小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

島本理生『大きな熊が来る前に、おやすみ』-ロマンティックじゃない。-

 

 

 

ロマンティックじゃないラブストーリー。

この後どうなるのかしら。

私のことどう思っているのかしら。

恋には常に恐怖がつきまとうもの。

 

 

 

島本理生『大きな熊が来る前に、おやすみ』(新潮社 2010年)の話をさせて下さい。

 

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【あらすじ】

きっかけは本当につまらないことだった。

穏やかなく荒らしを揺さぶった、彼の突然の暴力。

それでも私はーーー。

互い化が書ける暗闇に惹かれあい、

かすかな希望を求める二人を描く表題作。

 

自分とは正反対の彼への憧れと、

衝動的な憎しみを切り取る

「クロコダイルの午睡」

 

戸惑いつつ始まった瑞々しい恋の物語、

「猫と君のとなり」

 

恋愛をすることで知る孤独や不安、

残酷さを繊細に救いとる全三篇。

 

裏表紙より 

 

【読むべき人】

・彼氏がいる人

・過去に恋愛の延長線上において、暴力振るわれた女性

・付き合っているが、この先に希望を見出せない女性

・恋愛の、くらい部分を見たい人

 

【感想】

本書を知ったのは、鷹匠の新刊書店「ひばりブックス」にて、

本書が表紙を背表紙でなく表紙を見せて棚に並べられていたからだった。

印象的なタイトルと、恋愛小説にしてはやけに暗い表紙。

絶妙な色の背表紙。

島本理生という今まで読んだことありそうでなかった作家の名前。

一目ぼれだった。新品で久々に新潮文庫を買った。

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感想を述べるのであれば、良くもなければ悪くもない。

多分、今現在交際中の人が読めば非常に響く一冊のように思うのだけれど、あいにく僕は今現在どころか27年間四半世紀純潔を貫き通しておりますので、「まぁ、おもしろかったかな」くらい。

大抵の恋愛小説では、相手に対するふとした瞬間のときめきや別れる時のやるせない心情を描いていることが多いように思う。

けれど本書で主題として描かれているのは、そのどちらでもない。

描かれるのは、恋をする・付き合っていくことに対する「闇」だ。

 

表題作「大きい熊が来る前に、おやすみ」の珠実は、暴力を振るわれた彼と共に生きる明るい未来が思い描けず不安に思う。

「クロコダイルの午睡」の霧島は、彼が自分のことをどのように思っているか片想い特有の不安定に振り回され、彼の一挙一動が心に障るようになる。

「猫と君のとなり」の志麻は過去の恋愛の影を大いに引きずっており、交際をすることで似たことがもう一度起きるかもしれないことを恐れている。

 

恋をし愛するということは決して、素晴らしいことだけではない。

光もあれば影もある。

その影は昏く深く僕達の心に根差している。

 

恋愛小説において珍しい表紙の黒は、その内容を暗示させる色。

 

なので交際はおろか恋すらしていない僕には、おもしろかったが、いまひとつ響かなかったのであった。

片想いや交際におけるときめきなどリアルにおいて恋愛の「光」の部分のみ享受している人・その反対本書のようにメンタルガタガタになるような恋愛の「闇」に片足ツッコんでいる人が読むと、いや、そうなっている時の僕が読むと、本書はもっと引力を増して僕の心奥深く、揺るがす存在になったのかもしれない。

どちらかというと、今現在リアルで無・クリスマス直前だけど永遠のゼロである僕は、せめて小説上だけでも、恋愛の「光」を享受したいところである。「君に届け」でも読もうかな。

 

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以下簡単に各篇感想を書いていく。ネタバレ注意。

 

「大きい熊が来る前に、おやすみ」:あらすじは【あらすじ】に記載

私と徹平の間には、一見、目立った障害や困難は特にない。だけどたとえどんな困難があっても、お互いがお互いの中に希望を見出すことが出来れば、どんな状況だって大抵クリアできるものだ。p.53

結末・別れるまでに至らない、同棲相手に対する不安を描いた作品は珍しいように思った。大抵こういう作品って最後には別れるものだと思っていたけれど・・・静かな終わり方が良い。

そして結果として「暴力をふるう彼と付き合い続ける女」の心情が主題となっていたのも印象的。恐らく珠実は数年後暴力を振るわれることがあったとしても、この日下した決断に後悔をすることはないのだろう。

あと印象に残った部分を抜粋したけれど、「お互いがお互いの中に闇を見出す」過程を経なければ、希望を見つけることなど出来ないのだと思った。経験ないから知らんけど。

強いて言うならば、3作品中この作品だけやたら説明文チックに感じられる。小説を読んでいるはずが主人公の心情吐露が延々と続くためシーンがいまひとつ想像できず、それに妙にストレスを感じる。千早茜の小説を読んでいる感覚に似ている。こういうのが好き、という人がたくさにることが今現在の千早茜の人気ぶりから伺いしることはできるけれども、いまひとつ僕はそこは好きになれない。

それでも、タイトルと言い、終盤における徹平の独白における衝撃といい、音もなく終わる結末と言い、悪くはない。どちらかというと「好き」な短編ではあるのだけれど文体が気に食わない。

 

「クロコダイルの午睡」:荒んだ家庭で育った霧島の家に、昔から気に食わない男・都築が毎日ご飯を食べに来るようになるが・・・?

キャラクター、物語、そして予想外の結末、全てにおいてこの作品が3作品中一番好きなのかもしれない。

霧島・都築共にこの作品が一番「キャラクター」が作られている気がする。霧島の常に身にまとう黒いタートルネックや、都築の着る手触り良いカーディガン等容姿に関する描写が一番細かくされているからかもしれない。

物語、これは恋を今していない僕でも非常に共感できる節が多かった。というか、東京の大学に通っていた人はほとんど全員共感できるのでは?

東京に行くと、無意識な金持ちがたくさんいることに驚く。ゲストルーム付きのマンションに住んでいたり、100万円する楽器を買ってもらっていたり、中学から私立の学校に通っていたり、アルバイトをしなくてもたくさんの仕送りが送られてきたり、等々。彼等はお坊ちゃま・お嬢様と言うまではいかないが、裕福な家庭で幸せに育ちそして大手企業に就職し安定した未来を歩んでいく。彼らの人生は成功する。

悪い人ではない。みんないい人達だ。みんな本当にいい人。

だけど時々ふとした瞬間に、それは本当ふとした瞬間に、彼等と自分の生活レベルの差を見出してしまうことがあり、その瞬間僕は惨め。

僕だって正直、そこまで貧しい家庭で育ったわけではない。中流の家庭で育った。中高時代からゆるやかに家庭環境は荒れているものの、大学で奨学金を借りることはなかったし、家賃も仕送りも計10万弱ほど頂いていた。

その僕ですら、時節関東でぬくぬく育ってきた彼等にふと殺意を抱くことがある。

ましてや千葉とはいえど田舎で、本当に荒んだ家庭で育った霧島である。都築の無遠慮な言動の度に、心はズタズタに傷ついていたのではないか。ズタズタに暴力振るわれていたのではないか。

何故惹かれたのか。

それでも、荒んだ家庭故に今まで味わうことのなかった、「自分が必要とされている」感覚がトリガーとなり彼に恋せざるを得なかったように思う。

後、彼女は都築に自分の作った料理を食べさせ続けている。これは僕達女性にしか分からない感覚だと思うのだけれど、「自分の作ったものを異性が食べる」行為に異常に喜びを感じる。ましてやそれを「おいしい」と言われたら僕達女はそれはそれは内心喜んで、また作ってあげよう、次は××がいいかしら等思ったりする。これはもう、狩猟時代から備わった人間の本能に近い部分があるように思う。

「それにしても美味い。この親子丼、タマネギが甘いね」p.81

都築が、日々の自炊に気を使っている霧島に言った一言である。

都築は、私の料理を褒めてくれる。

そこがますます恋の引力を加速させたように思う。

多分初めに作ったこの親子丼を「美味しいね」だけでは霧島はここまで振り乱されることはなかった。そこに「タマネギが甘いね」と付け足したから、霧島はどうしても都築が好き・・・以上に好きにならざるを得なかった。

自分を必要としてくれている。そして、自分の料理の良さをすべて理解してくれている。

環境の差など目を閉じれば大したことではないのかもしれない。

しかしそれは、熱海ワニ園の雌ワニが午睡に見た夢に過ぎなかった。

 

絶対引力の片思いの下まったく目に見えていなかった、都築への殺意が炸裂する結末は見事。最後の1シーンも非常に印象的。

成功が確約された者に無造作に蹴散らされた霧島はこの後も、碌な人生を歩まない気がする。だからこそ、この小説の中で一番愛おしい存在でもある。

 

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「猫と君のとなり」:中学時代の部活の顧問の葬式で久々に後輩の荻原と出会った志麻は・・・?

男が女の部屋に転がり込んでくる展開は「クロコダイルの午睡」と一緒ではあるが、読後感は全く違う。ハッピーエンド。どちらも大学生が主役なのに・・・。

よくある若い男×女×猫の恋愛ものである。

一番脳みそを使わないで読めるさっぱりとした短編。小説よりかは恋愛読み切りの漫画を読んでいるような気分。獣医学部に通う荻原の不思議な雰囲気・無邪気さ・・・「後輩男子」を堪能する話でもある。

正直こんなキラキラした日々とは無縁に生きてきたので、面白かったけれど特に響くことはなかった。強いて言うならば、最後荻原が志麻に惹かれたきっかけとなる過去があまりにも唐突に感じられた。

3篇通して読んだけれど、この作家は人間の内心を描くのは巧いが、伏線を貼るのが妙に下手なように感じる。

多分書いている途中でいろんなところに巡らせたのだろうけれども、そこだけ浮いたような違和感抱かせる文章になったのではないか。というのを、二人で来たスーパーで、志麻が買おうかどうか悩んでいた特売のキャベツを、「私はお礼を言ってから、外側まで葉のきれいな丸のままのキャベツを一つ摑んでカゴの中に入れた」p.160の部分で思った。

 

ちなみに、この短編を読んで思い出したのは、欅坂46「猫の名前」という曲である。アルバム収録曲で派手ではないがとてもいい曲で、一時期何度も何度もリピートした。正直この曲3回聞けばこの短編一度読む行為に値するといっても、過言ではないのかもしれない。Spotifyでも聴けると思うので、是非聴いてほしい。

秋元康よ、ゴーストライターであってくれ!あのデブメガネおじさんがこんな菓子書いているのかと思うとなかなかキツい。ゴーストライターであってくれ!!できれば女性の30-40代の女性のゴーストライターであってくれ!!と願うこと必須の名曲である。

 

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以上である。結構楽しめて読めたけれども、多分恋している時期のがもっと楽しく読めた。気がする。

それでも恋愛の暗い部分についてこれほどまでにフォーカスした短編集は珍しいと思うし、多分「クロコダイルの午睡」なんかは「こういう話があった」ということをこの先10年は忘れないように思う。それほどインパクトのある結末だった。

ひばりブックスで表紙を見せて並べていたのも頷ける一冊。

 

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LINKS

 

「クロコダイルの午睡」を読んで思い出したのは貫井ちゃんの「愚行録」。霧島の愚行をさらにダイナミックにしたような小説である。これも犯人が予想外すぎて衝撃だったなあ・・・。読んでからもうすぐ3年たつ今でも、大まかなあらすじ思い出せる。戦慄したことも思い出せる。映画は結局まだ見てない。

 

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藤岡拓太郎『藤岡拓太郎作品集 夏がとまらない』-この世界はやさしさでできています。-

 

 

それは、夕暮れの切なさに似ている。

永遠に夜は来ない。

 

夏が終わらない、夏がとまらない。

 

 

藤岡拓太郎『藤岡拓太郎作品集 夏がとまらない』(ナナロク社 2017年)の話をさせてください。

 

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【感想】

ギャグ漫画家・藤岡拓太郎が、

2014年からツイッターやインスタグラムに載せてきた作品を書籍化。

1ページ漫画が217本。

 

作者のプロフィール、表紙より

 

【読むべき人】

・疲れている人

・切ない気持ちになっている人

・夕暮れ

 

【感想】

この人の漫画はツイッターで何回か拝見したことがある。

誰かのRTで回ってきて面白いからRTで回したことがある。

面白いには面白いのだけれど妙に味があって登場人物が過度にユニークで独特の雰囲気があって惹かれたのだった。

 

その人の書籍が出ていることを知ったのは、今年の六月に出たBRUTUSの漫画特集である。松尾スズキさんがお勧めしていたように思う。

「ギャグ漫画の印象派とか言っていたような気がする。

そこから妙に気になって、なんとなく読みたい読みたいと思っていたのだけれど、

休日の午後4時近くの本屋で本書を見つけて、「あああ~~~!!!」と言って買った次第。あああ~~~~!!!

