小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

柴田よしき『紫のアリス』-おいていかないで、アリス。-

アリスはとうとう読者から離れ、
鏡の国へと入っていく。

おいてかれる。
透明な不思議の国に。

「アリスって、誰?」


柴田よしき『紫のアリス』(文藝春秋 2017年※新装版 本編293ページ)の話をさせて下さい。



【あらすじ】
仕事をやめ、不倫を清算し終えた紗季が夜、公園で弥生をぼんやり眺めていると、ふと入口に不思議の国のアリスに出てくるような二息歩行のウサギがいることに気づく。
駆け寄るとつまづいたのはーーー死体。
後日、かつての不倫相手・大村が不審死をしていること聞き・・・。
思い出すは、中学時代のアリスの演劇・・・そして本番当日プールに沈んだ親友知美。
謎と謎に張り巡らされていく紗季の現実は、ひたひたと音もなく不思議の国に侵されていく
そして、アリスいや・・・紗季は。

【読むべき人】

真相が2つ以上提示されるミステリが許せる人
・読書中級者以上
・アリス ミステリ。この2つの言葉の羅列にときめきを感じる人。

【感想】
※差し支えない程度のネタバレ含む。8g
うーん。思ったよりややこしかったかな。
前半は人間関係が簡潔で脳内で処理できる程度なんだけれども、
後半がややこしい。
登場人物の関係性が一気にわからなくなるので、メモを取りながら読むことを薦める。

本編はアリス仕掛けのミステリ。
ぽんぽん紗季の周りにアリスモチーフのキャラクターが現れて、
それに翻弄されながらも彼女の思い出す断片的記憶が事件の真相と繋がっていく。
だけど今作のメインはそこではない。
彼女の思い出す断片的記憶。
思い出す記憶・・・ということはつまり、忘れていた記憶。
忘れなければならない記憶。
何故思い出せなかったのか。簡単。
思い出せば彼女は崩壊していくから。
彼女視点(三人称であるが)崩れていく精神の描写が良い。
恐怖も伴わず読者も気づかないうちに自然と崩れていく。
砂のように。



また、本作では終盤で複雑な真相が暴かれたと思えば、
最後にもう一つの真相が明らかになる。
恐らくこっちが真実だろう。
冒頭を再読するとp.9「気が付くと、」p.10「幸い、汚れていなかった」等の何気ない描写がすべて当てはまる。
けれどもじゃあ一体何が正解だったのか。
誰が味方だったのか。

アリスは微睡むように僕等読者を置いてけぼりにして鏡の国へと入っていく。

なんだろうな。独特の読後感。
トリックは若干無理あるところがあるが、
こういった読後感のあるミステリは初めて。
多分よしき先生もそういった読後感を狙って本作を作ったんじゃないのかな。
読者を透明な不思議の国へと誘うような、そんなミステリ。
「おいてかれる」
そんな言葉がぴったり。
逆に、明確なバッドエンドをミステリに望む読者にはちょっと薦められない。

今作を文藝春愁が新装版として出した気持ちがわかる。
年々数多くのミステリが世に出される近年においても
唯一無二なんだろうね、この作品。
「おいてかれるミステリ」。そんな感じ。

強いて言うならば、なんで最後のペンダントはイルカなんだろうなとは思う。
アリスにイルカ、出てこないじゃん。卵ならわかるけど。
「鏡の国」に出てくる動物であれば、なんとなくニュアンスはわかるんだけども。うーん。
でもまぁ渡した人は、思いやりたい優しさと絶対に許せないという気持ちが最後まで捨てきれなかったんだろうな。

ちなみに。
「よしき」という名前だからてっきり男かと思ってたら
この作家さん女性だったのね。ほえー。
女性が書くにしてはなかなか硬派な文体だなと思いました、まる。


この表紙は今までで一番お気に入り。

ちなみにちなみに、
本作は新装版でいうなればイラストレーターによって書かれたラノベ風」ミステリに属するものである。
僕オタクなので、正直この「またよし」さんのイラストに惹かれて買ってしまったわけなんだが、
僕が過去に新装版でラノベ風で表紙買いしたのはこの作品。
赤川次郎ホーム・スイートホーム』(集英社 1997年 2012年新装版刊行。僕が持ってるのは新装版
ぐっときたね、この表紙。
ヒロインの表情もいいしケガもいいし鮮烈な赤い縦書きのカタカナも好き。
表紙買い。まさしくそんな感じ。
日本の文庫本の表紙で一番好きかもしれない。僕オタクなので。
いやぁ・・・内容どうだったかな。
ちょっと肩透かしくらった覚えがあるんだけど。
今度読んでみよっかなー。