小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

此元和津也『セトウツミ③』-報われないから三角形は美しいんだ。-

 

 

僕「あ・・・あのねあのね、セトウツミ3巻読んだんだけど・・!!!・・は、はつはつ、ハツ美ちゃんがかわいくて・・・!!!!」

 

 

 

大園玲さん「ふふ・・・かわいい」

 

 

 

(おおぞのさんのがめちゃかわいいよおおおおおおおおお!!!!!!!!)

 

此元和津也『セトウツミ③』(秋田書店 2015年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【あらすじ】

男子高校生、瀬戸と内海。

いつもの河原で暇つぶし。関西弁で無駄話。

描き下ろしを加えた、放課後トーク11編。

裏表紙より

 

【読むべき人】

・会話劇漫画が好きな人

・キャラメル好き

・猫アレ

 

 

 

 

【感想】

まぁこれミーグリ(握手会代替で行われているオンライン通話会)で話す内容ではないんだよねそんなこと知ってるんだよ。でもついつい話さざるを得なかったんだよこんちきしょー。

「五月雨よ」のミーグリにまで遡る。経験者は分かると思うんだけれども、いくつかの部に別れて予約すると、その隙間時間が結構暇なんですよね。2時間くらいで微妙な時間だし。じゃあここはと、大園玲さんが唯一われわれ人類に教えて下さった漫画「セトウツミ」の2巻3巻を読みながらぷぅ~と待っていたわけですな。ぷぅ~。

そしたらまさかのここで、ニューヒロイン★ハツ美登場。

可愛くないのにめっちゃ可愛いんですよ!!!

想い人にはうまく話せないくせに、それ以外の人間にはずけずけ言っちゃうその気難しい感じが超絶共感で、ワア!!!になりましたね。ワア!!!

さすが大園さんがご享受してくださった作品・・・やっぱめちゃくちゃ面白くてついつい読み込んでしまって、そして上記の会話に繋がる訳です。

僕「あ・・・あ・・・は・・・はつみがはつみが」

ちぃかわかよ!!!

ちいさくもかわいくもねぇよ!!!!

 

なのでこの漫画で一番好きなキャラクターはハツ美です。

今ペット買ったら間違いなく「ハツ美」

Twitterのアカウント増やすなら間違いなく「ハツ美」

ポケモンはじめたら間違いなく主人公名「ハツ美」

にしちゃうくらいには大好きですね。めちゃくちゃ好きやんけ。

 

以下簡単に各話感想を書いていきます。

一番好きなのは、樫村一期とハツ美が出てくる「描き下ろし」。

 

 

大園玲さんの去年の浴衣のアクリルスタンド

 

第17話 キャラメルと2000円

内海「そんなんええから今ナンボ持ってんのか財布見してみい!」p.8

内海「ボンジョビの考え方やん」p.12

間。・・・間と描いて「ま」と読む。そう、お笑いの漫才とかでも重視されるあれですね。あれを描いた話です。

初っ端に内海が間を思いっきり開けてブリブリ言わせるんですけれどもその間っぷり(まっぷり)が秀逸。いやそんな間あける?瀬戸いるのに?読者いるのに?

からの、この話の内海は結構キレッキレ。89になったりボンジョビの考え方やん」とツッコんだり。ボンジョビの考え方is何。てかボンジョビって屋号持ってんのてかボンジョビって人の名前だったんだ・・・・世界三大珍味と思ってた・・・フォアグラキャビアボンジョビ・・・。

また、瀬戸の家が自転車屋であり、とーちゃんがパチンカスであることも判明。今時こんな家庭の主人公居る?なんかほのぼのサイクルみたいな漫画は何回か目にしたことあるけどこんな埃クサい自転車屋の息子が主人公の漫画って何。セトウツミだよ。最高だよ。

 

 

第18話 大根とからし

瀬戸「じゃあ仮にサッカーヤメテ輝き失ったんやったらそんな時こそ支えたいいうのがほんまの愛ちゃうんか」p.28

吉田「なんか・・・難しいフランス映画観た後みたいな顔してはります」p.34

モテたい!!という話である。

ハツ美初登場回でもある。

内海には年下の美少女女子高生が告白にやってくるが、瀬戸にはハツ美が告白にというわけである。まぁ手紙だけど。

ただまぁよく見てほしい。ハツ美、胸めっちゃデカいんだよな。

でもね、意外とこれはプラスにならないんですよ。意外と胸はプラスになんねぇ。僕がおっぱいまぁまぁでかいからよく分かる。

確かに「巨乳最高~」とか言うんですけど、でもリアルで会うと実際男は顔とか表面上の性格とかそーいう所しか見てない。「巨乳最高~」なのはあくまでおかずにする時であって、リアルの相手を探す時にあんまり重視されないんですよ。

しかも肩凝るし。太って見えるし。Tシャツ着れば全部3Ⅾデザインになっちゃうし。

強いて言うならシルエットがまぁ女性らしい、というのもあるけどでも貧乳の方が似合う服多いのは確かですよ。

あんまいいことないっすよ。巨乳なんて。

其処も含めてハツ美が好きやねん!!!

 

 

第19話 戦争と虫歯

内海(ハツ美)「実は中学の時から瀬戸のことを知ってた どこが好きかと聞かれると全部としか言いようがない 今までは遠くから見てるだけで良かったけどただわたしという名のタンポポがそばで咲いてることを知っていてほしくてこうして伝えにきた」p.44

瀬戸「私的な表現力も凄いけどわりと自己評価が高いな」p.45

ハツ美回である。ハツ美単体カラー扉ちょっと見たかったなぁ。

凄い好きなんだけど相手を目の前にすると言えない、でもめっちゃ好き。ずっとずっと好きだった。あと自分をタンポポに形容しちゃうところ。うわぁ、この気持ち分かるわぁ。

でもそうこうもじもじしているうちに離れて行っちゃう、だからこうして会いに来たんだよな。うわめっちゃ乙女。めっちゃ可愛い。てか僕もそうだから、僕もめっちゃ可愛い。

内海(ハツ美)「瀬戸が誰のことがすきやとしてもわたしがどう思ってるかであってそれは関係ない」p.52

でも経験ないくせにこういう所の考えがガッチガチに固まっているのも乙女あるある。

ただハツ美は16歳の高校一年生で僕は28歳の限界フリーターなんですけれども・・・。

あとp.52の人差し指クロスハツ美、めっちゃ可愛くない?もう僕も色々限界だし人差し指でクロスして街中ねり歩こうかな。

あ、ちなみになんで内海(ハツ美)かというと、ハツ美が照れて直接瀬戸に言えないから全部こしょこしょ内海にやってそれを内海が話すからです。シャイかよ!!可愛いね!!!

 

 

第20話 オバケとロック

瀬戸「前はだいぶはしょったから今回はディレクターズエディションでお届けするわ」p.57

瀬戸のクモ嫌いディレクターズカット版の話である。クモ嫌いディレクターズカット版って何。

クモが怖いという話しを「オバケとロック」に例えた話。洋楽ロックに僕は造詣がないのでちょっと分からんとこもあったけれども。

でもこういう、何かを例える会話って友達との定番だよね。

あと中盤タイトル通りオバケも出てくる。

オバケ「なんもせーへん!なんもせーへん!!それに飛べへんし清潔やで!!」p.60

可愛いから今後も時々出てきてほしい。

ハツ美には及ばないけどな!!!!

ちなみに僕はクモよりも普通にゴキブリが無理。あと百足も無理。意外とセミは平気。触れませんが・・・。

 

第21話 確率と期待値

内海「瀬戸 今のはマーチンゲール法といってよくあるギャンブルの手法や」p.74

内海「確かに確実に利益が出せる方法やけど種銭・・・・つまりりんごが無尽蔵に無いと成立せえへんし相手側がりんごの上限決めてたらそこで終わりや」p.74

内海「瀬戸 大数の法則ってわかるか?」p.77

内海「例えばサイコロ振ったら最初は出目が偏るやろうけど回数を増やすごとにどんどんでめは6分の1に収束していくねん 50%の勝負はいつまでたっても5連敗なんか普通にあるぞ」p.77

やべーおっさんがやべーギャンブルを瀬戸に吹っかけて、それを内海が阻止する話である。普通に勉強になる。てか瀬戸がスラスラ解説しているが僕も8割くらいしか分からなかった。瀬戸に分かる訳ないだろ。

てか普通にマーチンゲール法を知っている瀬戸もやべえがおっさんもやべえ。容姿に反比例して溢れすぎてる教養。中盤宝くじの話が出てくるのだけれども、それは結構僕もうんうん聞いてしまった。

でもまぁ、なんでこーいうやべえおっさんってもれなくだっせえ短パンか、だっせえジーンズ履いてるんですかね。そのくせ入れ墨とかバチバチ入っていたりして、いやいや美的感覚どうなってんねんと思う。

 

 

 

 

第22話 下の句とケンカ

内海「エプロン何色か思い出したんかい!」

瀬戸「オータムカラーや!」p.100

エプロンの色をさすのにオータムカラーってある!?と初めて読んだ時ゲラゲラ笑ったけど今読むとまぁ別にそこまでだな。要するに赤っぽいと言う事だろわかる。

 

第23話 上の句とタンカ

内海「具体的に何色やねんそれ!」

瀬戸「多分紺色や!」p.108

オータムカラーは紺色ではないだろ・・・瀬戸・・・。

 

2巻のババ抜きの話のようにこの第22話と第23話は対になってます。内海側から始まるのも一緒。

樫村さんも出てくるんですが・・・内海←樫村←瀬戸・・・この誰も報われない三角関係感、たまんないよね。てか大学の時とか特にそうだったけど、だいたい三角関係になった地点で誰も報われないこと多くない?

ゆらめく、ゆらめく、ゆらめいて。

ちなみに、僕の大学の後輩で一人だけ唯一三角関係から彼女の座を勝ち取った子がいたんですが、その子がそのまま結婚したと聞いたときはちょっとドン引きしました。28まで喪女の自分を棚に上げて、でもまぁしましたドン引き。

最近三角関係の「まま」付き合う、要するに3人で付き合うという新しい恋愛の形もあるらしいんですがそれもそれでなんか違う気がする。

ゆらめく、ゆらめく、ゆらめいて、誰も報われない誰も幸せになんないそーいうのが三角関係で会ってそーいうさんかくこそ、尊い

 

 

 

 

出張版・前編

川坊主「俺そん時めっちゃ荒れてたから」

瀬戸「機嫌が悪かったんですか?」

川坊主「いや肌が」

瀬戸「ああ肌が」p,135

詐欺商法もちかけるオッサン(教養アリ)が登場し一気に治安が心配された河原ですけれどもとうとうもっとやべえヤツが登場した回。だって肌荒れてるし。よくないでしょ。「セトウツミ」の乾燥肌枠は内海なのに・・・。

 

出張版・後編

Q.Sくんとはこれからも友達?

府立高校に通う2年の少年Uくん「・・・・・・・・・・」

府立高校に通う2年の少年Uくん「・・・・・・・・・・」p.146

まさかの瀬戸逮捕からのドキュメンタリー番組展開である。

カオス。てかこれ、そもそもどこに出張してんねん。

趣旨が分かんねぇ!!趣旨が!!!