 

 

 

平日休日のなか高校生が自転車をかけていく。彼等は6時に起きて16字には学校から帰宅する。僕にもそういう時代があった。僕にもそういう時代があった。そしてもっと素敵な大人になれると信じていた。ぽつぽつ歩く、一人心療内科から帰る道は果てしなくて、遠くて、永遠に続くような気がして、この時間は何を着てもいくらお洒落しても満たされない気持ちになる。仕事は出来ないし錠剤がないと生活できないしネガティブだし親は病気だし毎日毎日苦しいと思う時があってそれが切なさとなって夕方ふと極まって溢れ出ていく。

 

 

 

その時間帯に見つけた本書はぺかーッと後光が差していた。

おばちゃん:「読んで 笑えば それでええやん」

僕:「おばちゃん!ワンちゃんなでてもいいですか?」

おばちゃん:「もちろん!いいわよ」

僕:「かまない?」

おばちゃん:「かむ」

かむんかーーーーい!!!

 

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書影。出来ればここは描き下ろしてほしかった感はある。

 

そんなわけでなんとなくぽっかり空虚な気持ちを抱えた休日に家で一気読みした一冊である。1ページ漫画が217本もあるわけだから、面白い!!やべ!!面白い!!というものれば、?????というのもたくさんある。でもページをめくれば忘れて、ふと気づけば「空虚」が少し満たされていることに気づく。

 

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面白い!!やべ!!面白い!!なんとなくランキングトップ10

10位:娘に陰でつけられているアダ名を妻に聞かされるお父さん

9位:なんか気持ち悪いカップ

8位:洗面器

7位:エレベーターの中でボタン押し忘れてるおっさん

6位:メガネ屋で、バーみたいなことをするおっさん

5位:母の置き手紙

4位:オレオレ電話

3位:父と娘

2位:妻をマジで「笑い死に」させてしまったおじいさん

圧倒的1位:自分が見た夢をDVDに録画できるおっさんと、それを毎日もらってる小学生

 

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なんでこんな、満たされている気持になるのか。

僕は理由を2つ唱える。

 

1つは優しい登場人物が多いから。

基本ナチュラルに頭おかC人が多いのだけれど、その多くが決して悪い人ではない。むしろ優しい。

ただその優しさの表現があまりにも不器用で、ユニークで、まぁ気持ち悪いだけなのである。まあまあやべーけど悪意はない。まあまあキモいけど悪意はない。純粋な善意のみによって行動していることが多い。

そして、「優しさを上手に行動で示すことが出来ない」というのは読者の誰もが経験した瞬間だと思うのだ。

あの時報われなかったあの瞬間の僕達を、

この作品の登場人物が不器用×100×200した過剰行動することによって、

成仏してくれているのではないか。

だから僕達読者はこの漫画を読んで面白い、よりも、「エモい」「あたたかい」という気持ちが先に来るのではないか。

 

そういった、過去の「瞬間を切り取る」という意味では、

松尾スズキさんの「ギャグ漫画の印象派という表現はまさしく的を射た表現だと思う。

 

あらすじ

「知らない家に入って勝手に夕食を作っていた人」あらすじ:12月、父と子どもは買い物から家へと帰ってきた。二人してマフラーを巻いている。クリスマスシーズンの中、こうして息子と手をつなぎ、ローンを立てて購入した一軒家へと帰る喜び・・・をふと感じながら父は子の手をつなぎ、家に帰宅するがそこには・・・・!!??

「あの日のキックを忘れない」:どうしても忘れられないキックがある・・・。それは・・・。

「おばあちゃん、僕のことあんまり好きじゃないんかなと思った理由」:母と弟とおばあちゃんの家に来た。一日目は楽しかったけど、翌朝の朝ご飯の時・・・。

 

1つは、想像力を掻き立てられるから。※上記のあらすじも結構書きたてられた挙句のはて。

基本1ページ2コマで完結する作品が多いが、その分想像力を掻き立てられる余地がある。

例えば、その話のその後・・・。ユニークな人出会った主人公はこの後どうするのだろう。どうなるのだろう。夕飯の味噌汁啜るときどんな表情しているのだろう。眠るときその瞬間のことを思い出すのだろうか。

例えば、ユニークな人々の日常・・・。「上映後、涙が止まらない観客を受け止めてくれる係がいる映画館」でその係をしている人は一日に一体どれだけの人の涙を受け止めているのだろう。その係は社員なのだろうかバイトなのだろうかそれとも派遣会社づてなのだろうか。時給はいい方なのではないか。1300円はしそう。映画好きなのだろうか嫌いなのだろうか。明日もその映画館で誰かの涙を受け止めるのだろうか。

そして、主人公達の日常・・・。「知らない家に入って勝手に夕飯を作っている人」に出てくる父子は絶対ある程度裕福な家の人々である。大きいクリスマスツリーが飾られていて、2人そろってマフラーをしている。何より父親の髪型と眼鏡が経済的余裕を表している。あの雰囲気は年収500万はないと出せないと思う。

1ページ・2コマと制限があり短い代わりに、そこを読者の妄想で補っていく。

ある意味短歌や俳句を読んでいるときに近いのかもしれない。

作者の感性だけではなく、読者の感性も引き出されることで作品が100パーセントの形で完成する。

 

その他好きな作品:2045年から来た男」「こんな先生は嫌だ」「毎朝、当たり前のようにコンセントに水をやっている人」

 

 

 

僕はどちらかと言うと「社会のはみ出し者」の方である。昔から「まぐろどんちゃんは普通だね」「意外と普通だよね」と言われるととても嬉しかった。「普通」。ああ私は普通なんだ大勢の中の一人でいいんだという謎の安心感があったけれども午前3時25分に漫画の感想を延々こうやって書いている僕はもう普通じゃない。落ちてしまった。思えば小中高大周囲の人々に恵まれていたように思う。変わっている、変だけれどもそこを「まぐろどん」として受け入れてくれた。みんなみんなありがとう。そこは中学受験して本当良かったと思う。公立の中高一貫を何となく選んだ当時小6の僕だけれどもそれは今にして思えば生存のための本能的行為だったように思う。けれども社会にでればそうはなかなかうまくいかない。思えば仕事で評価され上にあがったことがない。27になるのに。ずっと同じ会社に勤めている人は凄いと思う。僕はそれが出来ない。どころか今社員からパートに成り下がろうとしている。普通じゃないからである。だから僕はこの漫画に出てくる主人公にも共感はするがこの漫画に出てくるユニークなキモイ人々にも共感している部分がある。分かる分かるよ。なんでこんな世の中上手くいかないんだろうな。な。な。な。その瞬間をすべて切り取って救い上げるからやっぱりこの一冊はヴァイヴルですね。聖書です。夏がとまりません。厚いです暑いです。はい。大丈夫です明日は昼からの出勤なので遅刻する予定はございません。健康です。夏がとまりません。お願いします。応答願います。どーぞ。

 

 

なんと本書は9版とのこと。はえー。1刷り何冊刊行されるのかは知らないが、これはなかなかの「大ヒット」と呼べるものなのではないか。

というわけで、ついてきてるのが「夏がとまらない 推薦コメント」キングオブコントの存在感薄い優勝者、「かまいたち」と完全コンビ名系統被ってしまった中途半端な位置を維持する芸人、夫のちんぽが入らない方等、まぁ言っちゃ悪いが微妙な著名度の著名人たちが感想を述べた小冊子である。だがそこがいい。

一通り読んだけれども圧倒的に社会学者 岸政彦」さんのコメントが面白かった。コメントと言うかなんかもう1つのエッセイである。解説とかじゃない、感想とかじゃない。エッセイ。こういうのがこのブログに賭ければいいのだけれど書けないので文字数の割に閲覧者数がなかなかのびない。むつかしい問題である。

 

 

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夏は洗濯。

 

以上である。

夏がとまらない、なかなか楽しんで読めた。

あと感想書きながら思った毛けれど、1ページ完結だから気軽に返し読みも出来て気軽に切ない気持ちになれるのがいいですね。

面白い、面白いけどそれ以上に心の琴線に触れる一冊でした。

 

 

僕の夏はいつ終わるの。

 

 

 

 

 

***

 

LINKS

 これでしった。

 

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***

 

20211208

 

母親の見舞いに持って行った。

今回の入院は個室だった。肺癌である。げえげえするからと、贅沢させてもらったらしい。

母親は30分くらいで読み終わった。

「シュールで面白いね。あんた、これいくらしたの?」

「1000円くらい。」

「うわぁ・・・・」

ドン引きされた。

 

なのに、帰り際諭吉をもらった。

「もらえる時にもらっておきなさいよ」

「・・・うん」

 

帰り際居眠りをしたバスにスマホを落とした。

報いだと思った。

 

深夜、再読すると一部は強く印象に残っているものの(夢見せてくれるおっさんの話とか)ほっとんど忘れていてとても面白かった。

 

「ケトル VOL.55 はじめての本」-第一作にして最高傑作な本特集。-

 

 

 

この本の特集は、素晴らしいですね。

本当に素晴らしい。

 

 

 

「ケトル VOL.55 はじめての本」(太田出版 2020年)の話をさせて下さい。

 

 

 

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【概要】

人生を変えますとは言えないけど、立ち止まって考えるには本がいいのかも

 

特に何を意識するわけでもなく、いつの間にかできている「当たり前」はどこから生まれているのだろう。

もし誰かの「当たり前」と「当たり前」が違うものだったら、どう向き合えば良いのだろう。映す目が違えば意味や行間も変わってしまうことを知りながら、人は時として本を手に取る。

そして、ページをひらくと何かが拓けたりする。

目まぐるしく変わる世界の中で、焦らず落ち着いて立ち止まり考えたいとき、本はきっと真摯に向き合ってくれるはず。

雑誌『ケトル』、はじめての本特集です。はじめまして。

 

表紙コピー、p.11より

 

【読むべき人】

・本好き

・数々の雑誌の「本特集」を読んできた人

玉城ティナ好き:シンプルに表紙が可愛いので

・マガジンハウスの編集者:後述

 

【感想】

ケトル、初の本特集とのことである。

ケトルは普段は読まない。普段は興味ない話題を深堀した内容だからだ。僕はそこまで深く音楽に興味があるわけでもないし、長澤まさみが大好きというわけでもないし、映画スターの良さを誰かと語り合おうとも思わない。

けれど本特集。

本特集と言ったならば、話は別である。

 

僕は雑誌の本特集が好きだ。これは大学時代からそうだった。

本屋・古本屋・ブックオフブックオフオンラインではまず自分から探さないであろう書籍がたくさん紹介されていて、その中から読みたい本が毎回必ず何冊も見つかるからである。

そして大抵この特集を組んでくれる出版社は決まっている。

エス、マガジンハウス。

「an・an」「BRUTUS」「POPEYE」「&Premium」「クロワッサン」・・・。

刊行する多くの媒体で、頻度が高ければ年に一回、頻度が低くとも数年に一回は本特集を必ず組んでくれる。さすがマガジンのハウスである。

この前は「GINZA」での本特集を初めて見た瞬間、脊髄反射ですでに本屋のレジに並んでいたということがあった。恐ろしい話である。

 

ところが、マガジンハウスの組む本特集には一つ欠点がある。

それは、「著名人がお勧めの本を紹介する」スタイルから脱却できないことだ。

いや、良いのである。それで良いのである。僕は1000人の著名人がいたら1000人のお勧めの本を聞きたい。10000人の著名人がいたら10000冊のお勧めの本を聞きたい。

そしてサブ特集では、その媒体らしい本をお勧めする特集が組まれているのが定番である。例えば「an・an」であれば恋愛小説。BRUTUSであれば名前だけ知ってる著名な外国人作家の哲学書「&Premium」であれば歴史に名を残した女性の生き方・・・云々。

