小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

東野圭吾『虚ろな十字架』-罪と向き合うことで、初めて君の十字架は。-


刑に服せば、罪は償えるのか。

東野圭吾『虚ろな十字架』(光文社 2017年)の話をさせて下さい。


何気なくこの表紙はほどよく真面目でほどよくデザインチックでほどよく内容を表していて
素晴らしい表紙だと思う。

【あらすじ】
中原道正・小夜子夫妻は一人娘を殺害した犯人に死刑判決が出た後離婚した。
その後小夜子が殺害されたと知り、
事情聴取の中で中原は彼女が死刑廃止反対運動に参加していたことを知る。
一方で、その小夜子を殺害した犯人・町村の娘婿である仁科は縁を切るよう母親から迫られていて・・・。
(カバー裏・あらすじより引用、一部変更有)

【読むべき人】
懲役、死刑等の罰で罪が償える。
という考えに疑問を抱く人
・過去に侵した自らの罪に縛られる人
・人を殺めた人

【感想】※ネタバレ有
ある程度本を読む習慣がある僕だけれども、
東野圭吾先生は、今まで読んでこなかった。
本棚にずらずら並ぶ作品の中でどれを読めばいいのか分からなかったし、
なんとなくぱらぱらめくれば、
1冊300ページ以上あるのがZARA
短編をこの上なく愛する僕は、
迷っていつもそこにある本を取らず、ぼんやり手をおろしていた。
けれど、入院した時、
コンビニの雑誌の上にある限られた本棚の中で
この本が「今がチャンスだ!読め!」と言わんばかりに鎮座していたので手に取ったのである。

読んでよかったんだけど、
「読者を楽しませよう!」というエンタメ的意図でなく
「罪を償うとはどういうことか」と疑問を投げかける社会的意図の下に
書かれた作品なんだろう。
東野圭吾一冊目としてはあまり適切ではななかったような気もする。
それでも後半で真相が暴かれていくのは面白かったし、
読む前は「ぽよ。ぽよぽよー。うんこでないぽよー」とか考えていた僕が
読む後は「罪を償うとは」とか考え始めていたので
読者の心を揺るがす、という点で十分評価に値する作品であると思う。



特に娘を殺害されてから、
自らを奮い立たせ死刑制度存続を訴える小夜子の文章pp.154-158等は圧巻。
「もし犯人が生きていれば「なぜ生きているのか、生きる権利が与えられているのか」という疑問が家族たちの心を蝕むのだ。(中略)よく、「死んで償う」という言葉が使われるが、遺族にとってみれば犯人の死など「償い」でも何でもない。それは悲しみを乗り越えていくための単なる儀式だ」p.155
死刑は犯人が罪を償うためにあるわけじゃない。
死刑は遺族が悲しみを乗り越えるためにある。
死刑は犯人のためじゃない。
死刑は遺族のためにある。
死刑廃止論はいつも「死をもって罪を償えるのか」という犯人側の観点から論じられることが多いから、
遺族側に立った主張はちょっとした衝撃だった。
死刑の存在意義は
犯人が犯した罪じゃなくて遺族の悲しみではないのか。



冤罪は、この思想をエゴに都合よく使った結果生じるものなのだろうな。
「犯人を捕まえれば遺族は少しは報われるのではないか」という考えが先走りし、
捜査を軽んじた結果が冤罪だ。
けれどその一見立派な思想の元には
「少しでも早く犯人を捕まえて手柄を立てたい」という警察のエゴが隠れているから、
真相を暴かず罪なき一般市民を逮捕する愚行を冒してしまう。
冤罪・・・と言えばこの文庫本である。
清水潔『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮社 2016年)
凄い本だったな。

ちなみにタイトル「虚ろな十字架」はp.174で初めて出てくる。
「いったいどこの誰に「この殺人犯は刑務所に〇〇年入れておけば真人間になる」などと断言できるのだろう。殺人者をそんな虚ろな十字架に縛り付けておくことに、どんな意味があるというのか」p.174
ならば本作で出てくる三人、
罰に服することなく罪を贖おうとした
沙織と仁科と町村は、背負った十字架は虚ろじゃなかったのか。
沙織にいたっては論外だ。
自己嫌悪で罪から逃避した。
仁科は、殺した一人の何倍もの命を救ってきた。
町村は、今まで自分のせいで苦しんだ娘のために、小夜子に手をかけた。
いや。
僕が思うに彼等の十字架も虚ろだ。
刑の有無にかかわらず
罪と向き合ってはじめて、真の十字架は成立するんじゃないか。
沙織と仁科は罪を告白して刑に服し、
町村はきちんと花恵に謝るべきだったんじゃないのか。
命をいくら救ったって、それは沙織と同様罪からの逃避にすぎない。
小夜子を殺害したって花恵の苦しみは緩和されずむしろ増えた。
きちんと罪に向き合った(刑に服した・娘に謝罪した)で、
償わなければ(医者として命を救う・娘に恩返しをする)
所詮虚ろな十字架を背負っているにすぎないんじゃないのか。




罪を償う、が主題の小説で最近読んだのはコレ。
湊かなえ『贖罪』(双葉社 2012年)
この作品も最後手を合わせたところで悲劇は終結している。
きちんと「罪に向き合う」ことで罪人は少しは救われる・・・のかもしれない。

以上である。
なんかめっちゃ難しい作品だった。
でもまぁ読んだ後に響くものがあったから
今作はやはり素晴らしい作品なんじゃないかなーと思う。

東野圭吾、次は何よもっかなー。