 

 

 

 

描き下ろし・イチハツミ

ハツ美「ふーん・・・ていうか樫村さんツインテールとかもうめっちゃ必死やん」

樫村「なんでタメ口なん」

ハツ美「説教っすか?」

樫村「うざっ」p.151

憧れのはずの樫村にはとことん強気で行くハツ美、生々しすぎて可愛い。しかも自撮りはめっちゃ研究しているという。

この2人の会話はいつまでもいつまでも聞いていたい読んでいたい。

だから4巻の描き下ろしもイチハツミっかな~!!?と思ってわっくわくして読んだら全然違って結構悲しかったです。番外編でこの2人緒会話だけで1冊出してもろへんやろか・・・。

あと他人の恋愛に対してめちゃくた冷静に分析出来るのも分かるわ、ハツ美。自分たちのはまったくうまくいかないのに。これなんでだろーね。ハツ美。

 

 

僕達全然、うまくいかない。

 

 

ハツ美「樫村さんは内海くんのことが好きやから!!!」(腹式呼吸)p.54

 

 

 

大園さんにセトウツミの話をしたときの記録。
五月雨よのミーグリの時

 

以上である。

ハツ美という2022年ベストオブキャラクターが出てきたので個人的には最高の巻だった。これだけ最高のキャラクターに・・・作品に・・・会わせてくれた大園玲さんに感謝・・・。本当に感謝・・・。

 

ちなみに作中でハツ美の容姿を「シオマネキ」に例える部分があるんですが、画像検索するとまじのカニなんですよね。

ハツ美がシオマネキなら、樫村はアサリ、瀬戸はヒトデ、内海はナマコだろうなあと思う。そういや静岡市内唯一の水族館が一般公開辞めるんだってね。

悲しいね。

もう結構ぼろいし最後に行ったのなんて10年以上前なのに、故郷の唯一の水族館が亡くなるということの哀しさ。

郷愁。

そーいうセンチメンタル主義漫画、セトウツミ。

僕も好きな先輩いたなぁ・・・。

もうあの日々は、戻れない。

・・・戻らない。

 

 

 

 

 

***

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1-2巻の感想

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三角関係と言ったらこの映画、になるんですよね。

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「わたしは最悪。」-30歳そこそこって一番人生について考える季節なんだと思う。-

 

 

 

 

人生は、止まらない。

 

 

 

見て良かったけれども、映画館で見る必要はまぁうん・・・なかったかなぁ・・・ていう映画です。映画館で初めて意識失いそうになりました。でも見て良かった。これは確実に言える。

 

 

「わたしは最悪。」(監督:ヨアキム・トリアー 配給:ギャガ 2021年 ノルウェー・フランス・スウェーデンデンマーク 主演:レナーテ・レインスヴェ)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【あらすじ】

アート系に才能のきらめきを見せながら、決定的な道が見つからず、いまだ人生の脇役のような気分のユリヤ(29)。

そんな彼女にグラフィックノベル作家としてせいこうした年上の恋人アクセルは、妻や母と言ったポジションを勧めてくる。

ある夜、招待されていないパーティに紛れ込んだユリヤは、若くて魅力的なアイヴィンに出逢う。

新たな恋の勢いに乗って、ユリヤは今度こそ人生の主役に躍り出ようとするのだがーーー。

ちらしより

 

【見るべき人】

・30を目前に控えている女性

・モラトリアムを捨てきれない女性

【ためらうべき人】

・癌患者、もしくは家族に癌患者がいる人

 

 

 

 

【感想】

本作を知ったのはサールナートホールにある静岡のミニシアター系映画館、静岡シネ・ギャラリーのTwitterである。

様々な作品を意欲的に公開していて、且つその紹介文が何とも魅力的。で、この夏映画がひそかなるマイブームになっている僕はTwitterを毎日ガン見。

そのなかでも特に惹かれたのは見に行こうと予定に組み込んでいる。「ハッチング-孵化-」とか。本作とか。

まぁシネ・ギャラリー、今回で行くの2回目だったんですけれども。

 

本作に特に惹かれた部分は、「30歳になった女性が自分の人生を見つける」みたいな文章。

分かる!!と思った。

僕は28歳、所謂アラサーなんだけれども、最近物凄く、人生を感じることがある。

・・・人生!

例えば仕事とか結婚とか子供の有無とか。一方で親の病気であるとか人間関係だとか。様々なことが渦巻いて様々なことが一気に押し寄せてくる。

もう若くないんだぞ。の一方で、このままがいい。20歳前後からずるずる引きずっている少女の感覚も手放せない。あれから体重は10近くも増えているというのに。

第二新卒」という言葉があるが、本来ならば、このアラサーの年代のことを指すべきだと思う。

今までを振り返って、とってもとっても生き方だとか人生だとかそういうのを考える季節。

 

静岡シネ・ギャラリーがあるサールナートホール。

 

 

その年代の、人生の分岐点・選択を描いた映画である。

年上の恋人がいながらも、年下の青年に恋い焦がれたり、現在は本屋でアルバイトをしているけれどもそれを生涯続ける気はまっぴらなかったりするユリヤ。

母、妻というポジションにまだ収まりたくはない。自分の人生を主人公として駆け抜けている実感がないまま、そのまま誰かの人生の脇役になるのは嫌だ。何かが欲しい。

仕事。今は本屋のパートで働いているけれどもそれを一生続ける気はない。けれども何を生涯やっていきたいのかは分からない。けれど生涯ここにいるつもりはない。

現状に不満はないけれど、現状が続いていくのは嫌だ。

そういうアンビバレントにはひりひりと共感した。

また、ユリヤは高学歴である。医学部に入学しその後心理学も学んでいる。

僕もまぁ、まぁ言っちゃうけどMARCH。看板学部ではない文学部だけどMARCH。所謂世間一般で高学歴である。

ユリヤと同様、勉強をひたすら頑張って大学に入学すればその後の人生は自然と開けると思っていた。

でも実際は違って、人生の荒波にもみくだされる。

その折り合いをようやくつけたうえで考えるに至るのが所謂アラサーなんだと思う。考える。考え過ぎちゃう。

人生って何。

予想外のことばっかだったけれども、このまま私は人生の主人公にもなれないまま、妻やら母親やら誰かの人生の脇役になるの。

そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。

でも今後を考えると当たり前のことだし、仕方のないこと。40・50になって子供が産めるとは限らないし、ましてや恋人はひとまわりも年上。子供が欲しいならもう今しかない。

だけれど・・・だけど・・・。

そのはざまから、走り出す場面が、このキービジュアル。

何もかもが止まって見える。

本当に、自分の求めているものが見えてくる。

ユリヤはそれに気づいてない。

気づいてないけれども、身体は走り出す。

人生は動き出す。

「人生は選択ーー時々、運命。」

日本版のコピーであるが、この瞬間を的確に切り取った言葉だと思う。

 

 



 

 

何もかもが止まった世界を、僕も確かに走ったことがあった。

今後も、走ることはあるように思う。

いつ・どこでかは全く予想がつかないが。

 

 

 

エレベーターに貼ってあるこの映画もラジオで佐久間Pがおススメしてて
見ようかどうか滅茶苦茶悩んだ。

 

ちなみに、僕が寝たのは本作の前半の部分です。

29歳(30歳)のユリヤが付き合っているアクセルは44歳な訳ですよ。集まるにしても、彼の友達には家庭があって、子供がいて、そこで彼女は居心地に悪い思いをするわけです。

あと、親。彼女が親と会話するシーンがあるんですけど、それもなんか退屈なんですよね。老後のこととか。アクセルの仕事のこととか。本当に退屈で退屈で・・・ここで一瞬意識を失いました。こういう、アラサーを縛り付けるあらゆるモノのつまらなさがリアルすぎてね。

眠い、眠かったけれどもそれはある意味この映画に没頭してたってことなのかもしれない。

そういった意味でも、退屈な時間を全て投げ出して放棄して、時間を止めてすべてを駆けだすシーンは爽快だったな。

 

 

そのシーン。よく見ると、「О」のところに様々なシーンが。

 

インターネットで検索すると本作を「ブラックユーモア」と書かれているのにビックリ。確かに、すぐにおっぱい出すなぁ、ちんちんも出たなぁ、とは思ったけれどユーモア部分そんなにあったか・・・?てか前半の眠たいシーンもある種のブラック・ユーモア

でもあれ、アイヴィンの元カノは面白かった。彼女は最高にミス・ブラック・ユーモアだった。大自然とちょびっと触れ合ったのをきっかけに、環境保全に突っ走り、ヨガ・スピリチュアルに目覚め、インスタにちょっぴりセクシーなヨガ画像を上げれば3万フォロワー。途中三つ編みをして、グレタをパロった髪型してたのはおもろかった。日本にもいるいるこういう人。環境ではなくてフェミニズム(笑)であることが多いけれども。

あと、アクセルのコミック関連の出来事は確かに皮肉ったところが多かったかも。映画化するにあたりおおいに改変されるのは、万国共通なんだね。あとアクセルと女性活動家の討論も面白かったな。

でもその一連の創作物案件は、アクセントとしては良かったかもしれないが、本作に必要だったかと言われると微妙。ヨーロッパの現代社会を象徴する出来事なのかもしれないけれども・・・うーん。そういう創作物の議論については、やっぱり日本のが進んでいて、そしてもうその議題も垢がついてる。

べったべたに・・・。

 

 

北欧の映画なので、途中マジックキノコのシーンがあります。
30で今更・・・みたいなレビューも見ましたが、僕も北欧に生まれてたら実際手を出すのは30そこそこだったと思う。

 

 

でも、本作で一番垢がついているのはそこじゃない。

終盤、アクセルが腎臓癌に侵されていることをユリヤは唐突に知る。

癌。

癌患者の描写。ここが本当イマイチだった。

 

見舞いに行くとアクセルは気弱そうな顔をしている。そして過去のユリヤと過ごした日々についてつらつらと語る。

そして言うのだ。

「君は最高だ」

2回目に出てきた時は抗がん剤よろしくあの帽子をかぶっている。

そして更に顔はコケて、とうとう逝っちゃう。

「生きたい」

 

うんざりした。

 

アラサーになると確かに、病や死というものは「現実」になる。

僕の母親も肺癌であるし、友達にも一人乳癌を患っている友達がいる。

癌はお伽話じゃない。人の死はお伽話じゃない。

僕達の生活の中に人生の中に、必ず組み込まれていく。

そういうことを伝えるために、アクセルは癌を患ったのだろう。

まぁ分かるんだけど、げんなり。元カレ・・・恋人関係にあった人が癌でそこに駆けつけてっていつのロマンス?ICUでぱこってんのか。いつの恋空だよ。

 

でも、でもでもでも、まぁこの物語じゃぁ病気になる身近な人ってアクセルしかいないし、分かるよ。陳腐な展開だけれども、彼が癌を患うのは分かる。俳優の演技も素晴らしく、やっぱ王道展開。ちょっとぐっときちゃったよ。

それでも僕は興ざめ。

癌患者になったからといって、人間は聖人にはならない。

癌患者になったからといって、悲観して物憂げに病室見ているだけじゃない。

癌患者になったからといって、常に死のことを考えているわけじゃない。

 

癌になったアクセルは気弱そうに病室を眺める所謂創作物の「典型的病人」として描写されていて、それが本当に残念だった。

癌患者も、元恋人が訪れたらおっぱいだって触りたいだろうし美味しいもの食べたいだろうし喜怒哀楽があるはずなんですよ。

鬱病患者ヨロシクずっと物憂げな横顔曝しているわけではないんですよ。

癌患者になったからと言って人間は変わらない。

性欲だのなんだのそーいう切ったないことを考えませんもう一生セックスしません欲ないです。全部諦めます。そう綺麗にいくわけがないんですよ。

あと癌患者になったからといって全てが赦されるわけじゃない。ムカつくところもあるはずだし、不謹慎なことを思っちゃうところもあるはずなんですよ。

そこらへんが全部ありきたりの美談になっているのが本当に残念だった。

結局ユリヤが写真家という道を選んだのも、そういう美談のうやむやで誤魔化された感じがあって、エピローグが唐突に感じられた。

前半あれだけ丁寧だったのに後半これかよ、って思った。

 

