夜は更ける。
穂村弘『世界音痴』(小学館 2002年)の話をさせて下さい。
再読だ。
好きな本の話をさせてくれ。
【概要】
末期的都市に生きる歌人、穂村弘(39歳・独身・総務課長代理)。
寿司やで注文無視されて、夜中に菓子パンむさぼり食い、
青汁ビタミン服用しつつ、
ネットで昔の恋人捜す。
唖然茫然、爆笑そして落涙の告白的エッセイ。
帯より
【読むべき人】
・自分が「世界音痴」だと感じる人
【感想】
本書と出会ったのは、熱海のカフェの本棚だった。
「古民家カフェ」という所謂お洒落な場所では古本が陳列されていて、
その隅にあった。
ほむら・・・ひろし。
ほむほむ(魔法少女ではない方)(おっさん)。
歌人。だったと思う。
聞いたことあるぞと思った僕は君を手に取る。
ここで読む1冊はこの本にしよう。
開けば古書特有の甘い大衆が僕の鼻を突いて、
一章、読み始めた時に、
「ああ、運命の相手だったんだね。君が」
帰宅後即日古書の通販サイトで、
穂村弘『世界音痴』198円
注文した。
数日後僕のもとに届いて、古民家で読みきれなかった部分を全て読み切った。
なめらかでしなやかで独創的で、機知に富んでいてユーモアがあった。こんなサラリーマンが世紀末に生きていた事実に胸を打たれた。
容姿も素敵だ。古書ならではの色あせた感じが、回転寿司の摩訶不思議な写真と相まって、とてもチャーミングである。多分新品の頃より今の方が可愛い。
この本と出合って、僕は少し変わった。
短歌の面白さを知って時々詠むようになったし(それこそ「短歌音痴」であったとしても)、
文章を書くことがますます面白くなったし(ブログを続けることが出来ていて最近2つ目のブログを作った)、
何より
自分の世界観に、強い肯定感を抱くことが出来た。
信号機は町中に佇むミラーボールだし、
横断歩道は「渡る」「渡らない」縮小された人生の運命の分かれ道、
ビルの群れ群れは人間専用の「人間ケース」であって、
街中でふと見た横顔がカッコいい人は多分落ち込んでいる僕を一瞬満足させるために神様が仕掛けたホログラム、
薄暗くなったほのかに青い空は絵の具を水で伸ばすように延々と続いていて、それは10年前チェーンの古書店に延々自転車を走らせたあの日の夕方に繋がっている。
こういった想像は、誰にも言って引けないものだと勝手に思って胸にしまい込んでいた。
普通の人はこうは思わないだろう。
世間からヘンな人って思われてしまう。
違う。
文章にしてしまえばいい。
小説だろうがブログだろうが詩だろうがエッセイだろうが散文だろうが形態は構わない。
文章にすれば、昇華される。
そして「ヘンな人」である僕は、世間赦される。
書いて書いて書いて深夜、ネットの海に流してしまえ。
それは手紙を入れたボトルを毎朝、本物の海に流す作業と似ている。
再び手に取ったのは、最近僕の心と身体のバランスが変だから。
仕事や何やらですり減りゆく心を、整えるための錠剤を仕事で得た賃金で買う。本末転倒だと思う。
日中「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」と呟くことが増え、生きていていいのかこの先どう生きていくのか生きていけるのかと時節考え、本当にどうしようもない時は一瞬カッターの刃を手首に当てて「ああ死ななくてよかった」と思うことで気持ちを立て直す。
けれど仕事が終わって真夜中、パソコンに向かう僕は無敵だ。
誰にも邪魔されないし誰も邪魔させない。
誰も否定しないし心の内の僕が肯定している。
僕の中の某ペンギン:「仕事した後に好きなことに没頭していてえらーい!」
文章を書くことは好きだ。
考えていることを形に出来るし、嬉しいこと悲しいこと全てを忘れないよう記録できる。そして、文章化することでくっついたり分離したりして展開され続けていく感覚が凄く楽しくて興奮する。
脳内に浮かぶものすべてを具象化するために、右手と左手がキーボードの上を滑らかに縦横無尽に駆け巡る。
僕はある意味僕に従事するアンドロイドだ。
そしてその真夜中をより深めるために長くするために、
本書を再び手に取った。
妄想力想像力仕舞わないで、僕は僕のままでいいんだよ。
異性との付き合いがなくても夢を見ていていいんだよ。
健康に悪い食べ物を延々食べててもいいんだよ。
学生時代のささいなあの一瞬に想いを馳せてもいいんだよ。
休日に一日中寝ててもいいんだよ。
寝ているベッドで小さいことに絶望してもいいんだよ。
錠剤を飲んでもいいんだよ。
人間の輪を強く意識してしまって孤独感拗らせててもいいんだよ。
仕事できなくてもいいんだよ。
処女でもいいんだよ。
その代わり
今を全力で生きて生きて生きて、
思ったこと感じたこと悲喜こもごも過去現在未来静岡東京日本世界お前の世界全て、
文章で叫べよ。
2020年現在ブログ、小説、note、ツイッター、インスタグラム等々、
1999年過去課長代理の穂村さんが生きていた頃と比べて、
ネットの海はさらに広くなり深くなり大きくなった。
あらゆる媒体で出来る限り僕は書き続けようと思う。
仕事が辛くても心がすり減っても朝虚無を感じても、
何かしら書こうと思う。
書く行為自体が僕自身の僕の肯定に繋がり、僕の生命を繋ぐ。
この14万したノートパソコン「レンピカ」(名前)は、
僕の延命装置である。
AEDと同じ赤い色のノートパソコン・・・14万は高いなと思ったが延命装置と思えば結構安い。
以上である。
当時25歳の僕に、
どのようにしてこの現実の荒波を生き抜くのか、
を教えてくれた本書はやはり「運命の相手」だった。
26歳の僕も、その確信は変わらなかった。
そして恐らく36歳の僕が読んでも46歳の僕が読んでも56歳の僕が読んでも106歳の僕が読んでも、その確信は変わらないのだと思う。
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人生における経験値リスト
独り暮らし 〇
結婚 ×
離婚 ×
子どもをもつ ×
親の死 ×
家を買う ×
就職 〇
転職 〇
フリーター 〇
ニート 〇
料理 〇
洗濯 〇
入院 〇
骨折 ×
手術 ×
海外旅行 〇
読書会 〇
H ×
ソープランド ×
女性用風俗 ×
下着を大切にする ×
献血 〇
ピアス×
選挙の投票 〇
ボタン付け 〇
羊のぬいぐるみの角付け 〇
パチンコ ×
一人居酒屋 ×
犬、猫を飼う 〇
インコを飼う 〇
ハムスターを飼う 〇
髪型を変える 〇
お年玉をあげる ×
本命にチョコレートをあげる 〇
ピルを飲む 〇
抗うつ剤を飲む 〇
しゃぶしゃぶ 〇
本書pp.112-115 「人生の経験値」より引用、一部改変
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脚注。
運命の相手:時々現れる、僕自身を変えうるような危うい存在。書籍であることが多い。映画であることもある。ぬいぐるみであることもある。人間であることもある。実は半年に一回くらいの頻度では現れていて、僕自身が常に変化し続けている危うい存在である。
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LINKS
この本から言わずもがな穂村さんは「好きな作家」カテゴリに入り、
それから2冊買っている。
そのうち1冊が『現実入門』。駅前の古本屋で買った。
出会いの場所。