小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

二階堂奥歯『八本脚の蝶』-さようならさようならさようなら。奥歯ちゃん。-

 

 

二〇二〇年 九月二十日

 

愛する

奥歯ちゃんへ

 

元気にしてますか。

もうすぐ貴女が死んで、17年半年がたとうとしていますが、あの世はどうですか。起きていますか。それとも眠っていますか。

いいんです、起きていても眠っていても。大した問題じゃない。でも起きていれば少しでも幸福な気持ちであればと願うし、眠っているのであればその深い眠りがより深くより安らかのものであることを祈ります。

昨日、あなたが死ぬ前の約二年間に及ぶブログを書籍化したものを読みました。ページ数にして500を超え、時には非常に難解な部分もあったけれど、読み終えた今、とても寂しくて寂しくてなりません。あなたがもうお星さまになって遠く離れていることを嫌でも思い知らされて、私はとても寂しいです。読んでいる間は、近くにいたような錯乱をしていたので。読み終えたのと同時に目が醒めてしまいました。

 

初め、私はあなたという存在に凄い衝撃を受けました。

編集者という多忙な職業の傍ら、ヴィヴィアン・ウェストウッド、ヴィヴィアン・タムなどその他諸々ファッションのことに精通し、アユーラ、キオラ、クリニークコムサイズム等次々と現れる化粧品ブランドの名前群。

かと思えば、冒頭からマニアックな画集の話から始まり、スーパードルフィー、球体間接人形、ベッドにそっといるのはクトゥルーのぬいぐるみ「クトゥルーちゃん」達、ラブドール、アニメ、聖書、アノマロカリス、ボスの絵画、そして膨大な数の読書量・・・。

こんなに女の子を突き詰めて生きることと、趣味を深淵まで掘り続けることが両立できることに衝撃を受けたのです。

そして、アイドル・漫画、美術、歴史、絵画、プリキュア、人形、真夜中にごく少数の方に見てもらうために日々膨大な文字数の記事を上げるブログ・・・(一部趣味被ってるかもしれませんね)、決して公然に言いふらすことができないような趣味を私は多々持っています。

それらを持っている限り、ファッション面はどこかを諦めなくてはならないと勝手に自分に枷をつけていました。

違うのですね。

それらと、ファッションが好きなことは両立されうることなのですね。

私はあなたのブログを読んで、アイシャドウを2色3色4色買い足しリップも2色買い足し、なくすと嫌な思いをするからと避けていたイヤリングもつけるようになり、人生で初めて髪の毛を染めました。意外と綺麗に染まって、違和感はありますが気に入っています。

あなたように、私も今をエネルギッシュに生きなくてはならない。

私は自由。

好きだと思ったワンピースを着ていいし、アイシャドウもリップも何色だって持っていていい。私の中においては私は素敵で無敵であるべきだということ。それが「私を大切にする」という行為であること。

そのことを忘れておりました。

一方で、あなたと同様物欲の乙女になってしまったので、カードの引き落としの日が非常に怖いのですが。

 

けれど初期から死の匂いは常に漂っていましたね。

ふとした時に書かれる死に、私は胸がきゅっとなりました。

そして終盤にいくにつれて増えてくる聖書の引用と児童書の引用、頭を巡らせ次々と浮かぶ自殺作法と、あなたへの切なる想いが綴られた雪雪さんの手紙によって、渦を巻いて渦を巻いて渦を巻いて生きることに希望を見出そうとしたその最高潮で、最後はあっさりと『完全自殺マニュアル』で死ぬのは、ラヴェルの『ラ・ヴァルス』のようだと思いました。

ラヴェル『ラ・ヴァルス』。オーケストラの為に作られたワルツで、最後にフォルテッシモのピークを迎えた末に、あっけなく終わるのです。

知っていますか?ラヴェル

音楽については奥歯ちゃんは疎そうだけれども、この作曲家の作品は絶対好きだと思います。知っていたらごめんなさい。別にマウントしようと思ったつもりはないんです。

 

あと、読んだ後呆けて何も手につかなくなりました。それは傑作と言われる映画を見た後のような。

空いた穴を埋めるように、奥歯ちゃんのブログを読んだ感想を検索してみると、以下のような言葉が散見されました。

「物語になるために生まれてきた人」

私は憤怒しました。

違います。決して違う。

本来ならば八本脚の蝶は500ページでは飽き足らず1冊2冊3冊と刊行され続け、10巻で完結。そしてその新装版として河出書房新社から2020年2月10日に刊行開始されるべきだったのです。

そしてその1巻目として私の手に届くべきだったのです。

物語になるために生まれてくる人なんて決していません。

今回物語になり、死から17年半たって美しい装丁の文庫本にされたのはあくまて結果論であって、目的論ではない。文庫本になるために生まれてきたわけではない。

それは二階堂奥歯という個人をどこかで軽んじて見ているような、

「2003年の東京で自殺した若い女の子」というラヴェルを貼って満足しているような、男性の独りよがりの視線を私は感じました。

「Okuba Nikaido (25)」と彫られた石板の付いた透明の筒の中はホルマリンでいっぱいになっていて、そのなかに全裸の奥歯ちゃんが目を閉じて髪をたゆたわせています。