幡野広志という写真家を君は知っているだろうか。

30そこそこで血液のがんを患った写真家である。

癌になってから文筆活動もはじめて、特にcakesでのお悩み相談はHP屈指の人気コーナーだった。僕も単行本2冊持っている。

さぁどんな風に相談に乗るのかな・・・と読むとこれがまた凄い。ばっさばっさと切っていく。しゃあしゃあと思ったことを書いていく。

相談も癌関連のものもあれば癌関連じゃないものもある。人生相談という枠組みはあれどジャンルは多種多様。

彼の存在を知った時、僕は衝撃を受けた。

あ。

癌患者だからって、聖人なわけないんだ。

癌患者だからって、何もかもを諦める必要もないんだ。

確かに癌は深刻な病気だ。

でもだからといって、それに僕達は縛られる必要はない。

母親が癌を患う前に知った人物だけれども、本当に、前もって彼の存在を知っておいて良かったと思った。母の病を知った時僕は鬱気味になったけれども、彼の存在を知らなかったらもうその状態からずっと抜け出せなかったと思う。

ちなみに、大人気だった人生相談のコーナーは、炎上して終了した。癌患者も炎上するのである。大人気コーナーを失ったcakes自体も今年中に終了する予定なんだそうだ。

 

幡野広志という人物を知ってしまった以上、ちょっとこの作品における癌患者の描写は非常につまんなく感じられた。

前半のアラサー・モラトリアムが非常にリアルに描かれている分、後半のこの癌の描写が蛇足。

こんな、何番煎じだよ、って感じの癌美談見せられるくらいだったら、もっと作品の尺短くしてくれ・・・。若干やっぱ冗長だったんよ。それかあのなんちゃってグレタヨガ女の出番を増やしてくれ・・・。アイツ要素詰め込み過ぎておもろかったんよ。

 

 

ただ今後の生き方、仕事というものが決めるのではなく、自分の選択によって自然と決まっていく、その過程の描写は素晴らしかった。

 

 

わたしは最悪。

だけど不安や何やらに、抱えながらも悩みながらも毎日生きていくしかないんだ。

 

 

右がアクセル(健康)。
脚本がお涙頂戴だったけれども、終盤の俳優の演技力はすごかった。

 

以上である。

悪くない。面白いとは言えないが良い映画だとは思う。

アラサー・人生の分岐点を巧みに描いている。

けれども病。ここ関連の描写に不満が残った。古臭い。古臭すぎる。

アラサーのモラトリアムとか結婚するのかしないのか問題だとかその他全部2022!!って感じだったんだから、そこも2022!!にアップデートしてくれって感じだった。

 

癌患者が家族にいなかったら、多分そこは気にならなかったと思う。

でも僕の母親はあいにく癌を患ってしまい、僕もそのことについて考える時間が増えた。がん保険だけには入っている。

だから癌患者じゃない。もしくは癌患者が身近にいないアラサーには自信をもっておススメできる映画。

 

***

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同じくシネギャラリーで見た映画。

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つくね乱蔵『恐怖箱 厭熟』-時代は全裸。-

 

 

 

厭な実話怪談集、なんだけれどもどんどんおもしろくなっている・・・気がするのは気のせいですかね?いや、厭なんだけれども。いや、厭なんだけれどもって日本語もさ、おかしーんだけどさ。

 

 

つくね乱蔵『恐怖箱 厭熟』(竹書房 2021年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【概要】

家や土地の祟りから、悪行の報いとして受けた呪いまで、底冷えのする恐怖実話がずらり。

押し入れから属象と出ルミぼ絵のないゴミ。最後にみつけた木箱の中を見た途端、すべての記憶がよみがえる・・・「紗耶香様」

パワハラで辞めた社員らが結成する上司を呪い殺す会、その成果は・・・「団体交渉」

夜中に聴こえる赤ん坊の声。出所は背中の彫り物・・・「入れ墨」

藁人形の始末を任された集落の家。怠ると何が・・・「ヒトカタ供養」

屋根裏に座敷牢のあった家の跡地に建つマンション。事情を知る近隣住民は・・・「生贄マンション」

熟しきった怨念が放つまやかしの甘き芳香。戦慄の全38篇!

 

【読むべき人】

・端正な文章の実話怪談を望む人

・厭な怪談読みたい人

・スタンダードな実話怪談(ただし上質)が読みたい人

 

 

 

 

【感想】

何となく読みやすい。文章がするすると頭に入っていく気がする。

となると、見た目が美しいともいえる。

ところが、書いてある内容は腐る寸前の毒に満ちた者ばかりだ。

読めば読むほど、身体に厭な栄養が蓄積されていく。p.4

と、前書きにもあるように、3冊目のつくね乱蔵の単著はページを繰る手が止まらない。

平山夢明教祖の叙情さ、福澤徹三氏の叙事さの間をいくようなスタンダード(もれなく厭な後味付き!)の実話怪談がするすると並び、するすると僕はそれを食べている。

厭な栄養、と店主は言うが問題はない。

現実の方が、厭だ。

やってらんないよ、現実なんて。

そっちの厭さに比べれば、この厭さなんて何のその。

美味しい。美味しいよ。

今更身体に悪いと言われても、やめられるものか。

ほら。早く次持って来いよ

 

疲れた時、厭なことがあった時、僕はベッドで実話怪談本を読む。

そこに凝縮されたおどろおどろしさに身がすくむ思いをしながらも、癒される。うわこわぁ。たまんねぇ。たまんねぇけどやめらんねぇ。

やめらんねぇよ。

いくら身体に悪いと言われても。

煙草と一緒さ。実話怪談は。

 

一時竹書房が「実話怪談ジャンキー」という造語を作り出していて、僕はそれを鼻で笑っていたが、今ならその意味、よく、わかる。

 

 

 

 

特に良かった話を記しておく。

順に「三角関係」「添い寝」「消滅の森」「猫とおじさん」が特にぶっ刺さった。

 

「強制減量」pp.8-12:大学卒業まで丸々太っていた女性。育ての親の一人である祖母が亡くなり、初めて自殺を考えた。

え、なんで?となる一篇。

終盤祖母の幽霊がどろどろ出てきてはくれるのだが、その行動原理が全く持って意味が不明でえ、なんで?

生前から内心、つくづく孫の体重のことを気にしていた、とか?

それとも食欲の思うがままに食べて太り続ける孫を心の底では憎んでいた、とか?

どちらにせよ、祖母がめでたく成仏していない感じがしてそれがたまらなく「厭」だ。

ただ少し残念なのは、最後が切りっぱしのために、創作臭がすることだ。いやそうはならんやろ、と言いたい。病院なり寺社なりなんかするでしょ。

 

幽体離脱」pp.30-35:同僚の三浦曰く、

「お前さ、幽体離脱って知ってるか」p.30

原因究明のため、カメラを設置し三浦の部屋に泊まり、まぁいろいろやべぇものが撮れている。結果的に三浦が引っ越す。まではもうある種実話怪談のスタンダードオブスタンダードでまぁ見当がつく。予想がつく。

だけど、そこで起きている現象が生々しくてリアルで厭だった。

特に最後の最後、クローゼットを開けた後に起きた現象は意味がわからないしどういうことなのか。死者が生者に恋をした?セーラー服着ているあたりリアル「死人の声を聴くがよい」でおっけー?

最後絶対三浦死んで終わるだろ、と思ったら引っ越しで終了してるのは、「強制減量」と違い、終盤で一気に実話性が増して良い後味だなと思った。

 

「添い寝」pp.42-46:酷い借金貸しで財を築いた祖父の死。やっとこさ死んでくれた。遺産を貰える。酒を飲み酔いに酔って、その遺体でふざけた孫(長男)は・・・。

死んでも人間は変わらない。ということなんでしょうか。

生前性根が腐っている人間は、死後も性根が腐っている。ということなのでしょうか。

死者もしくは病人って、無意識に僕達は聖人のように思っている節がある。

きっと見守っていてくれるだろう。

きっと味方になってくれているだろう。

きっと・・・きっと・・・きっと・・・。

ばーか!!!!

打ち砕く様が気持ちよい実話怪談。

そうだよな、生前悪かった奴が死後いい奴になるなんて、そんな都合のいいことありゃしねぇよな。

最後の一文が素晴らしい。

折角手にした遺産も、病院と日々の生活に消えかけている。p.46

ただ、遺産は通常なら妻子で分けられるから、この孫の母か父、もしくは祖母に相続権があるのでは?死んでいるのか離婚したのか。そもそもいないのか。そこの言及が一節でも欲しかったなぁとは思う。

 

「紗耶香様」pp.51-55:

原口さんがモーニングルーティンを始めたきっかけは、とある女優のSNSである。p,51

現象自体は結構派手なんですけど、そんな怖くないんですよ。まぁ、まぁうん。記憶にないことをしちゃうのはあるあるだよね。実話怪談界隈だと、っていう感じ。

ただモーニングルーティン。これ。

つい最近聞くようになった言葉じゃないですか。未だにスマホ、ではなく、携帯の文字を見ることが多い実話怪談界において(私の読んできた本の偏りもあるとは思いますが)、時代に順応する速さ、凄い。しかも今年じゃなく去年の著書ですからね。ぱねぇ。

ただ最後の2行は蛇足だったかなぁ・・・。

あとハイキングウォーキング卑弥呼様!!!」を思い出した・

脳内の鈴木Q太郎「紗耶香様!!!!」

 

「旅は道連れ」pp.76-80:65歳の結城さんは新型コロナの流行で職を失い、車上暮らしを始めることになるが・・・。

現代日本版★ワンピース。

長い旅、どんどん増えていく仲間。

まぁまだナミ・サンジの初期で終わっているのでこの調子でどんどんブルック・ジンベエ・コーラの野郎、あたりとはいわず、100人200人と「巨大海賊団」に成り上がっていってほしい。

結城・縺・ルフィ「豬キ賊王に、俺縺ェ繧具シ?シ?シ?シ?シ?シ!!!」

 

 

 

 

「消滅の森」pp.85-89:

森が消滅したとき、あの村が無事のままとは思えない。

なんとかしてそれを伝えたいのだが、一方通行の夢ではどうしようもない。pp.88-89

最後の二行が素晴らしいと思う。

現代版ミッドサマーか?と思うくらい、いやそれ以上の惨劇が起きている。恐怖「体験」を越えるほどの出来事が起こっている。

が、それに恐れるのではなく案外すぐに慣れてしまい、それを踏まえたうえで同級生2人の無事を祈る心理が、非常に生々しく感じられた。

そうだよな。

どんなに周囲から不幸に見えたって恐ろしく見えたってお前たちが幸せならいいんだ。

そういやって折り合いをつけたであろう主人公の心理が痛々しいほどまでに分かるし、僕も実際この主人公と同じ立場になったら、同じことを考えると思う。

 

「三角関係」pp.96-99:新築のアパートの部屋で、心霊番組の映像ごっこをやった結果。

いやぁ・・・てなった。いやいやいや・・・いやぁ・・・。

正直初めは作者側のミスか?と思った。誤植や推敲の甘さは竹書房怪談文庫のお家芸でもあるので。

そしたら予想外の所に着地した。

いやぁ・・・。うん、いやぁ・・・・。

派手に起きる怪奇現象や、夜な夜なやってくる目がないもしくは血みどろの女より、僕はこういうのが一番キッツいです。

我妻俊樹氏の実話怪談が好きなのも、こういうのが好きだからですね。なので僕と同じく我妻俊樹氏の実話怪談が好き、って言う人には絶対読んでもらいたい一話。

 

「お大事に」pp.112-115:職場のドラッグストアに新たに配属された薬剤師の倉田さんはいい人だが・・・。

よく、創作で、霊感がある主人公(少女であることが多い)を迫害するみたいな話あるじゃないですか。「地獄少女」然り。

信じられない!!霊感があるだけで、そうやって人を迫害するなんて!!!って思うじゃないですか。

でも結局僕も村人側の人間なのかもしれないな。

いざその立場になったら、迫害するかも。差別するかも。

舞台が、かつて日本全国どこにでもあった農村のように、日本全国どこにでもある薬剤師がいるドラッグストアっていうのも良いですね。

考えさせられる実話怪談。

 

「藪蛇」pp.125-129:占い師3人同時に呼び止められた。

大きい声で言いたい。

白いワンピースはもう時代遅れ。

女の幽霊は、全裸が一番怖い!!!