「著名人のおススメ本+雑誌のそれっぽい本の紹介」

断言しよう。マガジンハウスの本特集の約9割がこの公式に当てはまる。

いや良いのである。この公式は美しいし、マガジンハウスの特集記事は大抵レベルが高く満足度が高い。

だが、どうやらケトルちゃんは満足しないようだ。

ケトルちゃんはこの、公式を壊そうとしている。

この非常に美しい公式へのアンチテーゼが、本書である。

 初めての本特集にして、この強気の姿勢。

成程。さすがはQJを刊行し続けてる出版社・・・といったところか。

 

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エス、マガジンハウス。

 

なので、内容は結構マニアック。

校正の話であるとかZINEの話であるとか、昭和を生きた日本の思想家の書籍についてとか、「文学全集」シリーズの創設者へのインタビューとか。

「はじめての本」と冠しているが、「はじめての本」を読む人に向けられる内容ではない。読者玄人向けの内容である。

 

以下簡単に各特集の感想を書いていく。

 

女優・MEGUMIがステイホームで考えたこと:この世代の左おっぱいは小池栄子、右おっぱいはMEGUMIと言われている。

かなりいい店 ここで一杯:こういう特集はいい店知ってる俺かっけーが匂うので嫌い。こういうぺーい大抵どの雑誌にもあるよね。流行ってんの。そもそもお前誰だよ。

 

ネタモト

大森望:「B&B」は一回行ったことありますが、お高く留まっている感じがして僕はあまり好きではない。

施川ユウキこの人センスある。漫画もさぞかしおもろいに違いない。チェック。

ベル:なんだこの女。かと思ったら意外と難しい本を読んでいる。好感度あげあげ~・・・という戦略だろう?僕は気づいてる。

河瀬直美:この人は奈良で「東京」やるのが仕事なんだろうなと思う。書籍の一つでもタイトルを上げろ。

伊藤弘:うさぎがしゃべった。

佐久間宣行:この人、最近本関係の特集だと必ず出てくるよね~。

宮﨑智之:髪型が気に食わない

南馬越一義:すごい苗字。ファッション業界で第一線で活躍する人って大抵難しい本読んでる。

西田善太:宣戦布告されていることに気づけよ。

 

 

 

対談:玉城ティナ×米代恭

ティナはともかく誰だこの人はと思ったら、あげくの果てのカノンの人らしい。タイトルは聞いたことがある。少し前に面白い漫画とかなり話題になっていた作品だよね知ってる。ヴィレッジヴァンガードにあった。

漫画の吹き出しのなかの「・・・・・・」について一ページ以上語り合うのはなかなか興味深かった。何も考えず僕は読んでいたけれど、何かしら感じていたはずであって、でもそこに着目したことはなかったな。ティナ、見直した。

「行間」を感じられる書籍を、5冊ずつ最後に2人が挙げている。

米代さんの読書のジャンルの幅の広さ、深さに驚く。これほどの本を読んでいる人が放つ漫画って一体どのような作品なんだろうか。カノン、読んでみようかしら。

 

 

 

目まぐるしく移り変わる社会を解き明かすための知識と本

社会学者、橋爪大三郎先生が、ニュースを見る前に知っておきたい書籍や知識について4ページにわたって教えてくれるページである。

非常に分かりやすかった。

特に「ポスト・モダン」「モダニズム聞いたことあるけど調べる気にもならない言葉が分かりやすく説明されているのが良かった。

似たようなコーナーはBRUTUSにもあるのだけれど、編集者が高学歴だからか大抵難しい文章で一読では理解できないことが多い。

ところがこのインタビュー記事は、注釈を細かくつけることで、一通り読んだだけで内容がわかるように書かれている。満足度高い特集だった。

 

崎健一「はじめての「吉田健一」:複雑な世界へのシンプルな処方」

はえー。こんな人いるんか。初めて知った。と、思った。

本をある程度読むほうだと自認している僕だけれども、案外昭和の著名人の書籍って今まで読んでなかったりする。明治の文豪と平成の作家で僕の読書は完結してきた。

いやだって昭和って中途半端じゃないか。平成5年生まれの僕にとって、その時代、古くないし新しくもない。生きてもないし死んでもいないが生まれる前のちょっと前、そんな昔でもない気がするけどでもやっぱり遠い、古い。そんな中途半端な時代の人をでかでかと取り上げ特集したのがこのコーナー。

昭和の文筆家。肩書こそ仰々しくて古臭く感じられるけれども、そんなことはない。彼の考え書いたことは令和にも十分通用する。

特に、「食う為に働く」ことについての吉田先生の考えは印象的だった。

「食う」ことを、月給をもらうことや家計を維持することではないと言う。

「本当にこの原稿を書いて原稿料を貰つて、どこそこの生牡蠣を五人前食つてやろうと思って仕事をしているのだ」と言い切る。そして、もっと稼げたなら、友達を家に読んで美味しい生牡蠣を食べるのだ、と。

(中略)

金を稼ぐのには本来、具体的な目的があったはずである。それは往々にして楽しむための者であったはずである」p.23

社員かパートか究極の選択肢を迫られている現在の僕にとって、非常に響いた部分であった。

この吉田先生の書籍は積読解消したら、読んでみたいと思う。もしかしたら、案外難しいものなのかもしれない。この文章を書いた宮崎先生の解説が素晴らしく、僕にもわかるよう書いてくれてただけなのかもしれない。

それでも、牡蠣について書かれた文章は生で読むのに越したことはないだろう。

 

 

プロが教える業界研究漫画

各界の著名人が「おススメする」、のではなく「自分の業界を取り扱う」一冊を紹介するという特集である。

まず驚いたのはどんな職業でも漫画があること。

デザイナーやシェフはともかく、「麻酔科医」「ホテルマン」「印刷会社」まであるとは・・・。

ちなみに一番面白かったのは、お坊さんが鬼滅の刃をお勧めしていたこと。

いやいやいや、話題作やないか~い、和風しか共通点ないやないか~い。と思ったが、読んでみると、どうやら浄土真宗の仏教をモチーフにしているところが多々あるんだそうな。勉強になった。鬼滅読んだことも見たこともないですが・・・。

 

 

 

装画美術館:奈良美智

いつかこの人の個展に行きたい。画集も買いたい。とずっと思っているが、やっぱり何度見ても「ならみち」と一回読んでしまうので、ダメですね。

 

 

 

こんなところにも、初めての本

本の周りについての小特集を集めたコーナーである。

1.(国語の)教科書

我らが静岡市は圧倒的光村図書だった。横浜で塾講師をしていたけど、そこでも大抵光村図書だった。だから国語の教科書は光村図書しか出してないと思っていたけれど、そうでもないんですね。

特に、社会の教科書の印象が強い東京書籍が出していたのは驚いた。

2.栞のすすめ

最近近所にできた本屋・ひばりブックスの栞は、名画をデフォルメしたとてもユニークな栞だ。毎月変わるのと、数量限定とのことなので、僕は11月になったらすぐにここで何かしら買わなくてはならない。

3.公文書館

日本国憲法の原文、伊能忠敬の測量に基づく絵図、1522年に書写された「後選和歌集」が保存されていることはなんとなく予測つくものの、ネットで閲覧できるとは。令和とはすごい時代である。

4.図書館

なんでもランキングが掲載されている。専有面積、蔵書数、専任職員の多さ・・・。大阪市立中央図書館はちょっと行ってみたいと思った。

5.目にやさしい読書環境

読書にやさしい光源の強さについて、眼科医に直撃インタビューして1ページを割くのはさすが太田出版といったところか。結論もなかなかマニアックで、実践性はないもののちょっと面白かった。

 

 

 

表現と性格の狭間、著者と校閲者の対話

これはウェブライターのカツセマサヒコさんと校閲者の池田明子さんの対談である。

校閲ガール」なんてドラマもあったけど、校閲って実際何なの!?が分かる特集。

校閲、と聞くと誤字脱字や間違った言葉遣いを直すものかと思っていたが、作者の表現の意図や、差別用語、たった一言を漢字で表すか・ひらがなで表すか等見るところがもっと幅広くて細かくてコアで、そこが面白いなと思った。

実際に赤字で書かれている原稿の写真が3-4ページ目にわたって掲載されていて勉強になる。校閲者が赤字で書くものかと思っていたけど意外と黒いペンなんだな。赤字で書いてたのは、指摘を受けた編集者だった。

欲を言えば、もう2ページいっぱいつかって校閲の原稿を実寸大で掲載してほしかった。掲載する写真が多い分小さくて見づらいので。

 

デザイナーが一目惚れした本

表紙や頁の彩色、中身のイラスト等でデザイナーが一目ぼれした本を掲載している。

本と言えば、まあ有無を言わさずその中身が語られることが多いけれど、この特集で主に語られるのは本の「顔」、装丁について。確かに、最近のコミックスでは装丁・デザインについて語られることは多いけれども、書籍において装丁・デザインが語られることは少ない。着眼点が良い。

あと掲載した表紙の写真の下に、「ブックデザイナー」の名前に加えて「本文フォント」「文字組」まで書かれているのは笑った今まで、書籍が紹介されている雑誌は数多く読んできたけれどここまで細かく書かれているのは初めて見た。

佐々木俊さんの視点に特に痺れた。一目ぼれしたのは「わたしの全てのわたしたち」という本。設定を活かした紙の色・二つの明朝体に注目した、一見するとm逃しそうなくらいの細かい着眼点に、平伏。

逆に他のデザイナー達が結構派手な本・分かりやすい本を挙げているのは少し残念だった。派手で分かりやすいのは、素人でも結構「一目惚れ」するものなので・・・。

 

 

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最近の僕の「一目惚れ」

 

装画美術館Ⅱ

鬼海弘雄さんが撮った女性のモノクロームの写真。「金属帰りについたシャツを着る外科の看護婦」なんて言葉が思いつく語彙力を、私は欲しい。

林哲夫さんの油絵。沈黙する窓。年始に見たハマスホイの作品を思い出す。

 

 

ごめんなさい!実はこの本まだ読んでいません!

「かもめブックス」「青山ブックセンター本店」の店長であったり、出会い系サイトで有名な(語弊)花田菜々子さんが語る、まだ読んでいない本について。

だいたいは読んだ本で特に良かった本を勧めるのが定番なのでけれど、その真逆を行く実に挑戦的な特集である。ウケる。

無論読んでいないから、そりゃ内容よりも「なんで読んでいないのか」が必ず語られることとなる。8人8様で面白い。そしてそのほとんどに共感できるのも面白い。

特にモリテツヤさんは読んでいない癖にバチバチに攻めてて笑った。すごく分かる。読んだことない本こそ人に勧めて買わせたくなる。

あと花田さんの未読の本が、近所の古本屋にあった。読んでいないが面白いと花田さんが断言しているので、次行ったとき見かけた際には買おうと思う。

 

「みんなで読む」ことで多様なものの見方を手に入れる

日本最大級の読書会団体猫町倶楽部」の代表が語る、「みんなで読む」≒読書会開催のコツついて語る2ページ。七か条挙げているがどれも勉強になる。開催したことないけど。

読書会。横浜にいたときは「横浜読書会」によく足を運び、「ホラー」というテーマに惹かれて一回だけ「スゴ本」の読書会にも行ったことがある。どちらもその会合の個性があって面白かった。特に「スゴ本」の読書会の自由度は半端なかった。

猫町倶楽部」も名前は齧って参加しようと思った時もあったが結局参加していない。猫町」と言うくらいなのだから、代表はてっきり黒木瞳みたいな妙齢の美しい女性かと思ったらおっさんだった。リフォーム業営む傍らこの会合を立ち上げたそうな。かっこいい。

 

読書会。

静岡に来てから一回も参加していない。というか、是非静岡で開催してみたい。

「えー・・・・本日は皆さん、この「海鮮丼読書会」に来ていただいてありがとうございます。本日の課題図書、「夏への扉」ですが、僕はSFがどうも苦手で途中で挫折してしまいましたので、皆さん参加費の5000円だけ僕のお財布に入れて、お帰り下さい。この広い静岡という土地で同じ本を読んだ同士がこれだけ集まったということが奇跡ということで・・・げへへへへ。あ、これ参加のお菓子です。チョコパイです。おうちで食べて下さい。はい、では終わりです。さようならげへへ、げへへへへ・・・」

