小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

高橋克彦 京極夏彦 夢枕獏他『さむけ』ー「良作」ホラー短編集ー

僕は短編集が好きだ。
特に不気味・不思議系の話が好き。
だからタイトルを見た刹那、脊髄反射この本を手に取っていた。

高橋克彦 京極夏彦 夢枕獏他『さむけ』と、最後に僕が思う名作ホラーの条件の話をさせてください。
高橋克彦 京極夏彦 夢枕獏他『さむけ』(1999年 祥伝社
※僕が買ったのは2017年に復刊されたもの。
 祥伝社の復刊希望文庫本ランキングで1位をとった短編集だそうだ。




【収録作品】
高橋克彦「さむけ」
京極夏彦「厭な子供」
倉阪鬼一郎「天使の指」
多島斗志之「犬の糞」
井上雅彦「火蜥蜴」
新津きよみ「頼まれた男」
山田宗樹「蟷螂の気持ち」
釣巻礼公「井戸の中」
夢枕獏もののけ街」

【おススメしたい人】
・ホラー・不気味系好きな人
・読書中級者

【全体を通しての感想】※ネタバレを含まない
良作だ。40−50ページほどの作品が多く、どの作家も与えられたページ数で己の力を遺憾なく発揮している。手抜き作品はない。
「ループもの」「ミステリーもの」「定番の結末」等あらゆるジャンルを網羅しており、読書中級者は間違いなく満足すると思う。さすが復刊アンケート1位をとった短編集なだけある。

ただ50ページほどの短編が並ぶ、トータルで400ページ弱の短編集になるので、読書初心者とか本を読まない人だとかにはあんまりおススメできない。良作であるが、全員が全員すらすら読める作家ではないうえ、個性的な文体・内容の作品が目立つ。
同じ祥伝社文庫の短編集なら百田百樹『幸福な生活』読めばいいと思う。短く、シンプルで、おもしろく、最後泣ける。彼は長編や政治的うんぬんかんぬんで注目されるんだけれども、短編集は秀逸なものが多い印象なんだ。2冊しか読んでないんだけどね。
閑話休題
百が多い禿の先生については、また別の記事で。。

今回僕が気に入った作品は、多島先生の「犬の糞」と新津さんの「頼まれた男」。
以下、やんわりネタバレをしながら一遍一遍徒然なるままに語りたいと思う。

【内容について】
高橋克彦「さむけ」:作家志望の男がマンションの留守番を頼まれたが・・・。
一番短い短編。まあ30ページくらいあんだけど。
最後の畳みかけのスピードが見事で、最後に「さむけ」が走る結末。背筋が凍る。予想外の角度から突き刺された結末の冷たさに、ぞっ。
読書メーターとかアマゾンとか見ても「この作品が一番好き」と言ってる人が多い。表題作だしね。
ただ、僕としてはぶっちゃけ「いまいち」。★3にも満たない。
高橋克彦緋い記憶』『蒼の記憶』『前世の記憶』(全て文春文庫)の「記憶シリーズ」を一読すると、彼がいかにすばらしいホラー短編作家かがすぐわかる。これらに掲載されている作品と比べると、やや劣るのが否めない。
逆にこの作品が好き!という人は、「記憶シリーズ」是非手に取ってもらいたい。直木賞とってるから読んで損はない。絶対に。またこの短編集について記事を書くよ。
ちなみにこの短編集表紙がシュール超シュール。まじシュール。お気に入り。

京極夏彦「厭な子供」:新興住宅地に引っ越してきた夫婦に迫る悪夢。
厭だね。本当に厭な短編だった。
1つめ。子供の描写だ。幽霊でもない・妖怪でもない・超常現象でもない、不気味な存在を生々しく描いていてその存在を想像するだけで思う。厭だ。こんなのが家にいたら、たまったものではない。厭だ。
2つめ。日常生活の描写だ。主人公は生真面目なサラリーマンなんだけど、彼が抱えるストレスが、厭だ。誰もが思いあたるような、憎い相手に好きなことを言えない時のゆきばのない気持ちが緻密に描かれていて、厭だ。
前者と後者、本当両方とも厭なんだけど、8割は後者で埋められている。共感できるストレスの描写が延々と続く。だから猶更、厭な子供の存在がさらに「厭」に感じられる。こんなせり迫る状況で来てほしくない。性質的な「厭」にくわえて、感情的な「厭」が付随されている。
そして結末。厭。特にp.105の7行目の描写が本当無理。擬音語があるだけでこんなに嫌悪感を催すとは。
ちなみに、この作品『厭な小説』という短編集にも掲載されている。単行本・文庫本ともに「厭」な本になっている。表紙は「厭な子供」がグラビアを飾っている。ああ、厭だ。厭だ厭だ厭だ。
「るう」

