己の愚行を思い当れ。
貫井徳郎『愚行録』(東京創元社 2009年)の話をさせてください。
【あらすじ】
閑静な住宅街でおきた一家四人殺人事件。
真相をさぐるべく、五人の人物にインタビューを行うが・・・。
誰が、何のために、彼等を殺したのか。彼等は何故殺される必要があったのか。
【読むべき人】
・人間関係がきしきし苦しい人
・嫉妬したことがある人
・日頃からマウントに精を出す人。偽山ガール。
【感想】※ネタバレあり
新年早々読むには暗い話だが、良質なミステリ。
三分の二まで読むに当たり犯人に関する伏線が全く見えなかったので、
まさかの有耶無耶パターン化と思えば、
最後の20ページで綺麗に判明。そこに伏線あったんかーーーい。
たぶんこれ「田向夫婦=兄妹」というミスリードも含んでいると思うんだけども、まぁ騙された。お前かい。
そして忘れかけてた、無関係に見せた初めの記事の伏線回収はお見事。
最初に新聞記事をもってきて、最後に回収するあたり、我孫子武丸『殺戮に至る病』に似ているなと思いました、まる。
だけどこの小説の真髄は、
ミスリードも含んだ良質なミステリのストーリー展開ではない。
描かれる数々の『愚行』だ。
何せタイトルが『愚行録』だし。
インタビューを通して、殺された夫婦の愚行が中心に描かれていく。
男女関係を画策する夫の愚行も嫌だけれども、
女性に生まれた以上僕は妻の愚行が特に心に残った。
例えば、p.124から始まる「4」の慶応の話。
まず女子のマウントが、生々しい。誰もが避けて通れない、人間関係の上位に立とうとする本能。それがまざまざと描かれている。「内部」「外部」という言葉がその醜さにリアルを与える。
一見平等に見せてても、皆目を合わせて「平等」を演じているにすぎない。
また「育ちが良い」「育ちが悪い」続けて目を瞑っていた些細な問題も、まざまざと書かれていて、嫌だ。やめてほしい。
思い出す。
「貧しい」「地方出身」「多兄弟」。
そんなフィルターを通して人を見ていなかったか。
フィルターによって、人間関係を取捨選択してこなかったか。
・・・この「愚行」は登場人物のものだけじゃない。
細かく彼等の「愚行」を記録することで、
読者の日々行う「愚行」にも目を向けさせることが、
この小説の真意なのだろう。
また、この妻のような女、本当にいる。
自分を常に中心に据えるよう画策する一方で、周囲の評価を全く落とさない、女。
巧みなのだ。
僕の大学時代も、いた。
彼女はいわゆる委員長タイプで皆から「しっかり者」「きちんとしている」「真面目」という評価を常に得ていた。就職先も手堅い公務員。
「性格きついとこあるけど、悪い子じゃない」
そう思ってた僕は彼女の掌の上。
女はおろか、特に男は馬鹿だから騙される。
ただ、彼女は特定の誰かと強く仲良いわけではなかった。卒業旅行も友達とは行っていない、と思う。
「特定の誰かと仲良いわけではない」。妻の特徴でもあった。
そりゃそうだ。頂上の玉座は一つで十分。
二つ目なんて置こうものなら、蹴落とせ。優しく、優雅に、笑顔で蹴落とせ。
この筆者の小説は初めて読んだ。
物語の大筋も素晴らしいが、所々に散りばめられる人間の心理を突くような筆致が唯一無二。
例えばp.90の「モテる女とは」とか。
p.275の「悪女の会話」とか。
しゅごい・・・しゅごいよお・・・ふえええ・・・・。
早稲田卒業のおじさんの言葉は、重みが違うぜ。
やっぱり、この本と結構類似している点はあると思う。
先述したように、やっぱりストーリー展開が結構似てる。
あと推理ものではなく、叙述にトリックを仕掛けているところも似ている。
そして物語自体が登場人物ではなく、読者に向けられたものであるところも。
といえば、
もう一冊浮かぶ。
愚行録と比較すると、
インタビュー形式で進むところがまず似ているのと、
嫌な「あるある」心理描写が延々と続くところが似ている。
これはミステリではないし作家の文体も全く違うけれど・・・案外結構近いのではないか。
ちなみにこの『死ねばいいのに』は、僕が今、一番好きな小説。
じゃぁ愚行録も好きなのか?と言われると、違う。
新年早々読むには暗い話、
『愚行録』は読後感悪すぎるので・・・。
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2020522 一部加筆修正しました。
ちなみに、この記事で書いた「頂上に君臨する女」は、
職場で出会った公務員と結婚しました。
きっと無意識に順調に人生を歩み順調にキャリアも積み順調に家庭生活を営み順調に長寿を全うするのでしょう。
20200528 一部加筆修正、画像添付しました