 

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サプライズをくれる本屋たち

色々な取り組みをする本屋5店を紹介。「双子のライオン堂」「Title」が有名か。「SHOW SHOVELING」も過去に雑誌のozで見たことがある。

「双子のライオン堂」は行ったことがある。あの青い扉を生で目にしたときはワクテカしたものだ。一冊もその日は買いませんでしたが・・・。でもこの書店がやっている「本棚の写真をお送ると「いつか必要になる本」が送られてくる」サービスは面白いと思った。本棚の写真を撮る訳だからダブリの心配もないわけだし。まぁ僕はまず部屋にカラーボックスで「本棚」を作るとこからはじめないとあかんのですが・・・。

でも「SHOW SHOVELING」さんのカウンセリングからの選書も面白そう。まぁまず、その前に山のように積まれている積読」を解消するとこからはじめなあかんなのですが・・・。

 

野中モモ「読めば、自分も作りたくなる。自由で豊かな「ZINE」の世界。」

4ページにわたるZINEの特集である。ZINE・・・僕はその存在をずっと前から知っているし読みたいし書きたいと思っているがここずっと手を出せていない。

様々なZINEが紹介されている。書店に並ぶ雑誌のようなものから、一ページ丸々手書きでコピーしたようなものまで。

そういえば、小6の時「クラス新聞係」なるものを作り、毎月しこしこ自主的に作っていたことを思い出す。インタビューもしたしキャラクターも作った。手書きなら今の僕でもできるかもしれない。

でも何を書こうかなぁ・・・とか思っているうちはダメなのだろう。うむ。

まず取り寄せるところから始めてみようか。

読書会とZINE。今年の最終目標はこの2つの開催、にしようかなぁ・・・。

 

 

 

さやわか「はじめての「橋本治」:いま、あらゆる人が絶対読むべき理由」

僕はこの人の思想というか、この人の出した自体に凄い衝撃を受けた。

『二十世紀』上下。ちくま文庫なんと1年1コラム4ページで20世紀の100年を振り返る書籍なんだそうだ。凄まじい。解説ではなく「コラム」と言うところも良い。

さやわかさん曰く、橋本さんはこの書籍をはじめ数多くの歴所を手掛けてきたがそれは彼が「歴史を専門に語りたかったとか歴史好き」p.60だった訳ではないという。

「問題意識があったり、あるいは「分からない」ことがあるときに、彼は大元へさかのぼって考えることが必要だと思ったに違いない」p.60としている。その手段が歴史だったという訳だろう。

絶対読もうと思った。

てかこの「さやわか」といいう名前にして結構難解な文章を書くライター自身の方が気になる。1974年生まれ。46歳。一体どんなおっさんなんだろう。

 

 

 

装画美術館Ⅲ

小林エリカローランサンの作品に似ている。てかこのイラスト描いてる人って「小林エリカ」というのか。結構見るけどどこで見るのか思い出せない鉛筆画。

酒井順子:この人の絵はとても好き。よく女性作家の恋愛小説の表紙で見る気がする。画家だと思ってたら絵本作家とのことだった。この絵を描く人の名前が「さかいじゅんこ」と知られて良かった。画集あるのかな。買おうかな。

 

 

若い読者のための「文学全集」案内:Interviewwith池澤夏樹

淡い色でカラフルで、そこそこ高価で、でも絶対有名な作家の名前がそこには書かれていて、読んだら後悔しないだろう。でもやっぱり高いしあと本棚のスペースとるし、一冊揃えたら全部そろえたくなりそうだし。でも本棚にあるとそれこそ文系少女、頭が良い少女という感じがする。本田何位並べたい。でも一冊一冊高石悩む。悩む。図書館で読めばいいではないかという話だけれども前週はやっぱりなんか手元に置いておきたいよね、うう、と書店で背表紙を見るたびに毎回思う「文学全集」の企画者・池澤夏樹さんへのインタビューの特集である。

全集、といえば正直「古臭い」イメージだったけれども、この「全集」はなんだかカラフルでお洒落でとても読んでみたい、とずっと思っていた。角田光代さんが源氏物語を訳しているのだが、それも読んでみたい、とずっと思っていた。

でもこのまま読まずに終わりそう・・・にこの特集がストップをかけた。

なぜこの全集が書かれたのか、まずどこから読めばいいのか、この全集の意図は何なのか・・・。

とりあえず、この全集には短編コレクションたるものがあることを初めて知る。

「そこから入ると文学の奥行、幅の広さが分かると思います。それで1冊1冊、格闘してください」p.67

「だから、僕が言いたいことはただひとつ。これらの本を読んで、僕はとても面白かった。よかったら、あなたもどうですか?」p.67

分かりました。20代、「若い読者」たりうる内に、絶対読んでやりましょう。

 

 

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ロングインタビュー 作家:遠野遥

「BACK-TICK」ヴォーカルの息子だという衝撃の事実が発覚する前に読んだ。

どこか気怠い雰囲気をまとった30手前の作家。顔立ちは整ってはいるが特に特徴があるわけではなくただその虚無すら思わせる雰囲気が良い。文学青年。文学アラサー。その中身も、書籍を今まで意外と読んだことがない、疲れない程度に書くというどこかオートマティックな現代若者を代表するかのような。

そんな彼が書いた作品「破局」は、大学生のアベックのまさしく「破局」を描いた作品らしい。その前作の「改良」は男の娘ものであるだとかないとか。

読んでみたい。是非読んでみたい、と思うけれど、ハードカバーは重いので文庫化待ってる。

でも最近は、芥川賞。受賞してもその先を見ない作家が増えた気がする。彼はどうなるのだろう。「有名な歌手の息子でした!」という爆竹を世間に投げてどこかへ逃亡するのか。それとも、その気怠いまなざしでとらえた世界の断面図を定期的に淡々と「疲れない程度」に排出し続けるのか。

後者であれ。イケメンの作家、近年なかなか見ないので。

 

 

正田真弘写真劇場『第49回』:モデル ルー大柴ルー大柴なんだ、「ケトル」に連載持ってるのか~と思ったら、写真家の連載だった。撮影者が被写体に食われている。

 豊原さんが”腹をくくって”立ち上げた注目の「新世界合同会社」プロデュース第一作を訊く!~映画『ソワレ』外山文治監督、豊原功補さんインタビュー~minaで紹介されていてこの作品も見たいなあと思ったが思っただけで終わった。動画配信、円盤で見ようと思う。邦画を家で見る。曇り空、一人。部屋で。モニター越しの現実に思いを馳せながら。結局このシチュエーションがなんとなくエモいから、邦画は結局興行収入が盛り上がらないような気がする。邦画は、映画館で見るより家で見る方が「イケてる」感じがするのである。でもアニメとか洋画とかアクション中心のものは大きい画面で見たいし、そっちの方が「イケてる」感じがする。その無意識下における認識の瓦解に、邦画復活の布石はあるのではないか。

 暴言が言えるほどの深い家族愛映画『喜劇 愛妻物語』水川あさみさんインタビュー僕が最近見たのは「ミッドナイトスワン」であり、そこでの水川あさみはネグレクトをしており、そのヤンキー口調はすっぽり合っていたのであり、要するにこの映画に関するインタビュー内容はすべて嘘くさく感じられるのであった。完。

 

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AWESOME!!

イラストレーション:喜多村みなみ

よく見ると女の子のシャツがチャイナ風であったり髪型がなかなか見ない者でったり、岬の名前が「UFO岬」であったりと、シンプルに見えて随所にこだわりが見られる。にしてもかわいい絵。

 

武田砂鉄は『ブックオフ大学ぶらぶら学部』を読みながらBOOK OFFで繰り広げられる半永久の輪廻に浸っていた:僕も実はブックオフ大学ぶらぶら学部」OGである。書影の下には懐かしい教授陣の名前が並んでいる。買おうかしら。武田君とは3か月だけ付き合ったことがある。相変わらず元気みたいで安心した。

 

磯部涼は『normal』のkill late itという宣言にdodoの進化を見た分かる。僕も新宿ディヴィジョンが好き。とても分かる。ドードーの進化はドードリオとても分かる。ティックトックは結局米国は禁止したのだっけ。

 

佐々木敦は『アルプススタンドのはしの方』を観て映画監督と出会う「最初の一本」について思いをめぐらせた映画を「監督」という切り口から見るというところまでまだ僕は至っていない。強いて言うならば「万引き家族」を見て「空気人形」を見た。それくらいである。ただ、この「アルプススタンドのはしの方」を撮った監督はピンク映画も撮っているらしく、それはちょっと気になった。人間の青の春も性の春も平等に「映画」として撮影するその眼差し。

 

枝優花は『春風のエトランゼ』にコマやカットで割り切れない「人生」を見たAV女優かと思ったら映画監督だった、「現実の人間がつぎはぎでないのは、1つの人生だけを生きているからだ。」p.84

 

椹木野衣は『僕は漁師になった』に暮らしと命の駆け引きを見る:美術手帖で名前を見る。毎回難易度が高い文章を書く印象があった。「のえ」(このページで初めて知ったが正式には「のい」と読むくらいなのだから黒髪ロングのぱっつんの女性なのかと思っていたらまじオブまじのおっさんだった。でもこういうおっさんがああいう文章を書くのだからそれもそれでかっこいい。おっさんは基本「おっさん」という前提がつくので、何かしら極めると「おっさんなのに■■■していてかっこいい」となりがちである。全国のおっさんは常にそのことに自覚的であるべきで、趣味にしこしこ奔走するべきなのである。あと映画面白そう。

 

長谷川裕は『呪われたシルク・ロード』を手に切ない歴史を持つある集落を歩いた八王子はブックオフ大学の所在地である。ブックオフ大学八王子キャンバス。4年間そこに通っていた。まさかその市に「呪われたシルク・ロード」があるとは思わなかった。静岡からわざわざ足を運ぼうとは思わないが、ブックオフ大学静岡キャンバスにて本書を見かけたときは是非買いましょう。

 

橋爪大三郎は『パワースピーチ入門』に人々に語りかけるリーダーが出てほしいとの思いを込めたスピーチ自体日常ですることがない。というか過去にもあまりしたことがない。強いて言うならばブックオフ大学の授業でやったくらいか。僕は何かしら思うこと・考えることがあったのならば、それを発言するのではなく、書いてネットで発信したいと思う。それはスピーチと比較し力は弱く軟弱なものではあると思うが、noteが盛り上がっているのを見る限り、そう考えている日本人がマジョリティーなのではないか。そんななかで「パワースピーチ」という言葉を用いるのは少し時代遅れな印象も受ける。

 

手みやげのススメ

アマンド娘に勝る手土産なし

 

池田エライザのモヤモヤにムニャムニャ「でもどんなに真剣に話をしていても、「極論はね」で締め括られてしまうと、なんだか寂しくなってしまう」p.90 池田エライザは容姿が優れているし演技もするし映画も撮るし文章も書くし「POPEYE」で連載も持っているし歌もうまいしサブカルに精通しているしエロいし本当にすごい。どれか一つを極める、みたいなことが善とされる世の中で何でも挑戦する姿勢は本当に素晴らしいと思う。けれどそんな完璧超人ぶりじゃあ、結局人間的部分・ヌクモリティーが感じられず、消費されて終わりだと思う。そのなかで起きたあのポルノ事件、は、彼女にも欠点があるというか「ああ、池田エライザも人間なんだ」と世間に知らしめる結果になったと思う。まあ「極論はね、」あの失敗は長い目で見れば「池田エライザ」という超人的才能の寿命を延ばしたと思うんだよ。

 

曽我部恵一メメント・モリタ」エモーい。

 

文月悠光「回遊思考」vol.6だからわかる。人がベランダに立つのは、人恋しい時だ」p.96 ■■■■■と読むらしい。詩人。1991年生まれ、2つ年上。この人の詩を読んでみたいと思った。

 

三浦理奈のねるまえ動画ソムリエ入門中2020年の女子高生もスマホ片手に動画ばっかり見ていてかわいいと思うwwww←の「ダブリュー連打」をWWWWWで大文字にしているところにジェネレーションギャップ、感じるWWW1993年生まれWW27歳WWWWW

