小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

鷺沢萠『F 落第生』-人生は苦痛。それでも-


ガソリンスタンドの話だったことは覚えている。タイトルは思い出せない。
国語の教科書に載っていた小説を何気なく読み、そして最後ふと著者プロフィールを見る。
「さぎさわ めぐむ」と読むのかへぇ・・・・
あ。
亡くなっている。
若くして。


鷺沢萠『F 落第生』(角川書店 1998年)の話をさせて下さい。


20年前の小説とは思えない表紙。良いデザイン。

【読むべき人】
・自らの人生を振り返った時、Fをつける人
・報われないと悲観的な人
「それでも」と言って心の中を整理したふりして日々生き抜く力がほしい人。

【感想&あらすじ】
7編収録された短編集。
最短のものは10ページほど・最長のものは65ページと長さにバラつきはあるものの、
どの作品にも共通して出てくるのは、自らの逆境に向き合って、乗り越えようとする女性達。
彼女達は決して強くない。弱い。
だけど非力ながらも自らの人生に降りかかる理不尽な逆境に立ち向かおうとする姿が、読者の心に突き刺さる。

一編一編簡単に、あらすじと感想を述べていこうと思う。
ちなみに一番のお気に入りは「家並みの向こうにある空」。共感しまくりんぐだったので。

・シコちゃんの夏休み
【あらすじ】
母子家庭で高校からホステスのバイトをしていたシコちゃんと、高校からの内部進学のアキは親友同士。
しかしシコちゃんが夏休み、旅行の約束をすっぽかして田舎に帰らなければならないという。
その理由が元レディースの姉の妊娠だと知ったアキは・・・。
【感想】
大学入学直後のうら若き僕は、育ちや環境の差というものに初めて衝撃を受けた。
静岡に生まれ両親がいて兄弟がいて6歳ごろから一軒家に住んで・・・という環境が当たり前でないことを初めて知った。例えば恵比寿育ちのあの子とか片親の先輩、兄弟四人できつきつに暮らす友達や同じ兄弟四人でも経済的余裕が感じ取れる後輩。長男次男長女次女三女ひとりっこ。色々いた。
そのショックを思い出すような作品。

明らかに僕はアキ側の人間である。何も知らずぬくぬくとある程度裕福の家で育ってきた。p.26-28「アキはいいなあ」にはちょっと胸がチクっと痛んだ。
だからそんな弱さを垣間見せつつも自らの困難に立ち向かうシコちゃんには、アキと同じように、憧れる。絶対僕の20の頃にあんなガッツはなかったし、あそこまで頑張れなかったと思う。
すげえ。同時にめっちゃ好き。頑張れって思う。応援したい。
解説の永倉さんが今作をp.200「一番愛しくなってしまう」のも十分わかる。

また今作で描かれている姉妹愛も好き。
好きというよりは嫌い、だけど見離せない。
一種の腐れ縁のような姉妹の絆を上手く描いていると思う。
p.34-35のあだ名のエピソードや、終盤の貯めた20万円の使い道等何気なくエピソードに織り込んでいて良かった。

・最後の一枚

【あらすじ】
佐代の務める雀荘にやってきた眼光の鋭い男。ふた昔前共に卓を囲んだ難波亮だった。
【感想】
いまいちだったかな。僕が麻雀を分からないから。
クライマックスが麻雀のシーンなのでちょっとさっぱり。
なの自己嫌悪ををしていた麻雀後佐代にどういった気持ちの変化があって、最後のシーンになったのか分からなかった。

麻雀。大学のサークルでもわらわら麻雀勢がいて、たびたび雀荘で夜を明かした旨がTwitterのタイムラインで流れてくる。
ときどき、やってみようかなぁと思う。意外と老若男に好まれているゲームだし、なんかできればコミュニケーションとれる人の幅が広がりそう。
ちなみに、大学の卓を囲っている奴はたいていモテない男子学生なのはなんでなんだろうね。

・忘れられなくて
【あらすじ】
p.56「あ・・・・・・、俺」
電話線の向うから聞こえて来たのは、3年前に別れた男若須の声だった。
【感想】
大抵こういう作品は「忘れられないけれど、もう終わった恋なのだ」「あの時の熱情に身を委ねた自らの浅はかさ」みたいな、熱情的な言葉で終わることが多いのだけれども、
そういった言葉が一切なくあっさり予想外の結末に導く感じが爽快。すっきり。

この話を読んで思い出したのはこの言葉。
「男の恋愛は名前を付けて保存。女の恋愛は上書き保存」
きれーにこの言葉を体現化したような話なので、ぜひ読んでもらいたい。
10ページながらもシンプルであっさりしていて切れ味も鋭い。かなり好きな部類に入る短編。

・ショートカット
【あらすじ】
晶子
がショートカットなのは、小学生時代のある経験からだった・・・。
【感想】
おっぱいの話。
特に大きくなる過程のエピソードは、あの時の恥ずかしさや照れや戸惑いなどを一気に思い出させてちょっと淡い気持ちを思い出させる。いつだって成長は、若干の恐怖を伴った。