その奥歯ちゃんを下から上まで舐めるように見て「最高傑作だ」と笑みを浮かべる、中年太りした2020年の科学者達の下衆さ。その中の一人は、白い太ももをじっと見それに沿って筒をゆっくりと指でなぞり、うっとりと瞳を閉じ眠り続けるあなたの睫毛のシルエットを眺めています。そして気高き奥歯ちゃんを脳内で、強姦するのです。

モニターで四六時中中継されていて、ホルマリン漬けの奥歯ちゃんは24時間いかように好きな時に見られるようになっています。2020年ではそういうのを「リモート」といいます。そして、何万人何十万人何百万人もの日本人男性が寂しくなった真夜中に、インターネットを繋いで暗い部屋でスマートフォン越しにあなたを見て「美しい」と思うのです。やはり、その右手は下半身に伸びています。

そんな絵を私は想像してしまいました。想像過剰でしょうか。

奥歯ちゃんはフェミニストでもあって、男性から見られる女性についての考察が何回も何回も出てきましたね。

残念ながら貴女が死んで17年たった今でもあなたは男性に、見られています。

飛び降りた代償に手に入れた永遠の25歳という性質が、有無を言わさずそうさせるのだと思います。悲しいことです。

できれば「女性専用車両」があるように、「女性専用書籍」としたいくらいなのです。ほむほむ・・・穂村弘の眼球にもこの文章を映したくないのです。随筆を2冊読んでおりますが、あいつは結論年中色恋沙汰を考えているむっつりすけべなのです。あんなむっつりすけべが奥歯ちゃんの日記を読んで解説まで書いているなんてもう犯罪です。

 

奥歯ちゃん、改めて言いますが、私はとても今寂しいのです。

奥歯ちゃんが死んでちょうど17年半がたつ2020年9月26日に、私は27歳になります。

奥歯ちゃんは活字の中で永遠に25歳として生きるけれど、私は現実の中で27歳28歳とどんどん年を取っていくのです。

多分今日以上に、奥歯ちゃんとの距離が近い日はないのです。

二〇〇三年と二〇二〇年、17年の差がもう開いているというのに、年齢という壁によってますます奥歯ちゃんが遠くになっていくであろう未来が寂しくてならない。

奥歯ちゃんが、生きていたら。奥歯ちゃんの二六歳二七歳三〇歳四〇歳を感じることが出来ていたら、私はこんなに孤独感にさいなむこともなかったのに。

結局私は自分勝手なな人間なので、私本位で「生きていてほしかった」と言っているわけですが、それでも、せめて年齢は遠くても同じ時代を生きていたかったです。

スーパードルフィーは今や凄い進化を遂げ、メイクは生で見るとため息ものです。写真を撮って愛でることがスタンダードとなっていて、毎日挙げられるツイッターの写真で僕は毎日その美しさにため息をついています。

ツイッターというのは、普通の人が140字以内で、インターネットに心境を気軽に公表できるツールです。個人サイトより今はツイッターの個人垢の方がスタンダードになっているのです。ツイッターでは奥歯ちゃんのような繊細な言葉遣いをする人がたくさん出てきていて、病んでいることがマジョリティーであったりします。でも誰のどの言葉も、奥歯ちゃんの言葉の鋭さにはかないません。

欅坂46というアイドルが出てきました。既存のアイドルとは違って笑わないことを一時期ウリにしておりました。奥歯ちゃんは絶対好きだと思うのですが、どうですか。あの世でもYouTubeはあってMVは見られますか。「黒い羊」が17年前にリリースされていたら奥歯ちゃんの救いになりましたか、それでもなりえませんでしたか。

たくさんの本が刊行されております。出版不況とはいえど、小説評論童話随筆エッセイ雑誌漫画画集写真集同人誌諸々、人間が生き続ける限り、書籍は無限に増え続けるのです。繰り返し出てきた「氷と海のガリオン」の作者も新しく小説を書いています。奥歯ちゃんは何読みたいですか。私は同じく河出書房新社から出ている世界各国の怪談集が気になっています。

音楽の話もさせて下さい。2003年といえば鬼束ちひろという人を知っていますか。そう、病んでいる歌を延々歌っているあの黒髪の美人の女の子です。あの子は一時期すごい病んでKISSみたいなメイクをしていた時期もありましたが、2020年も美しいを更新し続けています。今年に入って「書きかけの手紙」という曲を上辞したのですが、僕は辛くて辛くてたまらなくなった時その曲を聞くと涙が出ます。声に個性があるのですが、奥歯ちゃんは好きですか。

ねえ、奥歯ちゃん、2020年は思ったより悪くないです。東京オリンピックも延期されコロナがはやり俳優が自殺しエンタメも衰退しているけれど、1億2千万人でそのゆるやかなる衰退を楽しんでいるような空気すら感じられます。病んでいて当たり前。まだ病んでいないのですか?それは異常です。そういう時代なのです。

ねえ、奥歯ちゃん・・・奥歯ちゃん。奥歯ちゃん奥歯ちゃん奥歯ちゃん奥歯ちゃん奥歯ちゃん!!!!