 

眠れない夜はインターネットの話でもお洒落な女性3人がお洒落なインターネットについて語っている。彼女達の「インターネット」と僕の「インターネット」は共通しているところも多いが、違うところも多いと思った。オタク3人による違うジャンルの「インターネットの話」も聞きたい。にゃるらさんは入れてくれ。

 

~クスっと笑えるおかしな研究~Next イグノーベル賞を探せ!!:セイキチョウの求愛ダンスについて 研究者:相馬雅代、太田奈央

簡単に言うと、セイキチョウも人間と一緒で気になる異性がいると、「ええかっこしい」なところがあるという発見である。でも同じ鳥類で孔雀とかあんだけぶわわわわわってやって異性にアピールするわけだし不思議でも何でもない気がする。ただその証拠をとるというのが難しいんだろうな。普通に素晴らしい研究だったので、「クスっ」と笑える部分がいまひとつわからなかった、真顔。

 

酔えるレコードもう1枚!森雅樹×坂本慎太郎レコードはおろかテープレコーダーすら買ったことない僕から遠く離れた特集である。抗うつ剤の服用により飲酒も勧められていない。かなしー。ゆりしー。ゆらゆら。「ゆらゆら帝国」のヴォーカル、坂本さんだけ、この回で最終回とのことらしい。それだけゆらゆら気になる。どうしてだろ。

 

青柳文子×小谷実由 現代人のための非大上段的相談学言論お洒落な人達が話をするコーナーパート2であるが、取り上げる話題はうってかわって「お悩み相談」。この悩みが結構多様で、そしてこの2人のコメントも鋭く面白くなかなか良い。特に最後の「猫を愛でて下さい」という相談に対してひたすらに愛でる感じが良い。「an・an」の古市と朝井リョウ紙上ラジオの女版といったところか。これも連載してほしい。

 

田中開のこの店を見よこの人は有名な作家の孫でその遺産でバーを開いてなんやかんやうまくいっている人といった印象がある。莫大な遺産。金が舞い込んできてそを自由に使って好きなように働いて生きて東京に住んでこうしてケトルに連載を持っている。うーらーやーまーしーいー。うらやましい!なのでこの2ページにわたる長文も感想は書きません。加齢に関する見解は良いなと思ったけど詳しくは書きません。うーらーやーまーしー・・・うらやまし!うらやましい・・・。

僕のインスタ映え彼女もいるのかよ。爆発しろ!!!

 

Licaxxx「マニアックの扉」リカエックスエックスエックスさんが、マニアックなことについて語る連載で今回は「料理」とのこと。ナポリタン、チャーハン、カツサンドを上げているが、これくらいなら誰にでもこだわりのある料理・思い入れのある料理2-3つあるのではないだろうか。ちょっと「マニアック」度が足りない気がする。「マニアック」を名乗るのであれば、ナポリタンの麺の太さ検証、ピーマンはいるのかいらないのかについて、べちゃべちゃのチャーハンに一番合う具材について、「チャーハン≒パラパラ」という概念の覆し、カツサンドの理想のカツの厚さ、高橋一生カツサンドを無邪気に食べそうだけど中村倫也は意外と上品ちまちま食べるのではないかという予想、男の娘が最後にカツサンドを食べた日はいつなのか、等もっとマニアックな話題で2ページもたせてほしかった。

 

中国美女漫談こういうコーナーもっと増えてほしい。中国人、フィリピン人、ベトナム人、その他東南アジアの人々を普通に見るようになって早××年。彼等は日本の文化について知っており言語も勉強しており、非常に勤勉な方達だと思う。けれど僕等は彼等の国の文化についていっさい知らないし、「こんにちは」の言い方すら分からないことが多い。だから日本に関係を持つ彼等がいったいどのような文化のもと育ち、生活を送っていて人生を送ってきているのか。知らない。今回は「中国」と限られているが、こういう特集がもっと組まれてほしいと思う。でもまあ「美女」という括りは共通でお願いします。やっぱね。テンション上がるんで。美女。「一番嫌だったのは、喧嘩とかするじゃないですか、子供同士の些細な。そういう時に私の悪口を言えばいい鬼、私のバックグラウンドを含めた悪口を言われるんですよ。(中略)本質と向き合ってないというか、”私”という個人を見てくれていないというか」p.110

 

嶋浩一郎のブンガク・ライフハック安部公房砂の女を取り上げているが、このコーナー、非常に面白い。前半3分の2は「砂の女」のあらすじをざっと書く。はえー昔読んだけれどそんな話だったのか。そして後半3文の1で物語の序盤で出てくるハンミョウについて書かれるのだが、なんとこのハンミョウがこの先の物語の展開を暗示する存在だというのである。「へぇ~」「へぇ~」「へぇ~」92へぇ~。「弊誌編集長で、ビールと昆虫図鑑とトリビアが好きと言う嶋浩一郎が提案するのは、少し変わった文学の読み方」p.111、すごい。やっぱり挑戦的な雑誌を出す会社の編集者は金の脳みそ持ってるんだな。金の脳みそぱっかんぱっかんメロンパン。これ、是非続けて書籍化してほしい。ちなみに「砂の女」は設定に惹かれて高校生で読んだけれど、何が何やらよくわからず全く面白くなかった覚えがある。この連載の前半のあらすじ説明で初めてそんな話だったのかと知った。今なら何が何かなんとなく理解はできると思うので、読んでみようと思う。安部さんの本はほとんど読んだことがないなぁ・・・そういえば。

 

渋谷直角の次号に続く:クリストファーノーランの特集なんだって。次回。興味ないな。終わり。僕は静岡28度です。

 

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以上である。

とても面白い特集だったので、且つ連載陣の文章も面白いのが多かったので丁寧に感想を書いてしまった。

次号の特集は興味ないので買わないが、また興味ある特集があったら買おうと思う。

あとやっぱり「おススメの本を小秋する」スタイルではないけれど、本特集であるのには間違いなく・・・何が言いたいかと言うと読みたい本がたくさんたくさんできました。「二十世紀」上下・「わたしの全てのわたしたち」・「文学全集/短編コレクション」・・・エトセトラ。

 

ちなみに、「ケトル」積読が一冊ある。

 

 

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雑誌の号である。古書店で買ってそのままだった。10年くらい前の特集だけれど、今回面白かったからこれも読んでみようかな。

 

***

 

LINKS

 

決してマガジンハウスの本特集が嫌いとか不満足とかそういう訳じゃないのよ。本当よ。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

 

tunabook03.hatenablog.com

 

 最新号買ってる。月が変わったから早く読まないと。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

池上英洋『イタリア 24の都市の物語』-「カノッサの屈辱」のカノッサってそういや人物名じゃなくて場所だったな。-

 

 

私と一緒にイタリア旅行しませんか?

せっかくならイタリアを、一周。

 

といったとこでしょうか。

 

 

 

池上英洋『イタリア 24の都市の物語』(光文社 2010年)の話をさせて下さい。

 

 

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【概要】

世界中の旅行者を魅了する、ヨーロッパでも屈指の人気を誇る国・イタリア。

日本では、いまだに「イタリア=歌って踊って恋をする国」というイメージが強い。

しかし、その魅力は、男たちや女たちが織りなしてきた数々のドラマ、芸術家たちが味わった苦悶や歓び、英雄や偉人たちの精神と行動の軌跡、民衆が繰り広げてきた何気ない日常生活の集積体であり、かつ、それらを保存してきた都市の魅力である。

それぞれ特色のあるイタリアの街あら、24都市を厳選ーー。イタリア留学経験もあり、レオナルド・ダ・ヴィンチ研究でも知られる著者が、さまざまな歴史のエピソードを紹介しなら、「イタリアを歩く楽しみ」を伝える。

カバー裏より

 

【読むべき人】

・イタリアに関心がある人

・イタリアが好きな人

ヘタリアが好きな人

NHK番組の書籍化であるため、世界史の知識がなくても楽しく読める本だと思います。新書の割に。

 

【感想】

毎度おなじみありがとう神サイト、ブックオフオンラインで購入した。

もともとこの池上先生の書籍は何冊か読んだことあるのと、

イタリア24の都市を数ページにわたって紹介するのは

短編集好きとしてはなんとも血が沸く一冊。

ためらいなくクリックした。

 

想像以上に面白かった。

イタリア、といっても世界史選択者ならば分かると思うが、

中世近世は「国」としての体裁をなしていなかった。

都市国家」という所謂「進撃の巨人」や「キノの旅」といったようなあいう都市が点在していて、ヴェネツィアヴェネツィアフィレンツェフィレンツェ・ローマはローマであった。

そのため街ごとの特色が非常に濃くでている国でもあるのだ。 

 

その都市群を、1都市10ページに満たない1章のペースで紹介。ひとつひとつ文章だけでなくカラー写真で掲載しているから非常に読みごたえがある。

あなたが初めてヴェネツィアを見た時、こう思いはしなかったか。

「街なのに道路が水で溢れ出ている!!凄い!!」

似たような驚きが何度も味わえる。

一番初めの「サン・レオー囚われのカリオストロ」からもう僕は心を掴まれた。今まで見たことないような、都市の形をしている。どうしてそんなところに街があるんだ・・・。

その他様々な都市の様々な面白い写真が掲載されている。個性は十街十色。みんなちがってみんないい。

また、池上先生自身がイタリア史専門の方のため、それぞれの都市の歴史も書かれていてこれまた面白い。

イタリアに少しでも関心があるならば読んで絶対損はしない一冊となっている。

 

また、本書は番組の書籍化ということもあり、

作者の言葉遣いも他の書籍と比べてかなり叙情的で読み易い。

他の書籍は一般向けともいえどいささか堅苦しくちょっと読みづらい所があったが、本書はするすると頭に入ってくる。全部これくらいの感じでいいのに。

中野京子先生ほど叙情的ではないけれど、恐らく彼女の作品が好きな方は本書ももれなく好きになれるのではないか。

 

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以下、僕が特に「はえ~」になった都市。

■ヴィンチ pp.33-38

言わずもがなみんな大好きレオナルドダヴィンチ先輩の生まれた村である。ダヴィンチ先輩!!ダヴィンチ先輩!!

恥ずかしながら、「ヴィンチ」が村の名前であることを僕は本書で初めて知った。「ヴィンチのレオナルドやで~」という意味だったのね。じゃあ僕ならマグロドン・ダ・サイレントヒル(静岡)ということだろうか。悪くない。

読む限り、このヴィンチ村というのは田舎にあるそうで、そこでダヴィンチ先輩はすくすく育ったらしい。

田舎出身。なんかそれだけで一気に好感度はね上がる。

ダヴィンチ先輩の幼少期と、当時の中世社会の家族関係・女性の境遇について書かれているのもなかなかに興味深かった。

 

マントヴァpp.77-83

僕は書くことがとても好きである。

「いや~書くことが結構好きなんですよ~」という職場の20代前半の娘に「おめーじゃあ1000字以上のブログを月に15回以上更新できんのか?え?」と内心思うくらいには好きである。言ったところで「うわ・・・キモ・・・」確定だけれども。

この都市のページでは、ひたすら手紙を食ことによって、政治で手腕を振るった女性が出てくる。更に彼女は芸術愛好家であって、多くの画家に作品の注文書を書いていたという。ダヴィンチ先輩にも書いたそうな。パイセンはあんま乗り気じゃなかったらしいけど。

そして晩年はお気に入りの芸術品を集めた部屋で過ごしたらしい。

あ・こ・が・れ・る!!!