あと、恐らく盛っていないであろうリアル感がひしひしと感じられる規模の話しである。僕みたいな素人が書いたら全然怖くない、無難な話で終わってしまいそうな規模。

しかし、後半文章のスピードを上げることで本当に「手の付けようがない」感を読者にも感じさせることで絶望的一話に仕上げた、つくね氏の筆力が体感できる一話。

 

「団体交渉」pp.130-134:パワハラ上司に向かって団体交渉。

「先生を流産させる会」という映画がありましたが、それを思い出した。

あと最後の発想には驚いた。確かにね。なるほどね。なるほど。賢い。

 

「猫とおじさん」pp.135-140:気が弱く優しかった叔父が死んだ。一人で暮らしていたその家を片付けに来た。

お願いだから帰ってくれ。p.137

うわぁ・・・いいねぇ・・・と思う。

気が弱くて優しいだけじゃ、生きていけないんだよな。

優しいこと≒正義と僕達は教えられてきたけれども、それをばっきり折られる感じがたまんない。

優しければ報われる。

善い人であれば報われる。

そんなに現実は単純明快ではないはずで、でもそういう単純明快であってほしいからこそ、僕達は神様であるとか仏様であるとかそういう存在を今まで何千年も何万年も信じて来たのではないのか?

人間の厭なところもぎっちりん詰まっていて素晴らしかった。

あと人は何故すぐ猫の首を切ってしまうのか。

 

「入れ墨」pp.170-176:舎弟が自分より立派な入れ墨をいれてきやがった。組織で慕われていた優男は・・・。

家族仲良く。仲睦まじく。そうまるで一つになるかのように・・・といったところでしょうか。うわぁ・・・って思う。

「団体交渉」もそうでしたが、つくね氏の集めてくる話は、人は安易に死なないんですよね。死ぬ以上の厭なことが待っている。

そして、死ぬ以上の厭なことって僕達が想像する以上にバリエーションがあって数がある。一つ一つ慄いてああはなりたくないわねと思う。

業が深い一話。

つくね版「東京卍リベンジャーズ」。

 

「日々のこと」pp.182-188:25歳の娘を村に嫁がせたが・・・。

多分こういう風習って、残っているんでしょうね。現在も。全国各地で。

手紙がいまだに来るという点が非常に現実性があって怖い。ここがなければえちえち風習頂きましたクポポポポポで済んだ話なんですけども・・・。

あと小道具の使い方がうまいなぁと思った一篇。

 

 

 

 

以上である。

レベル自体がそもそも高いというのは無論、この著者は年に1回1冊のペースで単著を出していて、その順番に「厭獄」「厭還」そして「厭熟」と読んできた訳ですが、年々さらに面白く、さらに怖くなっているんですよね。

常にベストを更新し続けられるのって凄いと思う。本当に。

そのペースだとだいたい横ばいの作者が多いので・・・。

 

じゃあ、じゃあ、だけれども、非常に不謹慎極まりない話、だけれども、

既に還暦を過ぎている著者。

この先20年後30年後、死ぬ直前に書かれた一冊・・・否、絶筆で終わる単著は一体どれだけのものが読めるのだろうか。

それを期待すること自体がもう「厭」な話なんだけれども。

 

***

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文中に出した我妻俊樹氏の実話怪談本。一番好きな蒐集家。

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朱雀門出『第七脳釘怪談』-首吊り死体に群がるバナナフィッシュは、実在するか。-

 

 

 

脳内の雅紀さん(錦鯉)「竹書房怪談文庫を初めて新品でしかも発売日に、買った、よ!!!」

 

 

 

 

朱雀門出『第七脳釘怪談』(竹書房 2022年)の話をさせて下さい。

 



 

【概要】

怪異の断片から巻き込まれる悪意の数々ーーー朱雀門出の人気シリーズ第七弾!

幼い頃より鬼や例を見る男が、それ以外に見えるという奇妙なモノとは「車輪を回す」

居酒屋で耳鳴りt同時に見えたのは真っ黒な・・・「ブクブクブクブク」

子供の頃に遊んでいた神社には賽銭箱に座っているお爺さんがいた「死んだ神さま」

友達が死んだのは箱から飛び出た刃物で首を切ったからなのに・・・何が正しい記憶なのか「喉切り箱」

二階の部屋から見える学校のプール、ある冬の早朝の異変「プールにいっぱい浮いていた」など44篇を収録。

 

【読むべき人】

・不思議系怖い話が好きな人

・良質な実話怪談本の新刊が読みたい人

 

 

 

 

【感想】

めちゃくちゃ楽しみにしていました。第七脳釘怪談。発売が今月と知ってからもうウッキウキで、発売当日買いました。新静岡ジュンク堂で。

 

本シリーズ、まだ感想は書いていないのですが、竹書房(怪談)文庫から出版されているのはすべて読んでいるんですよ。1巻、2巻、5巻、6巻。特に1-2巻は入手が困難で、ブックオフオンラインを数日粘る必要があって大変でした。

本シリーズを知ったのは、おススメされたからです。Twitter上の知人で怪談に詳しい方がいて、その方にお勧めの作品・作家はいますか?と訊いたら挙がったのがこの作者のこの作品だったわけです。

それまで名前だけは聞いたことあったのですが、すざくもんいづる・・・いかにも中2病な名前格好いい名前に気後れして一切視界の外にあったのであります。

でもこの人、この人が勧めるなら面白いだろうと思って当時1、2、5、6一気に4冊購入したんだけれども・・・いやはや面白いです。

特に5巻、「第五脳釘怪談」が傑作。竹書房怪談文庫の中でも歴代屈指の一冊だと思います。

と思ったら、今年の夏の竹書房会談文庫のフェアで5巻推されるみたいですね。

これから書くのは今月出た7巻の感想なんだけれども、このシリーズ何巻から読めばいいですか?言われたらまあ5巻。絶対5巻。なんちゃって5巻。かーらーのー5巻。絶対第五脳釘怪談読んでから本書を読むんだぞ。まぁこの7巻も面白いけれども。でも5巻からだ。一気に引き込まれるぞ。おねえさんとの約束だ。

 

 

 

噂の五巻。竹書房怪談文庫の中でも屈指のレベルの高さ。

 

朱雀門氏の話は不思議系が多いんですけれども、ばっちり怖いのが最高なんですよね。普通どっちかに偏りがちなんですけど。

簡単に印象に残った話のあらすじ感想を残しておきます。

ベスト3は「一 チョキとグーでヤミクラさん」「三十三 そうよ」「三十七 テントが張られる」

 

 

「一 チョキとグーでヤミクラさん」pp.9-21:ぐーちょきぱーでぐーちょきぱーでなにつくろー?なにつくろー?

最初の怪談ということもあり、一番記憶に残っています。

冒頭にしては結構長いんですよ。だいたいの実話怪談は3-4ページの話が収録されていることが多い。入口として短い方が読み易いからだと思うんですけど・・・。

けれど本作は13ページもある。

長い。

どんな話だよ~・・・やれやれみたいなテンションで読んだら。油断しましたね。やられました。

まず誰もが一度はやったことがあるこの「ぐーちょきぱーで、ぐーちょきぱーで」から始まるっていうのがインパクト強い。「とおりゃんせ」「かごめかごめ」等に絡んだ怖い話は読んだことあるんですけど、この歌絡みでは初だったのでそこに意表を突かれた。

からのタイトルになっている「ヤミクラさん」の不気味さ。

名前からしてもう不気味度マックスなんですが、そのジェスチャーもすっごい不気味で、でも自由に動く右手と左手があれば安易にできるジェスチャーでその分凄く生々しく感じられてとにかく最悪でしたね。最悪。

途中DVDが出てくるんですけど・・・令和の「呪いのDVD」これでいいんじゃないですかね。下手なスプラッター映像より超絶怖いです。

 

 

「三 掘り当てた太歳のこと」pp.29-34:幼い頃、正月に、みんなで太歳を食べた記憶がある。

掘りだしたものを食べるまではまぁ分かるんですけど、その後半「太歳を食す」の考証からぞわぞわが止まらない。ぞわぞわ。

同時に、朱雀門氏の怪談はああそうだ・・・先程のヤミクラさん同様、怖い、と同時にこのぞわぞわがたまんないんだったわ・・・と思い直す。

また、所謂「昔の家の風習」的怪談なんだけれども、当事者の話してが心から怖がっていない、受け入れている。むしろ、無関係の聞き手(≒朱雀門氏≒我々)のが怖がっている、ていうのも、リアルで厭だった。

 

 

「十一 絶望→希望寺院」pp.62-68:怪談バラエティで紹介されていた怪しい建物(小学校?)に行ってきた。

すべてが教室なのだ。怪談者さんの本には、理科室、職員室などの表示があるとあっかれていたが、そんんあものはなく、全部教室である。p.65

施設がめちゃくちゃ不気味。元小学校、なのは分かるんだけれどもその全部が教室、っていうのがたまらなく怖かった。

また、その後に起きる事象もえ?は?なんで?え?はえ?ほ?・・・ぞわぞわ~

一昔前で言うと、怪談新耳袋の「山の牧場」案件でしょうね。

でも時は令和。2022年。向こうの技術も発達しているんでしょうね。向こうってどこだよ。

あとチラシが出てくる実話怪談は基本怖いね。どこからポスティングしてきてんねんと。どこで名簿入手してんねんと。考えたくない。

 

 

「十八 死んだらバナナが生えます」pp.92-95:首吊り死体を目撃した。バナナが生えてた、気がする。

興味深い話。中学生・首吊り死体・第一発見者という条件が重なって見える、のであればそれはもはやそういう幻覚に近いのでは?

いや、それとも特定の条件下でバナナが生える裏技とか?え?この世界って裏技あるの?いやでもバナナって。いやでもバナナは栄養が豊富だぞ。でも死んでたら意味ないよ。

 

 

「十九 コウモリごっこ」pp.96-99:深夜、飲んで帰りに道を歩いていると、出窓に足を引っかけてさかさまに下がっている第一村人発見。

伝染るというのが怖かった。

朱雀門氏は「十八 死んだらバナナが生えます」に宇宙人説を見出していたが、僕はこっちの話しの方が宇宙人絡んでいるんじゃないかなぁと思う。仲間をそうやって増やして増やして、ある日一斉にはばたくのではないか。母星を目指して夜の空を一斉に。知らない人々の顔に紛れてそこに知人の顔一つでもあれば僕は発狂してしまう自信がある。

 

 

「二十二 ねじれた天使の吹くラッパ」pp.106-109:

翅が生えた、真っ白い、手足がねじれた人が見えるのだ。そのねじれたてあしが、生理的に受け付けない。p.107

その天使がラッパを吹くと・・・という話である。

天使系の実話怪談は実は何回か読んだことがあるのだけれども、このケースは初だ。出現方法は小さいおじさんに近いか。あと、だいたいが、「天使」に目をつけられた人は倒れたりもしくは何も起こらなかったりする。けれど今回はそのどちらにも当てはまらないケースなので、やっぱりニュータイプ

ちなみに「ラッパ」。というのは音楽とは縁が薄い人が使う言葉である。吹奏楽部とかジャズとか多少音楽齧ってれば「トランペット」と言うはずである。差別云々ではなくて、本当にそれはラッパなのか、とも思う。トロンボーンかもしれない。ユーフォニアムかもしれない。ホルンかもしれない。角笛かもしれない。悪魔の角で作った笛なのかもしれない。なんて思うのは考えすぎ?

