小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

藤野可織『パトロネ』-澱んだ空間を練り込む-


空間を読む。

藤野可織『パトロネ』(集英社 2012年)の話をさせて下さい。



【あらすじ】
「妹が大学に上がる年になった。私と同じ大学に入学することになり、綿足の澄んでいるワンルームマンションに引っ越してきた。」p.7
そこでは五畳もある、お気に入りのロフトで生活することにした。
「ロフトは私をおさめる部屋というより、身にまとう衣類や布団のように身近だ。」p.8

(表題作:パトロネ)

久子(56歳、主婦、週に3度甘味処でパートをする 肥満気味)は、
A市立門野記念美術館のサポーターのボランティアに従事している。
岡田登美乃という画家の作品が展示されている部屋の監視員として従事していたが、
ある日2匹の「悪魔」を見つける。
芥川賞候補作。
(いけにえ)

【読むべき人】
小川洋子が好きな人
・純文学が好きな人
・現実逃避したい人
病んでいる人

【感想】
芥川賞作家である。
以前受賞作の『爪と目』を読んだがそれがまぁまぁ気に入ったので、
この作者2冊目、本作を手に取った。
『爪と目』以前に書かれた中編、「パトロネ」「いけにえ」が収録されている。
「いけにえ」ですでに一回芥川賞候補を経験しているそうだ。

「爪と目」と今作読んで思ったのは、
この作家は空間が巧いと思う。
例えば平日の午後病めるアパートの一室とか。
例えば身体を無意味に動かす過去思い出すユニットバスとか。
例えば56歳の主婦が一歩踏み入れた巨大な布がはためく、現代アートの展示空間であるとか。
例えば醤油瓶や花瓶インスタントコーヒー、座る位置、メールのやり取り、ダイニングテーブルであるとか。
現実に主人公の心情が重なって、重くなって、
気づけば液体化した鉛のように読者をぬっとり包み込む空間。
空間を読んでいる。

小川洋子先生の小説と近いかもしれない。
小川先生の小説はごく一部を除き、繊細で美しくひたひたと心に迫る。
けれど可織先生の小説は恐ろしくぞっとするような感覚でひしひしと心を浸す。
・・・まぁ小川先生の小説が好きな人は多分この作者の小説も好きなんじゃないかな。


この謎表紙も一通り読めば意味が分かる。

2編以下感想を。
僕が好きなのは「パトロネ」の方かな。
ネタバレを含む。

「パトロネ」:大学入学のタイミングで妹ど同居することになり・・・
『爪と目』を彷彿とさせる純文学ホラーである。
一室で話が進むという点も似ている。

話の展開は、「語り手が死んでました」という幾度にも使い古された物語。
ただそこに写真やパトロネ、皮膚病、サボテン、スノードーム等
意味ありげな要素が重なって、
世界に重みをもたせている。
それらの要素に読者、そして主人公が惑わされるから、
使い古された物語ではあれどその展開に中盤まで気づかない。

冷静になって振り返れれば、
妹の無視をはじめ
「身にまとう衣類や布団」p.8であるロフト、
妹が撮る廃墟のような写真、
ファンデーションで隠せないくらい皮膚がボロボロ落ちる皮膚病、
サークル内でえみと部員の会話が成立するのは過去のみ(「現在」ではえみが一方的に言葉を発するのみ)
テレビで流れるスーツケースやベランダで果てる死亡ニュース、
異様なる空腹に悩んでいるのに口にしたのはフイルム、
パトロネやサボテンを使った無意味な悪戯、
そもそも「上のロフト」=天国の暗示、
「梯子=天への梯子」か等々。
思い当たる節がかなり散らばっている。

そもそもその部屋にロフトはあるのか。

「ここお化け出るよ。私、見たことあるの。あのねえ、お風呂で溺れ死んだ女の人のユーレイだよ」
なぜか、するすると嘘が出る。
p.97


主人公自身がパトロネ。
フイルムのように切り取られた過去のような存在。

けれど大抵の作品であるならば、ここで打ち切り。
終わる。
主人公は本当は死んでいた・・・じーん・・・。
パトロネ=主人公か・・・じーん・・・。

ところが本作では終盤に突如新しい登場人物が出てくる。
まぁ、言わずもがなりーちゃんである。

りーちゃんも親に言いくるめられ夏休み部屋に放置され、最期は亡くなる。
虐待の描写はないが「Tシャツワンピース」から、
日頃あまり愛されていないことが薄々と察せられる。