僕も書くことで大金をもらい、その大金で西洋美術の小品の気に入ったやつをぼろぼろ買い、それに囲まれて晩年過ごしたかった。で、豪邸たてて、ヨークシャーテリアらへんをはべらせて、結果「マグロドン・ダ・サイレントヒル夫人、夢の芸術御殿」みたいなコピーがついて、婦人公論のトップのページに掲載されたいわね。

 

カノッサ pp.91-97

世界史選択者みんな大好きワードナンバーワンカノッサの屈辱について書かれたページである。

ところがどっこい、内容について聞けば多くの人が以下のように答えるのではないか。

 

「なんか誰か憤死した気がする。」※憤死・・・激おこぷんぷんぷんぷんぷんぷんぷん丸で死ぬこと

 

以上。

 

ところがこの本書では6ページ足らずでカノッサの屈辱カノッサどこの誰が屈辱してどこの誰が憤死したのか、簡潔に分かりやすく書かれている。

カノッサに行きたいとかどうこうよりかはシンプルに勉強になった。

 

■ボマルツォpp.109-115

ここは行ってみたい都市ナンバーワン。

20代の若さで妻を亡くした貴族が悲しみのあまり、そこから生涯をかけて作り上げた庭園があるとしてである。

その庭園が奇妙。

怪物の石像が並び、その大きさも巨大。なんかもう、まじで巨大。

口の中に人が入っても余裕の大きさ。

更に庭園はラビリンス構造となっていて、次々と怪物が姿を現すような感じとなっているらしい。すげー。

澁澤龍彦もこの庭園について紹介していたそうな。

・・・てか誰やねん、この澁澤って。結構名前見るけれども。今度著作の一冊でも読んでみようかな。

 

ヴェローナ pp.159-165

ロミオとジュリエットの街である。

この物語が出来た経緯について書かれている。2つの名家による抗争は実際にあったらしく、口伝があり、そこから作られた物語を、シェイクスピアが過剰装飾して戯曲化したのが、あのロミオとジュリエットだそうな。シェイクスピアがてっきり1から考えたものかと思っていたので、ちょっとそこはビックリした。

観光資源も無論豊富で、ここではジュリエットの像と、墓が取り上げられている。やっぱみんなおっぱいを触るんだな。多分私も実際行ったら触るわ。

ロミオとジュリエットは、大学時代に微妙にがあった。

大学の授業で、ディズニー作品についてレポートを掻くという課題があった。そこで僕が選んだのはライオンキング2である。幼少期何度も見た。堀北真希の旦那の声帯を持つ「コブ」という悪と正義の間で懊悩するあのイケメンライオンに、僕の性癖はゆがめられた。「闇堕ち」「光堕ち」という言葉に敏感になる身体になってしまった。あんあん。

閑話休題。この作品は一時期のディズニーの続編商法の中で出てきた作品なのだが、「ライオンキング」ハムレットを原作にしているように、この作品にも原作がある。

それがロミオとジュリエットである。要するにライオンキングはシェイクスピアなのである。そりゃあミュージカル映えするわな。だって原作が戯曲なんだもん。

このレポートのため、当時僕は岩波文庫のロミジュリを買って熟読したのだった。今となっちゃあほとんど覚えていないけれども。

でも実際、作品で出てくるナイチンゲールを思わせる白い小鳥が愛を交わし合うシーンがあったり、ディズニー必須の「ハッピーエンドで終わる」条件を除けば話のあらすじはほとんど同じだったりして、その比較研究は結構面白かった覚えがある。

まあ、そのデータ、今はもうないんですけど・・・。

行くことは叶わないとしても、せめて劇は一通り観賞してみたいなあ。

 

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以上である。

サクサク読めて分かりやすいし面白い。

世界史の知識があればなおさら楽しめるけれども、番組ベースのため誰が読んでも理解しやすい内容だし、お勧めである。

あと、イタリア史を勉強する人にはうってつけなのかもしれない。それぞれの都市が6ページほどで分かりやすく説明されているため。文献中に出てきた都市を調べるのに丁度いいだろう。

ただまぁ、ハーメルンが掲載されていないのはちょっと残念かな。

 

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110円購入で帯がついているとちょっとお得な気分になる。捨てるけど。

 

ちなみに本書はブックオフオンラインで110円だった。

ブックオフにおいて値段が低いということは、流通量が多く書籍自体の価値が下がっているということである。そのため「永遠の0」等過去の大ヒット作が100円コーナーに並んでいるのは自然なことなのである。100円コーナーに並ぶというのはその本が一世風靡したという証左であったりする。まあ一部除きますが。

初版が2010年、10年前、当時高校生であったため、本書がどれほどまでにヒットしたのか売り上げていたのかは知る由はないが、多くの人に読まれるのも納得の一冊である。

 

あと、ヘタリア来春アニメやりますね。

ばちくそ楽しみです。30分枠の地上波でやってほしい。てかやってくれそうな気がする。あと、僕の推しのポーランドは出るのでしょうか。リトアニアは出るのでしょうか。実家に幻冬舎版の漫画なら全巻あるのですが・・・勉強しなきゃ。

 

***

 

LINKS

ハーメルンについてはこの前この書籍詠んだ。どこの書店でも平積みされていて、筑摩書房は売りたいんだろうなあと思ったんだけど、一般向けにしては結構内容難解だと思う。挫折した人は多いのではないか。

歴史専攻の学生にはお勧め。

tunabook03.hatenablog.com

 

池上先生の書籍は結構他にも読んでて持っていたりする。

これもなかなかおもろーだった。けど本書と比べて結構硬めの文章。

美術史初心者には池上先生より宮下規久郎先生の書籍のがいいと思う。

 

tunabook03.hatenablog.com

 

tunabook03.hatenablog.com

 

加賀乙彦『ある若き死刑囚の生涯』-死にたいですか?本当に?

 

 

 

 

 

死への恐怖に打克つということ。

 

 

 

 

加賀乙彦『ある若き死刑囚の生涯』(筑摩書房 2020年)の話をさせて下さい。

 

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【概要】

罪を見つめ、罰を引き受けるとはどういうことか。

罪を受け入れ、乗り越えて生きることは可能か。

1988年の横須賀線爆破事件の犯人で死刑囚の短くも懸命に生きたその姿を描き出す。

 

カバー裏より一部抜粋

 

【読むべき人】

・死刑囚が紡ぐ文学作品に関心がある人 

・死刑囚の生活に関心がある人

・何か一つに打ち込みたい人

・日々死にたいと思っている人

 

【感想】

9月のある日、

僕は本書を静岡で最近新しくできた書店「ひばりブックス」で手に取った。

以前どこかの本屋で見かけたが、それからずっと気になってはいた。

なんとなく手に取った。

9月の26日、

僕の27歳の誕生日であるこの日に、僕は上司に叱られている時泣いていたが不意に衝動的にカッターの刃を手首に当てた。

嫌だった。仕事も家族もその先も何も見えない。仕事は出来るようになるペースが遅く、母親は癌でいつまでもつのか分からない。他の家族とは仲が悪い。静岡には友達もいない。みんな東京に行ってしまった。恋人もいない。何もかもが不器用で27年間無事一度も作ることはなかった。インターネットを開けば皆の人生がキラキラしたものに見える。すがるものはない。仕事も出来ず恋人もいない、唯一の拠り所であった母の病は重い、コロナでどこにも僕は逃げられやしない。独り暮らしもしたから収入が欲しい。でも仕事で毎日泣いてばかりだ。ああやっぱり正社員労働向いてないじゃあ僕は何に向いているのか人生向いてないどう生きていけばいいのか、この先どう生きて行けばいいのだろうか全く見えない全く見えない。

 

10月の中旬、僕は本書を読み始めた。

 

50年前の事件で逮捕された死刑囚の記録である。

作者=加賀先生が死刑囚という訳ではない。

加賀先生は作家兼精神科医で、生涯を通して死刑囚と交流を続けてきた。正田昭、永山則夫等。その一人が、純多摩良樹(短歌を謳う際のペンネームである)。

彼こそが50年前横須賀線を爆破させた、雪国出身の、吃音癖のある、スーツを着る仕事に憧れを抱きながらも肉体労働に従事した、青年であり、死刑囚である。

 

一九二九年生まれの私は齢八九歳になって、身辺の、特に書斎の引き出しや戸棚を開いてみたり、手紙を読みふけったりするようになった。ある日、スチール製の引き出しを開いてみて「純多摩良樹」と書かれた一塊りの書類に出会った。p.215

 

その彼の日記と手紙を、約50年の時を経て、加賀先生が見つけ、本の形にしたのが本書である。

死刑囚と長らく向き合ってきた老いた精神科医が、日記・手紙という第一次史料を用いて編纂した、死刑囚の伝記。

本書は、こう表現してもいいのかもしれない。

 

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「死にたい」

誰でも一度は思ったことがある感情じゃないだろうか。

僕もある。めちゃくちゃある。

でも結局僕等は灯油をかぶったり高層ビルの屋上から飛び降りたり拳銃を咥えたり海にざぶざぶ乗り込んだりするどころか、クローゼットのハンガー掛けのところにタオルで割っかを創ったり電車のホームに飛び込むことすらしない。

だって怖いから。

「死にたい」と安易に口にしつつもその恐怖を克服しようとすらしない怠惰。

結局は、明日も明後日も来ることが分かっているから、現実逃避の代弁として言っているだけなのである。「死にたい」。

 

じゃあさもう「死」が決まっている人、長くない内に「人生で一番恐ろしい恐怖」が来ることが確定している人は、いったいどういう心境なのだろう。

「死にたい」と言ったりするのだろうか。いやあ言うはずがない。

いつ「人生で一番恐ろしい恐怖」が待っているかもしれない日々の中で、現実逃避をする余裕なんてきっとない。明日かもしれない。明後日かもしれない。

しかもその「人生で一番恐ろしい恐怖」から逃げられないことは確定しているのである。絶対に来るのである。不可逆的に近いうちに、それは、来るのである。

きっと毎日超現実。現実逃避は不可能。毎日現実と真っ向勝負。

そうやって超過密現実を生きる死刑囚は、その恐怖に対して、

打ちひしがれるのか。克服しようとするのか。

本書の主人公・純多摩良樹は、

後者だった。

 

死刑囚・・・純多摩良樹は、横須賀線に小包を仕掛ける。それは無事爆発し、彼とは無関係の男性が死亡。多数の人間が密室状態の中に爆弾を仕掛けた残虐性が問われ、以前遊びでやった火遊びも「予行練習」と見なされ、なんやかんやあり無事死刑と決まる。

醜男で吃音癖もある純多摩は、内心否定する部分は有れど、概ね認めその判決を静かに受け入れる。

純多摩が横須賀線に爆弾を仕掛けた理由は、簡単に言えば恋愛に振り回された童貞の強い衝動によるものである。ストーカー心理に近いのかもしれない。こじらせ煮詰まった片想いは凶暴な感情へと変化を遂げる。その殺意は抑えきれず、電車を爆破するに至る。死者一名。動機は同情の余地があると言えど、彼が犯した罪は重い。模倣犯も現れる可能性だってある。

亡くなった男性には家庭があった。

相応の罰が下る。

 

この裁判が続く過程において、純多摩は一冊の本と出会う。

 

何よりも私が興味を持ったのは、イエスがいつのまにか罪人にさせられて十字架につけられた場面だ。ああ、イエスも死刑囚だったのだ。その死刑囚であるということが、私にとっては一つの慰めになってきたのだった。p.29

誰かが彼宛てにクリスマスに送った聖書である。

 

戦争が起らねば父は在りしとて 人らも母も我に教えき

雑誌「信徒の友」一ニ月号一部差し入れ

おや、やっぱり私の短歌が載っていた。p.58

そして後日、彼は「遊び半分」で投書した短歌が、雑誌に掲載されているのを目にする。

そこから純多摩の、死刑囚としての第二の人生が始まる。

キリスト教プロテスタント)と短歌。

この2つのみで、死の恐怖の克服に挑む長く短き人生が。

 

なので、本書は決して暗い書ではない。

むしろ死の恐怖を克服した上で階段をのぼることが出来たという点では、ハッピーエンドとすら言えるのかもしれない。

しかしその一生で一番恐ろしい恐怖の克服は、当然ながら安易ではない。心身ともに信仰に捧げた。血反吐を吐く思いで短歌を作り続けた。何度も何度も罪を振り返り己の存在を恥じた。

その過程の記録が、50年たって加賀先生に発見され、書籍として世に出た。

死の恐怖向き合う壮絶な日々。

神的存在が、「死にたい」と現実逃避を生死に賭ける人々に呆れて、「死にたいですか?本当に?」と問うために、加賀先生を使って21世紀の世に出させたのかもしれない。

もしくは、先月末職場でリスカ騒動を起こした僕に「死にたいですか?本当に?」問うためにこの世に出たのかもしれない。

 

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死にたいですか?本当に?

まだこの世に何も残していないのに?