でもこれがトランペット・トロンボーン・サックスでジャズセッションやってたらちょっとかわいいな・・・。

 

 

 

 

「二十四 生まれ変わり」pp.114-116:幼い時に見殺しにしてしまった友達と似た子供を見かける。

生まれ変わり関連の実話怪談も読んだことあるんですが、多分、本当にあるんじゃないかと思うんですよね。スピリチュアルとされている世界にそろそろ科学のメスをいれてもいいんじゃないでしょうか。ましてやそれが死後という、全人類不可避絶叫フィールドであるなら、尚更。

 

 

「二十九 宵の街」pp.135-146:

話自体、よりかは

そもそも夢というものは、体験したことや見た映画や、本の内容を想像したようなそんな脳にたまった記憶を眠っている間に整理するのだけれど、そのときに意識に上がってくる断片的な記憶を無理につなげたものである、と現代医学では説明されている。p.139

ええ!!そうなんだって思った。めっちゃ勉強になった。

最近僕は面白い夢見てないですね。考えていることがダイレクトに頭に出てきます。なくしものとか、欲しいものとか。昔の先輩後輩とか。親族とか。芸能人とか。ブックオフとか。ブックオフじゃない中古屋とか。

デジャブ、とかも1-2回体験したことあるんだけど・・・忘れちゃったな。

とにかく、夢と言う脳のシステムを簡潔に分かりやすく説明していて勉強になった。話自体はまあまあ。

 

 

「三十一 プールの水は血」pp.150-152:幼い時に見た怪物と同じ顔をした職場の先輩は、死んだ。

顔はヒトであっても、ニンゲンではない。腐った蛇か魚の死体から皮をむいて露出させた肉のように、たるんで生白い皮膚をしていた。p.151

ぞわわ~となった。死を予知するにしてもだいぶ間隔あいているし。神々しいモノから予知されるならまだしもなんかちょっと気持ち悪いし。起きる現象も怖いし。

文中で筆者も述べているが、「三十 男の子だよ」に出てくるものと類似しているものが出てくる。じゃあもうそれは、そういうモノで実在しているのでは?と思う。現代妖怪というか、なんというか。

話も怖い、というのもあるが、この話自体今後忘れないようにしたい。他の蒐集家の実話怪談にいつ出てきてもいいように。まぁ存在に確信を得たからといって別にって感じなんですけれども。

 

 

「三十三 そうよ」pp.158-166:

「そうよ」p.160他

夢か・・・?と思ったらそう語り掛けてくれる存在の話。

多分ただ肯定してくれるような存在なんでしょうね。

1回目は「これは夢だよね」p.160、2回目はああ、これは夢なのだと気づいた。p.163の直後に、現れて、

「そうよ」p.160他

と口にしている。

3回目は「これは夢ではないのか」p.165、と「ないのか」否定の疑問形になっているため、「そうよ」夢ではなくなってしまったように思う。

あと、僕達に記憶がないだけで、こういう存在は案外身近に普通にいるのではないか。

例えば、遅刻した夢を見て起きたらまだ間に合う時間だった!

例えば、準備していたプレゼンで大失敗をしてしまう夢を見て起きたらその日の朝だった!

とかそういう経験ないだろうか。僕はある。

それは、もしかしてこういう存在が、

「そうよ」

絡んだ糸をほぐすように、現実と夢を過去と未来を入れ替えているのではないか。

と希望を位だっくような神々しい姿だったらよかったんだけれども・・・。

別のTwitterのFFしている方も、本書を読んで印象に残った一篇としてこの話を挙げていました。本書のメインディッシュの一つであることは間違いない。

怖いよりぞわわ・・・よりなんだこの感覚は。

「そうよ」

 

 

 

 

「三十七 テントが張られる」pp.181-185:しかも家の玄関前に。

さらにしかも、ってな具合で、結構最悪な一篇。

テントたてるだけ、っていうのも罪深いですよね。うめき声が聞こえたり貞子っぽいモノが出てきたりそれ以上のことが起きてくれれば、う、うわあああああ!!!になるのに、深夜にテントだけ、というとまあいいか、となってしまう。つけいれられているな、と思いながらも下手に手を出したら怖いし放置しちゃう。

あと、深夜基本玄関って見ない訳じゃないですか。

特に本編同様一戸建てだと。

寝ている間にたっているんじゃないか?と思っちゃう辺りもぞわぞわして怖い。

バーベキューしないだけ、いいのかなぁ・・・・。匂いの心配がないので。あと多分こういうのが焼く肉って多分人間の肉なので。

 

 

「四十 血の滲む努力」pp.138-140:女子小学生の幽霊?と出会ってか部屋で怪奇現象が起きるようになった。

まさかの対処法。血がにじむってそっちかいという話である。

何見てたんだろうなぁ。やっぱ二次元のロリものかなぁ。

こういう性的なモノに弱い幽霊話は好きですね。ちらほら実話怪談本読んでると出てくる。

でも一方で、ラブホでも幽霊話多いじゃないですか。

やっぱ生者同様、死者の間でもえっちいのが好き好きど変態野郎もいればそういうのマジ無理潔癖野郎もいるんでしょうね。

あと気になったのはランドセルの色。だいたいさ、赤じゃん。でも今回はオレンジなんですよ。今僕は28歳なんですけれども、学年で1人か2人いたかいないかくらいの割合でした。でも今は普通にいっぱいいるじゃないですか。

あ~ランドセルの色の多様化の波があっちにも来てるんだなぁとしみじみ思った。というか最近死んだ子の幽霊ってことなのかな。

 

 

「四十一 頭の腫れた人魚」pp.201-203:

ある意味世界で一番有名な、人魚の話ですね。

有名な割にはこれに関する話は今まで読んだことがなかったので興味深かった。

でも、これは、その、一番有名なあの人魚とは、別の個体の気がするな。多分数体いるんじゃないかな。何なら、各地で増え続けているんじゃないかな。

 

 

「四十二 すごい毛」pp.204-210:アパートに男が訪ねてくる。男に持っている袋には何かが入っている。共に、食す。

意味不明な話。そんなことあるわけがないじゃないか。あるわけがない。そもそもあったらおかしいよ。おかしい。意味がわかんない。怪談でもないでしょ。夢見てたんだよ、夢。

脳に影響湧耐えるような薬物を摂取してもいない。そもそもが大変しっかりとした人だ。それだけに、その出来事だけが、異様で、どちらかというち恥に近い感覚を持っている。p.210

けれどこの数行が、実話なんだと知らしめる。

そうだよな。こんな意味わかんない出来事に巡り合ったら、恥ずかしいよな。

ましてやきっちりとした人なら尚更。

実話怪談体験者心理の再発見、が非常に印象深い一篇だった。

 

 

 

 

以上である。

流石に傑作、「第五脳釘怪談」と比較するとパンチはまぁちょっと・・・弱いけれども、それを差し引いてもなかなか面白い実話怪談本だった。一年に一度といわず毎月出てほしい。

 

ちなみに、竹書房怪談文庫のフェアに参加している声優の井澤詩織さんも本書を読んでいる旨をツイートしてました。彼女の選ぶ10選にはいまいち頷きかねる部分もあるので・・・そこに本書がランクインするかどうかが個人的な見どころですね。まぁもう10冊選定されてるんで変わることは無いんですけども。

 

***

 

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バナナ・フィッシュ。

 

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此元和津也『セトウツミ②』-安心して。君だけじゃない。-

 

 

 

あんなー。1巻はなー、推し・櫻坂46大園玲さんが好きな漫画ということで「尊い!!」「お兄ちゃんから「これおもろいで(鹿児島弁)」と言われて何気なく借りて読み始めて面白い・・・!!になった大園玲ちゃん(高校生)かわいい尊いああああ!!!!・・・ああああ!!!西暦何年だ!?2016年!?くらい!?私がブラック塾講師に就職して是枝ぜえ言ってた頃だねぇ!!!でも僕が横浜でアヘアへしていた頃に鹿児島で一人の女子高生の心をこの漫画がともしたことについて。ああ~~なんでこの頃漫画熱下がってたんだろ!!リアタイで追っていたらそれはもうそれはもう!!!ああーーー。あー。あー。でも待って!?え!?セトウツミって2013年からやってんのか!?そしたら私が毎日ゼエゼエいいながら八王子の山を登っていた頃!?その頃鹿児島に黒髪いや、バスケ部の時はショートカットだったって言ってたから黒髪ロングとは限らないか、でもまぁ黒髪の美少女美少女美・・・美少女中学・・・ああ~~~!!!中学生をそういう目で見るのは良くな

 

あー。

 

ああー。

 

此元和津也『セトウツミ②』(秋田書店 2014年)の話をさせて下さい。

 

 

 

【あらすじ】

関西の、とある河原。

瀬戸と内海。「喋るだけ」の放課後。

 

猫と遊んだり、トランプしたり、話したり、

男子高校生、瀬戸と内海のクスっとして笑えてクセになる放課後トーク10編。

 

裏表紙より

 

【読むべき人】

・リアル系雑談漫画を探している人

・猫アレ

 

 

 

 

【感想】

大学時代、そう2013年はまさしく1993年生まれん僕は絶賛花の女子大生時代だったんだけれどもその頃は一人暮らしをはじめて部活やってたからバイトもしなかったので生活費基本カツカツで、一瞬で終わる漫画なんてもってのほか、コスパがいい108円小説をブックオフで毎日漁るような日々を送ってたんですよ。高校の時は買い集めて全部読んで最盛期数えたら700冊はあったのですが、一部売り飛ばしたので実家にあるの含めて400冊くらいかなぁ、閑話休題。とにかく大学時代漫画熱下がっててしばらくずっと下がってたんですよ。

馬鹿。もうほんとうに馬鹿。

何故本屋でこの表紙を見てピンとこなかったのか。

こなかったのか!!!

この頃鹿児島県で尊い女子中学生大園玲ちゃんが本作を読んでいたというのに僕は!も~う!!

という訳で、今滅茶苦茶個人的にアツい漫画ナンバーワン!のセトウツミ。

 

読みました。読みましたよ。

CD複数枚買って、大園さんとのオンライン通話(ミーグリ)の話のタネになるかなって思って。6巻までまとめ買いしてたけど、まぁ1巻しか読めてなかったから急いで前晩読みましたよ、2巻。

そこで思ったのは、

「・・・あれ?とても面白い?」

いやね、知ってた。

だってさ、大園玲さんが唯一ファンに「好きな漫画」として挙げた本作ですよ。面白くない訳がない。

でもね、正直ね、まぁ1巻がピークだろうなと。出オチ感ある漫画だろうなと。だから比較的短く(全8巻)で終わったんだろうと思ってましたよ。

いやいや、違ったね。

2巻になったら、さらに面白くなった。

もうね、「面白い!」「尊い!」「面白い!」「尊い!」「面白い!」「尊い!」のせめぎ合いですよ大変ですよチョー忙しい!!

漫画を見る目がまだまだだなと、思わずため息ついちゃうセトウツミ、②。

 

・・・待って。瀬戸と内海が会話して「セトウツミ」ということは、大園玲さんとオンライン通話をしているこの数十秒間はまさしく「ゾノロドン」・・・っていうことなのでは。え、もしくは「マグゾノ」・・・?いややっぱ「ゾノロドン」・・・ひゃだ。ひゃ・・・ひゃだ!!!きゃー!!!!きゃぁーーーーあ!!!!きゃっ!!!

