死んで首になってまで恨んでくるとか、どんだけ性質悪いストーカーだよ。
蜆塚:世の中には不老不死の存在が一定数いるという
「や お前さん・・・いや 何でもねえ」p.168
漫画映えしますね。特に「影がなくなる」シーンはゾッとしました。見せ方が上手い。
そして不老不死・六郎の何考えているのか分からない、一見人のよさそうな細目の顔も作品の不気味さをより一層際立たせる。大抵こういう不可思議な存在って妙齢の色っぽい女性が多いと思うんですけど、そこにパッとしない感じの男を持ってくるのも良いですね。あと細目は某三番隊隊長よろしく、何考えているか分からない。何考えてるんだよ・・・何考えてるんだよ!!!
不老不死・・・憧れるけど、やっぱりこういう存在って実在してたりすんのかな。と思わせる余韻も見事。
確か似た題材で、高橋留美子さんの作品もありましたよね?あちらはラブロマンス的な感じだったと思うのですが・・・どうだったか。
蜆(しじみ)・・・しばらく食べてない。インスタント味噌汁でもいいから食べたいなあ。
以上である。
5編とも結構楽しめた。
「梅の雨降る」の胸がきゅっ、となる結末は素晴らしかったし、
「時雨鬼」の最後の主人公の表情には心を射抜かれた。
「女の首」では勇気を出すショタ少年太郎とかぼちゃの神様が可愛かったし、
「蜆塚」のまさかで終わる結末には息をのむ。
強いて言うなら「灰神楽」だけちょっと薄味で残念、といったところか。
ちなみにこの皇なつき先生、絵がめっちゃうまいなーと思ってたのですが、
「蜜蜂と遠雷」の漫画化も担当されてるんですね。
読みたい読みたい思いながら読めてないんですよねー・・・原作。
見たい見たいと思いながら見れてないんですよねー・・・映画。
いっそのこと漫画から入るのもありかしら。
あとこの原作となった「あやし」という小説自体も9編の短編集とのこと。
9編!!!!!!!!!
9編!!!!!!!!!
贅沢!!!!!!!!!
ちょっとこりゃまた積ん読少し解消したら読もうかしら。