何故。
何故彼女を出したのだろう。

警鐘か。
希薄になりがちな人間関係であるとか、孤独死とか。
孤独か。
本当は誰もどうとも思っていないよ、若者の孤独の浮彫、とか。

わからない。
それは「パトロネはいつもよりずっとつるつるしている。」p.106
つるつるつるつる
上滑りして、わからない。



「いけにえ」:久子は岡田登美乃の作品展示がされている部屋で監視員を好んで務める。
美術館が舞台である。
作者が同志社大学大学院の美学専攻とやらを卒業しているらしくて
ああだからか「パトロネ」にもオルセー美術館の描写が出てきたのかと、妙に納得した。

だがストーリーは難解。
「おばちゃんが悪魔にひき捕まえて炙って殺したら花になってた」
という話ではあるんだけれども、
そのカオス話を造ろうとした意図が読めない。

それでもやはり空間の描写は目を惹く。
特にpp.127-130における現代アートの展示描写であるとか。
「そこでは、郁恵にも重なる巨大な布が、左右の壁際に一メートルほどの空間を残して、天井から吊り下げられていた。そのせいで、目の前には進むべき空間はなく、壁が立ちはだかっているような感覚をおぼえた。」p.127

ただ今作は芥川賞候補作ということだが、
確かに「候補作」であることが分かる作品だった。
それは同じ筆者の「爪と目」と比較して。

娘とかわすメールであるとか特別いいというわけではないが悪くない夫婦関係、悪魔の存在は、
読んでいて新鮮な印象を与えるが、
やはり「爪と目」の時のが鋭かった。
新鮮だった。
着飾った主婦のブログや結婚に至るまでの人間関係描写、
そして5歳の女児の一人称、とか。

この作品を踏まえて、あの「爪と目」が生まれたのかと思うと、
やはりこの作家は追わねばなと思う。

ちなみに。
今作は最後に筆者の割とがっつりした写真が出ている。
美人。
1980年生まれで本作刊行が2012年、32歳の時の写真である。
色白で長い黒髪が似合っていて爬虫類顔である。
同時に、その釣り目から妙な神経質も匂わせていて、
「死んだ女が彷徨う話」「平和なおばさんが悪魔捕まえて殺す話」
やはりこの作品を書いた作家なんだなと分かる。



芥川賞
今年の芥川賞は某講談社が刊行した小説が物議をかもした。
「美人作者」で出版社は売りたいようだが、
どうやらその作品にはパクリと思われる部分が多々あったそうだ。
受賞は逃している。受賞作品は高橋洋樹送り火

「美人が芥川賞」これくらい話題を作らねば売れないということなんだろうが、
馬鹿だと思う。
「美人小説家」は、その小説を書くから美しいんじゃないのか。
西加奈子はダイレクトな感情表現がその大きい瞳とくっついて惹かれるのだし、
島本理生もちょいエロなラブ小説を書くからこそ「このメガネのおばさん・・・エロいやんけ」となるのではないか。
藤本可織もこの捻くれた純文学を書くからこそ釣り目に神秘性すら感じたわけだし。

作品ありきなのだ。
あくまで美人「作家」であるのだから。

パクりを平然と世に出すような作家が美しいわけないじゃないか。



以上である。
『爪と目』同様空間の描写が圧倒的だった。
特に「パトロネ」がよかった。
芥川賞坂でもある作者の写真が美人で、
ついつい今年の芥川賞候補作問題思い出しちゃった。
まぁ、こんな感じ。

あ、あと「登美乃」の名前は明らかトミノの地獄」からとってると思うんだけど・・・
思うんだけど・・・わからん。


LINK:
藤野可織『爪と目』
小川洋子『夜明けの縁を彷徨う人々』