 

・・・あー。

 

 

 

あー。

 

 

 

 

 

以下簡単に各話感想を書いていく。一番刺さったのは第16話。

 

 

第8話 サンドイッチとおにぎり

瀬戸「男子高校生にはボリュームが不足しているのとスマートな感じが華につくけどたまごとマスタードがあってて美味いな」p.6

瀬戸「次これ食べよ 大学芋かな 大学進学を応援するお母さんからのメッセージやな」p.7

昼ごはん飽きたから弁当交換しようぜという話です。意味わかるけど分かんねぇな。

前半は瀬戸の、「内海の弁当」のグルメリポートなんですが、そこがめちゃくちゃ面白い。

特に上記の二か所。内海は手作りサンドイッチの弁当なのですがそこを「鼻につく」といけしゃあしゃあと言うところ。分かる。僕の母も弁当になった途端に献立が一気に減ってまぁサンドイッチなんて出ないですよ。18年間母の弁当食べてきましたが、まぁ見たとしても食べたとしても1回か2回くらい。皆既日食と同じくらいの頻度。だからもう弁当でサンドイッチ食べてるクラスメイトは心底羨ましかった!!なんだよその!レタス!トマト!チーズ!!うわとろけるちーずをとろけさせずにそうやってまいていいんかい!!逮捕されんのかい!!それは日本で赦されんのかい!!

そして内海の弁と言うには大学芋が入っているのですがそれに対する瀬戸の所見。すっごい適当なところがたまんねぇよな。大学芋なんて弁当どころか家でも出ないからな。28年間母の食事弁当をもそもそ食べてきましたが、母の手作りの大学芋なんて一回も食べたことが無い。まぁそりゃね、おやつにしたら大がかりだし、だからといってご飯のおかずになるわけでもないしすっごいコスパ悪い料理じゃないですか、大学芋。それがね、弁当に入ってたらそりゃあもう「いい大学頑張っていけやのおかんのメッセージやな」くらいは静岡県民の僕の口からでも、出ます。どんだけ弁当に時間とお金と愛情、そう愛情。もうさぁ、母さん、ウインナーと卵焼きはこりごりだよ~。

なので未だに僕はウインナー、自分で調理する時は焼かないですね。茹でます。焼いたのはもう一生分食べたので。弁当箱で。バーベキューでのウインナーや、フランクフルト等例外は除く)

あとオチ、オチが秀逸ですね。僕もよく出し忘れてました、弁当箱。

 

 

第9話 表とジョーカー

内海(今確かに見た 一瞬の狼狽 間違いない

一瞬見せたあの表情に安堵の光は一切無かった

一度目は怒りにも似た悔恨

二度目は報われなさに対する絶望

つまりこっちが・・・)p.27

内海(まさかメガネの反射 いや・・・瀬戸の角度 田中君の角度 どっちも微妙に光が)p.31

瀬戸と内海のババ抜き、内海目線である。

学業優秀、川原やった後は塾へ直行の内海である。

考えすぎ・・・!!

まさしくこの話しだけ読んでる感覚DEATHNOTE。月と書いてライトと読む。内海と書いてウツミと読む。

特に(間違いない)の時の表情が最高に内海月で最高でしたね。なんでこの作者半笑いの表情だけ滅茶苦茶画力高いの。最高だろ。

メガネの反射まで考え始めてのはもう凄いなと思ったね。あのポテトチップスの袋の中にモニター入れてる場面あるじゃないですか。あれを初めて見た時と同じ衝撃を受けた。その発想はなかった。

でも、この話で一番面白かったのは

内海(そもそもなんでおんねん 参加したらええやん

ババ抜き三人でやったほうがええやん)p.30

ババ抜きの審判をしている、田中君に対するツッコミのところですね。確かになんでおんねん。

 

 

第10話 裏とババ

瀬戸(え ババ来てるやん

ああええわ こんなもんは運や 

考えたってしゃあない

ババをこうしといたら取るやろ 内海意外とアホやから)p.37

瀬戸(ていうかなんでジョーカーのことババって言うんやろ

そういえば馬場ってやつおったな確か)p.38

瀬戸「なあ内海 今度早く来てオセロかチェスやろう」p.50

瀬戸と内海のババ抜き、瀬戸目線である。

あれこれ内海が考えすぎであったということが、つまびらかになるまさしく「裏」の回。

ジョーカーのことを、内海は終始丁寧に「ジョーカー」と呼びますが瀬戸は「ババ」と呼ぶんですよね。だから「表とジョーカー」「裏とババ」。扉絵もまたなかなか良い。

しかも途中でババから「馬場」、昔同じ部活だった馬場のエピソードを思い出す始末。瀬戸が内海ポジになるくらい、馬場君アホでおもろかった。僕の同級生にも馬場っていましたが、彼もなかなか見ごたえのある人間だったよ。

あと最後の台詞の伏線回収は見事だなぁと思った。提案したものが「チェス」「オセロ」と、徹底して不参加表明、審判としてのプライドを見せた田中真二普通にダイヤモンドゲーム提案しろやて。この男もなかなか見ごたえがある。

 

 

第11話 人間と動物

生物の木沢先生「そして我々人類のDNAはゴリラやチンパンジーとほぼ一緒やねんけど最近の研究成果で我々人類の全遺伝情報の15%は実はちんぱんじーよりもゴリラ寄りやということがわかってきたんや つまり我々ゴリラは」pp.56-57

の言い間違いから始まる話である。

こういうしょーもない言い間違いがツボに入ること、ある~!を描いた一話。我々ゴリラは。

てか、全遺伝情報の15%がゴリラに似ているんだ。豚とかなら納得いくけど。あーでも職場のクソババア、あれはブタとゴリラ、50%50%遺伝情報似てると思うわ。

あとこの話では、内海が描いたゴリラ君が出てくるのですが、そのキャラデザがENEOSのキャラクターエネゴリ君からインスパイアされたものでノスタルジー。エネゴリ君、今何しているのだろうか。調べたら2007年初登場。約15年前。初登場時が新卒で22だとすると37歳、そろそろ中間管理職といった頃合いか。そろそろウホッで誤魔化せなくなってきた。きっと会議かなんかでホワイトボードの前に立って、こういっているに違いない。「我々ゴリラは」

 

 

第12話 人と人

内海「コミュニケーションなんて演技力やん 親しくない奴と喋っててそんなに興味もないし驚いてもないのに えっ!そうなんですか!?って言える奴がコミュ力高くて可愛がられんねん」

瀬戸「なんか嫌やなそういうの」

内海「でもそれが大人になるってことなんちゃう?」p.83

エッモ。エモエモエモのエモスキー。唐突のエモはあざといわぁ。あざとい。

ちなみに僕はコミュ力あんまないので、其処で演技は致しません。僕が「えっそうなんですか」って言ってるときは大抵心の中も(えっそうなんですか)、僕が「え~すご~い」とそれっぽく言ってるときも大抵は(えーすごーい)と思ってます。

でもそれはそれでその度に心が動くから疲れるんですけどね。

だから最近言葉に心がこもってないことが多い。「えーすごーい」「そうなんですか?」「さすがですね」「申し訳ないです」。

でもそういう時は自分の中でかなり大げさに、10倍20倍くらい大げさに言えばそれっぽくなると気づいた。

「え!!すごーいっ!!!」「そうなんですかぁ!?」「さすがですっ!!!!さすが!!!」「申し訳ございませんでしたぁ!!!!!」

半沢直樹あれは大げさな顔芸がウケたとよく言われてますが、社会人の多くが実際心の中では半沢直樹並みの顔芸やってるんだと思うんですけどね。それでようやく上っ面のコミュニケーションが滑り出すというかなんつーか。

だからこういう「セトウツミ」、あの頃の何気ないしょーもない、半沢直樹にならなくてもいいやりとりが、面白く感じられて懐かしく感じられて、どっかのお偉い「半沢直樹」の心を射とめて、映画かドラマ化されたんじゃあないですかねぇ。

 

 

第13話 出会いと別れ

瀬戸「うちの猫死んでん」p.90

バルーンさん「ここへきてウツミの引きの弱さ何なん」p.96

内海「ミーニャンがお別れを言いに来たんちゃう?」p.99

瀬戸の誕生日と言うことで祝う気まんまんだった内海とバルーンさん。バルーンさんは1巻で出てきた無言で風船アートを作っていたあのシュール極まるピエロである。懐かしのバルーンさんもうきうきで風船アートを作る。だがしかしといった話である。瀬戸の両親の離婚の種になりかけていた飼い猫の死を告げられる。気まずい。気まずいぞ。

そこをとりつくろうとする内海が見どころ。彼なりに瀬戸を精いっぱい思いやった唐突のエモ(もしくは第12話から続く連続のエモ)の言葉を口にしたり、ただいつも通り普通に二人で座っていたり。特に後半の「ミーニャン(死んだ猫)が会いに来た」なんていつもの内海じゃあ絶対口にしない言葉だろう。

んだけれども、まさかの第13話。

ここへきて喋るバルーンさん。お前こそ何なん。

しかもめっちゃ流暢にしゃべるやんけ。

 

 

第14話 ストレスとペットロス

瀬戸「よしお前はミーニャンに似てるから名前は今日からニダイメや」p.102

内海「俺んちそのどこの家庭にもある軟膏ないわ多分」p.105

瀬戸「なんでファーブル的な観点からやねん」p.107

ミーニャンが死んだのでそのまま「ニダイメ」いいですね。とてもネーミングセンスがあるぞ、瀬戸。今まで1000匹以上のポケモンにニックネームをつけてきた私が言うのだから間違いない。

中盤、内海が「軟膏ない」と言う時の表情が見えていないんですよね。絶対なんかせっつねぇ顔ぶちかましてるわ。

そして終盤の瀬戸の「虫けらを見るような顔」とそれに対する内海のツッコミp.107これ、本書でいっちばん笑った。というか爆笑。何回見ても素晴らしい。瀬戸の今まで見たことのないなんともいえない表情。と、そこからくるぅ!?的な内海の「ファーブル的」という語彙力が見事にベストマッチした素晴らしいシーンだと思います。

ちなみに僕は大園玲さん関連のあらゆるモノを見る時にファーブル的表情になります。

 

 

第15話 カスタマーとセンター

内海「シリアルナンバー?ちょっと待ってください」

内海「F2MJ96B17M39C」

瀬戸「なんかの天才か なんかわからんけど」p.125

携帯の調子が悪いのでカスタマーセンターに懸けるという話です。まぁニダイメ登場回の跡なのでぶっちゃけちょい薄味。内容も、この話だけ改めて見てハッキリ思い出した。後の話はなんとなくは覚えてたんだけど。

そう、それはまさしく・・・この話に登場している馬場、馬場の顔のような存在感の話。

ちなみにみんなは形態のシリアルナンバー伝えるときどうしてる?僕は一回一回シリアルナンバーメモしてお伝えしてました。偉くね?

