小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

殊能将之『ハサミ男』-理論派ミステリ掲げるアンチテーゼ-


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「おもしろい小説」「すごい小説」をあげる記事があると
それを毎回貪るように読む僕。

そういう記事でほぼ毎回上がる小説があった。
ずっと「よみたいよみたいな」と気になっていたわけだけど、
その本の読書会をやると聞いたので、
「うぎゃらぽへええ!」歓喜の声を上げながらその本を僕は手に取った。

殊能将之ハサミ男』(講談社 2002年)の話をさせて下さい。



【あらすじ】
連続女子高生殺人事件。遺体の喉に刺さるは煌めくハサミ。
その犯人「ハサミ男」であるわたし は、3人目のターゲットを決定する。
しかし深夜の公園で彼女の遺体を発見し・・・喉にはハサミ。
彼女を殺したのは誰なのか。

【読むべき人】
・ミステリ好きの人
・キャラクター小説が好きな人
・感情より理論を重視する人

【感想】※ネタバレ含む
所謂叙述ミステリ。
それを知りながらも読んだんだけれども、それでも面白かった。
約500ページにわたる小説なんだけれども思わず一気読みしてしまったぜ。気づいたら朝5時だった。こっわ。

まず、伏線がすごい。
主人公は「男」ではなく女であるのが最大のトリックだけれども、安易に「そういえば」と思い出せる伏線はりが素晴らしい。
例えば黒梅をピンクハウスマニア」とブランド名用いて呼んだり、
スクランブルエッグ」「ターンオーバー」「オムレツ」と卵の焼き方をカタカナで丁寧に表現していたり
樽宮の服装を不思議の国のアリスに例えたり、
丁寧に読んでいれば誰かしら「そういえば」と思う節があるはず。
なんかデブのくせにメルヘンだったなと。
我孫子武丸『殺戮に至る病』等も伏線は秀逸なのだけれども、一旦頭を整理しないと物語の全体像がつかめない。
読者が簡単に思い出せる伏線は、とても素晴らしいと思う。

次にトリック。
所謂三人目を隠す点で『殺戮に至る病」』に似ているが、
本作はそれに加えて「真犯人は誰か」という謎が追加されている。
叙述の種明かしを約400ページで明かしたところで残りの100ページでその謎を暴くわけだが、
その構成が素晴らしい。
大抵『殺戮に至る病』をはじめ、歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』乾くるみ『イニシエーションラブ』等「叙述ミステリ」と言われるものの大半は最後の最後で種明かしをして終わるケースが多い。
なので、「叙述」に加えて「真犯人」と謎を足したその構成は
非常に複雑なのだけれども(ミスリードするライターもあるし)
残り100ページで丁寧にすべて「解説」「再確認」してくれている。
400ページで叙述トリック、100ページで謎の解説という、
話の全体像を読者に掴ませる構成が秀逸。
他にこういった小説はあまりないんじゃないかな・・・。
ちなみに本作同様物語の途中で種明かしする叙述ミステリは、服部まゆみ『この闇と光』くらいしか思いつかない。でもあれは途中で明かしたのは「解説」するためではなく、「その後の主人公」を描くためだしなぁ・・・。目的が違うんだよな。。
ただその分『殺戮に至る病』や『葉桜の季節に君を想うということ』にはある「強いメッセージ性」は欠けている。
前述した2作は「家族」「老後」という強いメッセージを発するために「叙述ミステリ」を使っている節があるが、
今作ではそういったメッセージ性は見られない。
そのため「あまり心に響かなかった」と言う人が読書会にいたのは印象深かった。

また情報の取捨選択も今作は巧みであると思う。
動機が今作では描かれていない。
大抵のミステリは最後に犯人の動機が明かされ、余韻で終わることが多い。
しかし今作は主人公が女子高生を殺害する動機が描かれていない。ほぼ。
さいごに「パパ・・・パパ・・・」と匂わせて終わり。
まぁだから「心に響かない」言われるんだろうけれども。
けれどもそれは僕は「あえて」だと思うし、そこを評価したい。
物語中での「医師」の「『死にたい』と心の底から望んでいるのは自殺を試みる者ではなくて、(病気であれ事故であれ)死んだ者である」という暴論や、
堀之内の「プロファイリング」「普通の動機とは何か」という問いかけ
それらに筆者の意図が込められていると思う。
ミステリにおいて大切なのは動機ではない。トリックだ。
ちなみに。
読書会で知ったのが、今作が出る前まではミステリにおいて「動機」が重要視されていたということ。例えば松本清張が、そうらしい。松本清張の本を読んだことがなくてな・・・読みたい、読まなきゃ。
動機を重要視する時代の風潮に反旗を翻す、ハサミを入れる。そういう意味では殊能先生自身が「ハサミ男」なのかもしれないね。