私はもう、すっかり元気がなくなってしまった。そんな中にあって、今月は短歌を五〇首書かなければならない。血も吐き切った感じだ。p.164

純多摩良樹は、たまたま歌が掲載されたことをきっかけに、のめりこむようにして短歌を作るようになる。会にも所属し月々少ない給与から会費も払い、その雑誌に歌が何歌か連なって掲載・入選するようになり、他の歌誌・コンテストにも応募するようになり、晩年には歌集刊行の話も挙がる。

そもそも彼のこの獄中で作った歌歌が素晴らしかったからこそ、時を経て加賀先生の心を打ち、日記は編纂され本書の刊行に至ったのだ。

例えば僕がここでカッター手に当て死んだところで、後世に何が残るだろう。

そもそも、彼のようにここまで一つのことにのめりこみ結果をだしたことはあっただろうか。否。恐怖した時不安になった時泣きたくなった時彼のようにその全てを、自らの創作物に押し込んだことがあっただろうか。否。だから彼の短歌の創作は度々苦しいものになり切実なものへとなり読者の心を紙が指を切る時のように鋭くなぞる、お前はそういった類のものを創作してきたか。否。もしくは今後の人生においてそういった類のものを世に残せそうか。不明。

 

死にたいですか?本当に?

まだその身と心の置き所も決めていないのに?

イエス・キリスト様、命が消えつつあるのを私は恐れはしません。なぜなら死んだ瞬間にあなた様が私を天の国へとひきよせてくださると私は信じているからです。主よ、よろしくお願いいたします。p.154

彼は短くて長い死刑囚期間を終始敬虔なるキリスト教徒として過ごす。ことあるごとに処刑されたキリストに想いを馳せ、「人生で一番恐ろしい恐怖」に克つことを何度も何度も試みるのである。

私は何かに心身ともに捧げ信仰したことはあったか。神や仏、先祖そういった類を勉強したことはあったか。信仰心、宗教・・・否、否。これは今の私には不要な話なのかもしれない。

しかし、死後の魂の置き所も考えないで、「死にたい」と口走ることは何たる愚かなことだろう。碌に考えていない、ということは、死後について思いを馳せていないことと同義であり、それは要するに本当は死ぬ気はないということでは。

例えば僕がカッターで手首を切り刻んだところで、その先僕はどこにいこうとするのか。三途の川の向こうの花畑は実在するのか。

結局その先が全く見えないことに恐怖して、刃を床に落として泣くところがせいぜいではないのか。

 

死にたいですか?本当に?

己の人生を振り返りもしないで?

一九七四年三月四日(月)晴、あたたかい

私という人間は本当に罪深い人間である。何という罪深さであろうか。いつもの夕べの祈りを捧げながら、神の愛を深く深く思わずにはいられなかった。p.160

日記において彼は幾度も己の罪を恥じ、そして故郷・家族・最上川・吃音等己の人生も省みている。基本孤独な死刑囚が、過去に回帰するのは自然なことなのかもしれない。

牢に入るほどの罪は犯してないものの、社会不適合をこじらせ程程に娑婆を生きている私は、これほどまで己の人生を振り返ることがあっただろうか。否。牢に入る程重くはなきにしもあらず、しかし己が無意識にあるいは意図的に犯してきた罪罪を振り返ることがあっただろうか。否。社会不適合をこじらせているにも関わらず、私を「親友」として受け入れた中高大の同級生、そして途中で殺すこともなく育て上げた両親に対して心からの感謝の意を抱き伝えることはあっただろうか。否。

27年間という決して短くない期間を一切振り返ろうともせず、衝動だけで手首の、その薄く見える青い血管をかったーで切られるか。否。

結局生半可な「死にたい」の衝動はそこまで僕を穿たない。

 

しかし純多摩は創作信仰自己回帰・・・私が出来ないこと全てを牢の中でひたすらに研鑽し研ぎ澄まし、その日、十三階段を上がる。

 

〈お迎え〉のドアが開いた時私は、まったく不安も動揺もありませんでした。p.208

 

本書は、一人の青年が人生で一番恐ろしい恐怖への克服するまでの日々をつづった記録である。

 

安易に「死にたい」と口走る己の恥を知る。

だがしかし、同時に本書は自殺幇助の書籍ともいえることは出来ないか?

「死にたい」という100人の内、99人は軽く口にしていたとしても、1人は重く口にしていたら?

恐怖に打克つ為何かしらに没頭し、己の魂を置く宗教を心から篤く信仰し、絶え間なく己の犯してきた罪と人生について考えれば、その恐怖には打克てる余地がある。

それを知った時その1人は容赦なくそれらを実行し、躊躇いなくカッターの刃で薄青き手首の血管を切り刻むことだろう。何度も、何度も、何度も。

でも僕はまだそこまでいけていないし、今はなんとなく行く気もしない。

 

聖書よむわが掌の中の文鳥はイエスの復活ののち目をとづる p.221

 

以上である。

暗い文章を期待して読んだら思ったより暗くなかった。

むしろ明るい印象さえ受けた。

「死にたい」と安易に思う自分の愚かさが身に染みる一冊であった。

 

それでもこれから先、やっぱり耐えられず「死にたい」と思うことはあるだろう。

その時は、この純多摩が聖書を開いたときのように僕もこの書籍を開き、純多摩がキリストの一生を想ったように私も遥か昔に絞首台に命を散らした若きプロテスタントの死刑囚の一生を想おうと思う。

 

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***

20201026 この記事は編集に死ぬほど時間がかかった。何書いてあるのか自分でもよく分からないところが結構多かった。無事形になってよかった。更新ペースめっちゃ落としちゃったけど。

山下和美『不思議な少年1』-2020年の日本に生れ落ちた僕達はどう生きるか-

 

ねえ、凄い漫画読んじゃったんだよ。

 

山下和美不思議な少年1』(講談社 2001年)の話をさせて下さい。

 

 

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2001年刊行とは思えない表紙◎

 

【あらすじ】

人間って不思議だ

 

終戦直後の日本に生きる家族を縛る「血」と「土地」

19世紀末のロンドンを懸命に生きる身寄りのない少女

生きる目的を知らぬまま戦国乱世を駆け抜けた一人の青年。

 

それは何時の時代も変わらない人間らしい生き方。

そこに一人の少年がいた。

永遠の生をもって「人間」を見つめる不思議な少年が、

「天才 柳沢教授の生活」の山下和美が人間の光と闇をきらびやかに描く新シリーズ、

堂々のスタート!

 

裏表紙より

 

【読むべき人】

・漫画好きで本作をまだ読んだことない人

・読後に鳥肌を求める人

 

【感想】

貸本屋のおばあちゃんに勧められたうちの一冊。

「難しいけどね。これはどうかしら。おもしろい」

「あ、ランドの人ですね!最近完結したらしいですが」

「でも難しいかもしれないわねえ」

はえー」

とか言いながら借りた。

難しい。難しい。難しい。

遠いいながらも面白いと勧めてくる。

そして、そのおばあちゃんの審美眼が確かなことを、冒頭3ページで思い知ることになる。

 

今日 僕は

汽車の中で本を読み

世界最初の殺人が

兄弟間でなされたことを知る

p.1

 

から始まる冒頭3ページに一気に射抜かれた。

何なら一回借りたけど読み切ることが出来ずもう一回借りた。

何ならそれでも延滞一日今しているわけだけれども後悔はしていない。

期限一日二日云々よりも圧倒的に、「この本に出会えてよかった・・・」に打ちのめされたからである。

 

本作はこの表紙に出てくる金髪碧眼の少年が、色んな時代国を駆け巡りああだこうだ言ったり悪戯したり囁いたり昼寝したり、所謂好き放題する。

その少年が出会う人間達の運命の顛末を描いた作品群である。

「人間っておもしろ!!」

某死神の気分が一冊丸々読んだ後に味わえる。林檎もしゃもしゃ!!林檎もしゃもしゃ!!

 

そして己の境遇を思う。

何憶何十億の人々が織りなす歴史の中で自分は西暦二千年前後の日本という国に生まれ一体どのような運命をたどるのであろうか。いや、一体どのように生きていくべきであろうか。

運命なんて見えない。

だから「自分がどう生きるか」と「自分の運命」がほぼ同義なのだと思い知る。

下手な自己啓発書より、自分の人生について考えさせられる一冊である。

 

以下簡単に感想を書いていく。

僕が一番好きなのは、やっぱり冒頭3ページから始まる「第一話 万作と猶治郎」ですかね・・・。最後数ページは何度も何度もリピートしました。

 

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まさかの裏表紙同じイラストかよという衝撃○

 

第一話 万作と猶治郎:戦後家族が訪れたのは、父方の実家・鬼舞(きぶ)家だった

「「鬼」というのはもともと「魂」という意味さ だからここは魂がおどる家だ」p.17

圧巻。この一言に尽きる一編である。

戦後のまだ幼き少年と、聖書の不釣り合いな組み合わせからどう話が進むのか見当がつかなかったが、最後こう来るか・・・と思った。こう来るか・・・。

そして最後万作は人生を決定的に「試される」訳ですが・・・、彼の導き出した答えに正直もう涙ぼろぼろですよ。

爺の笛の音は一体どれほど美しい音だったのだろうか。

醜くも狡くとも人生を生き抜いた爺の笛の音は・・・。

正直難解な部分が多くて、感想を述べるのは難しい。けれど、最後の数ページは何度読んでも僕は涙なしに読むことは出来ない。涙ぼろぼろ。

ラストのシーンは彼の人生における最大の試練といったところでしょうか。試されましたね。少年と出会って己の「血」の定めを知ったからこそ、あの選択をとることが出来たのでしょう。

あと最後の最後の数ページで、タイトル回収したのも良かったわね。「万作と猶治郎」・・・。

とにかく、心を打った一編。漫画でこれだけ涙流したの久しぶり。

 

第二話 エミリーとシャーロット:二人は孤児院で14年間一緒だった。美貌のメアリーと、目立たないシャーロット・・・。

「君は自分自身の心のほんの一部しか知らない。君は自分で考えているよりずっと多くのものを心に秘めている。それを上手く解放すれば世界中の人々の夢を創ることができるかもしれない」p.126

自分の心の扉を開くというのは非常に難解なことである。

自分が本当にしたいことは何だろう。

自分は本当はどうしたいのだろう。

シャーロットがその扉を開けるまでの過程を描いだ物語である。

自分に酷いことをして、許せない。殺したい程憎んだこともありましたが、本当は会いたかったそして赦したかったのでしょうね・・・。

少年は「扉を開いて上手く解放すれば、世界中の人々の夢を創ることができる」と言ってるんですよね。

今までの彼女が書いた作品群はどれも残酷なものばかり。けれど最後扉を開き切った彼女は・・・。

元々孤児院で子供に対して物を教えるのが秀でていた彼女。多分スランプから脱すると同時にこれから描く作品はジャンルが大きく異なるものになるでしょうね。

 

ちなみに僕の扉は・・・今ギシギシ言っている、気がする。

このまま閉じて人生を終えるのか。

それとも開くのか。開くとしても、小中大、どこまで?