クレジットカードのセキュリティコードもこれだけ長かったら私の通販の買い物癖も幾分かよくなるのではなかろうか。

 

 

番外編

一期「樫村一期(かしむらいちご)17歳 由緒あるお寺の長女として生まれました 一つ下の妹は一会

そう一期一会」p.136

一期ちゃん視点のセトウツミである。

一期ちゃん、可愛いですね。顔も可愛いけど中身も可愛い。なんとなく瀬戸が惹かれて内海は全く惹かれないの、分かる。

目がきゅるんきゅるんしてる。

一期、ていう名前いいですね。樫村一期。響きも可愛い。イチゴという名前は某死神漫画の主人公でそれ以降なんか見ていない気がするのですが、でもこの漢字あてがうのは初めて見たなぁ。

というか、妹は一会と言っているけれども、妹じゃなくて弟だったらご両親どうするおつもりだったんだろうか。

樫村一会(かしむらいちえい)。

樫村一会郎(かしむらいちえろう)。

樫村一会進(かしむらいちえしん)。

長子の長女に「一期」と名付ける両親坊主の癖にやること結構ギャンブラーだなと思う。

あとルーベンスの絵、瀬戸が知っていることに驚き。知らないでいてほしかった。

 

 

第16話 ヒエラルキーとシンメトリー

田中(僕は二人の会話を聞くのが好きだけど話すのは苦手です バドミントン対決で瀬戸の卑劣な行為を目の当たりにし内海と二人で帰宅した際共通の敵をもって結束したかのような錯覚に陥りたくさん話をしました)p.154

日本漫画界屈指の審判キャラ、田中真二が、女手一つで育ててくれた母親に向けてひっそり河原で手紙を書くという話です。時節現れるニダイメがいい味出してる。

この手紙自体も凄い名文です。例えば上記。3人だと自分は確実に余り者の中で、2人が険悪になった時ついつい「共通の敵をもって結束したかのような錯覚に陥る」とありありと書いている訳です。高校生でここまで書けたら審判より芥川賞目指せよ。そう云いたくなるような、綺麗な日本語で人間の醜い部部分をありのままにきりとった田中君、お母さん、田中君はね、確かにヒエラルキー自体にも属さない人間」p.146かもしれませんけれどもね、しっかりしっかり育っていますよ。

でも、この名文にをうわまわる、内海の言葉がいい。

内海「心配せんでもそれなりにみんなそれぞれ不幸やから」p.155

短い分鋭く研ぎ澄まされている。

みんなそれぞれ不幸。

心配しなくても。

不安になんなくても。

みんな不幸。

だから大丈夫。

凄いなと思った。

 

まだ実写映画化に夢があった時代だ・・・。

 

以上である。

ぶっちゃけ出オチ作品かなと思ったら、巻ごとにどんどんおもしろくなる作品で堪らなかった。最高だった。特に田中君というキャラクターが母親への手紙と言う形で深堀されるとは思わなかった。

 

あとセトウツミは、リアル寄りの絵、もそうなんだけれども、リアル寄りの性格が描かれているから、人を選ぶんだろうなぁと思う。

この漫画を面白いと思える感性、大園さんと似た感性を自分が持っていることを、誇らしく思う。

 

ああー。

僕も大園玲さんに手描きのお手紙書こうかなあー。

でも手書きだときもがられるかなぁー。

アプリのメッセージ機能引き続き使った方がええんかなあー。

あー。

ああー。あー。

 

 

あー。

 

***

 

ぁー。

 

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「アシッド系下痢糞マガジン GEVO  第2号」-たんねぇ。-

 

 

 

※表紙画像閲覧注意

 

自殺特集と聞いて買った。

シカクオンラインで久々の在庫復活っていうし。

 

いやぁ~残念だよ。

実に残念だ。

 

僕はもっときったない!!下痢糞を期待していたよ。

 

「アシッド系下痢糞マガジン GEVO  第2号」(GEVO編集部 2015年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【概要】

今度のゲボは自殺特集!

 

巻頭グラビア4ページ 下田メギ死す

自殺イラストもりだくさ~ん! ご遺体どうでしょう

カルト映画批評 自殺編

小説 アウトブレイクスーサイド

まんが ドン・フライえもん

怪奇漫画のすすめ 自殺篇

4コマ漫画 傘豚

 

【読むべき人】

・まぁ・・・自殺取り扱った漫画・映画に関心がある人

・小説は結構エモかったよ。

 

【感想】

自殺特集。且つ下痢糞って言うからすっごい期待したのに全然じゃん!って思った。

下痢糞を名乗るんだから、

自殺を考えている人を呼んで「なんで自殺するんですか?」もしくは自殺を考えていない人を呼んで「なんで自殺しないんですか?」って聞くくらいはするのかなー

樹海に行って自殺した死体でも撮ってくるのかなー

もしくは実際見た死体のコスプレでもやるのかなー

自殺して生還しちゃった人にインタビューするのかなー

自殺の名所でも行くのかなー

自殺した知人の足取りとか追うのかなー

もういっそのこと編集部の一人が自殺でもしてくれんのかなーって思ったけど全然そんなことはなかったです。

 

内容がね、基本すっごい薄いんですよ。

自殺のグラビア、これ白黒だし。自殺死体一覧、これはもう専門書読んだ方がよっぽどためになるというかインターネットで検索した方が濃い情報が出てきちゃうし。漫画、これに至っては意味わかんねえし。

企画自体がすっごい薄っぺらい。表紙の写真見て中身期待した分凄い損した気分になる。こんなんで下痢糞名乗らないので欲しい。ただのこれは、「アシッド系パンフレット」です。健全です。

下痢糞名乗るならもっと狂ってもっと頭おかしくなってもっと下品なこと考えろや。

せめて樹海、まぁ、百歩譲って新小岩駅、あわよくば新小岩井駅のホームの隅でうろうろしている人にちゃんと勇気が出るように応援!くらいはしてほしかったですね。

健全が過ぎる。

 

ただ、映画批評・漫画批評、あと小説はまぁ良かったです。

映画・漫画はそれぞれ詳しい人にインタビューしているので言わずもがな。小説はなんか知らんけどエモかった。エモみが胸に残った。

ただこれはそれぞれの執筆陣が仕事をしただけであって、編集部の仕事ではないんでしょ?下痢糞名乗るならもっと汚い魂胆見せろや。

 

 

裏面は同人誌らしく印刷会社のロゴが!!!

以下簡単に各特集の感想を。

 

巻頭グラビア「下田メギ、死す」

撮影時の裏話とかじゃなくて、どういう設定で死んだのかとかそういうのを語ってほしかった。せっかくプロのメイクやるんだから綿密な設定の下ちゃんと自殺してほしかった。ちなみに、この下田メギさんのTwitter見たらVtuber化しててそれはまだわかるんだけどポケモンGO?していて凄く健全な健全な生活を送っていてもう僕が死んだ。せめてポケモン赤・緑とかやっていてほしかった。

 

LOVSTAR「ご遺体どうでしょう」

それっぽい絵だけですね。死体描写が秀逸な漫画を読んだ方が満足度高そう。「イノサン」とか。

プロじゃないんで中途半端なんですよ。この死体具合もまた。イノサンくらいド派手にグロテスクやってくれればカタルシスもあるんですけどね・・・。

コメントもまぁ調べるのが面倒だからってオリジナルのそれっぽいキャラクターを出すのはどうなんだろうって思う。まだミステリー小説とかの方が死体についての描写が詳しいのではないか。

てか巻末見たらお前が編集長なんかい。そりゃこんなぬっるいマガジン出来上がる訳だわ。

 

secilb「カルト映画批評 自殺篇」

主にロマン・ポランスキー監督「テナント 恐怖を借りた男」を中心に論じられている。これはちょっとタメになった。ポランスキー監督と言えば「ローズマリーの赤ちゃん」「戦場のピアニスト」やらで有名なポーランド出身の、映画に詳しくない僕ですら知っている監督である。その監督にこんな狂気にとちくるった自殺映画を撮っているなんて知らなかった。是非見たい。

他にも自殺を取り扱った映画が7つ紹介されている。黒沢清監督の「回路」は見たい。

 

さにし「アウトブレイク・スーサイド」

「だって、今時本気で思いつめて自殺する人いないもん」

ヒロインの台詞が凄く好き。自殺って言うのはそう、流行と同じくしてぴょい、と境界線を越えれば出来るモノだって気付いたのは僕は20代前半の大学生の頃でした。

このヒロインは女子高生の時に気付くんだからかなり早熟なそして賢い女の子なんだなぁって思った。そして、初めてパンケーキ屋に行くみたいにぴょいって行っちゃうんだから賢くて強くて凄いね。

 

スーパー軍司「ドン・フライえもん」

狂気が足んねぇ。ナメてんのかと。

 

緑の五寸釘「怪奇漫画のすすめ 第一回 自殺まんが編」

3、青木智子「自殺未遂」

読者である少年少女に、自殺の恐ろしさだけでなくメンヘラのめんどくささと相手をしていると最悪死ぬという事実をこんこんと説いた道徳的1冊です

メンヘラの相手をしていると自分もメンヘラになってそれで病んで自殺する。過程もちゃんと説くのが大事だと思う。助け合いが美しいこと、正しいこととされているからメンヘラはどんどん増えて歪んだアイがあちらこちらで誕生するんだ。

僕はこれを大学時代の友達同士のアベックで学んだ。法学部のある3号館でアンアンした話は何故か部活中みんな知っていた。

 

牡丹棚「傘豚2」

カサブタでリアルに悩んでいる芯Þからするとっもっとカサブタに対してこだわってほしいと思う。

物理的なモノではなくて、かさぶたをも痛々しくメリメリめくって(なおその時の西川は恍惚とした表情をしていることにする)、その皮を投げつけるくらいのことはしてほしかった。

もしくはもう目の前で目暮れていく様を見せて精神的ダメージを与えたうえで血液で直接目つぶし。

もっとカサブタに対してこだわってほしかったですね。

 

おいでよ!!下劣荘

こんな薄っぺらい下痢糞(笑)におたよりを送って来てくれる読者ってもうそれ神様だからもとたてまつって崇めておけよ。

 

やっぱ表紙は最高なんだよ。

 

以上である。

薄っぺらい。とにかく薄っぺらい。

自殺特集と言うことで買ったけれども、別の号買うことはまぁ・・・ないでしょうね。

 

***

 

LNKS

購入した同人誌屋のシカクが出した本の感想

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20220714 これは今年の初めくらいに書いた記事ですね。うっわ~自殺やん!!おもしろそ!!という高い期待値に裏切られた感情がダイレクトに書かれてますね。まぁしゃーない。その他にもシカクさんでは色んな同人誌を購入しているのですがもれなく積んでいる。しゃーない。

今のところ、どっかの公民館のフリーペーパーコーナーに置いてお年寄りの度肝を抜くくらいしか使い道思いつかないです。

 

金原みわ『さいはて紀行』-ここも誰かのさいはて。-

 

 

 

ハローハロー。

さいはての声が聴こえますか。

ノーノー。聞こえません。

 

 

 

いつか私もさいはてに、なるのかしら。

 

 

 

金原みわ『さいはて紀行』(シカク出版 2016年)の話をさせて下さい。

 

 

 

 

【概要】

改めて最果てとはどこにあるのかと考える。実際のところ、最果ては生活のすぐそばに存在しているのではないか。知らないだけで見ないようにしているだけで、例えばいつもと違う道を歩けば。何かひとつでも手に入れれば、あるいは何か一つでも失えば、すぎに最果てへと辿り着く。p.6

 

僕達のすぐそばにある物物・・・宗教、性欲、神様、生活・・・の果てっていったいどうなっているんだろう。

ううん、でもそこを「はて」と決めつけるのは傲慢だ。その「はて」にいるから人達からしたらそれが普通で僕達が「はて」なのかもしれない。

 

【読むべき人】

・珍紀行が好きな人

・ホームレスとかにふっと、想いを馳せてしまう人

 

 

2022年7月某日・・・
我々は「まぐろどん」を名乗る某日本人女性の一人暮らしの部屋を訪れた。

 

 

2022年1月14日2時36分、僕の・・僕の成れは手である自分がキーボードをたたいて半開きの目で、ディスプレイを見ています。

ブルーライトは意外と遠くまで照らさない。

僕の28年間生きて生きて生きはてた、しょーもない、つかれた、妙に子供めいた、うすら笑ってる、顔くらいしか照らさない。

 

大人になったら何になりたい?