同時にこの話は、トラウマの話。
案外トラウマの起因と対面しても、僕等は案外平気。
本当に憎かった友達を目の前にしても掴みかかろうとも思わないし、死ぬほど嫌だった先生達にも「お久しぶりです」と笑顔を浮かべ握手できる。
案外僕等はトラウマに鈍く、強い。
創作ではトラウマを延々悲劇的に引きずる作品が多いので、
後半の展開がとても良かった。
トラウマに対する鈍さを描いた話。

・家並みの向こうにある空
【あらすじ】
初体験は十五歳の時だった。
それからめくるめくダメ男に引っかかて来た千夏は「普通の人」を好きになろうと決意する。
そんな矢先、「エミちゃん、二十二歳」として働く職場の店に垢ぬけない男・野島啓一がやって来て・・・・。
【感想】
滅茶苦茶良い。上半期ベストオブ短編に入る勢いで僕は大好き。
まず構成。コンビニからファミレスへとふらふら歩く現在と、歩きながら振り返る啓一に出会うまで出会ってからの過去。
その時系列の切り替えが見事。分かりやすいし自然。
大抵時系列を変えるときって



↑こういうスペースがあるんだけど、これなしにすらすらと読めるのは、本当に凄い。
本作の中で作家・鷺沢萠の凄さが一番分かる作品・・・かもしれない。

また啓一のキャラクター性も好き。
そう、いるのだ。こういう男。
感情を表に出さない。それでも相手は意図を組んでいると思いこんでいる。
まさしく僕の父がそう。
普通…普通なんだけど反応があんま帰ってこないんだな。
こういう男の相手をしなけばならぬ女は、微細な変化を全力で拾い、一喜一憂するしかない。
おかげさまで僕が中学ごろまで夫婦喧嘩はちょくちょくありました。今はひそひそ仲いいけど。
多分こういう人って離婚とかしやすいんじゃないかなぁ・・・。

ちなみに特にお気に入りのページはp.103。千夏がショックを受けるシーン。
過去の女の笑顔の写真を見て、その時自分何してたか思い出してそのしょうもなさに愕然としショックを受けるシーン。
わかるわー。
Facebookで後輩の「大学卒業しました💛」とかカラフルな袴の春爛漫♪を見ると
そのころ何してたかというとまぁベッドで横になってスマートフォンを見ていて
ニートって慢性的に幸福だけど慢性的に不幸だな」自分の中で発見し驚いた真理のしょーもなさに愕然とする。
自分の中で悟っていた哲学が一気にくだらないものに思えてくる。
リンクして、とても印象深い作品。

あと、最後まで結末が分からない感じも好き。後味も心地よい。

・岸辺の駅
【あらすじ】
駆け落ちのようにして父と結婚し友子を生んだ母。
間もなく父はなくなり母子家庭で貧しく育ってきた友子は、
自らの結婚を目前ににして「母の実家の墓参り」を提案するが・・・。
【感想】
唯一今作で後味が悪い話。今作に収録しなくても良かったんじゃないかな・・・・。
後半衝撃的な展開になるわけだけど、何故母はこんなことをしたんだろう。
恵まれない自分を誤魔化すためか。
「母」としての顔を取り繕うためか。
一方母の告白を聞いた友子はどんな気持ちだったのだろう。
哀れみを抱いたのか。
奥底では馬鹿にしたのか。
義務感か。
人の数だけ解釈の数がありそう。
センターの現代文や、国語の教科書に掲載されそうな作品。暗いけど。

・重たい色のコートを脱いで
【あらすじ】
一流の私大を卒業し、全優に近い成績を取り大手出版社に就職するものの、
編集長に嫌われ円形脱毛症を起こし結局漫画とバイクのみを扱う中堅の出版社・第一出版に転職する聡美。
転職先の漫画雑誌編集部は激務でやがて彼氏の達彦ともうまくいかなくなっていき・・・。
【感想】
うっわー運悪いなー。このひとよりはましだー。
しかも努力や頑張りは一切報われない。やなこと悪いことがどんどんめくるめく起こる。
けれどもそんな逆境に一つ一つ打ちのめされつつ、それでも頑張り続ける聡美は見事。
特に最後のコートの場面はもうやばい。いちころ。聡美先輩ついていきますという感じ。

僕は逆境に弱い。
一つ一つ打ちのめされる。
大学時代の失恋や友達の鬱、職場の理不尽や抱えきれない寂しさ。
乗り越えられたり乗り越えられなかったり。
積み重なったショックに打ちのめされ仕事をやめた・・・面もある。
今でも辛い経験を思い出すことがある。
でも思い返せばその分嬉しいこと楽しいこともしっかりあって・・・・
今僕はこうしてニートニートしているわけだけども、
こうしちゃいられないな。
早く仕事を見つけなければ。
・・・以上のように、エンジンがかかる作品。
今作は基本女性を勇気づける・前向きな気持ちにさせる作品が多いんだけれども
その最後に相応しい作品。



以上である。
ちなみに鷺沢先生曰く今作のタイトル「F」の由来は成績のFであるらしい。(pp.196-197 あとがきより)
でも思うんだ。
自分の人生振り返った時にAを付けられる人がどれだけいるだろう。
Fの方が圧倒的に多いのではないか。
僕等はみんな河合荘劣等生。

ちなみにこの鷺沢先生、アンサイクロペディアで調べてほしい。
めっちゃくちゃ詳しく書かれている。ぱねぇ。
一読の価値あり。