この話を読むまでこんなこと考えるにも及ばなかった。

第一話のが心を打ったけれども、自分の在り方について考えさせられたのはこの第二話。

 

扉、開く準備がようやくできつつある。

ドアノブ思い切って開いてみようか。

その先には何が見えるだろう。もしかしたら何もないのかもしれない。

それでも。

 

あ、あと多分同じ題材で小中学生の女児向けに描かれたのが多分しゅごキャラ!なんだろうな。面白かったけれどメッセージ性を読み取るのはなかなか難しい作品だったと思う。

 

第三話 狐目の寅吉:孤児の寅吉は生きるために殺す人生を、生まれたときから送ってきた。

「寅吉だ!”狐目の寅吉”が一騎で来た!!」p.186

画力。この一言に尽きる一編。

この作者はストーリーの素晴らしさの方が凌いでいるのですが、画力もなかなか凄まじいんですよね。第一話で顕著でしたが、特におじさん・おじいさんをあれだけどっしり描けるのは、青年漫画家・男性漫画家でもなかなかいないと思います。

で、その画力凄い人が戦国時代描いたらどうなるのかって言うとまあ最高なんですよね。特に先述した時に描かれる寅吉の表情なんかバチバチですよ。バチバチ。歌舞伎のようなドラマのような執念のようなとにかくバチバチ

この人が半沢直樹の1シーン書いたらめっちゃくちゃ面白いだろうなぁ・・・。

 

生き方について再び考えさせられる一編でした。

数多くの人を殺してきた寅吉を、「生きた者の顔」p.255と少年は言うんですよね。

何故寅吉に殺された多くの人々には目もくれなかった少年が、寅吉の死に顔を見て「生きた者の顔」と言うに至ったのか。

己の信念を貫いた生き方だったからか。己を貫いた生き方だったからか。

じゃあ「信念」って何。己って何。という話になってくるわけで・・・。

君は持っていますか信念。

僕は信念を持っているかどうかは27にしてもまだ分からないし、

持っていたとしてもそれが如何様なモノか分からない。

寅吉は22で死んだというのに。

 

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タートルネック🌸

以上である。

とにかく心穿った一冊だった。

2001年刊行との作品だけれども、古臭さは一切感じない。絵に癖があるからか、あと表紙のデザインが今でも十分通用するものだからか・・・。今年刊行されたものと言っても僕は信じてしまうだろう。

色褪せない、ということは、2001年の僕達には無論2020年今の僕達にも非常に必要な一冊ということなのかもしれない。自分の人生をどのように生きるか・・・。

 

西炯子『こいあじ』-ジュリエット、もう君の手は離さない。-

 

 

 

タイトルに、偽りなし。

 

 

西炯子『こいあじ』(新書館 2010年)の話をさせて下さい。

 

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【概要】

1991-1997年に発表された西炯子初期短編集。

 

収録作品

軽井沢つけもの夫人

密林の二人

戦場にかける恥

さよならジュリエット

君といつまでも

彼女からFAX

え・れ・が

 

カバー裏より

 

【読むべき人】

・西先生のファンの人

・あっさり読める90年代の短編集を探している人

 

【感想】

貸本屋で借りた。

前に借りた西先生の1冊完結の作品が非常に面白かったため、今回も1冊完結するものをと思い、気軽に手に取った一冊である。

西先生といえば今読んでいる少女漫画「たーたん」の作者である。この「たーたん」貸本屋のおばあちゃんと話がちょっとだけ盛り上がったのもあって、あとまあ西先生なら外さないかなと思って、借りた。

まぁ・・・外しはしなかったけど当たりでもなかったかな。

 

初期作品集である。2010年刊行のため表紙のデザインがおされだからもっと最近の作品化と思っていたらなんと最古は1990年。はえー、私より年上。

どうやら読むと「こいあじ」「うすあじの2種類で同時刊行していたようで、その「こいあじに当たる部分が言わずもがな本書であるため、予想以上の「こいあじであった。「こいあじ」って「恋味」かなと思ったら率直に「濃い味」だったのである。おいおいお~い!!

しかも掲載誌バラバラの、しかもまだ駆け出し若手兼業作家だったであろう西先生が描いた作品が詰まっているからまぁ、カオス。結構カオス。ジャンルも後味もページ数もバラバラ。

ただまぁ当たりはずれよりかは、どの作品も程程に良いといった印象の一冊。ただまあ「さよならジュリエット」、これはけっこう傑作だと思う。

「彼女からFAX」もなかなか佳作。

あ、あと思ったよりBL要素が多かったかなあ・・・。

 

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以下簡単に各話の感想を書いていく。

ちなみに先述した裏表紙に書かれた話のタイトルは、掲載順でも何でもない。(一行目に「軽井沢つけもの夫人」がきているが、本書に一番最初に掲載されているのは「さよならジュリエット」。また、年代順でも何でもない。(一行目に「軽井沢つけもの夫人」がきているが、本書で最古の作品は「え・れ・が」

恐らく言葉の響きから、良い感じに並べたのがあの並びなのだと思う。編集か作者かどちらか分からないが、裏表紙の目次掲載順にはこだわりを感じる。

 

さよならジュリエット:リーマンの中野重彦がゲイバーで出会ったのは、テニス部で対戦した高校の奴で・・・

「言われてみればそんな奴がいたような気もしなくはない」p.6

ジュリエットというのは、ゲイバーで働く奴の名前である。タイトルの意味は話の最後に分かるようになっている。想定外の結末。その後味が何とも言えず切ない。先が全く見えない。二人はどこへいくのだろう。

この問題の奴、ジュリエットが魅力的。恋をしたら一途で怖いもの知らずで東京に単身飛び込んでしまう。無鉄砲なところがある。目を離せないところがある。ここまでならただのお転婆娘。ところがどっこい、奴は同性なのである。

本作品が世に出たのは1999年。今より恐らくLGBTに対する理解もなかったであろう当時の読者の多くは、このジュリエットを単なる「おかま」としか読んでいなかったのではないか。

しかし、よく読むと彼は違う。同性愛者なのである。彼に振り向いてもらうため胸にシリコンは入れたけれどもとらなかったし、働いているところもおかまバーではなく「ゲイバー」である。女に見える姿も、彼に振り向いてもらう手段にすぎない。心の性別は男なのである。

だから最後ジュリエットは、あの姿で彼の前に現れたのだろう。失恋したから、もうスカートをはく必要もないし口紅を塗る必要もない。

女装する男性を「おかま」とひと括りにしていたであろう時代に、LGBTの複雑を抱えたキャラクターが世に出ているというのは凄いことだと思う。

・・・いや、単に僕が知らないだけで、当時のBL界ではそこまで理解が及んでいたのかもしれないけれど。

 

君といつまでも:明日池内に告白すると決意した啓太は、なんと事故で命を落としてしまい・・・!?親友の大円(ともかず・寺生まれ、要するに寺生まれのTさんである)に助けを求める!

「ありがとう 長尾くん でも人生って皮肉だね 死にたい私がこうして生きてる」p.73

エヴァンゲリオン綾波レイに影響を受けて作られたであろう、池内を愛でる作品。セカイ系に落とし込み切れていないのがいまいち。というのも、主人公の立場があまりにも哀れすぎてなぁ・・・。

多分啓太ではなく池内を主人公にした方が良作になり得たと思う。

ちなみに、このタイトルの「君といつまでも」は、誰から誰へ投げかけた言葉なのだろう。

啓太→池内?池内→啓太?否、それとも大円→池内?

いやいや、それとも大円→啓太?

だとしたらまたBL要素がほんわか入った作品であるが・・・いやあ僕もだいぶ耐性ついたなあ。

 

彼女からFAX:自殺した二年上の先輩からFAXが届くようになり・・・

「よく言うじゃないですか 緑色のインクって毒なんだって」p.85

最後の1ページがまさかの展開の作品である。

緑のインクを飲んで死ぬ先輩、という図柄が何とも美しい。その美しさと相反をなす結末に戦慄する。後味など一切ない、そこでブツッと途切れたかのような最後。それはまるで人の最期のような。

この展開は、僕のトラウマ「世にも妙な物語」「午前二時のチャイム」を思い出した。

あと、初っ端から二連続で続いた「薔薇」だけでなく「百合」要素もちゃんと一冊に濃縮しているのがいかにも「こいあじ

 

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左がジェームズ、右がジョン

 

密林の二人:ベトナム戦争下において、アメリカ兵2人が密林の中命からがら歩いていたが・・・

「すまん」p.128

表紙の二人が主人公の話である。表紙をよく見てほしい。イケメンとブサイク。この2人が織りなすBLギャグ漫画である。

ベトナム戦争×密林×アメリカ兵(幼馴染同士)2人、といえばもうそりゃあ洋画にもなりそうなシリアス展開が期待できる舞台装置ではあるが、あえて全力でふざけてみました!!といったような塩梅。

まぁ表紙に二人が抜擢されたのも頷ける。一番「こいあじだからね。

 

戦場にかける恥:密林の二人のその後

「あ 醒めた?」p.158

ある意味「本編」といえる一編。ますますギャグにキレがかかり、ジョンの基●外度が上がっている。いいぞ!

まさかの結末。いや、そこはつづいてほしかった・・・。

ちなみに、ジョンの「ジェームズ」感、ジェームズの「ジョン」感は異常。名前逆かい。

 

軽井沢つけもの夫人:金がない保坂と三ノ宮は軽井沢にバイトに来たが・・・!?

「漬物だけに・・・・・・塩気を抜いてみたら・・・・・・」p.201

シュールギャグホラーカオスな一遍。

軽井沢つけもの夫人こと「ステーシー」から逃げられるか!?

果たしてその漬物の正体とは!?

軽井沢を舞台にした密室漬物スリラー!!!といったところでしょうか。

でも全部が、最後の「保坂の室内着かわいいなオイ」に完結します。p.204で出てきます。男子大学生が着る服じゃないでしょ。かわいいな保坂。おい。ぜってーあれ声、入野自由だわ~。

 

え・れ・が:エレベーターガールに初恋をした。

「見て

すごい夜景よ

昼は昼でビルの間を人間が虫の子みたいに動いてるのがわかるわ

東京は息苦しいところだわ」p.227

1990年と一番古い。30年前かぁ・・・。絵柄だけ見ても、本編読んでも多分「西先生の作品」と答えられる人は少ないんじゃないか。

あと、エレベーターから見る夜景とか、セーラー服の彼女とか、当時作者が描きたいものが全て積み込まれている感じがする。西先生の貴重な新人時代を思わせる瑞々しい一編。

最後きゅっと切なくなる感じとか、美しい女性が出てくるところとか、根幹は結構似通っているところがあるかもしれない。

 

体の思い出「指」:下村喬志(しもむらたかし)は右手の人差し指が欠損していたp.244

「けれどなぜだろうか 不思議と吐き気も嫌悪感もなかったのだ」p.250

掌編シリーズ1。

多分、小川洋子山田詠美の影響を大いに受けたであろう一編。

漫画でもいいのだけれど、このストーリーは小説の方が媒体はいいのかもしれない。

それでも、最後のクリームパンの衝撃を伝えるには、漫画のが良かったのかなぁ・・・うーむ。

 

体の思い出「息」:引っ越しを目前に控えたたかとは、ある日マスクを忘れ・・・!?

さよなら こうき君 p.258

掌編シリーズ2。

コロナの今こそ読んでほしいBL漫画ナンバーワンである。

恋ともいえない程の淡い感情を描いていて、妙に心に残る一編。

あと、登場人物を苗字のみで登場させることが多い西先生ですが、この作品だけ下の名前だけなんですよね。「軽井沢つけもの夫人」では「三ノ宮」「保坂」、でもこの作品では「たかと」「こうき君」。

その名前で呼ぶ感じが、なんか初恋という感じがして、でもそれは恋と言う程強い感情でもなくて、なんとなく気になるだけなんだ。好き。

 

からだの思い出「耳」:いとうたけし君は耳の聞こえが悪く、その原因を見てもらいに診療所に来たが・・・?

「いかん 耳ん中に落ちてしまった・・・・・・」p.264

掌編シリーズ3。完結。

僕の耳の中にもちいさいまぐろどんちゃんがいますので、このイケメンの先生に耳の中見てもらいたい、そしてお話をしたいわね・・・。ハロウィンもうすぐですね、過ぎたらもうクリスマスですわよ・・・。

夕方の診療所(「クリニック」ではないところが重要)の雰囲気と、耳の中に落ちるというファンタジーの組み合わせと、それらを全て包む寂しさとのマッチングが良い。

掌編3編の中で一番好き。

 

この「からだの思い出」は3つで終わっているけれど、西先生続きは描くつもりはないのかしら。「爪」「睫毛」「膝」「乳房」「膵臓・・・無限にモチーフは有るので、30年の時を経て腕が洗練された今の西先生が、このシリーズ描いたらどうなるかしら。

きっとそれは「傑作不可避」ということではないかしら。 

 

以上である。

西先生の作品はやっぱり外さない。

そして、結構どの作品も個性が強くまさしく「濃い味」だった。

特にまあ「軽井沢つけもの夫人」とか。

ちなみに、僕が生まれる前、父親が母親と同居を始める時に持ってきたHなビデオの中に「軽井沢夫人」というものがあったらしい。「軽井沢つけもの夫人」って、あれのパロディなのだろうか。

 

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同じく西先生の作品の感想。

本作より「電波の男よ」のが正直好きかなぁ・・・。

 

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20201024 なぜか出版社名まで入っていたので、タイトル改題しました。