小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

阿刀田高『心の旅路』-美しい女性の甘やかなホラー-


阿刀田高先生。
おそらく日本国民ほぼ全員がこの名前を目にしたことがあるんだろうけれども、
多分読んだことある人はあんまいないと思うんだ。
断言しよう。
読んだ方がいーよ。ほぼ確実にブックオフの100円コーナーで買えるので。

阿刀田高『自選恐怖小説集 心の旅路』(角川書店 1993年)の話をさせてください。



【あらすじ】
恋愛・伝奇・ホラー・ミステリー、多岐にわたるジャンルに短編を書いてきた直木賞作家阿刀田高がホラーをテーマに選んだ自らの短編を収録した、角川ホラー文庫門出に相応しい短編集。
13のやわらかな恐怖が、読者の心に淡くじんわり染み渡る。

【読むべき人】
・ホラー読みたいけど、ホラー嫌いな人
・ホラー読みたいけど、なんかまじのホラーは読みたくない人。でも読みたい人。
豊かな想像力に触れたい人

【感想】
ちょっと想定していた内容とは違うけれども、比較的良質な短編集。
「自選恐怖小説集」と聞いてホラーを期待したけど、案外内容はそこまで辛口ホラーじゃない。
むしろ甘口。

どの作品にも美しい女性が出てくる。
「らせん階段」に出てくるかつて一度旅行を共にした若い女「薄闇」に出てくる猫をかわいがる未亡人、「熱病」に出てくる熱情的な美しさを持つ女とその対照的な妻エトセトラエトセトラ。
しかも中国・韓国とちょっと国籍も幅広い。表題作「心の旅路」「慶州奇譚」で両者ともそれぞれの国の世界観はらんで美しく描かれている。
本書はp.2にぼんやりとした女性の肖像画が描かれているんだけれども、なるほどなと思う。確かに本作は女性が主役。
ちなみに、本作はホラーではあるが美しさによる「女の本性」「女のマウント」といったようなどろどろしたホラーは一切ない。
純粋に女性の美しさを謳歌している。
そのせいか、読んでて気疲れしない。ホラーなのにすらすら読める。むしろ逆に癒される。
「美しい女性の恐怖小説」。まさしくこんな感じ。

また、想像力豊かな作品が多い。
例えば「帰り水」p.147-p.153の窪みや、「踊る指」p.50の指ダンス、「熱病」p.68から出てくる白黒のマンション。
こんなん想像したことないよ!!みたいな発想がばんばか出てくる。特に白黒のマンション。
普通のホラーじゃこんな描写はまずありえない。出てこない。おばけが人間驚かすのに白黒のマンションは必要じゃない。
登場人物の心理描写が豊かな作家はいくらでもいるけれども、日常に溶け込む不思議や恐怖をこれほど豊かにかける作家は少ないんじゃないかと思う。

ちなみに僕がお気に入りなのはこの2編。
「熱病」「屋上風景」。
「熱病」はまず白黒のマンションが出てきた地点でまぁトップなわけなんだけれども、わずかに残る最後のミステリーが好き。秘密を持つ女は美しい。
「屋上風景」は約30年前の作品だけれど、過労死・ブラック企業という言葉がはびこるむしろ現代に近い作品。
OB訪問や説明会で輝いて見える社員に、全員がなれる訳じゃない。大企業に勤められたからといって幸福だとは限らない。
そんな当たり前のことを分かりやすく描いた秀逸な作品。
ちょっと慎重派な主人公に就活生の90パーセントが共感するだろうし、新卒神話に躍らされる僕等若者は必ず読むべき作品だとも思う。
大規模な合同説明会のパンフの横に、この作品を収録した小冊子を僕は置きたいね。表紙は「でん●う 2019新卒採用」とかにして。

以上である。

美しい女性・豊かな想像力といった、
がっちがちというよりは良い意味でゆとりのある恐怖小説集が本作である。
後味も比較的良いものが多い。ハッピーエンドだったり、爽やかなバッドエンドであったり、カタンカタンのようにホラーというよりむしろ面白い短編小説やんけ!みたいな作品もあったり、まぁとにかくどの作品もホラー特有の引きずるような嫌な感じはない。
文体も非常に洗練されていて、すらすら読める。古いものは四捨五入して50年前、新しいものでさえ30年前の作品だけれども、時代を一切感じさせない。堅苦しくない。読書初心者にもうってつけである。
だから甘口。甘口ホラーなのである。

ちなみに、本作はどうやら角川ホラー文庫」創刊時に刊行された作品である模様。
ホラー小説好きにとっては必読の書、なのかもしれない。



ちなみにちなみに、僕は阿刀田先生のショートショート・短編集が大好きで、これくらーい持っている。
全部古書になるんだけれども、なんか表紙も味があってかわいらしい。
ショートショートといえば星新一、な人が多いだろうけど、阿刀田高もぜひ読んでほしい。

また、ホラー作品も多く手掛けていて、
ホラー好きなら一度は目にしたことがあるであろう、井戸のコピペ。
これ。↓

ある日、泣き声がしゃくに障ったので妹を殺した、死体は井戸に捨てた
次の日見に行くと死体は消えていた
5年後、些細なけんかで友達を殺した、死体は井戸に捨てた
次の日見に行くと死体は消えていた
10年後、酔った勢いで孕ませてしまった女を殺した、死体は井戸に捨てた
次の日見に行くと死体は消えていた
15年後、嫌な上司を殺した、死体は井戸に捨てた
次の日見に行くと死体は消えていた
20年後、介護が必要になった母が邪魔なので殺した、死体は井戸に捨てた
次の日見に行くと死体は消えていなかった
次の日も、次の日も死体はそのままだった




の原案も阿刀田先生の作品。
この文庫本、阿刀田高他『七つの怖い扉』(新潮社 2001年)の一編目。
ぜひこの文庫本見た人は一編目!!一編目だけでもいいから読んでみてほしい。
で、一緒に「最後の2行はいらねえだろ」と叫ぼう。
このコピペ作った人も多分そう思ってるはず。