小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』-馬車の行く先は。-


僕の中の、
「この馬車がスゴい!! 2019」
受賞作。


沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』(太田出版 2007年)の話をさせて下さい。



【あらすじ】
国内有数の資産家であり、貴族院議員であった侯爵二コラ・A・ブラッドハーレーは、
「ブラッドハーレー聖公女歌劇団という劇団を経営していた。
その劇団の構成員は全てブラッドハーレーの養女であり、
全国の孤児院から毎年一人、
馬車に乗ってブラッドハーレー家の養女に貰われゆくのであった。

院内でも容姿が優れた者が選ばれ、
馬車に乗って館に向かうのだが・・・。


wikipediaより一部抜粋


【読むべき人】
・後味悪い話が好きな人
・短編小説が好きな人
・むしゃくしゃする人

【感想】
「胸糞な漫画」「後味が悪い漫画」
同時に「面白い漫画」「おすすめの漫画」
「ただただ女の子が痛めつけられる」「嗜虐的」
こういった名前のスレッドに必ず上がるのが本作である。

気にはなっていたけれど、
手に取るのは躊躇していた。
おもしろいだろうけど、胸糞だし。後味悪いんだし。

しかしこの度訪問したカフェ、
ペーパームーンさんの本棚にあったので、
思い切って手に取って読んでみた次第。

開いて、
連作短編集であることを初めて知った。
以下簡潔に、各話の感想を書いていこうと思う。
ちなみに今回はあらすじではなく各話の台詞等を抜粋。
ネタバレあり。



第一話 見返り峠の小唄坂 LOOKING BACK AT HOME
下手くそな挽き唄を歌って少女達を朗らかに笑わせるのだった
それで人はこの道を連作
「見返り峠の小唄坂」
と呼ぶのである


孤児院に咲く美少女が、
引き取られていく一連の流れを描いた本作。

ブラッドハーレー家がいかに金持ちで豪勢か、
歌劇団がいかに少女達の憧れを集めたか、
そこに貰われていくことへの純粋な憧憬と、

その後に待つ残酷な現実。
歌劇団には入れなかった少女達はどうなるのか。

ここで僕はもう半分絶句。
いやいや・・・そんなことあるのか。
そんなことよく考えつくな。
作者の頭が人間の所業じゃない。

華やかな表舞台と凄惨極まる舞台裏のギャップを見せつけたうえでの、
最後にのどかな見返り峠の情景は、
ヤヴァイ。

非人道ぶりに何度でもよ「見返り」したくなる本作。うまい。

第二話 友達 FRIEND
私が・・・・・・もっときれいだったら・・・
ああ・・・もっと綺麗な魂を・・・持っていたら
そしたらきっと・・・・・・・・・・・・・・入れた・・・・・・・・・


院から連れてこられた少女2人の、
友情の物語。

残虐な目にあいながらも、
「一週間生き延びれば歌劇団に入れる」
信じてけなげに耐える少女の姿がなんとまあ・・・。

当たり前に乳首もげてるんですよ。
全身だらけで歩けないくらいなんですよ。
最後にはとうとう・・・。
そこを包帯巻いてガーゼ貼って、
再び男達のもとへぶち込まれていくんですよ。

生き延びる≒幸せ 
この公式が成り立たない理不尽さよ。

もう一人の親友の子の姿を見せないのも巧いなぁと思った。
多分相手が見えてたら、
どこか僕等は「第三者的目線」客観的にしか見ていなかったように思うんですよ。
冷めた悲劇。
そこを主人公の目線に合わせ、
姿を見せずに台詞だけ書いて、
「当事者目線」主観的に見せることで、
強い悲劇化に成功しているように思いました。
熱い悲劇。

第三話 ある追憶 OLDMAN'S REMEMBERANCE
「ボートビアンカに公人会が建てた療養所があってね
私 今日からそこへ入って治す事になったのよ!」

子供の無力を描いた作品。

特に終盤の、「療養所で治す事になったのよ!」
少女の純粋な想いが悲痛で辛いよね。
そして最後の少年の虚無・・・。

主人公の少女は表紙にも採用されている。
なるほど、足が悪いから松葉杖が置かれてるのか。
確かに、馬車に乗った少女の中で
一番人間性が描かれていて
一番魂が綺麗で、
一番少女性が強い、
気がする。