私はあなたと同じ時を生きていたかった。せめて。

あなたが死んだ日9歳だった僕はもうすぐ27歳になろうとしています。

21世紀は「初期」から「中期」へ限りなく緩やかに姿を変態しつつあります。

どうして・・・どうして。

完全自殺マニュアルが不完全であれば良かったのに。

 

奥歯ちゃん。

私はあなたのことがとても好きだけれど、

でも永遠の26歳になろうとは思いません。

なりたいと思うか云々の前にその勇気がありません。致死量に至るビルの高さが思ったより低かったからと言って、それが3メートルでも1メートルでも50センチでも私は戦慄してそこから動けなくなるでしょう。

生きている人の大半はそうで、死ぬ勇気のない意気地なしであることを必死で隠しているからこそ「死ぬ勇気があれば・・・」という言葉が出来たのだと思います。自分の不甲斐なさを誤魔化すためです。

 

でもかつてのあなたのように生きたい。

幾つになっても、好きなものは好きと断言する気力を持ち、コスメを買い服を買い身に着ける一方でアニメを見てドールを見て本読んで漫画読んでブログを書いて小説を書いてその他たくさん諸々書いて、それらを達成するために日々ギリギリを責めながらも労働にいそしんで、エネルギッシュに乙女でい続けていたい。

日々のことを無造作に書くブログを始めました。

自分が何を好きか忘れないためです。

奥歯ちゃん、私はツイッターは6つのアカウントを持っているのですが、日々のことを書くブログは初めてです。

アドレスは以下です。

 

https://tunatunaricehanemurenai.hatenablog.com/

 

あの世が天国で幸せで幸せで暇だったら読んでくださいね。

あの世が地獄でさらに苦しくて苦しかったら読んで、更に苦しんでくださいね。

今もビルの屋上に立ち続けているのなら、このアドレスの電波を受信してください。

発信します。びびびびび。

 

あと、これはさっきも書きましたが、

物を買うとき我慢しないようにしました。

いや、一定レベルはちゃんと我慢しますが、

想像して金を払う時罪悪感がわかないだろうという物に関しては、

金を使うことにしました。

これはのちに浪費癖にもなりうる危険な行為ですが、でもそうでもしないと私は日々に埋もれてただのアラサーになってしまう。乙女でい続けることを見失ってしまう。

奥歯ちゃんのように堂々と「物欲の乙女」名乗って、

今年は何とか・・・乗り切ろうと思います。

 

奥歯ちゃん、書いてくれてありがとう。

あなたの遺した文字は一文字一文字愛おしい。

だからこそその分寂しさが募る。

せめて夢の中で、夢の中で、深夜一時に花火が出来たらいいな。

 

奥歯ちゃん、ありがとう。ずっと、ずっと大好きです。

 

生存の端女 まぐろどん より

 

***

 

二階堂奥歯『八本脚の蝶』(河出書房新社2020年)の話をさせて下さい。

 

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よく見ると、ドールやコスメ、書籍等奥歯ちゃんが好きなモノで出来てる表紙。

 

【概要】

二十五歳の若さで自らこの世を去った女性編集者・二階堂奥歯

亡くなる直前までアッ枯れた二年間の日記と、作家や恋人など生前近しかった十三人の文章を収録。

裏表紙より一部抜粋

 

【読むべき人】

・にほんのしにたいおんなのこ

 

【感想】

「奇書が読みたいアライさん」のツイッターで知って、いつか読んでみたいいつか読んでみたいとおもっていた本書が文庫本で出ると聞き、買った。

厚さがあったので結構な間積ん読していたが、一刻も早く読むべきであった。

消費期限はないが、賞味期限は多分ある書籍だった。

 

最高の、一冊だった。

心療内科の冷房の下でこれを読んだ時、

心療内科の現実と書籍で繰り広げられるトルコの旅行記のギャップで頭くらくらしそうになった。

たくさんの読みたい小説が出来た。

たくさんの読みたい漫画が出来た。

 

夏の読書はこの一冊で終わった。

 

***

 

二〇〇一年 一〇月七日(日)

夜中の一時にパジャマの上にダウンジャケット着て公園で花火。

 

p.59

 

***

LINKS

むっつりすけべのエッセイ本と、本書を紹介した雑誌。

ただ僕はこの本書を、ツイッターの「奇書が読みたいアライさん」で知りました。アライさんまじ有能。

tunabook03.hatenablog.com

 

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