倉阪鬼一郎「天使の指」:山奥の神社で行われる悪夢のような儀式とは。
今作で唯一の
が出てくる作品。その被害者が「天使」と称される無垢な存在であることがいたたまれない。
でも作者は「グロテスク作品」を描きたいわけではない・・・と思う。グロが中途半端。多分グロを期待して読んだ人は肩透かしをくらうのではないか。2ページにも満たないし、約2ページしかでてこない。
多分作者は「儀式の異質さ・神聖さ」を描きたかったのではないか。
この作品グロにばっか注目が集まるんだが、その前後の描写が非常に異質。現場まで各々車で向かったり、一年に一回顔つき合わせるよそよそしさと親しさの混じった会話であったり、「普通」の描写が多々あった後に行われる「グロ」。その落差が儀式の異質さを際立たせる。
そしてその後の処分も非常に異質。みんなでずるずる食べるなんて、僕は初めて読んだ。
一方、神聖さにおいては当番の決め方とか、主人公が終盤で経験した現象は描かれている気がする。
その異質さと神聖さが混ざりに混ざっての、最後の結末。さむけ。
ちなみに。この作品全編儀式について書かれているから、ちょっと場面が想像しづらいところが多々あった。儀式についてあんまり読まないからさ。僕の読解力が足りないだけかもしれないんだけどね。

多島斗志之「犬の糞」:三上家の前に置かれる犬の糞。飼い主の岡部に文句を言いに行くが・・・。
「うわあ」と思った。うん。うわあ。
ご近所トラブルを描いた作品。犬の糞というすごい細かなきっかけからめくるめく。割とよかった。
近所にいる絶対関わりたくないと思う変人の描写が特によかった。職業、服装、口調、持論。どれも「うわいそう」と思わせるポイントを絶妙についてきていて、素晴らしい。、三者が来ちゃうんだけども、そこの息子の描写も良き。やんわり無職、やんわり基●外みたいな。
トラブルの終始を非常にわかりやすく説明しているところもよかった。こじれていく様を非常に丁寧に、且つ易しく説明してくれていてストレスなく読める。ストレスをノンストレスに読めるすばらしさ。
また、結末の描写もよかった。すらすら読んでたらいつの間に「あれ?」っと落とし穴に落ちる展開が良かった。怖い。小説だから分かるこの後味の悪さ。
読書メーター見ても、大人気なのは頷ける。僕も好き。
ただ、僕が本当に「さむけ」してのはこの後。この先生は詳しくなくて、wikiでどんな人か調べたんだ。そしたら2009年を最後に失踪されているそうで・・・。ええ・・・。

井上雅彦「火蜥蜴」:少女が博物館で見た幻影は、燃える。
ゴシック作品。文体も、内容も。舞台もこの作品だけ西洋だしね。タイトルも、火蜥蜴と書いてサラマンドラ」と読む。ポケモンではないぞ。
文体が独特で、普通の小説より、詩に近い。場面が想像し辛いという欠点はあるんだけれども、場面が非常に美しい文章で書かれていて、読者に強い印象を残すことに成功している。特にp.203-p.204の蝋人形が燃える場面が僕は好き。
内容も良かった。「博物館で少女死んで終わるんだろ」と思ったらまさかの展開。後半場面は一気に変わる。少女が成長するんだね。それで最後の最後、そうくるかと。予想外だった。
美しい文体と予想外の結末。この2つが共存した作品って意外とないから、好きな人はがっつり嵌るよね。服部まゆみ『この闇と光』に通じるところがあるね。
ちなみに、井上先生の描写・作品は個性的なものが多い。メルヘンなところがある。グロテスクメルヘン井上、って感じ。
そんな井上先生が「ファンタジー」を強く意識した今作品なので、「好かない」「嫌い」という人が多いのも仕方ないね。
異形コレクション、いつか読んでみたいなぁ。

・新津きよみ「頼まれた男」:妻を殺害っした男が、定年を目前にした刑事に話し始めた動機。
この本の中で一番ミステリーしている作品。だがホラーを期待した人でも十分に楽しめる。秀逸な作品。
謎は「何故夫が妻を殺したか」。
謎が明らかになる最期の妻のセリフが、夫の心と、読者の心をがしりと掴む。がしりと。離さない。
そんな真実があったのかという驚きのクライマックスと、妻の夫への振り絞るような滾る気持ちが鳥肌を立てる。
また、ここまでにたどり着く30ページあまり続く描写も素晴らしい。退屈させない。無駄な描写が一文字たりともない文章力と、初登場がまさかの排泄中というなかなかなヒロインのキャラクター力が素晴らしいんだと思う。
そして、この謎解決を踏まえたうえでの、刑事とその妻による最後のシーン。
「ちゃんと言わなきゃ伝わらない」メッセージ性が強くて、僕はとても気に入った。全国の熟年離婚危機に怯える男女に、この作品を送りたい。

