彼女の生命力の爆発を思い描くとき、
瞼の裏で彗星爆発。
輝き煌めき光。
光。
その光は海の水面を反射する、同じ光。
吉本ばなな『TUGUMI つぐみ』(中央公論社 1992年)の話をさせて下さい。
【あらすじ】
病弱で生意気な少女つぐみ。
彼女と育った海辺の小さな町へ帰省した夏、、
まだ淡い夜のはじまりに、
つぐみと私は、
ふるさとの最後のひと夏をともにする少年に出会ったーーー。
少女から音野派と移りゆく季節の、
二度とかえらないきらめきを描く、
切なく透明な物語
裏表紙より
【読むべき人】
・雨とコロナで夏が来なさそうなので、せめて小説で夏を感じたい人
・夏、海、少女。3拍子。好きな人。
【感想】
中学1年くらいから、この本の存在は知っていた。
国語の教科書には必ず「夏の読書」と冠したページがあった。そこには他の文章と比べて小さい文字で書かれた物語と、「夏にお勧めの課題図書リスト」と本の写真が標本のように並ぶページがあった。
標本を見つめる少年のような瞳で、よく眺めていた。
この本は、必ずそこにあった。
つぐみ、をローマ字で書いたタイトル。どんな内容なのだろうと思った。
けれど当時ライトノベルにどっぷり漬かっていた僕が、この表紙の本に購買意欲がそそられるわけでもなく、ただなんとなくは存在を認知していた。
まさか26になって手にすることがあろうとは。
生活が息詰まっていた。精神的に。仕事での人間関係がガタガタでだからといってプライベートに殆ど友達はいない。パートナーもいない。家族の病を背負って立たなくてはいけないという義務感を胸奥に燃やして立ち上がるけれど、非常にアンバランスで、今も息を切らしながら・・・息を切らしながら立っている。
そういった時に、一番効く作家が吉本ばなな先生なのだ。
彼女のスピリチュアルめいた世界感がすっと胸に浸透し、透明。「整う」感覚。
だから、新しい彼女の本が欲しいと思い・・・昔から目にしていたタイトルを手に取った訳だ。
読んでいる時間は整う。
やはり自律神経にはばななが効く。
つぐみという存在が衝撃的だった。
病弱だからこそ瞬間最大風速的に閃く彼女の生命力は、
夏の真昼に爆発する線香花火のようだった。
例えば、「現実の脆そうだよなあ、あいつ」p.57と友達の父親を称する歯に物着せぬ鋭い言葉。
自身が臥せっていても「待ってくれ」p.113と、好きな少年を容赦なくこの場に留める瞬発力。
つぐみは、自分の命を投げ出したのだ。p.190
復讐の炎をめらめらと天高く燃やし、夜な夜な穴を掘り続ける生命力。
そして一度死にかけたことで生まれる孵化・・・・。
躊躇い等一切しない彼女の一挙一動一瞬一秒が、
煌めいていて彼女自身が夏。
「夜、外で飲む飲み物って、なんでこんなにうまいんだろう」p.91
終盤、生き返るつぐみだけれど、この後彼女はどんな変化を遂げてどんな大人になっていくのだろう。
少女と大人の間を駆ける一夏の一瞬のきらめき・・・・。
夜に外で飲む飲み物すら愛おしく思えたあの日。
あのきらきらはもう戻ってこない。
夏。夏を想う。
静謐。
ばなな先生の文章は、とても綺麗な日本語で(ノット美しい日本語)、読んでいるだけですっと背筋が伸びるようなしなやかさがある。
以前はその優しさが彼の人生に様々な足止めを食わせたものだったが、平和になってみ「ると陽を受けて光るあの山々のように、彼は落着いて明るく見えた。ものごとがおさまるべきところでその効力を発揮していることは、こうしてみているととても神聖で良いことに思えた。p.129
人生様々につらいことがあるけれど、それをすべて肯定するようで肯定しない、でも否定もしない。そっと見つめるような静寂。
この数行がこの一冊の中で一番好き。
なんともない景色一つ一つに夏を拾って、神聖なものを扱うように丁寧に輪郭をなぞる。
救いはありふれているよ。
以上である。
つぐみのエネルギーと、いつも通りの優しく静かな文章で彩られる、最高の夏。
そんな一冊だった。
だからといって、僕の職場の人間関係が良好化するわけでもないし、親の病気が良くなるわけでもない。いとこなしの長女である事実は変わらないし、溺れる男もいないし溺らせる男もいないし劇的にある日突然僕が仕事できるようになるわけでもない。年々肩にかかる現実は重みを増し、ここ2か月はずっと肩こりが酷い。
それでも、文字越しに見た夏の太陽の下輝くつぐみの笑顔を思い出し、
「ものごとがおさまるべきところでその効力を発揮していることは、こうしてみているととても神聖で良いことに思えた。」
何がどう収束するのかは分からないが、「おさまるべきところでおさまる」呟けば、
眠れない夜は幕を閉じ僕にも明日がくるのだ。
ばなな先生の作品は精神的にくると必ず買っている。
5冊になってしまった。
どの本もとても透ける。
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LINKS
過去に読んだばなな先生の作品の感想。
一番好きなのはやっぱ一番初めに読んだ「ハゴロモ」。