第四話 家族写真 A FAMILY SHOT
「可哀想に。俺に似ちまって・・・・・・」

祭りに参加する囚人側を描いた話。
囚人の中にも、祭にめちゃくちゃ乗り気であったり、乗り気でなかったり、参加すらしようとしなかったり、
様々な奴がいて面白かった。

けれどまあ今作でも容赦なく悲劇。
だけど祭りに参加する前に、
親の腕の中で死んだ少女はまだ幸せだったのかもしれない。

一方
「自分の子供は幸せにどっかで生きているだろう」
漠然と、しかし大きく寄せ続けた希望がぶちのめされる様を見た父親は・・・。

やりきれない気持ちでいっぱいになった最後の主人公の台詞がいい。
かつての、自分の家族写真を眺めて泣くのだ。

「可哀想に。俺に似ちまって・・・」



第五話 絆 THE BOND OF・・・
・・・・・・・・・・・・・・・同じ帽子だ。

養女になるために、
少女が少女を裏切る本作。
「THE BOND OF」,
OFの後ろには何がつくのか。

このルビーという少女がまぁなんとも気が強く意地悪で、
養女が決まった少女を、
体調不良だけでなくきちんとまで追い込む、
その残酷さといったらなんとまあ。

それらを平然と鼻で笑い飛ばし、
髪を靡かせ馬車に乗る。
その先に待っている悲劇も知らずに。

まあ彼女には養女にならなければならない絶対的理由があるのだけれど。

このルビーという少女が、僕はこの一冊の中で一番好き。
自分の目的実現のためなら何だってやる。
その強さよ。
ずっと親友だった少女を裏切ってでも。
その残酷よ。

なんかこういう強さ、というか、
決めたことはすぐその場でやり遂げるような、
僕にもほちいなぁと思いました、まる。

あと、途中まで「勧善懲悪だ〜ざまあみろ〜」と思わせておいて、
ルビーにもルビーの殺人に至った理由を見せることで、
胸糞さを改めてふつふつと煮立たせる話の作りもうまいなぁ、と思いました。

第六話 澱覆う銀

「はは・・・・・・自分でも驚いてますよ」

少女を見張る男達の話。
ただ、その一人が、
自殺繰り返す少女に情が湧いてしまい・・・?といった話。
まぁ結末は毎度胸糞なんですけど。

一番場面が美しい話。
冬の話で、
最後雪原の美しさに命散るんですよ。
白とと虚無のそのコントラストが、
ページの白黒インク越しに効いてきていて、
短編映画みたい。

この第六話や、第四話等
必ずしも祭りに積極的ではない周囲の人物達の話を描くことで、
綺麗にラストまで結び付いているんだろうなぁ・・・。

第七話 鳥は消えた LOST WAGTAIL
「鳥か・・・・・・そういえばマギーも・・・」


歌劇団で活躍する元少女の話。
同じ孤児院から連れてこられた少女の行方が分からない。
その少女の行方を探ろうとするが・・・。

男役がでてくる。
少女からだいぶ成長していて、
だいぶ大人びていて、
だいぶ格好いい。素敵。すこ。
そしてだいぶ優しい。

タイトルに「鳥は消えた」とあるけれど、
それはマギーのことをいうのだろうか。
それとも・・・。

なんとも、
主人公にマギーの話を持ち掛けた、
純粋無垢の悪気一切無しの少女が、
ちゃらんぽらんにその後も幸せに生きていくことに違和感がする一遍。
世の中まぁそんなもんなんだけどさ。

主人公の正面向いた決意に満ちた顔と、
馬車が向かっていく後ろ姿、

このシーンは一番今作で印象に残ったかなぁ。

第八話 馬車と飛行船 LED ZEPPELIN
・・・・・・お養父様の部屋の天井を見るのが好きだった・・・・・・・・

冒頭に出てきた少女がなんとまさかの再登場。
しかも馬車に乗っているが・・・・。

今まで語られることがほぼなかった、
ブラッドハーレー公爵の人間性を垣間見せる最後の一遍。

しかもここにきて、
再登場した少女曰く、

歌劇団に入ったら何がしたいって皆そればかりなんですよ
毎日毎日ウキウキしながら本当にそればかり話すんですよ
親のいない私達がですよ?

それはこの上なく貴くて(とうとくて)
掛け値なしに素晴らしい事ですよね」

今まで少女達を残虐に合わせてきたブラッドハーレー家の所業を
うららかに軽やかに純粋に綺麗に肯定する。
少女達の夢、歌劇団

ブラッドハーレーの表を最後の最後にきらびやかに見せた後で、
裏でしっぽりと終わっていく。

最後に山々を眺めて少女は何を思ったのだろう。

虚無?
いや、それとも夢から醒めた現実?
自由?将来?

少女はかなり成長していたようだけれど、
本当は薄々ブラッドハーレーの少女達が、自分がどこへ行くか。
知っていたのではないか。

なんかいろいろマザマザする一シーンで、
僕はとても好き。

ざっくりこんな感じ。
確かに、胸糞悪いっちゃ悪いけど、
ある程度耐性ついた人にとっては全然そんな悪くない。
むしろ最後の一話にカタルシスすら感じ、
ストレス解消にお勧めの一遍。

ただまぁこの話を作者はあとがきでさらっと
赤毛のアンみたいな話にしたかったけどこうなっちゃったてへぺろ
みたいなことを書いている。
やべーやつである。
本当に頭おかしいのはブラッドハーレー公爵ではなくこの作者なのかもしれない。



以上である。
やっぱすごくいい漫画だった。

胸糞ひたすらに悪いのは基本家に置いておきたくないのだけれど、
この本は家に置いておいてもいいかな。
そう思う程度には。