そして、キャラクターと言葉も今作は良い。
まずキャラクター。男のような言葉を使うが品のある知夏。皮肉屋の「医師」実直で真面目に任務に取り組む二枚目の磯部。アフロの皮肉屋だが一番に頭が回る村木。ジャケットの下にタートルネックを着るアメリカンなエリート、堀之内。皆から心のうちでは慕われる愛すべき中年、下川。ピンクハウスマニアの週刊誌記者、黒梅。容姿は平凡だが思春期特有の「私だけが親友を理解している」を心に秘める女子高生、アヤコ。やり手の独身キャリアウーマン、岡島部長。エトセトラエトセトラ。
単発でしかも一般文芸で、これほどにキャラクター性を重視した作品はそう見ない。たいていが心理描写に徹する。(今作ではそこが削られているが)
特に警察側で6人も魅力あふれるキャラクター配置するなんてそう見ない。たいていがペアで済ます場合が多い。
ヒロイン・・・可愛い女の子登場せんなと思ったら登場してたし。
彼等の存在も本作が長く愛される一つの要因であることは間違いない。
また、言葉。
様々な文献を用いているように筆者自身が教養深い人だったと思う。
のだけれども、筆者自身の言葉も素晴らしいものが多い。
たとえばp.69の、「(少女たちは)ビー玉がいっぱい詰まった広口のガラス瓶で夢を見ることができる。」
p.206のモグラを用いた深層心理を皮肉る表現、
p,398の「なぜ人を殺してはいけないのか?(中略)ゴキブリを叩きつぶした時に感じる気持ち悪さと、本質的にはまったく変わらない」という究極の問いに対する筆者の答え。
長編小説の随所にキラキラ言葉を放つさまは、伊藤計劃を思い出す。
複雑な構成の上を魅力溢れるキャラクターが走り回り、言葉がハサミのように鋭い光を宿していたならば、そりゃぁこの本売れるわな。

また今作の結末も僕は好き。
女子高生の名前を聞いて終わるのだけれども、
正直「ハサミ男」を続ける知夏も想像できないし、
磯部と結婚して家庭に入る彼女も想像できないし、
キャリアウーマンとして出版社で働く彼女も想像できない。
そのぶつ切り感が好き。
僕だってこの先どうなるか全く想像がつかない。
希望通りの会社に入るのかもしれないし、
入れずどこにも引っかからず実家に帰りニートをしているのかもしれないし、
実家に帰ったもののフリーターとして充実した毎日を過ごしているのかもしれないし、
もしかしたら今ふと外に出てばったり会った人と運命的な出会いをして結婚しちゃうのかもしれないし、
ふと魔がさしてガールズバー「みんなの妹:まぐろどんだツナーおひねりくださいツナ」とか言ってるのかもしれない。
人生なんて想像つかない。
すべてがありえない気がする。
でもすべてがありえる気がする。

思わず自らの人生を省みる余韻ある結末が素晴らしい。
「殺人」「サイコパス」等今まで遠かった作品と読者との距離感を、一気に縮めてくる。
ちなみに、
皆はこの先知夏どうなると考えるんだろうね?
気になる。
僕はキャリアウーマンすると思うな。磯部と付き合いながら。

以上で僕の感想は終わる。
長い。長かった。まぁ今作が500ページ超えてるから仕方ないし、それくらい今作が素晴らしかったということだ。
ちなみに筆者の殊能将之先生は既に亡くなっている。
死因は未公開。
けれどTwitterの最後の言葉が「んじゃまた」。
・・・自殺の可能性が高い。
すると、思い出す。
「医師」の言葉。
pp.31-32「死んだ人間は死にたがっていたんだよ。逆に、死ななかった人間は死にたくなかったんだ。要するに、その人物がなにを望んでいようが、何を求めていようが、そんなことはどうでもいいのだ。確かなのは、その人物が死んだという事実だけだよ」
自殺と仮定すれば、殊能先生は本当に「死にたい」と思った時があったということ。
何に絶望したの。
どれほど絶望したの。

筆者の人生に思いを馳せれば、今作の余韻の深みはぐっと増す。



読書会は非常に面白かった。
ミステリに関する知識も身についた。
例えば「ミステリー」(物語の中に謎を含む)、「ミステリ」(物語の中に謎とその解決を含む)、「ミステリイ」(森博嗣が用いる表現)の違い。
メフィスト賞京極夏彦の持ち込みから始まった新人賞。他のところでは扱ってもらえないような変わった作品も受け付ける)がどういった賞か。
非常に面白かった。

また、今作の感想において印象的だったのが「対比」という意見。
の対比。繰り返す自殺未遂【死】と朝食やミートパイの細かい食事描写【生】。
動機。樽宮殺害に対する、知夏のサイコパスと呼称されるような複雑で煩雑な動機と、堀之内のあまりにも平凡で普通な動機
確かに。。
・・・僕もこれほどまでに深く作品と向き合える力がほしいなと思った。