将来の夢は何ですか。

大学は何学部を受験するんだ?

一体どこの企業に就職するんだ?

正規雇用か?非正規雇用か?

 

自己肯定感、とか(笑)

 

さいはてを抱きしめる・・・虚無。

 

 

 

 

【感想】

本書の存在はもともと知っていた。何で知ったか・・・というと確か「奇書が読みたいアライさん」・・・・のツイートだったと思うがあやふやである。違うかもしれない。

とにかく、ずっと読みたいと思っていた。

けどメルカリに良い値段の中古が無いから、じゃあヤフオクはどうかな~と思って何気なく覗いたら一冊いい感じであったので僕はそれを購入し即座に読んだ次第。珍しく、積まなかった。

まさしく、なんか僕が僕こそ「さいはて」で、なんか今読んでおきたいなって思ったから。インターネットに挙げていた文章であるから基本とても読み易いわけだし。

 

内容は、結構コアでマニアック。

意外と性的なところも構わずズブズブ行って、取材相手にそっと想いを寄せられる、っていうのは凄いと思った。

僕は童貞(メス)というのもあって、ストリッパーとか風俗嬢とかホームレスとかAV女優とかそういう人のバックグラウンドに想いを馳せることはあるけれど、性的な部分に接触となると生理的嫌悪を覚えてしまう。そこを優に超えるので、みわ先生はすごいなぁ、と思った。いや、もうそういうの気になんない性格だからこそ、「さいはてを旅する」という発想に侵されたのでは?といってしまえばそうなのだけれども。

 

これは何か?と尋ねるとネットで購入した古い温風機兼千分機との旨。
「ただ、壊れちゃって。でも気に入ってるからテーブルとしていいかなって(笑)」



 

「性のさいはて」:福島県唯一のストリッパー劇場

初っ端から、マリ嬢(60歳)くらいの勢い良い潮ふきからはじまるものだから、びっくりした。表紙詐欺じゃん。

でもその潮は生命って感じがビシビシ伝わってああ、やっぱ人間って性があってこそ生まれるものだし性があってこそ人間なんだなぁ、潮吹きわっしょい!!って思った。

でもまぁ僕はいいです。行きません。絶対に。

 

「罪のさいはて」:受刑者が髪を切ってくれる美容室

さいはて、といえど重犯罪者が出てくる超絶重重ドキュメンタリー・・・・ではない。

出所間近の女性囚が切ってくれるという美容室の話。

みわ先生のイラストで、その美容師(罪人)の似顔絵が描かれているのだが、何ともない普通の人でわかんなかった。こわかった。人は見かけによらず。否、出所間近だからこそ、「普通の」外見になったということなのかもしれない。

でも髪を切っても過去は切れない。し、切られた人が変わることもない。いくらシルエットが良くたって一ヶ月もたてば乱れてきてしまう。だから僕は美容室に行くのがいつもいつも億劫なんだ。

過去を切るには手首を切りなさい。というわけで、受刑者が手首を切ってくれる美容室、は「罰のさいはて」

 

「水のさいはて」:淀川を延々歩いてみたよ

純粋なくらいの性欲が濃縮されて生まれたハッテン場は、男だからこそ到達できる、ある意味では究極の性の形ともいえないだろうか。p.57

ハッテン場を穢れた場所として見るのではなく、性欲≒生命力漲るエネルギッシュな場所、と捉えるところに衝撃を受けた。みわ先生はきっと野獣先輩をバカにしない。ひどくフラットな大人なその目線に僕の幼稚さが恥ずかしくなる。

(ホームレス等の専門家村田らむさんとのイベントにみわ先生が参加した際)

その時初めて知ったのだが、ホームレスになる理由の中で意外と多いのは「財布をなくしたから」とうものなんだそうだ。

(中略)

でも確かに分かるかもしれない。

(中略)

お金もカードもない。身分を証明するものが無い。手続きには金が要るが、その手持ちの現金も何もない。

そこにあと少し、例えば身寄りが無かったり、職がなかったり等の条件が加わったらどうだろう。p.61

僕はここが一番印象に残った。

僕を僕たらしめることなんて、希薄。

「まぐろどん」「まぐろどんちゃん

「まぐちゃん」「ろどんさん」

目に見えない、繋がりこそが僕を僕たらしめる。

でもそんな、繋がりなんてスマホ一つ叩き割れば全て遮断。僕はそこにはいません。勤務先のショッピングセンターにはいません。そこの、静岡駅からちょっと離れたワンルームの部屋にはいません。免許証はユニットバスの隅に転がっておりました。

ホームレス、って要するに繋がりレス、もしくは自分レス、なのかなぁ。家を失うのは結果論な気がする。繋がり・自分を失う⇒家を失う。だって生活保護下で一人暮らししている人もいるし。その人たちとのホームレスの人たちとの違いは?

ピカソという爺さんが登場する。

あらゆる偉人の辞世の句を物物に書いて奇妙な小屋・・・もどきに暮らしてる、会話が成立しない、猫を飼っている、ただの爺さんである。辞世の句をたくさん知っているあたり元々頭が良かったと思われるが、多分多くの人々に馴染むことが苦手だったんだろう。

僕もこうなりそうで怖いなって思った。

ねえ。

僕の文章はいま君は確かに、ねえ確かに、読んでいますか?

繋がっていますか?

ハローハロー、僕の文字が聴こえますか?

 



 

「異国のさいはて」:男同士のセックスが見られるショーを見に行ったよ。

そこで働くネパール出身のナムとの関係がフォーカスされていくのだけれども・・・僕はモウそのショーの内容自体がビックリ仰天で釘付けでした。凄い。凄すぎる・・・。

彼にとってはゴーゴーバーが現実であり、そこで生きていることが現実だ。p.110

この一文にはさいはての総てが詰まってる。

 

「食のさいはて」:ゴキブリと犬を食べたよ!!!

いや~僕は普通に無理っす(笑)

いや~・・・やっぱ絶対無理。

 

「宗教のさいはて キリスト看板総本部巡礼」:黒字に白い文字と黄色い文字で書かれている看板の総本山に行ってきたよ!!!

めちゃくちゃ面白かった。まずその看板の総本山があるっていうのがびっくりだし、看板製造の技術が進化しているのも驚きだし、その総本山ならではの文化があるというのも驚き。何もかもがビックリって感じ。大人の社会科見学。

キャラバンを組んで、志を同じくする人たちと一緒に行動し看板を作って貼って行く達成感は心地いいものだろう。

そして、キリスト教という共通項で繋がる人達のコミュニ亭は広く深い。信じるという条件で受け入れられる。他人との繋がりが今、繋がれるものがあるならば、それだけで救われる。孤独から救われる。pp.150-151

だから、新興宗教っていつまでもいつまでも乱立するんだなぁと思った。

人間って言うのは孤独だ。

基本孤独。寂しい。

僕達はその寂しさに常に耐えながら生きなければならない。

その孤独に打ち克つために編み出された人間の儚き文明。それが宗教なんだろう。

そして僕も人間だから、ついつい祈ったりしちゃうのである。ああ神様。僕にご慈悲を。

あの道端の黒い看板の裏に誰かの充実した人生があるとは思いもしなかった。僕も充実した人生送りてぇ。

充実とは。

 

「夢のさいはて 最高齢ストリッパーの夢」:熱海の最高齢ストリッパーのショーを見てきたよ!!!

最高齢ながらも始めたのはつい最近だという。亡くなったオーナーとの義理を果たすため。そして「喫茶店を開く」自分の夢のため・・・

何だよ。そんなの、そんなの叶う訳ないじゃんか、といた具合に苛つきに似たような、しかし叶ってほしいと心のどこかで切実に祈るアンビバレントな感情が終盤描かれている。切ない。

でも夢、において大事なのは、結果じゃなくて過程にあるものなのではないか?

だから喫茶店が建とうが建つまいがはどうでもよくて、夢を見てマサコ嬢が舞台に立つか立たないかの方が大事なんじゃないか。

夢を真っ直ぐに見据えて乾いた膣に煙草を燻らせる彼女こそ、最高齢にして最高に生きてるってことなんじゃないのか。

夢、なんてそんなものと心の奥でギシギシ閉じ込める僕とみわ先生より・・・マサコ嬢のが最高に人生謳歌しているんじゃないのか。

それを認めたくないから。

自分より、最高齢のあずきショーツのばばあが人生謳歌しているなんて認めたくないから。

みわ先生は結局苛ついたんじゃないかなぁと思う。

未熟だ。

でも当たり前だ。

だって僕達まだ生まれて50年もたってない。

 

「人のさいはて じっちゃんのちんちん」:育ての親?である祖父が亡くなった。

生殖器が、燃やせば骨にも残らないって、なんかすごい道理的なことだなって思った。

僕達は生きているから生殖が必要で会って、だから死んだらもうあとかたもなくなくなっちゃうのかなって思った。必要ないから。

そう考えると、生殖する。子をなすということはとてつもなく尊いことに思える。

 

床には文庫本と封筒が。
「生活費のクレジットの利用明細と、恋愛小説の文庫本ですね。
どちらも開けてません(笑)」
近辺に落ちている髪の毛が生々しい。



 

28年間のなれはてが、これです(笑)

笑ってください。

笑ってください。

 

笑って、可能ならば、抱きしめて下さい。

 

「カラーボックス、組み立ててたんですけど握力が無くて断念しちゃって。そしたらいろいろ集まって来ちゃいました・・・」
とまぐろどん氏は頭をぽりぽりかいた。



 

一通り、読んで感じたことは、ああ「さいはて」なんてないんだ、ということだ。

僕達から見たらさいはてになる彼等にとっては、それらが普通の生活であり、決してそこが「さいはて」というわけではない。ナムにとっては金銭に困窮しない日本と言う国の存在自体がさいはて、なのだろうし。

ホームレスや性的仕事に従事している人々を「さいはて」と安易に呼ぶのは、それはかつて昔、白人が黒人の文化を野蛮なものとみなして奴隷化する行為に似ている。

無意識に己を上にたてていないか。優位にしていないか。

・・・ということを、この本を読んで初めて思った。

「さいはて」を「さいはて」と見ないみわ先生の紀行・・・だから「(みわ先生と僕から見たら)さいはて紀行」だけれども、本当はもっとふさわしいタイトルがあるんじゃないか、そんな気がしてきた。

「げんじつ紀行」「せいかつ紀行」、とか。ナム・ピカソ達の、現実・生活を僕達が覗いているにすぎないので。

でもまぁやはり僕を初め日本に国籍がある住む家がある多くの読者からしてみればそれは「さいはて」、一番伝わる分かりやすいタイトルなのかもしれない。

 

 

 

 

ハローハロー。

さいはての声がきこえますか。

エスエス

きこえますよ。

だって私がさいはてで、だってあなたもさいはてで、だって今この瞬間がさいはてで

 

「今季リモコン見つけられなかったんでクイックルワイパーの持ち手でボタン押してます」



物凄い再現度だった。

 

以上である。

普通に旅行記としても面白いんだけれども、解説でもふれているように、対象に限りなく接近して同じ目線で見ようとするみわ先生の視点が、最高にエモい。良かった。揺さぶられた。

続編無いのかしら。

続編希望熱望。

 

 

まぐろどん氏の部屋に堂々と横たわる未完成のカラーボックスの中にて撮影。

 

***

LINKS

解説を担当した都築先生の書籍の感想。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

20220713

半年前に書いた記事をやっとこさあげました。この頃は前の職場に行き詰まって一ヶ月お休みをいただいていた時期ですね。鬱屈さがまるまるでている、我ながらいい文章だなぁと思いました。(自画自賛

2022年夏現在のなれはては、支払ってない水道代、どうなるかなぁとハラハラしてます。面倒で支払ってない。