山田宗樹「蟷螂の気持ち」:「優秀な遺伝子がほしい」彼女はそう言い放ち、研究者に体の関係を要求するが・・・。
典型的ホラー作品。蟷螂と書いて、カマキリと読む。
話の途中に蟷螂の話があった地点でオチは多分本読んでる人ならば条件反射でわかったんじゃないか。その通りの結末が起こるので、ちょっとそこがつまらない。46ページにもわたってやることではない。
蟷螂、というのはヒロインのことを指す。生真面目さのわかる地味なスーツであるとか、行為の後に出されるウーロン茶であるとか、小さいところも作ってある感じがする。
「感じがする」というのは、僕はそれらの設定が「とってつけた」ように感じる。
例えば、扱う題材が「蟷螂」であるのならばウーロン茶より緑茶のほうが適しているのではないか、とか、瞳の光彩の描写をもっと合間合間はさむべきなのではないか、とか。・・・ほら、虫の瞳の色彩は綺麗なイメージ強いじゃないか。ビー玉みたいな濁った虹色。
「とってつけた」感の設定に、全く予想通りの結末だったから、正直。正直、この本の中で僕は一番好きではない。
読書初心者に最適かもしれない。

・釣巻礼公「井戸の中」:小菅雛子は姑が呆け(ぼけ)始めたのをよいことに、喫茶店を立てるため井戸を埋めようとするが・・・。
井戸を題材に、終始不気味な雰囲気が漂う作品。
見どころは、井戸を埋めたことでどんどん人間から「何か」になっていく呆けた姑と、「庭に迷っちゃったんですよぉ」と飼ってるヘビを探しに来る30歳のニートの不穏コンビ。10年間、平凡な生活を送りつつも、嫁として・妻として、立派に勤め上げた主婦が追い詰められる。
40ページにわたって。悪趣味だ・・・・。
ただ、この作品稚拙な部分が2.5つ見られる。小数点出て来たね。
1つめ。結末がよく分からない。
最後の行読んで、僕の中のサンドウィッチマン富沢が言ったよね。
「ちょっとよくわからない」
結末がもやつくのが嫌な人は、最後から読むのもありかもしれない。もしくはがっつり飛ばすか。
2つめ。緊張感がない。
全くない。なんか文章が足りないのかまどろこっしいのか、場面いまいちわからない。何がどうなっているのか、必要な情報が微妙に足りない。
p.346のように、改行を多々用いて京極夏彦を意識した描写もあるんだけど、場面が分からないからいまいち。
正直、この2つについては作家の責任というよりも、編集者の責任のようにも感じる。大物と並ぶアンソロジーなんだから、もう少しダメだししても良かったんでは?もしくは時間がなかったか。
後、残りの0.5。主人公の名前「雛子」って不釣り合いな気もする。古い広い家を舞台にする話なのに、「ヒナ」なんて現代的な響きを含んだ名前を主人公に与えていいのか。「まさこ」「ゆりこ」「くにこ」辺りが無難。古風に。
ちなみに、やはり力不足のせいか、この作者の作品は刊行が途切れている。wikiもない。無念。
ただこの作品を通して「不気味な感じをさせるぞ」という意気込みは感じるので、まぁ、嫌いではないかなぁ。

夢枕獏もののけ街」:謝ってばかりのサラリーマンがオヤジ狩りに会い、行き着いた先の幻影。
読みやすい。まじ読みやすい。僕が読んだ夢枕先生の作品は片手ほどだと思うのだけれど、そのどれもが読みやすい。今回も、漏れず。
「キマイラ」シリーズとか新装版がライトノベルのようにして売られているけれども、この文体ならば納得がいく。
ただ、正直僕はこの話もいまひとつに感じてしまった。カタルシスが足りない。
途中「願いかなえまっせ」系の店が唐突に出てくるし、いきなり時間が昔に戻るし、かと思えば現在に戻るし、結局夢オチっぽいし、後半がとにかく目まぐるしい。
結局店は何だったのか、夢?幻?を見せたのになぜ主人公は対価を支払わねばならないのか、妙に腑に落ちないところが多々ある。
多分これCLAMPXXXHOLiC」シリーズ地獄少女週間ストーリーランド「おばあさん」シリーズみたいな「願いかねまっせ」系シリーズの1編なのではないか。
大抵セリフは以下のように続く。
「願いをかなえまっせ、その代わり・・・・」
「その代わり」・・・代償が、「地獄いき」「死ぬ」とかといったように「現実の夢幻化」であるのならば納得いかないこともないのだが。
でもこうやって腑に落ちない細かいところを、全て読みやすい文体で踏み倒して結末まであっという間に持っていけるのは、流石大先生というところか。

以上9作品であった。いやー・・・長かった。感想が。でもアンソロジーは一人一人違うからついつい、ね。
大きく見劣りする作品もなく、且つ面白い作品の方が多かった。良かった。良作。

ただこれだけ読んで、感想書いても僕がこの作品を「名作」と言わない理由は一つ。
「僕が後悔していないから」。

ホラーの名作というのは
「読まなければよかった、こんな本」
となる本のことだと思う。要するに後悔する本。
僕は今回この「さむけ」を読んで「うんまぁまぁ良かったなぁ。新津きよみ、この人の作品今度探そう」とかのんきに思っている。これでは、だめなのだ。
どんなに怖くてもどんなに文が巧みでも、良作どまりなのだ。

僕はホラーに「後悔」を求める。

ちなみに僕が「名作」と思った短編集は2つある。



1つめが平山夢明『他人事』(2010年 集英社)。
2つめが小林泰三玩具修理者』(1999年 角川文庫)。


これらの作品は機会があればまた徒然なるままに書きたいと思う。